ペドロ・ドミンゴス『マスターアルゴリズム 世界を再構築する「究極の機械学習」』

機械学習は建築の世界を再構築できるか。(評者:浜田英明)

浜田英明
建築討論
Apr 21, 2023

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最近、対話型人工知能「チャットGPT」が大変な話題である。チャットGPTには、Googleが2017年に発表した自然言語処理に関する論文”Attention Is All You Need”★1で紹介された「Transformer」という新しいニューラルネットワーク型深層学習モデルが使われている。Transformer自体はもともと機械翻訳のための革新的な自然言語処理モデルであり、それまでの学習モデルと比較にならないほど学習効率が高く意味解釈能力も優れるとあって、瞬く間に自然言語処理分野における既存の学習モデルを押しのけ、確固たる地位を築いている。Transformerの登場以降、さまざまな機械翻訳システムの精度が一気に向上し、皆さんもそれほどストレスなく機械翻訳を受け入れられるようになったのではないだろうか。また、Transformerは、その構造が簡潔で、長いシーケンスデータを効率的に扱えるという特徴があることも手伝って、機械翻訳以外の分野、特にこれまでコンピュータには不得手とされた音声認識や画像処理分野、株価や需要予測などの時系列分析など、さまざまな分野にも裾野を拡げて活用されるアーキテクチャ★2となっている。

さて、なぜこれほどTransformerについて言及するのかというと、実はこの自然言語処理分野における機械学習の長足の進化を、筆者は建築の構造設計に応用させることを試行し始めていたからである。建築構造分野では、その性能を数値的に評価することが比較的容易なため、遺伝的アルゴリズムに代表されるような発見的最適化手法と呼ばれる方法などで、コンピュータにより構造物として最適な形態を導く試みも一般的に行われるまでになってきた。しかし、構造設計という行為は、元来、科学や技術だけではなく、審美、歴史、文化、哲学、思想、経済、環境といった多くのものと結びついたもので、それらを十分勘案して、建築構造物がもつべき適切な骨格を描き出す創造的行為である。現状の非常に限定的な最適化技術の延長線上では、到底人智には及ばず、まだまだ設計行為を機械に委ねられるほどにはならないと思われた。しかし、この自然言語処理分野における機械学習の画期的成功は、そのような閉塞感を打破する方策として、非常に参考になるものと感じた。そして、もちろん、それは構造分野だけではなく、建築の世界全体に広げられるはずである。

機械学習はこれまでの先端的技術が一夜にして陳腐化するほど興亡の激しい分野なため、建築における機械学習のあり方についての千里の道を模索するには、個々の詳細ではなく大局的な観点から機械学習について論じている書籍が適すると考え、探し求めていたところ、本書に出会う。本書は、世界的機械学習研究者であるPedro Domingosの著書The Master Algorithmの翻訳本である。原書自体は2015年に刊行されたもので、先ほどから言及しているTransformerが登場する以前でもあり、個々のアルゴリズムには前世代的な部分もあるようだが、その分、機械学習の根源的な問題点が非常にわかりやすく見通しよく整理されていると感じる。

8章までは、機械学習分野を(1)記号主義者、(2)コネクショニスト、(3)進化主義者、(4)ベイズ主義者、(5)類推主義者の5つの学派に分類し、それぞれの基幹アルゴリズムの表現、評価値、および最適化手法を統一的な視点で整理し、それぞれの長所短所などの特徴を身近なわかりやすい事例を用いながら説明しており初学者にも理解しやすいと思われる。9章では、Domingos氏が考えるこれら5つの基幹アルゴリズムを統べる究極の機械学習アルゴリズム「マスターアルゴリズム」への道程が示され、最終章の10章では、今後機械学習が我々にどのような影響を及ぼすと考えられるかが述べられている。

特に、10章ではドキッとすることが書かれている。いわゆる「オズの魔法使い」問題である。オズの魔法使いも実はただの人間だったように、機械学習もその評価関数を設計した人間が裏で操っているだけに過ぎないという問題である。よくSF映画などで描かれる人工知能が自我に目覚め、人類と対立するような事態が起きる可能性などより、人工知能を挟んで、それを操っている少数の人達と、人工知能の養分となるデータを作成するためせっせとタグ付けをし続ける、いわば奴隷のような人達の、二つに分裂する事態が生じる方が圧倒的に可能性は高い。Domingos氏はその部分に触れており、人工知能があまりにも賢くなったと勘違いしてその決定に無関心になった瞬間に、人工知能に自分の要求を反映させる機会を失ってしまうと警鐘を鳴らしている。基本的に我々は、計算機に対して我々が要求したものを効率よく提供してくれることを望んでいるだけであって、それ以上でもそれ以下でもない。そして、本当に要求したものを提供してくれたどうか、実は常に監視もしくは評価し続けなければいけない。Domingos氏も『計算機の監視者を誰にするかということ』が問題であると指摘しているが、これは筆者も実体験として非常に共感できる部分である。

