ランドルフ・T. ヘスター著『エコロジカル・デモクラシー:まちづくりと生態的多様性をつなぐデザイン』

エコロジーとデモクラシーの真摯な融合に向けて(評者:小野田泰明)

小野田泰明
建築討論
3 min readJun 30, 2018

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リスク、タスク、業績評価…。合理を目指して明示化された概念が、それを作り出した人間を逆に拘束する。そうした負の再帰性に満ちているのが現代社会だ。さらに厄介なことに、「空気を読め」という同調圧力が、枠組みへの過剰適応を生み出し、我々の生活や文化を支えてきた基盤を食い潰してもいる。一方、そうした矛盾に気付きながら、エコロジーやスローライフへの積極的な賛同表明は、枠組みに棹差す側として括られるのではと憚られ、エコロジーを取り巻く言説には、疑似科学的な匂いがしてしっくりこない、といった人も多いに違いない。この本は、そうした人にうってつけの実践理論書であり、科学とデザイン、生態系配慮と政治的参画といった両端の架橋が目されている。

著者のランドルフ・へスターは、ハーバードのGSDを首席で卒業しながら、黒人居住地に住み込んでコミュニティの仕事に就いた変わり種だが、後にUCバークレーで教鞭を取りながら様々な実務に関わってきた。ランドスケープを取り掛かりにコミュニティの再生を図るその方法論は、『コミュニティー・デザイン・プライマー』(土肥真人との共著・邦訳1997)など、日本でも紹介されている。

そんな氏の集大成がこの本だ。自然と人間存在の調和で、行き過ぎた還元主義による分断と相互不理解を乗り越えようとする超越論的哲学を背骨にした、アメリカらしいプラグマティクな理論書、と括ることも出来よう。しかし、氏が関わった多くの実例での成功と失敗、様々な場を実際に経験して感得した理念、膨大なレファレンスを、「可能にする」「回復できる」「推進する」といった環境「形態」の3つの課題に基づいて、15のデザイン原則とともに、丁寧に整理した本書は、そうした意地の悪い批評を相対化する力に満ちている。

例えば、「回復できる形態」で紹介された政府の保全局による大規模な自然再生が、「推進する形態」で紹介されている都市の貧困地域での活動と連携する様は、自然の保全と都市内問題を合わせて解くことの可能性を示唆していて興味深い。そして、これを可能にしているのが、イデオロギーの押し付けではなく、生態系の科学から学び、経済的合理を理解しつつ、自然を活用してそれぞれの立場の人を繋いでいく方法論、エコロジカル・デモクラシーである。私自身、東日本大震災からの復興で、この所、ランドスケープ・アーキテクトを招聘する機会が増えているが、そこには本書が紹介する理論との親和性があるのかもしれない。著者は序文で、実務に格闘する過去の自分に対し「この本があればもっと助けになった」と述べているが、図らずも同じ気持ちになってしまった。

500頁あまりの大著で、書評を引き受けた後、送られてきた本の厚さに後悔したが、すっと読了することが出来た。これは、自らもこの分野の研究・実践者である土肥さんの訳による所が大きいと思う。真摯・有能な故に多忙で、結果、社会の分断を支えてしまっている人にこそ読んでほしい。


書誌
書名: エコロジカル・デモクラシー:まちづくりと生態的多様性をつなぐデザイン
著者:ランドルフ・T. ヘスター
訳者: 土肥真人
出版社:鹿島出版会
出版年:2018年4月

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小野田泰明
建築討論

おのだ・やすあき/1963年金沢市生まれ、東北大学大学院工学研究科教授、博士(工学)、一級建築士、建築計画者。せんだいメディアテーク等多くの先駆的事業に参画。東日本大震災後は復興実務に従事。作品に苓北町民ホール(日本建築学会賞(作品)阿部仁史と共同)他、著作に「プレ・デザインの思想」TOTO出版(日本建築学会著作賞)他