ロングインタビュー |西澤俊理──とりまくものの受容とそれらに仮託された抽象

建築作品小委員会
Jan 31 · 28 min read

[202002 特集:建築批評《チャウドックの家》―東南アジア浸水域の建築 -近代化の境界線上からの視座-] Long Interview | Shunri Nishizawa —
Acceptance of the surroundings and Abstract of pretense by themselves

日時:2020年1月5日
場所:チャウドックの家
参加者:西澤俊理、川井操、千種成顕、辻琢磨、伊藤孝仁、西島光輔
編集:川井操


プロジェクトの経緯

《チャウドックの家》でのインタビューの様子

川井:《チャウドックの家》を西澤さんにご案内して頂き、率直に現代の都市建築への批評性を持った作品だと感じました。チャウドックは、メコンデルタを代表する水際空間に人々が寄り添いながらも、近代インフラによる堤防の造成によって高床式住居の床下空間が使われなくなり、その生活環境が大きく変化しています。その中で《チャウドックの家》はローカル技術を積極的に受容した建築構法、地域に流通する建材の応用、失われつつある高床式住居の空間を再構成されています。

一方でホーチミンから車で7時間近くかかるこのエリアに設計事務所として関わることは、周辺環境のリサーチ、設計、施工管理など非常に困難があったと思われます。まずはこのプロジェクトに取り組もうとされた経緯からお聞きかせ下さい。

西澤:プロジェクトの依頼があって初めて敷地を訪れた時に、水辺の環境下で高床式住居に暮らしている状況がこれだけ残されていることに驚きました。この地域の住まいは、その周りの環境をおおらかに引き入れ、簡素ではあっても豊かな暮らし方を随所に見ることが出来ます。一方で、クライアントからの要求はそういった家ではなくていわゆるホーチミンにあるような都市的な家を求められたというギャップがありました。地元の人たちも同様に都市的なライフスタイルを求めていて、今の暮らしを貧困の象徴や廃墟的なものとして退廃的な気持ちで受け止めていました。このままでは遠くない将来、この町のこうしたライフスタイルは消えていくと感じました。そこで一個人の建築家としての観点から、ここで何か既存の町や住まい方を持続的に更新するような提案が出来るのではないか、という使命感のようなものもあったことを記憶しています。

《チャウドックの家》の広域配置図(提供元=NISHIZAWAARCHITECS)
チャウドックにある河川沿いの風景
《チャウドックの家》新築前の家屋と周辺エリア

川井:事務所のあるホーチミンからチャウドックという遠隔地でプロジェクトを進めていく中で、まず設計の手がかりにしたことは何だったのでしょうか。

西澤:実はこのエリアでは2000年以降大きな洪水は来ていないということでした。それは政府が2002年に堤防の建設を開始したことが大きな影響を与えました*1。したがって災害や水との関わりについては、あまり設計の手がかりにはしませんでした。それよりも「周りの文脈との対話」という観点で、周辺の高床式住居の形式やローカルの材料や構法を積極的に調べていきました。現実問題としても、ホーチミンから遠隔地であり、現地に頻繁に足を運べないこと、予算についても周りの住宅の平米単価とほとんど一緒だったので、構法や材料、大工など、すべて現地で揃えないといけないことは初めから想定していました。したがって基本的にはローカルにある建材や架構方法、スケール感をそのまま引き入れながら、いくつか集中的な変化を加えるだけでも、もっと快適な暮らし方が提案ができるんじゃないか、というようなことを考えながら設計をスタートしました。

《チャウドックの家》近くにあるマテリアルショップ。木材、トタン波板、モルタルなどあらゆる建材が揃っている。

建築のスケール

川井:地域の材料や構法を積極的に採用しながらも、西澤さんがこれまで培ってこられた設計の力が非常に孕んでいる建築空間だと感じました。特に建築のスケールにおいて感じたのですが、そのあたりはいかがでしょうか。

