リチャード・ローズ著『エネルギー400年史』

エネルギーをめぐる事実と真実(評者:浜田英明)

浜田英明
建築討論
Apr 14, 2022

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「事実は一つだが、真実は人の数だけある」

使い古されたフレーズであるが、今現在起きているロシアのウクライナ侵攻に関する報道に接していると、否が応でも強烈に意識させられる。双方に信じる真実があり、それらが対立することで、この事態に発展しているのだろうが、民間人に途方もない被害が出ている事実には変わりがない。2度の世界大戦と冷戦を乗り越え、国際社会は協調して様々な国際的課題に取り組んでいく、そんな未来像を信じて疑わなかったが、それも転換が必要なのだろうか。

国際社会が強調して解決すべき問題として、気候変動とエネルギー問題という難題があるだろう。これらはいまや大きな政治問題である。これらに関する真実は数多く語られるが、その事実は明らかにされているとは思われず、論点も容易く理解できるものではない。おそらく政治問題の側面があるからこそ、そのように分かりにくい状況に陥っているのだろう。

私が小学生の頃くらいから10年ほど、環境破壊防止の観点から割箸の使用を禁止する活動が盛んな時期があった。いつの間にか下火になり、昨今ではプラスチックごみ削減の観点からプラスチック箸より割箸を推奨する動きすら聞くくらいである。また、レジ袋はいつの間にか有料となり、その代替として紙袋が推奨されることがあるが、果たして環境にはどちらの方が優しいのだろうか。私はたやすく断言できない。そう言えば、酸性雨という言葉も最近ほとんど聞かなくなったが、現在どのように位置づけられているのだろうか・・・。

このように環境負荷低減や気候変動に関する問題に対しては、少し観点を変えるだけですぐに違う真実が提示され、私などは混乱する一方である。ずっと、そうしたある種の不満があったので、その根幹であるエネルギー問題に関する事実について知りたいと考え、本書『エネルギー400年史』を手にとった。

本書は、Richard RhodesのEnergy : A Human Historyを全訳したものである。原書は2018年5月に刊行された400年にわたるエネルギー変遷史を「人間」の物語としてまとめあげた、ピュリッツァー賞受賞作家による労作である。

「動力」「照明」「新しき火」の三部二十章で構成されているが、しっかりとした中心テーマが据えられた、この構成のおかげで各部がそれぞれひとつの物語となっていてすこぶる読みやすい。エネルギー技術開発の発展に貢献した有名無名の技術者、発明家、科学者たちに焦点をあてながら物語が進んでいくため、さながら彼らの群像劇の様相を呈しており、物語に引き込まれやすくなっているからだろう。

第1部では、薪を燃やし過ぎ森林資源が枯渇したイギリス人が次第に石炭を燃やし出すところから物語が始まる。石炭を求め地下へ坑道を掘り進めるうちに、その坑道内にたまる水をポンプで排出するために「火で水を汲み上げる方法」すなわち蒸気機関が発明される。熱エネルギーを力学的エネルギーに変換する術を獲得したわけである。この発見により、産業革命、その後、交通革命が起こる様が描かれている。

第2部では、蒸気機関の登場によって様変わりした社会にあっても抗えない暗闇に対して、その対応手段としての明かりの変遷がまとめられている。コールタール製造の副産物として発見された可燃性石炭ガスによるガス灯、灯油(ともしびあぶら)としての鯨油と捕鯨の歴史、新しい照明用燃料としての石油の登場などについて触れられているが、やはりここでの主役は電気である。電磁誘導の原理の発見と発電機の発明により、蒸気機関や水車から得た機械的動力が電流を発生させ、長距離送電システムというインフラ整備も進み、電灯が世界中の都市を煌々と照らすまでが描かれている。

第3部では、自動車燃料としてのガソリン需要の高まりやさまざまな石油製品の登場と石油枯渇危機、そして石油代替エネルギーとして、天然ガス、原子力、再生可能エネルギーについて触れられている。特に化石燃料の中で相対的にクリーンなエネルギー源とされる天然ガスの利用がなぜ第二次世界大戦以降にならないと世界的に増加しなかったのか不思議でならなかったが、その理由について明確に語られており、個人的に目から鱗であった。その理由とは、アーク溶接技術の登場によってパイプラインやタンカーなどによる天然ガスの長距離輸送が可能になり、これまで生産地から近距離の限定された地域でのみの利用だった天然ガスが広く流通するようになったというものであった。

第1部から第3部まで、本書を通して、共通して繰り返し説かれていることが二つある。一つは、技術の進歩の対価として、想定外の問題が人間と環境にもたらされ、そしてそれは文明にとって必要不可欠な要素であり、さらなる技術の進歩によって克服されてきたとする点、もう一つは、エネルギー技術の革新には、それを支える一見無関係とも思えるものも含む周辺インフラ整備が不可欠であり、このインフラ整備により新たな技術革新が推進されることもあれば、逆にインフラ整備により過去に注目されなかったエネルギー源の利用が促進されることもあるとする点である。エネルギー問題は、全ての人類の叡智を結集させるべきものであることを再認識させられる。

さて、原著者は、最終的な結論として、地球規模の気候変動に関して暗澹たる不安を感じながらも、科学の力を信頼しており、科学によって引き起こされた問題は科学によって解決されるはずだと述べている。この結論にはいささか拍子抜けしたというか、底抜けにポジティブな考えに多少困惑したが、本書の目的は、具体的な対策案の提示をすることではなく、読者により大きな視点から検討できる材料を提供し、自分なりの考えを追求する機会を与えることであろう。ということで、読後、自分なりに考えを巡らせてみた。

さまざまなエネルギー源にはそれぞれ一長一短あり完璧なものはなく、地政学リスクが介在するものもある。であるならば、最たる愚策はある特定のエネルギー源に過剰に依存することであり、最善策はなるべく多様なエネルギー源を活用した冗長性の高いエネルギー供給システムを構築し、状況に応じてそのバランスをアクティブに最適化していくことであろうか。そのインフラ整備には膨大なコストがかかることが予想されるが、それだけの価値のある問題であるし、その整備の副産物として得られる果実もそれなりにあるように本書を読んで感じた。

ところで、本書は、実は“西欧の”『エネルギー400年史』であって、日本や他の地域の変遷については、ほとんど何も語られていない。日本については東日本大震災での福島原発事故が語られるだけである。エネルギー消費量が違い過ぎて何の参考にもならないかもしれないが、江戸時代のエネルギー政策などは持続可能システムの一例として参考になるのではないか。この点、具体的なことについて寡聞にして何も知らないのでぜひ今度調べてみたい。

ロシアのウクライナ侵攻を見ていると、エネルギー資源国と従順な消費国という図式のみが相変わらず平和への道筋なのかと思わされる。様々な技術革新によって距離と時間の概念がこれほどまでに短縮された現代において、地球上のどこに資源があるかは瑣末な問題なのではないだろうか。

このように、本書はいろいろ考えを巡らすことができる、非常に示唆深い一冊である。

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書誌
著者:リチャード・ローズ著、秋山勝訳
書名:エネルギー400年史ー薪から石炭、石油、原子力、再生可能エネルギーまで
出版社:草思社
出版年月:2019年7月

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浜田英明
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はまだ・ひであき/法政大学教授,浜田英明建築構造設計代表/博士(工学)/1981年石川県生まれ/2006年名古屋大学大学院修了/佐々木睦朗構造計画研究所を経て,2013年より法政大学専任講師,2017年同准教授/専門:構造設計,シェル空間構造/構造設計:豊島美術館,すみだ北斎美術館,目黒八雲の長屋ほか