ロープが広げる建築空間の可能性

| 069 | 202305–06 | 特集:建築と紐

野村祐司
建築討論
13 min readJun 12, 2023

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ロープの分類
ロープとは、日本でいう紐や縄、綱にあたり、繊維などを撚り合わせてつくられた材料を意味する★1。古くから建築にも用いられ、例えば北アフリカで遊牧民が移動式テントを張るための引張材として用いたり、モンゴルでは移動式住居(ゲル)の組み立て時に接合部で使用されてきた。現代の建築では、主にワイヤーロープが様々な場面で引張材として使用されている。また建設時には、クレーンなどの玉掛け作業の際に荷物を引き寄せるための介錯ロープや、高所で作業する人が墜落制止用器具を掛けるための親綱ロープなどが用いられる。このように建築とロープは切っても切り離せない関係にある。

ロープは素材や撚り方によって色々な特性のものが存在し、用途に合わせて使い分けられている。細長い繊維を紡いで撚り合わせたものをストランドと呼び、ストランドをさらに何本か撚り合わせてロープになる。一括りに繊維といっても種類は様々であり、一般に鋼線からつくられるものをワイヤーロープ、天然繊維や化学繊維からつくられるものを繊維ロープと呼ぶが、近年では繊維と樹脂の複合材料を利用した強度の高いロープも開発されており、その分類は正式に定められてはいない。そこで今一度、素材によるロープの種類を図1にまとめた。

図1 ロープの分類(筆者作成)

繊維強化樹脂などの複合材料をロープの素材として用いた例として、石川県の小松マテーレ株式会社の「カボコーマ・ストランドロッド」★2がある。同社は、組紐の技術と炭素繊維の技術を融合して、ロープ状の熱可塑性炭素繊維複合材料を開発し、2019年にはJISに適合した。「カボコーマ」の他にも、各社の開発競争により多くの繊維強化樹脂ロープが製品化されている。

現在、一般的に建築に用いられているワイヤーロープは吊り橋のケーブル構造などに用いられるような構造材という印象が強く、軽やかで自在に扱えるいわゆる紐のような材料は現状あまり建築では使われていない。本稿では、近年の事例をいくつか取り上げて、新素材も含めたロープと建築についての新しい関係性を探る。

ロープが用いられた近年の建築事例
まず紹介するのは、カナダのハミルトンにあるマックマスター大学の施設〈Peter George Centre for Living and Learning〉でのプロジェクトである★3。この施設は設計事務所Diamond Schmittが2020年に設計し、翌年にワイヤーロープを使用して既存階段の手すりに対する補強を行った。この補強デザインもDiamond Schmittが担当し、6種類のカラフルなステンレススチール製のワイヤーロープを5,000m使用して、見た目も楽しめるような補強にデザインしている。建築においてはワイヤーロープが構造材として広く使われている中で、このプロジェクトでは構造だけでなく空間づくりにも寄与する材料としても使われており、ワイヤーロープの新しい可能性を示している。

Peter Gilgan Centre for Living and Learning の階段補強(Diamond Schmitt, 2021)
https://dsai.ca/projects/peter-george-centre-for-living-and-learning-2/
写真出典:https://www.jakob.com/us/en/references/colored-ropes-secure-staircase-in-canada

2013年の瀬戸内国際芸術祭で建築家の山田紗子が設計した須田港待合所プロジェクト〈みなとのロープハウス〉★4も同じくカラフルな繊維ロープを使用している。須田港の日常的な風景の一部であるロープを使用して、増設した待合所と既存建築の間を結ぶように漁業用ロープを張り巡らせた作品であるが、2022年の芸術祭を機にこれまでの白いロープからカラフルなデザインにリニューアルされた。青と赤の直径24ミリ1巻200メートルの漁業用ロープを8本使用して、粟島の住民やボランティア、市職員らが施工に参加した。ロープを用いた建築の多くは構造的な強度を得るために部材をつないでいるが、この作品ではロープが人と海をつなぎ、また二つの待合所をつなぐというような、感覚的なロープの性質に着目しており、他の作品とは違ったロープと建築の関係性を見ることができる。

