ブリュノ・ガラン著『アーカイヴズー記録の保存・管理の歴史と実践』

アーカイヴズはその可能性を拡げつつあるか?(評者:藤本貴子)

藤本貴子
建築討論
Mar 5, 2022

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長年フランスの国立文書館等で経験を積んだアーキヴィストであり、ソルボンヌ大学で教鞭をとる歴史学者でもあるブリュノ・ガランが、フランスのアーカイヴズの起源から現在の管理に至るまでをコンパクトに著したのが本書である★1。1958年に文庫クセジュとして著され、改訂し続けられてきたジャン・ファヴィエ『文書館』(日本語版:永尾信之訳、白水社文庫クセジュ、1971年)の後継本にあたる。現在では日本においてもアーカイヴズに関する書籍は数多くみられるが、これだけコンパクトに整理されたものは他にないように思うので、入門書としても手に取りやすいだろう。

本書では、第1章で現代に至るアーカイヴズの歴史、第2章ではアーカイヴズ資料と機関、第3章ではアーキヴィストの職務について概観している。国によってアーカイヴズの成り立ちや管理方法に違いはあるものの、アーカイヴズの歴史のひとつの事例を知ることは、日本語にとってまだ比較的新しいこの言葉を理解する手助けになる。

例えば、この本を読んで腑に落ちたことがある。アーカイヴズ関係者の中では特に有名な、ジャック・デリダ『アーカイヴの病』(福本修訳、法政大学出版局、2010年)についてである。この本の冒頭でデリダは、アーカイヴとは「創設するものであると同時に保守するもの」であり、「法の力を持つ」(p.10)と言うが、過去に読んだ際にはいまいちピンとこなかった。しかし本書を読めば、起源を12世紀に遡るというフランスの文書管理はその内容や制度を変えながらも現代へと連綿と続いており、権力を保証する=創設すると共に保守するものであったことがよく分かる。近代以降、フランスの国立・県立文書館アーキビストの職はエリートとして知られる古文書学校出身者(シャルティスト)によって担われてきており、古文書を扱うアーキビストは歴史学者でもあった。「記録書類への、その所持、把持、解釈への権利を我がものとすることは、決して断念されない」(p.181、デリダ自身による著作紹介より)というデリダの言葉は、歴史学者でもあるアーキヴィストに対する痛烈な批判ともとれる。デリダによるアーカイヴ概念の検証は、フランスの盤石なアーカイヴズ制度を前提としていることを理解しなければならない★2。カタカナの「アーカイヴ」からは汲み取ることができない歴史がこの語には含まれている。

原著が2020年に出版されたこの本では、増大し続ける現代の文書への対応やレコード・マネジメント領域との関係、ボーン・デジタル資料の発生とそれに伴う社会的変化などの現代的な課題にも多く言及されている。一方で、本書がフランスの文書館を中心に解説しているということには留意しておきたい。アーカイヴズという言葉が主に公文書館を始めとした公的機関に所蔵される資料を指してきたとしても★3、その指し示す範囲は、一般的にはますます広がりを持つようになっている。

日本ではフランスのようにアーカイヴズ管理の仕組みが何百年も維持されてきたわけではないので、公文書館に行けば自らのルーツが辿れるということも望めない。情報公開法や公文書管理法が施行されたとはいえ、一部の諸外国のように公文書やその運用の仕組みがすぐに国民に浸透するようになるとも思えない。むしろ「アーカイヴ(ズ)」という言葉が日本において一般化したのは、デジタル技術の発展とSNS等の普及により、あらゆる記録と発信、そしてアクセスが誰にとっても容易になったためだろう。海外においても、公文書では担保できない記録の仕組みを自発的に市民が構築することも増えているようだ。都市や建築に関係のある例だと、ロンドン郊外のエレファント&キャッスル地区の再開発計画に反対したヘイゲート団地住民の記録などがある★4。日本においても、公的機関で収集されるだけでなく、建物の解体などを契機に、建築に関わる情報を自発的にアーカイヴ化して発信する試みが増えているように感じる。最近の取り組みでは、堀口捨己設計の明治大学和泉第二校舎の解体にあたって、「さよなら和泉第二校舎」プロジェクトで記録の収集と発信が行われている。建物が解体される場合は、建築主の意向で解体前に記録を公開するのが難しいことも多く、事後報告になりがちだ。解体の判断が覆せないとしても、建築が現存している間にその価値の検証が行われ、過程が外部に開かれていることには、大きな意義があるだろう。

