『世界建築 World Architecture』:〈窓〉から〈橋〉へ

[翻訳:山口一紀]051|202101|特集:建築メディアの条件そして効果 ──当代中国の場合

張利
建築討論
Jan 7, 2021

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『世界建築 World Architecture』は1980年に清華大学の汪坦先生、そして当時の編集長であった吕増標準先生をはじめとする建築学者によって創刊された。当時の中国の建築界にとっては、海外の建築に関する情報や思潮を伝えるほぼ唯一の窓口であった。 中国の改革開放が進むにつれ、建築家が外国から学ぶ機会が増えており、[開放以前のようには]誰も情報ルートを独占できなくなっていたのである。

2002年には、当時編集長だった王路先生が「WA中国建築賞」を創設することで、『世界建築』は徐々に海外の建築から中国建築へと焦点を移し始めた。しかし依然として、相当長い期間にわたって中国と海外のあいだに立ち、建築家や設計事務所、創造的組織が相互に理解し、学び合うための架け橋であり続けている。

2010年代に入ってから、中国の都市化が一層複雑になり、またポスト工業化社会における人文主義的関心の高まりから、質の高い都市化が求められるようになるにつれて、『世界建築』は人びとの生活に密着した人間中心の都市生活というテーマに焦点をおくようになっている。その結果として、元来の編集方針であった設計事務所や建築家、あるいはビルディングタイプの特集というアプローチから、毎号のフォーカスを建築や学術的なテーマに合わせて特集する方式へと徐々に変化してきている。現在の我々の仕事もやはりこうした方法である。

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『世界建築』編集部は現在「取材編集センター[採編中心]」と呼ばれており、もともとは清華大学建築系(1986年に「建築学院」と改称)が設立したもので、北京市建築設計研究院の支援を受けて発展を続けたが、その後国務院教育部を主たる管理組織とし、清華大学(建築学院)によって主催される、という位置づけが次第に明確化された。

40年間にわたり、『世界建築』は清華大学の建築および関連分野の重要な出版・メディアの窓口であるとともに、客観的で中立的で、建築的論争を支持することのできるプラットフォームとして、中国建築界において比較的よく認められている。

『世界建築』の[創刊当初における]もともとの編集部、およびその後の「取材編集センター」の編集者たちはみな良好な専門教育を経ており、その多くが関連分野の修士号、博士号を有している。彼/彼女たちはいずれも現代中国の都市化のなかで起こり、看取することのできる世界的な建築文明の変化に興味を抱いている。彼/彼女たちは編集者であるだけでなく、キュレーターであり、クリエーターでもあるのだ。それぞれが中国の建築業界や学術界において意見を交わす学者的編集者として信頼を寄せられている。

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編集方針、およびもっとも重要だと考える内容については前述のとおりだ。つまり、第一に中国の問題に焦点を当てること、第二にデザインが人びとの生活にどのように貢献しているかに関心を向けること、第三に現代の建築論争や建築討論(ディベート)を学術的に中立な姿勢で支えること。 建築批評や学術的な研究のテクストの[誌面に占める]割合は徐々に増えており、現在では掲載情報の30~40%を占めている。建築プロジェクトの掲載は従来に比べると50%程度にまで下がっている。

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ここ数年で特に注目された特集は以下のようなものだ。『世界建築』自身が主催する「WA中国建築賞」についての特集。とくに「中国建築賞」が6つの個別賞に分かれてからは、各号の受賞作品をまとめたものが注目を集めている(2015年第3期、2017年第3期、2017年第1期、2019年第1期)。また、中国の農村建設に関する「上山下郷」特集号(2015年第2期)や、「低所得者向けの建築」特集号(2018年第8期)では、中国におけるより平等な豊かさの実現という大義に建築がどのように貢献できるかに焦点を当てた。 これらの特集号はいずれも比較的幅広い注目を集め、好評を博した。

(左から)『世界建築』2015年第3期、2017年第3期、2018年第8期
『世界建築』2017年第2期 特集:上山下郷
『世界建築』2019年第1期 特集:低所得者向けの建築

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雑誌の発行部数は毎号約3.5万部。オンラインでの閲覧数は微信(WeChat)のプラットフォーム上だけでも、年間でおおよそ90万ビューにおよぶ。

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『世界建築』の微信公式アカウントで公開されている内容は雑誌版の1/3〜1/2程度で、すべてではない。また中国知網も実際には無料購読のできるプラットフォームではない。

実際のところ、我々の読者こそが我々の雑誌の正常な発行と運営を支えている。と同時に、利益は雑誌刊行の目的ではないのだ。我々がしているのは学術的プラットフォームをよく維持することである。

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短く読むのと長く読むのとでは、たしかに違いがある。 [スマートフォンの]小さな画面で読む微信の短文閲覧スタイルに対応するために、我々の編集部では[雑誌掲載の]記事を新たに簡潔化したり、レイアウトを再設計したりしている。 しかし、我々の内容や目標は変化の激しい短い閲覧記事の傾向に左右されるものではない。

従来のプリント・メディアは消滅するのでは、という疑問を投げかける人は絶えない。これは定期刊行物だけでなく、一般書籍についても言われるところだろう。 しかし、全体として見ると、伝統的そして現代的な学術的仕事が頼りにする厳格な編集の作業、および情報の信憑性を見極めることで得られる信頼性は、ソーシャル・メディアの短く速く伝えられる読み物では代替できないものだ。 我々が取り組んでいる学術的作業へのニーズは依然として長期的に存在するはずだろう。

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目下の中国では都市化の勢いがきわめて激しく、未だ止まることを知らない。そして都市化に関する議論はますます深刻化し、複雑化している。中国の建築メディアからすれば、このような現実の都市化という問題の只中において密着できることが、もっとも良い点だろう。実際、こうした話題は中国だけでなく世界にとって非常に有益なことだからだ。もし改善の余地がある点を言うとすれば、メディアが建築プロジェクトを議論する際における論争の批判性のレベルではないだろうか。 [メディア上で意見を発する]人びとはみな、中国の伝統文化に根ざしてやや謙虚であり、謙遜することを是としている。批評性を増して、より意見を先鋭的にぶつけ合う議論ができたほうが、建築文化の発展にとっては有益だろう。

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『世界建築』が注目しているのは、簡単に言えば、中国の現代建築デザインが中国人の現代的生活を発展させることにどのように貢献できるか、ということである。そしてそれを実現するコンテンツを世界的な視点から発信していきたいと考えている。 従来の建築メディアが著名人やスターに注目するのと同じようには、我々は建築家に注目しない。また一部の建築メディアやファッションメディアが、売れるブランドや流行りの新商品を消費者主義的な目で見るのと同じようには建築を見ない。

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こうした影響は、どのような建築メディアでも、またどのような一般的なメディアでも、その関心が向けられる対象と社会生活に影響を及ぼすという点では同様だろう。メディアとは第一に「媒(なかだち)」であり、橋のようなものなのだ。情報を他者へと発信し、情報を仕分け、発見し、キュレーションするというプロセスがおこなわれる。[建築メディアの]第二の職能は「批評と討論」だ。ある問題について議論を引き起こすこと、その問題の活発な議論をサポートすること。これもまた我々が生み出したいと望む積極的な影響である。

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張利
建築討論

清華大学建築学院学院長、教授。『世界建築』編集長。中国建築学会常任理事、国際建築家協会副理事、北京冬季五輪招致委員会技術企画部副部長、会場およびサステナブル開発の技術責任者、プレゼンターなどを歴任する