仮設建築は何ができるか(サマリー №15)

Cate St Hill (ed.), “This is Temporary: How transient projects are redefining architecture”, London: RIBA Publishing, 2016.

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21世紀も四半世紀が過ぎたが、その間のトレンドとして仮設建築の流行が挙げられる。スターアーキテクトが競い合うサーペンタイン・パビリオンと若手建築家の登竜門であるMoMA PS1パビリオンはともに2000年に産声を上げ、かたやロンドン、かたやニューヨークの夏の風物詩となった。商業建築ではポップアップがバズワードとなり、美術館では建築家が手がける展示デザインが耳目を集め、公共事業では期間限定の社会実験が活発に行われる。本稿で要約する『これが仮設だ:一時的なプロジェクトはいかに建築を再定義するか』(This is Temporary: How transient projects are redefining architecture, 2016)は、このような近年の仮設ブームを鋭利に切り取ったインタビュー集である。

Fig.1 Cate St Hill (ed.), “This is Temporary: How transient projects are redefining architecture”, London: RIBA Publishing, 2016

インタビュアーのケイト・セント・ヒルはバートレットで建築史を学び、Building Design誌とBlue Print誌でライターとして研鑽を積み、人気インテリア・ブロガーとしても活躍する人物だ。本書では彼女のお眼鏡にかなった13組の建築家・アーティストが登場するが、その大半は21世紀に入って活動を開始した若手である。全体はテーマの異なる6章から構成され、各章では2〜3組のインタビューが行われる。また、章の間にはロンドンを拠点に活動する3人の論客、キャニー・アッシュ(Cany Ash)、マリアナ・ペストナ(Mariana Pestona)、シュミ・ボース(Shumi Bose)によるコラムが収録される。編者がイギリス人、出版社がRIBA Publishingということもあり、紹介されるプロジェクトはイギリス国内が多く寄稿者の偏りがあるが、日本ではあまり知られていないイギリスの若手の活動を知る上でも本書は興味深い。

実験、実験、また実験

それでは早速、本書の内容を駆け足で見ていこう。第1章「ヤング・アーキテクト・プログラム:実験、実験、また実験」では、MoMA PS1が主催するヤング・アーキテクト・プログラムに焦点が当てられ、同プログラムに参加してパビリオンを建設した2組の建築家、ニューヨークのザ・リビング(The Living)とサンティアゴ・デ・チリのGUNアーキテクツ(Gun Architects)が登場する。本章の冒頭においてセント・ヒルは「イギリスの建築家の40%がわずか3%の事務所に雇用され、大半の事務所は6人以下のスタッフしか雇用していない。つまり、小規模な設計事務所が成長して大きなプロジェクトを獲得することが難しくなっている」(p.12)と問題提起する。このような中、ヤング・アーキテクト・プログラムは若手建築家が新しいアイデアを実装する絶好の機会となる。ザ・リビングが建設したパビリオン《ハイファイ》(Hy-Fi, 2014)は、農業廃棄物と菌糸を組み合わせた生分解性レンガから成る「堆肥化できる建物」(p.19)だ。一方、GUNアーキテクツによる《水の大聖堂》(Water Cathedral, 2011)は鍾乳洞のような複雑な形状をもつテキスタイルのキャノピーで、屋根の上に設置された灌漑システムから水が滴り落ち冷涼感を生み出す。これらの挑戦的な新素材・新構法の開発は有力美術館がパトロンとなった仮設建築ならではの試みといえるだろう。2組の建築家は、若手に実験と発表の機会を与えるプログラムが「もっとあるべきだ」と口を揃える。

