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『一条 Yit』は中国で最も影響力のあるショートビデオメディアだ。微信(WeChat)や微博(Weibo)、今日頭条[無料ニュースアプリ]、Facebook、YouTubeなどの50以上のメディア上で毎日オリジナルショートビデオと記事を発表している。2014年5月に創立し、同年9月に正式にローンチした。現在WeChatでは1700万人のフォロワーを獲得し、1日の平均視聴数は500–2000万回に及ぶ。文化やライフスタイル、作家、映画、芸術、建築、デザイン、職人、民宿、インテリア、食など様々な分野のインフルエンサーの生活や創作を取材・撮影し、ショートビデオとテキストを通して彼らの思考や美学を視聴者に伝えている。コンテンツの形式は、初期には一本3〜5分のショートビデオを公開していたが、現在では動画と同時に詳細な記事を付記し、時折5分以上のドキュメンタリー動画も投稿するようになっている。
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『一条』の映像部門は編集部、撮影部、映像編集部で構成され、そのうちの編集部は編集長、副編集長、編集者で構成されている。建築動画の制作を例にすると、建築担当の編集者、ディレクター、カメラマン、映像編集者、効果音、アシスタントなどの7〜8人でチームを組んで行う。同時に、阿科米星建築設計事務所(Atelier Archmixing)のパートナーでもある建築家の唐煜氏を建築動画部門の顧問として招聘している。『一条』はライフスタイルメディアとしての特殊な性格があるため、建築専門のメディアとは一定の違いがある。限られた理解のなかで述べるならば、建築専門のメディアの編集部の多くは建築学出身者であり、私たちと彼らがお互いに直接コミュニケーションをとることはそう多くはない。
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建築に関わるトピックの選定において我々が注目しているのは、国内外の現代建築家の新作、すでに逝去した中国やアジアの建築家による古典的な名作、寺廟建築、[中国大陸における]中華民国期の歴史的建造物、また中国内外の建築家の人物像に関わる物語などだ。『一条』の動画は毎日更新されており、基本的に2週間のうちで3〜5日で公開する内容が、インテリアや民宿、公共建築、建築家のドキュメンタリーなどに関わるトピックである。メディアプラットフォームの特性に応じて、インタビュー動画や写真をふんだんに使った記事を発表する。例えばWeChatでは投稿記事をクリックするとまず現地で撮影したオリジナル動画が表示され、動画の下には編集者が執筆した詳細な記事が表示される。
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建築動画部門で重要かつ注目を集めた動画を紹介したい。
①「中国で最も孤独な図書館」(2015年の『一条』で最多視聴数を記録した動画)
②「足場が外れると、建築家の涙が溢れそうになった」(2014年9月に発表した、『一条』にとって最初の建築関係の動画)
③「中国に美しい幼稚園がまたひとつ増えた」(本アンケート回答時点で、2020年の建築部門で最多視聴数を記録)
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動画一本の平均視聴数は500–2000万回。費用を直接的に計算するのは簡単ではない。私たちは多くの動画チームを抱え、その中の建築部門は編集者、ディレクター、カメラマン、映像編集者で構成される。特に海外出張の際には毎回4、5人のチームを編成する。旅費はチームの自己負担としている。そして『一条』の動画は販売意図がないため、販売価格のようなものは設定されていない。
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一条は非常に独特な会社で、メディア・広告部門そして一条生活館[一条が運営するネットショップ]は全て等しくこれに属している。それゆえ動画や記事の配信を直接的に収益化に繋げることはしていない。