西澤:スケールに関しては初めから意識的でした。このエリアだとグランドレベルから1.2 m とか1.5 m ぐらいの高さの高床、また住居部分の天井高も低めな家が多くて、そのスケールが独特で親密な空気感を作り出しています。そこで個室を構成する木軸のフレームを高さ2100mmくらいにしよう、といったことは設計の初期段階から考えていました。その一方で、共用部や吹抜け部分の天井高については、既存の住居形態とは大きく違います。チャウドックの一般的な住居の使われ方を観察すると、高床の床上と床下とで、<プライベート/共用部>や<屋内/屋外>をはっきりと切り分けているのが分かります。床下の部分は外部性が強く家族内の共用空間、親族や近隣住人との半公共空間として使われています。また、床上の空間は日中は暑くなるので、大体みんな床下で生活していて、日が暮れて涼しくなると、床上の個室内へ入っていく。生活シーンを黒と白に切り分けているこの1枚の高床を解体すれば、共用部に高い天井高を確保できるだけでなく、プライベートと共用部との流動的な関係性や、半屋外性といった要素を住宅内に持ち込めるのではないかと考えました。

伊藤:スケールももちろんそうなのですが、特に幾何学的なプロポーションの丹精さを感じました。道路側から見たときのプロポーション、構造スパンや建具の分割など幾何学的な決定はどのように行われたのでしょうか。

西澤:道路側から見たときのプロポーションは、素材選びもそうですが、周辺敷地に対して謙虚に紛れることが、この敷地とこの住宅の存在の関係性として適しているのではないか、と感じていました。建具の割付については、どちらかというと2次的で、全体構成のあとで調整する要素として扱いました。構造スパンや断面寸法は地元の大工さんと話し合い、彼らが可能だと提示した案をもとにスタディを始めています。

《チャウドックの家》周辺の鳥瞰(提供元=NISHIZAWAARCHITECS)
《チャウドックの家》断面図(提供元=NISHIZAWAARCHITECS)

中間領域の意味

千種:バタフライルーフと横軸回転窓との関係がとても特徴的でした。一般的な切妻の屋根よりバタフライルーフにすることで外部空間を内部に引き込むという効果がよく出ていて、かつ、それ横軸回転窓自体が日射を遮る環境装置であるとともにバタフライ屋根と連続した空間装置でもありました。こうしたエレメントを巧みに採用できる西澤さんの中間領域への一貫したアプローチに興味を持ちました。西澤さんは子供の頃から「自然と人工の境界」に興味があったことをお聞きしたことがあります。子供の頃からの興味関心がどういう風に建築に関連付けられているのでしょうか。

西澤:「自然や動物と、人間とが捕食/被食関係なしに共存している状態」には昔から憧れに近い感情を抱いていました。アンリ・ルソーの1910年の油彩画「夢」に描かれたような状態です。私は建築を志す前に、造園に興味があり、特に日本の庭の世界観に関心がありました。「人間が、自己を取り巻く世界をどう理解するか」という主題があるとすれば、庭は世界についての記述なのではないか。庭と人とは縁側を介して透け合うのですが、これも「自然と人間が共存している状態」を表象している一例だと思います。

ところで縁側は、ガラス戸のように一枚で内部/外部を切り分けるのではなく、奥行きをもった開口部という性格を持っていますが、今回の横軸回転窓とバタフライルーフも同じように、奥行きを持った空間装置です。開口部を開けた時に外部環境がどっと内部に流れ込んできて、前面道路の賑やかな雰囲気や、行商の人たちの往来が家の中でも感じ取れるような距離感。敷地の真後ろにある違法住宅*2との距離感。最上階後方の窓前に広がる、たおやかなメコンの田園風景との距離感。これらの空間装置を介して周辺環境そのものを受容したうえで、時には自己とのギリギリの距離感で調停しつつ、共生できる「場の系」をつくること。それは変化の激しいこのような土地にあって、予測不能な他者を内包してもなお、ある種の秩序や全体性を失わずに、この住宅がしたたかに生き延びるための賭け、とも言えるかも知れません。

横軸回転窓のバタフライルーフからみえる前面道路の様子(photo©︎大木宏之)