二工木造校舎アーカイブズは、東京大学生産技術研究所附属西千葉実験所跡地に残る木造校舎に関する情報と記録をまとめたWEBサイトである。この校舎は1942年に東京帝国大学第二工学部の共通第三教室棟および応用化学棟として建設されたが、2017年の東大の移転に伴い、再開発のために取り壊しが計画されている。サイトにはこの校舎の図面や写真といった記録が集約されているだけでなく、木造学校建築としての建築史における価値についての考察もあり、単なる過去の資料の集積ではない。サイト内には記載はないが、東京新聞が2021年7月16日に校舎解体反対の動きを報道しており、サイト開設が6月21日であることを考え合わせると、このサイトは校舎の保存を求める動きの中で作成されたものであることが読み取れ、意志を持ったアーカイヴズであることが分かる。保存の動きは、建築的な重要性のみならず、第二工学部という第二次世界大戦下で開校された特殊な教育機関の校舎という観点から、さまざまな領域の研究者からの文部科学大臣らへの要望書提出にも発展したが、惜しいことに11月には取り壊し工事が始まったことが報道されている★5。

公文書はおろか、メディアにも取り上げられなかった開発の経緯を後年になってから辿ることは非常に難しいだろう。私文書のアーカイヴズは、そうした公的な記録に残らない出来事を伝える意義も担っているが、現在ではどこかの機関に納められて公開を待つことなしに、記録の作り手が活動と同時に戦略的に記録を発信していくことが可能だ。歴史的に価値を認められた資料だけがアーカイヴズになるのだとしたら、資料にアクセスできるようになるまでには、どうしても作成された時点からタイムラグができてしまう。しかし、活動と同時に発信していくことが可能となれば、より直接的に記録の受け手の行動に影響を及ぼすことにもなろう。記録は作り出すものである。過去においても記録は誰かによって作り出されるものであったが、記録を行う主体は広がっており、記録が他者へ届くまでの時間的・空間的ハードルは低くなった。これらのアーカイヴズが、従来のアーカイヴズの定義にある「長期的な価値のために保存される」★6記録となりうるかどうかは、どこかの時点での判断を待たなければいけないかもしれない。しかし、こうした発信は社会に大きく影響することもあるし、人知れず消え去ることから記録を守ることになる。

一方、情報の切り貼りが容易な現代では、アーカイヴズ学でいわれるところの「コンテクスト」がより重要になることにも注意しておきたい。その記録はどのような背景において、いつ・誰が・何について・どのように作成したものなのか。もちろん、記録のコンテクストを問うことは公文書にも必要なことであって、あらゆるアーカイヴズに共通することである。そして当然、それらを読み込む受け手のリテラシーも問われることになる。

ボーン・デジタルのアーカイヴズは少なくとも現在では、アーカイヴズでありながらエフェメラルであるという矛盾した存在である。こうした新しい形のアーカイヴズは、従来のアーカイヴズの機能を補完しながら、可能性を切り拓くものとなるのだろうか。あるいは、全く違う位相で進化を遂げるのだろうか。

★1:本稿では書評本に合わせ、固有名称以外は「アーカイヴ(ズ)」「アーキヴィスト」に表記を統一する。

★2:デリダがアーカイヴという言葉を複数形で用いていないところにも、哲学者としてのアプローチであることが現れている。ガランが序文において述べているように、アーカイヴズ学では通常は複数形が用いられるが(p.8)、これは具体的な資料群を前提としているためだろう。これに対してデリダは「アーカイヴ」を資料体や制度であると共に概念として捉えているというわけだ。

★3:本書を読むと、フランスの公的機関がカバーする文書はかなり幅広いことが分かる。建築領域についていえば、19世紀以降の歴史的建造物所管機関や歴史的建造物主任建築家のアーカイヴズは建築遺産メディアテーク(p.64)、公共事業に関する県庁及び土木局主任技師の書類は各県立文書館(p.71)、私文書である建築家のアーカイヴズはフランス建築研究所(p.86)が、それぞれ収集している。

★4:関係するものに、ヘイゲート・ワズ・ホーム・オンライン・アーカイヴ(HeygatewasHome online archive)、サザーク地区の再開発やジェントリフィケーションの記録をまとめたサイト内のヘイゲートに関する記録(Southwark Notes)、ノース・サザーク地域の再開発に対して地域の人々にとっての再生を考えるエレファント・アメニティ・ネットワーク (Elephant Amenity Network)等。これらについてのエリーナ・カーター(ウェルカム・ライブラリー、ロンドン)による論考が、清原和之「アーカイブズ学と公共歴史学に関する研究動向」(「資料と公共性:2018年度研究成果年次報告書」九州大学、2019)において紹介されている。

★5:ただし、twitterの投稿を見る限り、2022年2月10日時点ではまだ校舎自体は残っているようだ。(2022年3月5日追記)

★6:国際アーカイヴズ評議会(International Council on Archives)の定義より。

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書誌
著者:ブリュノ・ガラン著、大沼太兵衛訳
書名:アーカイヴズー記録の保存・管理の歴史と実践
出版社:白水社文庫クセジュ
出版年月:2021年2月

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藤本貴子
建築討論

ふじもと・たかこ/建築アーカイブズ。法政大学デザイン工学部建築学科教務助手。磯崎新アトリエ勤務後、2013–2014年、文化庁新進芸術家海外研修員として米国・欧州の建築アーカイブズで研修・調査。2014-2020年、文化庁国立近現代建築資料館勤務。