互助とローテク──建築家・謝英俊の来し方と行く末

[翻訳: 葛沁芸]

阮慶岳
建築討論
13 min readOct 1, 2018

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質問1:阮さんは建築評論家として、長年に渡って謝英俊さんの建築に注目されています。台湾の建築界において、軽量鉄骨によるプレファブ構法を実践する謝英俊さんは、一体どのような立ち位置の建築家なのでしょうか? また、彼のプレファブに関する実践に関して、その社会的意義や、意匠面、技術面、経済性などの点ではどのように評価されていますか。

1999年の921大地震がなかったならば、台湾の建築界は謝英俊のような建築家の存在に気づかなかったかもしれません。震災復興の際に、謝英俊がとった手法は他の建築家とは根本的に異なっていました。彼の手法は、非常に工業的であるけれども、材料と工法を単純化し、周辺地域から調達可能でエコロジカルな建材を可能な限り使用し、建築主と近隣住民と一緒になって建設できる、簡単でローテクノロジー・ローコストな、互助的手法でした。民衆を鼓舞して自らの住居を建てさせるという、シンプルで工業化された解決手法の提案でした。
謝英俊からすると、現代人がその祖先がかつて行ったように自らの手によって建設できないのは、(工業規格化された部品や建設機械・工法の特殊化などにより)建設技術が専門的な建築界によって独占されているためです。これらの現代的工法や技術を有せず、また賃金を支払って建設業者を雇ったり家屋を購入する費用もない人々には、ホームレスに陥る以外の道が残されていないのです。
彼のプレファブを基本とした互助的なセルフビルドによる建設プランは、社会的弱者が対面する建設費と建設技術についての課題解決を助けるものであると同時に、実現可能なプレファブ建築システムを通じて過度に資本主義化し技術が高度化している現代建築の趨勢に対して、ひとつの批判ないし解決方法を提案しています。当初、謝英俊は信用されず、嘲笑の対象でしたが、次第に受け入れられ尊敬されるようになりました。彼の台湾の建築界における影響は、発酵期間を経て膨らんでいったと言えます。彼の建築行為に深遠で先端的なところは見当たらないけれど、社会や公義に対する、専門家としての責任と態度とを身をもって示しています。これこそ、彼が最終的に台湾や大陸の建築界において尊敬を勝ち得た理由であり、また他の建築家の追随を許さぬ点でもありますが、彼によって建築界の建築に関する価値観が大きく転換させられたとも言えるでしょう。
謝英俊は建築においてモデル化されている組立式のプレファブを使用することで、設計プロセスを単純化すると同時に工法も簡易化し、建設費を抑えます。とりわけ特殊なのは、設計から鋼材の供給や現場監理に至るまでの一連のプロセス全てが彼によって主導される点。そして、使用者を建設に参加させることで、建設費を抑えるだけでなく、社会的弱者の尊厳を回復させている点です。このような特性により、彼が発展させてきた独特なシステムは、資本や技術の欠乏する被災地や辺境の村落において競争力を有し、歓迎されているのです。謝英俊の建築の意義を考えるならば、それは歴史の中で形成されてきた工業化と現代建築との共生関係に再考を促したこと、若しくは現代建築における工業の優位を再検討したことであると言えると思います。それはプレファブ建築の手軽さや安価さを通じて一般の人々を幸せにすることであり、商品化することによって独占し、投資家が利益を得る道具とすることとは全く異なります。

台湾921大地震(1999年)後、謝英俊がブヌン族とともに手がけた復興住宅・建築群。[撮影:市川紘司]

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質問2:謝英俊さんは村落を主要な拠点としてその実践を展開していますが、この点ではRural Urban Frameworkや朱競翔さんといった香港の建築家と一致していますね。その一方で、中国大陸では中国人建築家の大半が都市を拠点として設計活動を展開しています。このふたつのグループの興味の対象はかなり異なるように思えますが、この現象をどのようにお考えでしょうか。