辻:率直に感じたのが「これは誰が設計したのかわからない」という点が非常に多かったことです。西澤さんの設計なのか、施工者が意図したのか、クライアントが竣工後に変更したのか、このディテールは誰の判断によるものなのか、一つ一つ聞いていかないと判然としない。そうした状況があらゆるフェーズで見て取れて誰が設計したのかを気にすること自体が無意味に思えてくる。周辺と溶け合うような広がりがある一方で、外部と内部の関係では、物理的にはつながっているけど、社会的な境界はダイレクトに現れていると感じました。家の中は完結した空間性が確実にあって、前面の道路や裏側の違法住宅エリアに行くとまた全然違う世界が現れる。全く違う世界が隣り合ってる感じはワンクリックで切り替わるインターネットの感覚に近いのかもしれない。辺境の《チャウドックの家》の情報収集自体がインターネットに頼らざるを得ない部分が大きいので、周辺環境がどのような場所なのかという想像力も湧きずらかったこともあると思います。こうした社会的な領域性が顕在化することについては、どのように考えて設計されたのでしょうか。

西澤:私自身は、建物の内外で社会的な差異があるとはあまり感じていませんでした。ただ、3枚のバタフライ屋根や縦軸・横軸回転窓、スキップフロア状に分散した個室群、高床住居のタイポロジーとは異なる大きな吹抜けといったばらばらな要素に、どのような統合を与えるべきか、ということはずっと考えていました。その結果として、周辺環境に対しての空間的な自律性が生成された部分はあると思います。

裏側の違法住宅エリア。中央部分にいくつか墓が見える。ガチョウや鴨、雨季の水や死者達が、地表の主。

伊藤:中間領域は、外部と内部の間にある曖昧さを持つという空間論であり、私と公の社会的領域性についても扱われてきましたが、西澤さんのお話をお聞きしているとエコロジカルな視点が含み込まれています。例えば人が入ってきた時に警戒心をもって騒ぐガチョウの存在であるとか、あるいは《ビンタンハウス》にある池の魚がボウフラを食べることで蚊が生じないことなど、これまで空間論では扱えなかったアクターや事象の存在が中間領域を支えているところに新しい可能性を感じました。

西澤:通常、建築にとっては他者として扱われる存在を媒介にした、所有や共有のあり方に関連した話かもしれません。ガチョウが守っている範囲と、人間が敷地境界だと思ってる範囲が違う現象。前面道路や空地などの公共の場に、個人所有の植木鉢を置き合うことで、個人の活動領域が延伸されつつ近隣の他者との共用関係が定着化する現象。雨季になると、辺り一帯の洪水が敷地境界を無効化してしまう現象。これらはチャウドックの町でどこでも観察できる(た)ものですが、こういった現象が住居の内外で起こることは、日々の生活に、利便性という尺度では測れない瑞々しさをもたらす可能性があると思います。

川井:3世帯が同居する状況も中間領域に繋がってるのではないでしょうか。今日現地でお見かけしたグランドレベルのフロアで話してる人たちはおそらく家族じゃないですよね。前面道路から裏側まで抜けるようになってるので裏側の集落の人たちの動線になっていますよね。

西澤:あれは近所の人たちですよね。よく一緒にサッカー中継をみていたりします(笑)。チャウドックでは共用の桟橋が高床住居内を貫通するケースも珍しくないので、通り抜けがあると普通に入ってくるし、住人側もそれを自然に受け入れます。

グランドレベルのフロアで近隣住民とサッカー観戦をする様子

材料の質感

伊藤:竹型枠のプレキャストコンクリートの質感やリズム感、竹建具など、手仕事の痕跡を感じました。一方でトタン波板も、手仕事とは違いますが空間にリズムや質感を与えています。異なる背景をもつ素材がうまく統合されてるところに面白みを感じました。どういう判断意識を持って全体構成と材料の質感を決定されたのでしょうか。

西澤:全体の構成は初めのコンセプト段階で決まっていたのですが、材料の質感はこのプロジェクトだと現場が始まってみないと決められないことが多かったですね。分離発注のプロジェクトだったので家族の人に手分けしてもらって材料を集めて、その中でどんなことができるのかということを地道に進めていきました。その際、ツルっとしたものじゃなくて、ある種の毛深さみたいなものを意識していたところはあります。例えばコンクリートの柱も最後まで豆砂利の洗い出しにするかどうかずっと悩んでいました。結局コストの関係でできなかったのですが。

千種:西澤さんの中間領域には、自然の中に人工物を差し込むことで、内部と外部の境界が分からない曖昧な空間を作ることを意図している側面もあると思います。材料によって自然と人工の中間領域を定義づけるために、工業製品よりは人の手が入ったものを好んで使おうとしているということでしょうか。