瀬戸内国際芸術祭 みなとのロープハウス(山田紗子, 2022)
出典:https://setouchi-artfest.jp/artworks-artists/artworks/awashima/85.html

より大規模な建築でロープを使用しているのが、小松マテーレのファブリック・ラボラトリー〈fa-bo〉★5である。1968年に建設された小松マテーレ旧本社棟を、同社が開発した「カボコーマ・ストランドロッド」によってリノベーションし2015年にオープンした企業ミュージアムで、隈研吾建築都市設計事務所と江尻建築構造設計事務所の設計である。屋根と地上を全長30,000mの樹脂強化炭素繊維ロープでつなぎ、建物全体の耐震補強をするとともに、地域の繊維産業の歴史を学び伝承する場としての企業イメージに合わせた意匠デザインとなっている。従来の炭素繊維は引張には強いがせん断に弱く、構造材としては使いづらかったが、地元北陸に伝わる「組紐」の技術を用いて曲げ強度を向上させることで、炭素繊維の柔軟性を残したまま構造材に使用することが可能となった★6。鉄以上の引張強度を持ち、鉄よりもはるかに軽い炭素繊維のロープにより、今後もさらに新しい建築表現が生まれる余地があるだろう。

fa-bo(隈研吾建築都市設計事務所, 2015)
Photo Credit: Takumi Ota

同じく繊維ロープの持つ柔軟性や軽さを活かした事例が、東京高輪で築六十年の木造2階建て家屋を改修した〈つなぐラボ高輪〉である★7。1階と2階で別々の入り口を持つ寮を、1階をコワーキングスペース、2階をシェアハウスに改修するプロジェクトで、mnmの常山未央が設計し、2018年に竣工した。フリースペースへの採光を遮らないように、高強度アラミド繊維で作られた「ひもブレース」が開発された。繊維ロープの柔らかさを生かすことで、耐震補強に新しいデザインの可能性が広がった事例である。柔らかいロープは小さく巻くことができ、運搬が容易で簡単に施工できるため、手軽にDIY感覚で取り組める耐震改修が実現されている。また、このロープの持つ柔らかさは居住空間に優しい印象も与えている。

つなぐラボ高輪(常山未央, 2018)©︎鈴木淳平
出典:https://studio-mnm.com/projects/houseofstringbrace/

繊維ロープの可能性は耐震補強だけではない。炭素繊維は軽量で強く柔軟性があるため、ガラス・鉄・コンクリートといった近代建築の材料にはないしなやかさにポテンシャルがある。しかし、現実にはそれを使った建築は既に挙げた改修の事例を除くとまだほとんど事例がなく、それを現場でうまく活用するには手法の開発が必要になってくる。ドイツのシュトゥットガルト大学のコンピュテーショナルデザイン・建設研究所(Institute for Computational Design and Construction、ICD)と建築構造デザイン研究所(Institute of Building Structures and Structural Design、ITKE)では、10年以上前から繊維強化複合材料とロボット製造技術の研究が行われており、炭素繊維を編むロボットとソフトウェアプログラムが開発されている。

この技術によって、ロープ状の繊維強化複合材料を構造材に用いた建築も実際に建設されている。ICDとITKEは2016年に、ロンドンのV&A博物館の中庭に企画展「Engineering Season」の一環として、ガラス繊維と炭素繊維の複合材料を用いたパヴィリオン〈Elytra Filament Pavilion〉を建設した ★8。ロープ状の繊維複合材料がロボットアームによって金属型枠に巻き付けられ、漏斗状の脚で支えられている構造物が200㎡の空間を覆っている。

Elytra Filament Pavilion(ICD,ITKE, 2016)
出典:https://www.icd.uni-stuttgart.de/projects/elytra-filament-pavilion/

ドイツで2年に1度開催される「連邦園芸博覧会(Bundesgartenschau、BUGA)」で2019年に公開された「BUGA Fibre Pavilion」も、そのシュトゥットガルト大学の研究成果の一環である★9。こちらも150,000m以上のガラス繊維と炭素繊維の複合材料を使用し、コンピューターによって繊維ロープの密度、方向を測定して必要な箇所にのみ配置している。パヴィリオンの床面積は約400㎡。機械的にプレストレスを加えた透明のETFEフィルムで覆われている。主要な構造は繊維複合部材のみでつくられており、単位面積当たりの重量は7.6kg/㎡で、従来の鉄骨構造と比較して重量は1/5に軽量化されている。