現在の中国建築の主流は、[「改革開放」後の]1990年代後半の急速な経済発展に伴ったものであり、政治力や資本力に裏付けられて発展してきたものです。このことが、中国の建築家たちは建築設計を行う際に、権力者の思考や傾向に過度に従うことを免れ得なくさせました。こうして、現代的な価値を象徴する都会や中産階級、ファッションや技術革新が、彼らが共通して追求する特色となったのです。反対に、「時代遅れ」や「非現代性」を代表する村落は建築界の関心と興味を引くことはなかった。
つまり現在の中国建築のメインストリームは、依然として、政治権力や資本家からの要求や目的を自分たちが建築を設計する際の指針としているのです。市民・社会・環境側からの本当の需要を、建築的思考や実践における指針とすることへの確かな方向転換は未だできていません。
謝英俊や朱競翔といった建築家は、経済的ないし政治的な混乱を経験した台湾や香港を拠点としてきた経緯もあり、政治権力者の甘言にあまり振り回されずに済んでいるのでしょう。彼らは、建築家はただ単に市場経済に仕える存在なのではなく、(プレファブ建築システムなどの)工業技術の力を借りて、個人や社会にとって建築の意義をより大きなものとすることができる存在であることを理解しているのです。

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質問3:本特集で注目した謝英俊さんと朱競翔さんの両者は、ともにプレファブ構法を使うことによって「量」の角度から住宅や建築を考え、マスな人びとへの住宅供給などを試みています。日本では1960年代以降にハウスメーカーが同じようにプレファブ構法を開発し、この種の「量」的な問題に取り組みました。中国大陸や台湾にも、ハウスメーカーに類似する生産の担い手、あるいは強固な生産システムは存在するのでしょうか。

中国大陸と台湾は1960–80年代に、政府主導によるプレファブ建築や公営住宅を経験しました。しかし技術力不足やデザインの単調さのためか、品質がよく特色もある設計を打ち出す民間のデベロッパーに徐々に取って代わられました。当初は完全なる政府主導による、市場の需要・住宅需要に対する「量」的供給という政策でしたが、不動産チェーンが出現して不動産価格も日増しに上昇していきました。
中国政府は近年、積極的に住宅のプレファブ化を推進しています。厳格な基準と奨励制度を有する政策をつうじて、政府と民間とが共同でプレファブ建築の標準仕様を策定し、民間の大型デベロッパー(たとえば「万科」)の参与を奨励しています。これは建築における工業化水準の向上を目指したものであり、農民工不足や技術力不足などの問題の解決を目指すと同時に、環境汚染の問題にも取り組むものです。近年の中国政府主導による強引な介入を伴うモデルによって、新しい建築の形式や潮流が出現してくる可能性は高く、供給から組立までの一連のシステムの完成形が出現するかもしれません。それに比べると、台湾政府はこの方面に関して、今のところ何ら積極的な介入をしていないと言えます。

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質問4:建築家たちの取り組みと並行するようなかたちで、プレファブ技術の導入が中国政府によって主導されていることはとても興味深い現象です。政府主導のプレファブ建築に関する動向については、どのように評価されますか?

今のところ、中国大陸政府は建築のプレファブ技術の研究開発や推進において、その理念においても実践に際しても、台湾や香港を遥かに超えた存在となっています。当然それは中国政府の市場や社会に対する統制力の結果でもありますが、やはり台湾や香港の政府は政策の主導において弱いところがあり、自由で成熟した市場の仕組みも、政治的干渉を難しくする原因となっています。
大陸の中国政府が建築のプレファブ化を奨励することでその比率が上昇していくならば、建築の施工品質も付随して効果的に向上していくと思います。また施工期間も短縮できるため、投資資本の回収にかかる時間も短縮するとともに、農民工の高齢化や減少傾向にある労働力の供給、技術力不足等の問題も同時に解決できる。現代社会の需要に応えうるものであるからこそ、中国政府もこれを積極的に支持しているし、将来ますます発展していくと予想します。
一方で、新たな問題にも直面するでしょう。プレファブ技術によって新たな産業システムが健全かつ迅速に形成されるかどうかは、半ば政府の統制下におかれている民間のデベロッパーが効果的かつ専門的にこれを受け継げるかどうかにかかっていると言えます。建設費の増大が続くとしたら施工技術もこれに伴って向上せざるを得ず、製品の多様化が制限を受けるかどうか、また民間企業がこれまで通りに積極的に参与するかどうかも全て、プレファブ建築の明暗を分ける鍵となってくるでしょう。

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質問5:今後、国家が主導するプレファブ産業が順調に振興していったとき、謝英俊さんや朱競翔さんのような個人建築家によるプレファブ建築の試みは、どのような意味を持つとお考えでしょうか?

