伸び縮みする世界で(評者:砂山太一)

砂山太一
Sep 30, 2018 · 4 min read

それいけノンタック、「おでこのメガネでデコデコデコリーン」という掛け声とともに、主人公のノンタックがおでこにかけた青い眼鏡がずり下がり、その眼鏡をとおすと、身のまわりにある物たちと会話ができるようになる。物たちは、人との関係における悩みなど、私達が日常の中で気にもとめないようなことを、ノンタックに訴えかける。実写の風景に、ノンタックと物たちの人形劇が挿入されるこのテレビ番組は、1985年から1992年まで放送され、当時の子供たちに、自らの身体を離れることによる他者への想像力を告げていた。建築家・中山英之の「1/1000000000」を読むと、このような想像力の範囲を飛び越えて世界をみつめなおすこと、その発見と驚きを、思い出さずにはいられない。

本書は、2008年に開始した出版シリーズ「現代建築家コンセプトシリーズ」の25作目にあたる。ドローイング、画像、テキストなど、図面や実物の建物とはことなった次元で、現代を生きる建築家たちの思考をたどる。建築は実際の建物だけではなく、イメージや言葉とともに存在していることを強く感じさせるシリーズである。

1/1のあとに、0が9つつくこの本のタイトルは、中山が捉える建築尺度を指し示す。本書はまず、紙の上に十億分の1で描かれた月と地球を提示する。読者の手に開かれた本の1/1スケールと、ドローイングが運び出す十億倍の想像力によって、読者の体を伸び縮みさせる。

初っ端から長大なスケールで解きほぐされた読者の体は、施された様々な物語によって、ページをめくるごとに、縦に伸びたり、横に伸びたり、裏返ったり、パッと消えたり、いくつにも分裂したりする。ここで描かれている仕掛けたちは、同時代的な道具的存在論や生態学、認知科学などと接続しているが、何より、この本が放つ特異性は、その語り口であろう。

紙面はおもに、中山がこれまで手がけた作品の模型や実物写真の合間合間に挿入されるドローイングと言葉を基調に構成されている。中には、一面見開きいっぱいの挿絵と、その挿絵のかたちに沿うような言葉の配置も見られる。言葉はときおり、紙面の空白に躍り出て、悩んだり、問いかけたり、驚いたりする。このような構成を絵本のようだと思う読者も少なくないだろう。中山が一人称の語り手となって展開される物語は、たとえば「大きな商社から小さな展覧会のお誘い」などの記述にみられるように、中山の現実の仕事をベースとしながらも、その匿名的な形容によって、等身大の事物に抽象の度合いを与えられる。ドローイングと響き合うその寓話的彩りは、伸び縮みする世界の中で、ひたむきながらもちょっとアンバランスに立つ建築の姿をあらわにしている。このように、読者は本書をとおして、中山の建築が持つスケール変化の抽象思考を、言葉とイメージによって追体験する。

中山は最後に、「自分たちがいま暮らしているこのままの世界でも、それをまったく別のものにだって読み替えてしまうことができる、そういう力強い人間像があらわれるような建築とは何なのか」と綴る。この言葉に筆者が感じるのは、デビューから5年後に震災を経験し、世界が突然かわってしまうことのリアリティを目の当たりにした建築家が、その想像力を糧に、揺らぐ世界に寄り添って生きる建築があることを私達に告げる、そんなメッセージである。

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書誌
著者:中山英之
書名:1/1000000000
出版社:LIXIL出版
出版年月:2018年3月

建築討論

建築をめぐる幅広い批評的議論のプラットフォームを提供する日本建築学会のウェブマガジンです。

砂山太一

Written by

すなやま・たいち/1980年京都府生まれ。美術家、建築家、プログラマー、研究者。専門は、デジタル技術を介した制作手法論。博士(芸術)。京都市立芸術大学美術学部専任講師。主な企画展に「マテリアライジング展 情報と物質とそのあいだ」(2013–2015)。「フィットネス | ftnss.show」(2016)など

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