西澤:波板という工業製品も多く使っているので、工業製品かハンドクラフトかという二項対立ではなく、むしろ近似したテクスチャーのスケールや質感が、建物の内外や異なる素材を横断して繰り返されることで生じる、場の統合を意識していたと思います。

竹型枠PC板の壁

豊かさの価値観

伊藤:私の母親が昔住んでた家はいわゆる日本家屋でした。後に空調が導入された気密性の高い家に建て替わった時に「幸せを感じた」という話をしていました。気密性のある空間で育ってきた私は、かつてあった家屋と庭の豊かな関係に憧れがあり、その関係を失ってしまった実家にもったいなさを感じています。一方で憧れというのは危険もはらんでいて、一方的な自画像の押し付けにもなりかねません。チャウドックの人たちが都市的な住宅を望んでいる中で、現状の生活にある豊かさをクライアントに共感してもらうことに困難や葛藤があったと想像します。豊かさの定義が違う人たちとどのように対話をしたのでしょうか。

西澤:それぞれの人が感じる豊かさは、どっちが良い悪いではないけれども、やっぱり明確に違います。特に《チャウドックの家》の場合はその齟齬が大きく、かなり悩みました。ただ最終的に、この断絶を埋めるには、その場に存在し得ると自分自身が信じられる「豊かさ」についてクライアントに正直に伝えたうえで、彼らの意見にも真摯に耳を傾けて、分かり合える着地点を探す、ということ以外には何も出来ないと開き直りました。結果的には相当な回数の打合せや計画変更があって、お互いに疲労困憊でしたが、これもまた一つの調停だったと思います。また私が自分自身で信じられる「豊かさ」が、オリエンタリズム的な視点から逃れられているか、という点については、自分自身でも判断が難しいですが、極力そうならないように、人々の今の生活を冷静に観察したつもりです。

大地との境界

千種:西澤さんは、地植えではなくて鉢植えを重要視されていたり、ペーブメントの素材に注目されたり、屋根と光の関係の意義を説いておられました。どういったきっかけで、こうした建築の境界面に対する関心が生まれたのでしょうか。

西澤:長い間、雨季の洪水と共に暮らしてきたチャウドックでは、鉢植えの植栽が圧倒的に多いのですが、この鉢植えには彼らの地面に対する、憧憬に近い距離感やリアリティが感じられます。また地盤面は、地中という大きな自然環境と接するという意味で常に重要な境界面です。私は、建築や人々の暮らしという人為と、それを取り巻き、その存在の根拠となる自然や文脈との関係性がダイレクトに現れる箇所として、その境界面を意識しています。

千種:《ビンタンハウス》で西澤さんが話されていた池の底に瓦を敷くと金魚の糞が底の方に沈殿しない話や、《Restaurant of Shade》で外部性の極めて高い内部空間をつくった結果ところ、店舗全体が猫の溜まり場になり、その結果ネズミの数が激減したという話をすごく嬉しそうに語っているのが印象的でした。

《ビンタンハウス》水盤に敷き詰められた瓦(提供元=NISHIZAWAARCHITECTS)

西澤:魚や猫、洪水や死者といった人間にとって他者のような存在と、今生きている人間とをどう調停できるのか、ということに興味があって、建築もそういうことが可能な場として捉えているところはあると思います。

千種:それはベトナムみたいに物と人とか自然と人の距離が近いところだからこそ、より一層意識するようになったのでしょうか。

西澤:もちろん昔からそういう関心があったのですが、それをやりやすい環境としてベトナムを選んでいるところもあると思います。近代的な自然観は、人間がどう科学的に実証してコントロールするのかという価値観ですが、災害、死、動物のようなコントロールできない存在とどう折り合いをつけて、共存していくのかを考える際には、キリスト教的な自然観よりも仏教的な自然観が日常的に受け入れられている地域の方が、相性がいいのではないかと思います。

他者を受容した上での、建築の自律性

川井:西澤さんの経歴について、安藤忠雄建築研究所、ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツでのパートナーを経て、ベトナムで設計事務所を開設されました。あらゆる選択の中でベトナムを選んだのはどういった経緯からでしょうか。