もしこのような国家主導による大規模な生産システムが出現するとしたら、建築家によるプレファブ建築の理念や構想は大きな打撃を受けるでしょう。「量」という一大原則の下では、個人建築家が展開してきた小型で特殊な規格やシステムは市場競争により自然と淘汰されてしまうと思います。しかしながら、国家主導による大規模なプレファブ生産システムにおいても多様性の欠如や地域性へ対応する難しさがあり得ると思います。個人建築家によるプレファブ建築は、逆にこのような大規模なプレファブ生産システムを積極的に利用し、大規模システムだからこそ成し得る材料生産、流通、施工における標準化と利便性の上に増し加えるかたちで独自性や精巧さを付与し、差異化していける可能性があるのではないかと考えます。そういった観点からみると、[謝英俊や朱競翔といった]建築家たちによる理念に基づいた次世代のプレファブ建築システムは、もし大きなシステムが普及するのに伴いながら差異化や特殊化を進めていくことができるのならば、更なる発展の可能性があると思います。

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質問6:プレファブ構法によって建築を工業化し量産化することは、20世紀のモダニズムが掲げた理想のひとつであったと言えます。グロピウス、コルビュジエ、プルヴェ、フラーなどの建築家は皆、その可能性を試行していますね。謝英俊さん(および朱競翔さん)におけるこれらの建築家の思想からの影響や、あるいは前世紀のモダニズムとの差異については、どのようにお考えでしょうか。

モダニズム建築の発展は、確かに現代化をもたらした工業革命と密接な関係にあると言えます。多くのモダニズムの建築家たちは、都市人口の急増によってもたらされた建設需要の増大に応えるため、発展途上である工業生産(とくに廉価な大量生産を可能にするプレファブ部材)をいかに用いるかという問題に真剣に取り組みました。謝英俊も基本的には同様の思想であり、このモデルを継承するものですが、たとえば彼は小さな建設会社を10年ほど経営していたことがあり、このような彼の実体験を通じて、建材の供給から施工手順までをいかに簡易化・廉価化できるかを学び、軌道修正を行いながら量的な需要に応えていく手法を編み出しています。謝英俊のプレファブ建築モデルと、過去の建築家たちのモデルとの間には、主にふたつの違いがあると言えるでしょう。
ひとつは、役割やポジションの違いです。過去の建築家たちは自分を設計者であるとしか考えていませんでしたが、謝英俊は彼のシステムを考えた際、自分のことを建材の供給者であると同時に設計者でもあり、施工者でもあると見なしていました。つまり、建設において全く完結したシステムを提供できる存在です。自分の有する生産体系によって自分の設計や施工を支えなくてはならないため、かつての建築家のように設計図だけを完成させて、建材生産や施工の問題を他の専門家任せたり、政府に支援してもらうなどといったことはできません。その結果、謝英俊が生み出したシステムは小さいながらも独立し完結したものとなり、かえって普遍的な実践が非常に期待できるものとなりました。
ふたつめは、ハイテクとローテクの違いです。過去の建築家は総じて、科学技術の更なる発展や高度な技術の応用がプレファブ建築を成立させるために必要であると考えてきました。謝英俊も科学技術を信用していますが、高度な科学技術への過度の依存は普遍的現実との間にギャップを生みやすく、つまりは高度な技術をいくら追求しても、現実の大部分においてその実用化は成しえない、ということを理解しています。ゆえに彼はローテク路線を選択して習得が容易な施工方法を編み出し、費用や時間の上でプレファブ建築の目指すものを達成するだけでなく、施工の難易度も大幅に低減しました(大型機械に頼る必要をなくし、専業者でない現地の労働力も建設に参加できるようにした)。プレファブ建築がかつて過度に依存していたトップダウン型のシステムを、ボトムアップ型の小さなシステムと連携しうるものへと転換させていく可能性を示していると言えます。

阮慶岳のキュレーションによる「朗讀違章(Illegal Architecture)」展における、謝英俊の「後巷桃花源」(2011年)。台北の都市の隙間に、単管パイプによるパブリックスペースを瞬間的に立ち上げる。

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阮慶岳
建築討論

ゲン・ケイガク(Roan Ching-yueh)/1957年生まれ。小説家、建築家、建築批評家。元智大学芸術デザイン学科教授。主な小説作品に『林秀子一家』『凱旋高歌』『黄昏的故郷』、主な建築書に『弱空間:従道德経看台湾当代建築』『下一個天際線:当代華人建築考』など多数。