Fig.2 水の大聖堂(Water Cathedral. GUN Architects, 2011)出典:designboom

第2章「公共の場とエンゲージメント:可能性を広げ、場を活性化する」には、仮設イベントの設計に取り組むロンドンの実践者ウィ・メイド・ザット(We Made That)とザ・デコレーターズ(The Decorators)のインタビューが収録される。第1章が建築と技術の実験だとすれば、第2章で紹介される事例はコミュニケーションとプログラムの実験といえる。ウィ・メイド・ザットによる《ストリータム・ストリート・マニュアル》(Streatham Street Manual, 2014)と《クロイドン一時利用ツールキット》(Croydon Meanwhile Use Toolkit, 2014)は単発の仮設建築の提案ではなく、街を活性化する小さなアイデアの集積であり、まちづくりの参加者と投資家を募るためのコミュニケーション・ツールである。彼らが掲げるミッションは都市環境への貢献であり、そこでは「仮設建築が役に立つこともある」(p.44)。同様に、ザ・デコレイターズのプロジェクトでも建築は目的ではなく、そこで生じるコミュニケーションが重視される。クリスプ・ストリート・マーケットの活性化を目指した《クリスプ・ストリート・オンエア》(Chrisp Street on Air, 2013–2014)において、彼らは市場の空き店舗にラジオ局を設置した。そして、討論会やボクシング、音楽、映画などのイベントを開催して様子をポッドキャストで放送し、市場の人々のコミュニケーションを促した。ザ・デコレイターズのカロリーナ・カイセド(Carolina Caicedo)は「対話の構造を作り上げたことがプロジェクトの大きな成果でした」(p.60)と振り返っている。

Fig.3 クリスプ・ストリート・オンエア(Chrisp Street on Air. The Decorators, 2013–2014)出典:https://the-decorators.net/Chrisp-Street-on-Air

なお、本書では第2章以外でも空き地や空き店舗を利用した仮設プロジェクトが数多く紹介される。シュミ・ボースのコラム「パーティーをはじめよう:テンポラリーの政治的価値」では、「2008年の金融危機以降、休眠状態の敷地を『一時的に利用する』という良識ある提案が若い建築家たちの想像力を刺激し、少しの間でも何かを実現する可能性を感じさせた」(p.66)と述べられ、「本書に収録される作品の多くはあからさまな政治性はないものの、社会的な願望を帯びている」(p.67)と総括される。

オルタナティブを示す

第3章「遊戯的なストーリーテラー:深堀りし、物語を構築する」ではロンドンを拠点とするアベラント・アーキテクチャー(Aberrant Architecture)とスタジオ・ウィーヴ(Studio Weave)が紹介される。地域の歴史や文化を深く掘り下げてメタフォリカルな造形を生み出す彼らをセント・ヒルは「ストーリーテラー(物語作家)」と呼ぶ。本書の表紙に採用されたアベラント・アーキテクチャーによる《さまよう市場》(Roaming Market, 2011)は、ウォータールーにあるローワー・マーシュ・マーケットの屋台デザインである。かつての市場に占い師や神秘家、のぞき小屋が集まっていたことから着想を得たアベラント・アーキテクチャーは、遊戯的な形態をもつ多機能屋台をつくりだし、そこに運勢占いを象徴するニワトリの看板を取り付けた。スタジオ・ウィーヴによる《柱の上の宮殿》(Paleys upon Pilers, 2012)もまた、ユニークな歴史研究に基づくプロジェクトである。五輪の開催にあわせてロンドンの東の玄関口であるオルドゲート地区に仮設物の設計を依頼されたスタジオ・ウィーヴは、14世紀の詩人ジェフリー・チョーサーが当地で暮らしていたことを知り、チョーサーの「夢の詩」に触発されて細い柱の上に立つ複雑な構築物を設計した。このような寓話的なプロジェクトについて、セント・ヒルは「一般的な常設のプロジェクトでは現実的な配慮が必要となり、彼らの精緻な物語は抑え込まれたかもしれない」(p.72)と解説している。マリアナ・ペストナがコラム「代替可能な世界の構築」で述べるように、仮設建築は「完全な現実でも完全な虚構でもない中間的な空間を認識させる」(p.142)。つまり、オルタナティブな現実を示す可能性を秘めている。

Fig.4 柱の上の宮殿(Paleys upon Pilers. Studio Weave, 2012)出典:https://www.studioweave.com/projects/paleys-upon-pilers/

やや抽象的なプロジェクトが続く第3章とは打って変わって、第4章「コレクティブと自主制作のプロジェクト:自らつくりあげる」では現場に入り込んで手を動かす3組の実践者、アセンブル(Assemble)、EXYZT、プラクティス・アーキテクチャー(Practice Architecture)が登場する。パリで結成されたEXYZTは世界各地を転々とし、都市に住みながら建設をするという独自のスタイルを確立した集団であり、アセンブルとプラクティス・アーキテクチャーのメンバーは学生時代にEXYZTのプロジェクト《サザーク・リド》(Southwark Lido, 2008)に参加していたという接点をもつ。ロンドン建築祭の会期中、プールやサウナ、バー、着替え小屋などの構築物で空き地を占拠した《サザーグ・リド》には自由な雰囲気が満ち溢れ、イギリスの仮設建築ブームの火付け役になったという。EXYZTは同一敷地で2012年に《リユニオン》(Reunion)というプロジェクトを行っているが、これは彼らが地域に受け入れられ、愛された証左といえよう。