BUGA Fibre Pavilion(ICD+ITKE, 2019)
© ICD/ITKE University of Stuttgart
https://www.icd.uni-stuttgart.de/projects/buga-fiber-pavilion/

2021年には、亜麻繊維でつくられた網目状の構造を持つ〈livMatS Pavilion〉が同じくドイツで実現した★10。天然繊維である亜麻繊維から構築されており、フライブルク大学にある自然とテクノロジーの融合を研究する機関livMatS(Living, Adaptive and Energy-autonomous Materials Systems)がシュトゥットガルト大学のIntCDC(Cluster of Excellence on Integrative Computational Design and Construction for Architecture)とコラボレーションしたことによって実現した。亜麻繊維はガラス繊維と同様の強度を持っており、生分解性の材料でもある。これまでの研究では、ロボットを用いて合成繊維複合材料のロープを建築材料として利用することに重点が置かれていたが、今回のパヴィリオンでは再生可能資源である天然繊維を用いることで、より持続可能な設計手法への展開が見られる。強くて軽いことはもちろん、環境負荷も小さい繊維ロープが今後、建築材料として活躍するかもしれない。

livMatS Pavilion(livMatS+IntCDC, 2021)
© ICD/ITKE/IntCDC University of Stuttgart
出典:https://www.icd.uni-stuttgart.de/projects/livMatS-Pavilion/

まとめ
実のところ、高強度の新素材繊維ロープは20世紀から開発が続けられてきた。例えば、高強力ポリアリレート繊維であるベクトラン(クラレ、1990年開発)★11や、超高分子量ポリエチレン繊維であるイザナス(東洋紡、1989年開発)★12が防球ネットなどに使用されているように、30年以上前から繊維のポテンシャルは探られ、新しいロープが商品化されてきた。しかし建築においては、まだまだ狭い範囲でしか扱われていないように思える。今回取り上げた事例は、ロープという素材が建築に新たな表現手法をもたらした僅かな例であるが、今後も新しいロープの素材や使われ方は探究されていくであろう。ロープだからこその軽さ・しなやかさが空間と結びついて、建築の可能性が広がることを期待したい。■

参考文献
★1 英語「 rope」の意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書
★2 デザイン性を考慮した 耐震補強工法 CABKOMA(カボコーマ) | 小松マテーレ株式会社 (komatsumatere.co.jp)
★3 Colored ropes secure staircase in Canada: Jakob Rope Systems
★4 瀬戸内国際芸術祭2022 青と赤、ロープ鮮やかに 三豊・須田港 作品リニューアル 海や太陽、人間テーマ | ニュース | COOL KAGAWA | 四国新聞社が提供する香川の観光情報サイト瀬戸内国際芸術祭2022 青と赤、ロープ鮮やかに 三豊・須田港 作品リニューアル 海や太陽、人間テーマ | ニュース | COOL KAGAWA | 四国新聞社が提供する香川の観光情報サイト
★5 小松マテーレ ファブリック・ラボラトリー [ fa-bo (ファーボ) ] | デザイン性を考慮した 耐震補強工法 CABKOMA(カボコーマ) | 小松マテーレ株式会社 (komatsumatere.co.jp)
★6 nikkei_architecture.pdf (komatsumatere.co.jp)
★7 House of String Brace つなぐラボ高輪 | mnm (studio-mnm.com)
★8 Elytra Filament Pavilion, Victoria and Albert Museum | Institute for Computational Design and Construction | University of Stuttgart (uni-stuttgart.de)
★9 BUGA Fibre Pavilion 2019 | Institute for Computational Design and Construction | University of Stuttgart (uni-stuttgart.de)
★10 livMatS Pavilion | Institute for Computational Design and Construction | University of Stuttgart (uni-stuttgart.de)
★11 <ベクトラン> | kuraray
★12 イザナス®│ 製品一覧│高機能ファイバー │東洋紡 (toyobo.co.jp)

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のむら・ゆうじ/京都大学大学院修士課程所属(小見山研究室)/1999年神奈川県出身