丸幸弘・尾原和啓著『ディープテック:世界の未来を切り拓く「眠れる技術」』

東南アジアを発火点とした新しいイノベーションの波(評者:藤田直哉)

藤田直哉
建築討論
5 min readNov 30, 2019

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丸幸弘・尾原和啓著『ディープテック:世界の未来を切り拓く「眠れる技術」』

「ディープテック Deep Tech」とは、欧米や東南アジアを中心に広がっている言葉で、「テクノロジーを使い、根深い課題を解決していく考え方、もしくはその活動」(p14)のことを指すという。それぞれの地域の抱える課題を解決するために、技術なり仕組みなりを作っていくことである。多くはスタートアップの企業とNPOの融合したような形態をとる。いわゆるSDGsのような、世界全体の様々な課題を解決するための、市場を利用した仕組みのことと言っていいだろう。それが、特に東南アジアを中心にものすごい勢いで発展しているようなのである。

たとえばインドネシアの「Tech Prom Lab」。彼らは「廃棄物を使った建築素材」を作っている。石炭燃料の廃棄物を使って「浸透性の高いブロック」を作っているのだ。それがどうして社会課題の解決になるかというと、インドネシアなどは雨の量が多く、道路も未舗装だったり、下水道が整備されていないので、道路が川のようになってしまいがちなのだ。だから浸透性の高い素材を廃棄物で作れるようになると、一石二鳥なのである。水はけがよくなり、交通もよくなり、感染症なども減り、社会が良くなる、廃棄物は再利用できる、そして道路を敷くために素材が売れる。このような形で資本主義の内部でテクノロジーを用いて社会課題の解決を目指すのが「ディープテック」である。

この場合の「テクノロジー」は、決して最先端のものだけではない。シリコンバレーに代表されるような世界最先端の技術を開発する競争ではなく、いま持っているような「枯れた」技術の組み合わせこそが効果を発揮するという。具体的にそこにある課題そのものを、多くの技術を持っている人たちは知らない、課題のある地域の人には技術がない。だから、地域に沿った課題に関心を持つことによって、技術を眠らせている日本の企業などがうまくマッチングを行い、商品を開発し技術を売ることが推奨されている。実際、Tech Prom Labの開発に日本のケミカル系の企業が力を貸したことで、強度の問題が解決したという。

マレーシアではPaverlogという会社が、これも廃棄物であったアブラヤシの殻を用いて、保水性の高いブロックを開発した。この保水により、打ち水と似たような効果があり、温度が下がることが期待されている。

タイのRice Seed Sowing Droneも面白い。アメリカなどでは既にトラクターが自動運転で農業を行っているが、それは広大な平地であるからこそ効率的に可能になることであった。タイの場合は、山間部に農地が多いので、それがやりにくい。だからこの会社は、ドローンから苗を発射して植える技術を開発した。具体的な地域に応じて、必要な技術が開発されるのである。

その地域ごとに、インフラの状況も、人件費も、コスト感覚も全く異なっており、日本の常識で考えると成立しえないように思われることが成立する。それが東南アジアの状況の面白いところである。

この本を書いている丸幸弘はユーグレナというディープテックベンチャーを立ち上げた人間で、もう一人の尾原和啓は京都大学の大学院で人工知能を研究し、NTTドコモやグーグル、リクルート、楽天などで新規事業の立ち上げに関わった、バリバリのIT系の人間である。その彼らがこの東南アジアを中心とした、課題解決型の試みに熱狂しているというのが面白い。ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグらも、財団などを立ち上げて、これら「ディープテック」を支援しているという。投資先として、イノベーションの起こる場所として、確かに期待されているのだ。

ひょっとすると、東南アジアの急成長と地球環境問題などを背景に、文明の進み方のパラダイムが大転換しているのではないか。闇雲に最先端の技術を志向するようなあり方ではなく、持続可能かつ課題解決型で、現に生きている人々の多様性と幸福を尊重するように、少なくとも「ディープテック」では転換が起きている。東日本大震災後の日本の建築の世界においても、これに近いパラダイムのようなものが、一瞬現れていなかっただろうか。

いま世界で起こっている面白いことの一端を知るためにも、実利を求めてそのアイデアを探るためにも、私たちがこれから生きようと思う未来の有様を考えるためにも、本書はぜひ読まれると良いと思う。こういう未来を目指し、ビジョンを持って活動している人たちがいっぱいいると知るだけでも、勇気とアイデアが湧いてくるだろうから。日本の、あるいは世界の課題を解決するための、領域を超えた連携に期待したい。

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書誌
著者:丸幸弘・尾原和啓
書名:ディープテック:世界の未来を切り拓く「眠れる技術」
出版社:日経BP
出版年月:2019年9月

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藤田直哉
建築討論

ふじた・なおや/1983年札幌生まれ。日本映画大学准教授。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『虚構内存在』『シン・ゴジラ論』(作品社)『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)、編著に『地域アート 美学/制度/日本』(堀之内出版)『3・11の未来 日本・SF・創造力』(作品社)『東日本大震