Fig.5 サザーク・リド(Southwark Lido. EXYZT and Sara Muzio, 2008)出典:https://old.constructlab.net/projects/southwark-lido/

地域住民と共創する手法が評価され、アセンブルのメンバーが20代という若さでターナー賞を受賞したことは記憶に新しい。彼らの処女作《シネロリウム》(The Cineroleum, 2010)は空き家となったガソリンスタンドをポップアップ映画館に変える仮設プロジェクトであった。「私たちは何かを作ることを楽しみたかったし、他の人にも一緒に楽しんでもらいたかった」(p.109)というアミカ・ダール(Amica Dall)の言葉には、彼らのデザイン哲学が凝縮されているように思われる。一方、プラクティス・アーキテクチャーが立体駐車場の屋上に建てた《フランクズ・カフェ》(Frank’s Cafe, 2009)は「誰でもつくれるようにデザインされた」単純なテント構造であり、その成功は犯罪多発地区だったペッカム地区を人気スポットに変えるきっかけとなった。プラクティス・アーキテクチャーの2人は「建築士の資格を持っていない」と明言し、「業者を雇わず、友人や恋人、家族、学生、ボランティア、通りすがりの人たちと一緒にすべてを自分たちで作りあげる」(p.128)。

Fig.6 シネロリウム(The Cineroleum, Assemble, 2010)出典:https://assemblestudio.co.uk/projects/the-cineroleum

協働と自主制作は4章に登場する実践者たちにとって単なる手法ではなく思想、あるいは生き様といえる。また、彼らには「プロジェクトが組織に先立つ」という共通点がある。EXYZTのニコラス・ヘニンガーは「EXYZTはプロジェクトでありスタジオではありません」(p.118)と述べ、アセンブルのアミカ・ダールは「グループが正式なものになるとは思ってもいなかった」(p.108)と告白し、プラクティス・アーキテクチャーの2人は「建築事務所を設立するつもりで始めていたらこれほど多くのことはできなかっただろう」(p.139)と振り返る。彼らはインテリアデザイナー、ランドスケープアーキテクト、心理学者、映像作家、グラフィックデザイナー、写真家、DJ、植物学者などの多様な専門家を巻き込んだいわゆるコレクティブであり、プロジェクトに応じてメンバーの役割も変わる。つまり、彼ら自身がいわば仮設的、一時的な存在であり、若き実践者たちはその軽妙さに魅力を感じているように見える。EXYZTのニコラス・ヘニンガー(Nicolas Henninger)は、仮設プロジェクトへの参加を通じて建築学生たちは「建築実務の幅を広げる可能性を認識し、『勉強して事務所でCADモンキーとして働くだけではない』と知る」(p.124)と挑発的に語っている。彼らは自らの実践を通じて職能のオルタナティブを示しているのだ。

アートと建築の曖昧な境界

仮設建築の物質性に焦点を当てる第5章「参加型建築とマテリアリティ:資源の希少性とコミュニケーションのプラットフォーム」では対照的な材料を扱う2組のアーティストが紹介される。第一に登場するフォルケ・コバーリングとマーティン・カルトヴァッサー(Folke Kobbering and Martin Kaltwasser)は建設現場で見つけた廃材や路上で拾ったガラクタを寄せ集めて仮設建築をつくるアーティストであり、木製パレットや板切れを即興的に組み合わせた《ジェリーフィッシュ・シアター》(Jellyfish Theatre, 2010)などの彫刻的な作品を生み出している。一方、マルコ・カネヴァッチ(Marco Canevacci)率いるプラスティック・ファンタスティック(Plastique Fantastique)は空気膜構造の制作に特化したアーティスト集団だ。狭い路地や建物の中で風船のようにふくらんだ膜は圧迫され、歪み、その場所のもつ特質を浮かび上がらせる。