西澤:先の毛深さや触覚みたいな話にも通じますが、安藤事務所に在籍した時に世界中のプロジェクトが動いてるのを見ていて、その中で特にスリランカの住宅プロジェクトに惹かれました。担当する先輩に現場写真を見せていただく中で、ワーカーが普段着やサンダルで仕事をしている様子や現場小屋で家族ぐるみでご飯を食べているシーンなど、いたるところに、人間が存在する手触りを感じました。東南アジアの建築現場に、生きているというリアリティが一番深く感じられた。

実際にベトナムに暮らしてみて思うのは、人と人、人とモノとの距離がすごく近い。住宅を修復する場合でも、これは工務店に頼まないと修理できないとかではなく、どこの家でもお父さんが自らモルタルを練ってレンガ壁を立ち上げてしまいます。ベトナムの人たちは自分の家、さらには街やストリートも好きなようにカスタマイズしていきます。自分の住む環境は自分の好きなように変えられるという、その自由さと自信とが街に活気を与えたり、自分の家や街に対する愛着や豊かさに繋がったりします。《チャウドックの家》では、それらコントロールされない、できない事々を包含しつつ、場に何かしらの統合を与える方法として、特定の「図」に象徴的な抽象を加えるのではなく、周囲の文脈と半ば同化した、建物の「質感」や「空気感」といった「地」の部分を再構成することで現れる「場の系のようなもの」に抽象を仮託する方法があるのではないか、と模索していたように思います。

辻:建築は明らかに自律的な空間として特殊なものになっていたと思いますし、その質は「設計」でしか到達し得ない類のものだと感じました。別に構法や素材で特殊なアプローチをとっているわけではないのに、何かが違いを生んでる。その一つはプランニングとセクションだと思います。構法も素材も周囲と同じような作り方をしていることが、逆に建築としての強度を高めることにつながるような設計のあり方を提示されていました。

西澤:そう言ってもらえると心強いのですが、建築自体が特に強い形態を持っているわけではないので、建築家として安心できるところがあまり持てないプロジェクトでした。本当にこれで大丈夫だったのだろうかという不安は竣工後もずっと続いています。

近代の先にある建築家像とは

西島:近代的な建築家像というのは、現在の状況に問題点を発見して、建築の提案を通していかに良くしていくかという職能だったように思います。西澤さんのお話を伺っていると、近代化によって壊されていくものの現在的なあり方を発見して、それをいかに残していくのか、という意識を持たれているように感じます。それは確かに、現状に対しては有効であると思います。一方で、政府が様々なレベルで介入して、街の構造や文化が大きく変容していく中で、現状を拠り所に建築を考えるスタイルの、将来的なビジョンはどのようなものなのでしょうか。

西澤:近代主義が描くような、明確な理想や将来像は持っていません。ただ、現状のコンテクストを読み込んだ上で、現状可能な限りのリアクションをするということが今できる最大値であり、かつ、このようなリアクションを継続的に繰り返して行く必要がある、と思っています。こうした変化の激しい街では、3年後や5年後には街の構造が大きく変化している可能性が高い。その都度やはり誰かがその状況に対してあるべき住宅像や都市像、共用のあり方を提案し続けるべきだと思います。

辻:近代的な建築家像に対して、我々がこうした近代化の境界線上にある場所から何を学んだのかを循環させていくような態度が大事だと思います。特に大事だと思うのは、コントロールできないものに対するアプローチです。今までの近代的な建築家像においては完全にコントロールして思い通りに素材や施工者、クライアントを動かすこと自体が良しとされてきた。しかしここではあらゆることがコントロールできないというところからスタートしないといけない。ここで何を学ぶのかという姿勢が、コントロールできないことを前向きに捉えることにつながるといいなと感じました。

西島:今私たちが想像しうる地域の普遍性というのがどこまで成り立っているのか、考え方次第という所もあります。まだ成熟してない社会の生活や生業の変化というのはとても早いので、外的な圧力に対して脆弱な部分が大きいのではないでしょうか。西澤さんの、形式や文化に対する信頼についてお聞かせください。