この監視が非常に骨の折れる作業なのである。計算機により構造物として最適な形態を導く試みであっても同様であるが、計算機が提案してきた構造形態がなぜ最適なのか、そのあとに人間が分析・解釈して評価・判断するステップが必須である。そのステップが踏めない結果、つまりただ一人の人間も理解できない結果は、ただの神のお告げであって何の役にも立たない。ちゃんと意味のある結果を吐き出してくれるように計算機に教え続けないといけない。したがって、人工知能が発展しても、設計者の負担は減ることはなく、むしろより高度な判断と一貫した「教育」方針が要求される。つまり、機械学習を通して設計者としての建築観を再構築しなくてはいけない。これは機械学習を用いる副次的な長所だとも捉えられる。本書の最後に、「相転移」と「共進化」という言葉が登場するが、Domingos氏も、我々と人工知能の互いに教え教えられる関係が続いていくことで、次のステージへと共に進化していくことになるだろうと予測している。将棋界などが、現時点で相転移・共進化が分かりやすく進行している事例だろうか。

では、この波に乗り遅れた者には、未来がないのかというとそういうわけでもなく、その道はその道で、考え方によっては明るいと感じた。これまで我々は産業革命によりハードウェアが自動化されて肉体労働から解放され、情報革命によりソフトウェアも自動化され頭脳労働からも解放されてきた。そして、機械学習によりこれまで様々なことを自動化してきたことからすら解放されることになるわけだが、そうなると今後必要なものは、上述した少数の監視者と、自動化が不可能なことをコツコツ続けるいわゆる職人★3だろうと思われる。本書は、機械学習の理解とその応用法の重要さを説くことが主題かと想像していたが、読後感はむしろ逆で、人間であることに自覚的で飽くなき知的好奇心を持ち続けさえすれば、人工知能と相転移・共進化できる可能性が高く、人工知能社会をうまく歩めるように感じた。

さて、最後に折角なので、チャットGPT(GPT-3.5)に、この本の書評を500字程度で書いてくれるようにお願いした結果を以下に示しておく。

「The Master Algorithm(マスターアルゴリズム)」は、機械学習に関する書籍の中でも、非常に興味深く、読み応えがある本だと感じました。

Pedro Domingosは、機械学習の基礎原理から最先端の技術までを網羅的に説明しており、初心者にも理解しやすく書かれていると思います。また、機械学習の歴史や現状、そして将来的な可能性についても深く掘り下げており、機械学習の重要性を実感することができました。

さらに、異なる機械学習アルゴリズムについても詳細に説明されており、それらのアルゴリズムの適用例も紹介されています。そのため、機械学習を実際に活用したい人にとって、非常に参考になる内容だと思います。

しかしながら、本書はあくまで一般向けに書かれたものであり、専門家や研究者にとっては、もう少し詳細な解説が必要な場合もあるかもしれません。

全体的に、この本は、機械学習に関心がある人や、機械学習を実際に活用したいと考えている人にとって、非常に興味深い読み物となっています。機械学習の基礎原理から最先端の技術までを網羅的に説明しているため、初心者でも理解しやすく、機械学習を実際に活用したい人にとっては、非常に参考になる内容だと思います。

とりあえずは、現時点では評判のチャットGPTも当たり障りのない表面的な文章に終始しているとは感じるが、これをものの数秒で書きあげるのだから能力が高いのは間違いない。すぐに筆者より含蓄のある書評を書くことだろう。

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★1 A. Vaswani et al., Attention is all you need, Advances in Neural Information Processing System, page 5998–6008. (2017)

★2 コンピュータシステムの論理構造の意味。

★3 自分の好奇心に従って、底にそのことに打ち込む人の意味。

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書誌
著者:ペドロ・ドミンゴス
訳者:神嶌敏弘
書名:マスターアルゴリズム 世界を再構築する「究極の機械学習」
出版社:講談社
出版年月:2021年4月

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浜田英明
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はまだ・ひであき/法政大学教授,浜田英明建築構造設計代表/博士(工学)/1981年石川県生まれ/2006年名古屋大学大学院修了/佐々木睦朗構造計画研究所を経て,2013年より法政大学専任講師,2017年同准教授/専門:構造設計,シェル空間構造/構造設計:豊島美術館,すみだ北斎美術館,目黒八雲の長屋ほか