Fig.6 サウンド・オブ・ライト(Sound of Light. Plastique Fantastique, 2014)出典:archdaily

第6章「アートの世界と仮設建築:2つの分野の出会い」ではアートと建築の境界に立つ仮設建築が紹介される。チューリッヒのユニットであるグルッペ(Gruppe)はアーティストのリチャード・ウェントワース(Richard Wentworth)と協働し、ロンドンの芸術学校セントラル・セント・マーチンズのアトリウムに仮設の講堂《ブラック・マリア》(Black Maria, 2013)をつくりだした。最後に登場するモラグ・マイヤーズコフ(Morag Myerscough)はロンドン生まれのデザイナーであり、大胆な色彩のパビリオンで人々を魅了する。ロンドン五輪の開催直前に仮設カフェの設計を依頼されたマイヤーズコフは、五輪の公式詩人であるレム・シセイ(Lemn Sissay)と協働し、彼のツイートを色鮮やかに散りばめた《ムーブメント・カフェ》(Movement Café, 2012)を3週間で築き上げた。あなたの作品はアートか建築か、というセント・ヒルの問いに対して、マイヤーズコフは「私は建築やアートをやろうとしたわけではなく、ただ作品を作っているだけ」(p.203)と素っ気なく答える。仮設建築の定義よりもデザインプロセスこそが重要、というわけである。

Fig.7 ムーブメント・カフェ(Movement Café, Morag Myerscough, 2012)出典:https://www.moragmyerscough.com/commissions/movement-cafe

仮設建築は何ができるか

本書では「仮設建築とはなにか」という問いが繰り返される。ケイト・ヒルは序文において仮設建築を「意図的に短命で、相互作用と関与のための実験的な場所を作り出す構造」(p.2)と定義するが、何をもって「短命」とするかは実は曖昧だ。本書には予定していたよりも遥かに長く存続した事例が数多く存在し、「仮設と恒久を区別することは困難である」(p.195)。一連のインタビューを経て、ケイト・ヒルは「一時的とはどれくらいの期間なのか。5分なのか、半年なのか、1年なのか。それとも20年、100年なのだろうか」(p.208)と読者に問いかける。仮設建築のもつ可能性は多岐にわたり、人々の生活に長期的な影響を与えうる。優れた仮設建築は資源の無駄ではなく、たとえ壊されたとしても「1960〜70年代のブルータリズムのモノリスが建設から10年、20年、50年後に取り壊されるのと大差はない」(p.208)。セント・ヒルは「仮設建築は恒久的な『レンガとモルタル』の建築ができることのすべて、そしてそれ以上のことができる」(ibid.)と本書を締めくくる。この結論は本書に登場する仮設建築と同じように楽観的で軽やかである。■

★Further Readings
本稿に登場するプロジェクトの多くはウェブ上で動画が公開されている。現代の仮設ブームの背景には、ウェブを通じて一時的な体験も共有可能となったことが指摘できる。いくつかの動画へのリンクを以下に示す(最終確認:2023年4月30日)。

ハイファイ(Hy-Fi, 2014):https://www.nytimes.com/video/t-magazine/100000002962868/hy-fi-at-moma-ps1.html

水の聖堂(Water Cathedral, 2011):https://vimeo.com/36616620

クリスプ・ストリート・オンエア(Chrisp Street on Air, 2013–2014):https://vimeo.com/90523372

サザーク・リド(Southwark Lido, 2008):https://www.youtube.com/watch?v=5lQLBi1rKcw

フランクズ・カフェ(Frank’s Cafe, 2009):https://www.youtube.com/watch?v=7IaHPkTc-e0

ジェリーフィッシュ・シアター(Jellyfish Theatre, 2010):https://www.youtube.com/watch?v=l50xWAgJxPk

サウンド・オブ・ライト(Sound of Light, 2014)https://vimeo.com/110137909

ブラック・マリア(Black Maria, 2013):https://www.youtube.com/watch?v=zb_119CXcgA

ムーブメント・カフェ(Movement Café, 2012):https://vimeo.com/50015437

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岩元真明 (Masaaki Iwamoto)
建築討論

1982年東京生まれ。建築家。2008年東京大学大学院修了後、難波和彦+界工作舎勤務。2011–2015年ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツでパートナーを務める。2015年ICADAを共同設立。現在、九州大学助教。主な作品に《節穴の家》(2017)、《TRIAXIS須磨海岸》(2018)、《桜坂の自宅》(2021)など