西澤:外的な圧力に対しての脆弱性は確かに無視できない要素ですが、それでも、その地域で読み取れる構造や形式には意味が生きていると思いますし、それは特定の文化を超えた、人間にとっての普遍的なテーマを内包している気がします。新しい構造が提示された時にそれが強力であればそちらに流れるのは仕方がない。ただ、その時々に使える材料や構法の中でそこにあるべきと信じられる存在を提案すること。それが、この地域の人々にとってのもう一つの選択肢になってくれればいいな、と思って臨んでいます。

辻:そのようなある種受動的な態度で現地の同じような構法を使って尚、施主の要望以上のことができているから、設計行為の本質的な意義が滲み出てきてるような気がしたんですよね。寛容な態度でつくる建築の方が本物の設計力が問われる。西澤さんや西島さんと話していると、社会に対して建築家ができることが設計によって明らかに提示されていて、すごく勇気をもらったし、もっと寛容にいっていいんだと思いました。

狡猾に生き抜くネットワーク

伊藤:一方で、寛容に全てを受けれていくという態度を超えた、西澤さんが実感している主観的な感覚や身体性への信頼と、それを諦めずに主張する建築家としての強い姿勢も、建築から感じとることができます。

西澤:そうですね。私自身は客観的な論理よりも、主観的な感覚に基づいた論理に興味があります。人間がそれぞれ違うのを受け入れた上で、それでもなにかを共有するための論理。特に、アウェーの環境でプロジェクトを進める際には、周囲に共感して貰うことが非常に大切なので、こちらの意見もちゃんと言うけれど、相手の意見もちゃんと伝えて貰って、対話を繰り返すという癖がつきました。ベトナム人が、みんなはっきりと自分の意見を言うところは、素直に尊敬しています。

千種:同僚の岩元真明さんが「ベトナム人のおおらかさは、狡猾さと表裏一体だ」と話していました。仕事はさぼるけど生き抜く程度には働く、狡猾に生きていくみたいなのがある。昨今のニュースなどをみていると、日本人はおおらかさと同時に狡猾さを無くして弱い人間になってしまっているような気がします。

伊藤:例えば東日本大震災後の節電対策として公共空間の照明が間引かれました。その経験を通してそれまでの明るさの過剰さに人々が気づき、照度基準の見直しがされています。正しいとされることの根拠は実は怪しく、供給する側や管理する側のロジックや、過剰な配慮が植え付けられていたりする。商業空間も空調された気密性のある空間が基本であり、私たちの身体もそれに慣れ親しんでいますが、例えば《渋谷ストリーム》では半屋外空間が多く獲得されており、渋谷川の匂いはまだ少し臭いけど、風を感じる快適性が実現されている。当たり前、正しいとされていたものの起源の怪しさを問いながら、それに慣れてしまった自分たちの身体性を見つめ直し、期待値を社会全体で緩めていくフェーズに日本は入っていくのではないかと思います。ベトナムの狡猾さやある種のだらしなさみたいなものと、一方で近代のシステムとを調停していくところに建築家がどう反応するのか、というのは面白いテーマになる。チャウドックはそれが実現されているように感じました。

川井:彼らには僕らが実は見えてないネットワークや家族にいくつかのセーフティネットを持っている。日本は非常に個別的になり、セーフティネットが消えかかり切迫している。例えば、インドに行くと私たちが全く見えてないところで非常に繋がりの強い世界があって、そこには人間が大きく構えられる要素が多分にある。俺のバックにこいついるから大丈夫だみたいな。人間同士の強い繋がりみたいなものがアジアにはまだ生きています。

浸水域における可能性

千種:先日ヴェネチアに行った際に歴史的な高潮に遭遇しました。これは特別大きな高潮だったのですが、実はヴェネチアでは一年に数回、ひざ下くらいまで町が浸水する高潮があり、それをアクア・アルタと呼ぶそうです。僕が驚いたのはアクア・アルタで町が水に沈んでも、皆いつも通り長靴を履いて働いていました。ドアに取り付けられている特別なパッキンで浸水を防いだり、室内に入った水を排出するポンプが店舗に取り付けられたりと、高潮を織り込んだ都市構造や生活を感じました。一方、昨年襲来した台風19号のように、日本では一度河川が氾濫すると流域の家屋には大変な被害が発生します。それは日本の建築や都市構造が近代化や安全性を押し進めていった結果、安全神話に頼り切っていて、一度災害が起こると途端に脆弱さを露呈してしまうのだと思います。浸水域というチャウドック自体にあるテーマは日本の問題にも接続するのではないでしょうか。