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WeChatや微博等のプラットフォーム上で毎日更新する『一条』の動画は、現代の人びとのメディア習慣と密接に関係している。かつての雑誌における「特集」形式に比べて、現在の視聴者の情報の受け取り方はより細分化されている。我々の建築動画コンテンツを例にとると、WeChatで投稿記事を開いたときに見ることができるのはだいたい建築プロジェクトや建築家の記事のみである。けれど、それが動画であれ文章であれ、いずれも深度を持ったプロジェクト・レポートや建築家へのインタビューとなっており、コンテンツの密度という点ではより高くなっていると言うことができる。とくに動画であれば、5分もあれば自分では訪れることのできない建築を体験することが可能だし、あるいは訪問したことのある建築に対して新たな視点を得ることが可能だ。これはかつての紙の雑誌では伝達できなかった情報だろう。
もちろん、我々はWeChatや微博といったプラットフォーム上[のコンテンツ]でも、かつての雑誌における「特集」のような特性を持たせたいと考えている。ひとつの試みとしては、私たちはシリーズものの動画や記事も制作しており、たとえば2018年に始めた「民国歴史建築」シリーズや「寺廟建築」シリーズなどをつうじて、新たな視聴者を獲得した。また別の試みとしては、今後しばらくのあいだに、我々がかつて公開した記事を整理することで、ひとつのテーマにもとづくプロジェクト集として整理しようとしている。たとえば「幼稚園特集」や「園林特集」といった形式だ。これにより、読者が一つの記事をクリックしたときに関連記事へのリンクを配置し複数の記事を見直すことができるようにしたいと考えている。
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『一条』はライフスタイル・メディアであるため、建築に関わるコンテンツの視聴者は建築専門の読者と一般読者の双方をカバーしている。対して、中国の建築専門メディアはやはりより建築学の専門家に向けられたものだろう。現在の中国建築メディアの全体的な状況について、私はその良し悪しを判断することはできない。けれど、建築メディアを頻繁に見ているメディア関係者の視点から述べると、『一条』の動画と多くの良質な専門メディアは建築を読解する点において補完的関係を一定程度形成できていると思う。建築の専門家は『一条』が制作した建築動画を見るだろうし、非専門的な一般読者も『一条』の動画を見たことから、より深く建築業界について理解しようとするだろう。
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『一条』の建築動画の内容は、先述のとおり、中国及び世界中の成熟した建築家の新作、若手建築家の作品、さらにすでに亡くなった巨匠の古典的名作、歴史的建築などと非常に広範にわたっている。これらの明快に分けられたカテゴリーのもとで、今後も優れた建築家や建築の発掘を継続できればと思っている。
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この議題を話すには、最近幅広く議論されている「網紅建築」[ネット上でバズった建築]について触れないわけにはいかないだろう。
『一条』の動画の場合、幅広い視聴者がいることで「孤独な図書館」のように建築分野で「バズり」を生み出しているのは事実だ。だが、「バズる建築」をつくろうとしたり、大衆的なメディアをつうじて作品を公開することによって建築に「バズり」的な効果を与えようとしているわけではない。建築家とのやりとりから、多くの成熟した建築家は「バズり要素」を自分の設計において追求していないことは分かる。たしかに若い建築家のなかには、『一条』の動画で作品を発表することにより、より多くの人の目に触れることを期待している人もいるが、必ずしもネットメディアでの波及を目的に迎合したデザインをしているわけでもない。むしろ建築家たちは、建築は人のために尽くすものであり、メディアの役割は作品を報道したり評価することにあるのだとやはり明確に考えているようだ。我々がよく受け取るフィードバックとしては、建築家たちが『一条』の動画を通じてそれまで注目していなかった作品を知ったり、過去の名作の中に未見のディテールを再発見するといった反応である。こうしたことが彼ら建築家の設計にも必然的に影響を与えるだろう。それは非常にポジティブな影響だと私は思っている。
もう一つの側面を付け加えるならば、多くの建築家から我々のもとに寄せられる反応には、『一条』に取り上げられたことで彼らの設計依頼が明らかに増えた、というものがある。中国の視聴者たちの美意識が高まり、彼らが『一条』を見て自分の感性に適した建築家に設計依頼するようになったわけであり、これは良いことだろう。