西澤:高床式住居は、東南アジアに限らず、バナキュラーな建築に広く見られる形式ですが、近代的なピロティとは違い、地盤面への接触点を最小限にして自然との共存を念頭に置いた形式だと思います。このように、制御できない要素をあらかじめ生活内へと受け入れることで、予測不能な災害が起きたとしても、その被害を縮小することができるかも知れません。
またチャウドックでは約20年に1度の頻度で洪水の水位記録が更新されてきたのですが、その度毎に高床をその上部構造ごとジャッキアップして、床の高さも更新できるように作られています。非常に難しいことですが、チャウドックでは、なるべくそうした構造や知恵を残しながら、街並みや暮らしが形成されていくといいなと思っています。

川井:西澤さんがこれまで丹念に向き合ってきたことは、建築が屈強な都市インフラのなかにあるのではなく、冗長的に構える建築の自律性、例えば洪水や浸水のある地域でも自律できるかたちを継承し更新できることに繋がっています。一方的に巨大なインフラ構造の中に守られていることは実は非常に弱い建築になってしまってる。人間が薬漬けになって弱まってるみたいなもの。そうした状況下で、西澤さんのおっしゃる自然と建築の向き合う距離感を丁寧に紡いでいくことに現代建築への新たな可能性を感じました。今日は一日ご案内頂きありがとうございました(了)。

高床式住居に刻まれた水位変動の記録


*1:街ごとに異なるが、チャウドックでは海抜4メートルを洪水の水位と定義としている。2000年の洪水を契機に、20001年から堤防と再定住政策が進められている。2011年の洪水の際には堤防周辺は被災を免れたが、堤防から少し離れたエリアではやはり洪水を記録している。また堤防が作られる以前には、そもそも「洪水(flood)」という言葉はなく、広く「浮水(floating water)」という言葉が使われていたことからも、いかに雨季の水が人々の生活の一部であったかが窺える。

*2:現在このエリアでは、川沿いの堤防状道路から内陸側へ、一皮分の住居のみ登記が可能という規則が施行されているが、これらと未登記(違法)住居群との外観上の差異はほとんどない


西澤俊理
1980年東京生まれ。東京大学大学院修了後、安藤忠雄建築研究所勤務を経て、ベトナム・ ホーチミン市にてNISHIZAWAARCHITECTSを設立。主な受賞に、ベトナム建築学会賞、アルカシア(アジア建築家評議会)建築賞金賞、WADA賞2017。主な作品《Binh Thanh House》(2013)、《Thong House》(2014)、《Restaurant of Shade》(2018)など。

川井操
1980年島根県生まれ。専門は、アジア都市研究・建築計画。2010年滋賀県立大学大学院博士後期課程修了。博士(環境科学)。現在、滋賀県立大学環境科学部環境建築デザイン学科准教授。

千種成顕
1982年東京都出身。2008年東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。NAP建築設計事務所を経て、2012年東京藝術大学美術研究科先端芸術表現専攻修了。中国寧波市での2年間の設計事務所勤務を経て、2015年からICADA共同主宰。

伊藤孝仁
1987年東京生まれ。東京理科大学工学部建築学科卒業、横浜国立大学大学院Y-GSA修了。乾久美子建築設計事務所を経て、2014年にトミトアーキテクチャ設立。現在、東京理科大学非常勤講師。SDreview2017入選、LOCAL REPUBLIC AWARD2018最優秀賞受賞。

辻琢磨
1986年静岡県生まれ。2010年横浜国立大学大学院建築都市スクールYGSA修了。2010年 Urban Nouveau*勤務。2011年よりUntenor運営。2011年403architecture [dajiba]設立。2017年辻琢磨建築企画事務所設立。現在、滋賀県立大学、東北大学非常勤講師。2014年《富塚の天井》にて第30回吉岡賞受賞。

西島光輔
1983年 東京生まれ。2011年 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。中山英之建築設計事務所、Vo Trong Nghia Architects勤務を経て、2016年よりInrestudio主催。

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