住宅改修の構造設計について、欧州との比較により考える

[201809 特集:木造住宅リノベーションの構造エンジニアリング~構造の新旧複合の繰り返しは何をもたらすか?~]

金田泰裕
建築討論
14 min readAug 31, 2018

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はじめに

21世紀に入り、日本の建築家が既存建物を資源とし、それを下地に新たな住空間を設計する時代が漸くやってきた。欧州(★1)では、何世紀にも渡り、当たり前に行われてきた行為であり、今後、日本での設計において参照できる事が多くあると思われるだろう。しかし、構造的な見地から言えば、現在、日本で起こっている木造住宅改修の状況と、欧州が辿ってきている住宅の改修とでは、根本的に違う性格を持っていると私は考えている。ここでは、両者を比較し、参考事例を紹介しながら、住宅改修設計において、私が考えている事をまとめようと思う。

(★1)本文で使用する「欧州」とは、ヨーロッパを指す語であるが、本文の内容は、その全ての地域を網羅できる万能なものではない。あくまで、日本との比較を明確にする目的と、筆者の経験と実作を参照としている為、西ヨーロッパを中心に、特に地震の無い地域に限定している。しかし、既存建物の仕様、改修方法についていえば、ヨーロッパ全域においても「一般的」の範囲であると考えたため、「欧州」という語を選択した。

1. 日欧の住宅改修についての概要

1.1 既存の構造体について

現在の日本の改修計画では、主に木造軸組構法、階数は1層または2層、土壁もしくは板張りや筋違いで耐力壁が作られ、板張りや火打ちにより水平剛性をとるような構成が一般的といえるだろう。築年数について言えば、古いものでも築100年程度のものが対象となっている。また、増改築を繰り返しているものでは、基礎形式をとっても、束石に載っているだけのものから、無筋コンクリート造の布基礎、鉄筋コンクリート造のベタ基礎まで、年代によって様々な仕様が混在している事もよくある。

一方、欧州では築150年以上の計画が当たり前で、構造体は、外壁を石積みで作り、界壁はレンガ積みで構成し、床と屋根は木梁を組み、その上に木板等で軽い構成というのが一般的である。欧州の多くの場所では地盤は岩盤のように硬質のものが浅いところで確認できるため、地下を設けて、支持地盤まで到達させている事もある。しかし、成熟した構造形式が存在し、構造補強が長い間必要とされない事から、対象の計画において、日本のように短期間で大きな更新が入り混ざってくる事はない。

この前提条件の違いに加え、水平力の有無により、改修計画に限らず、双方の構造エンジニアに要求される内容が大きく異なってくる事は、誰もが容易に想像がつくのではないだろうか。

1.2 住宅改修における構造エンジニアへの要求内容

日本の木造住宅の改修計画において、構造エンジニアに求められる検討内容は、建築基準法の壁量が確保されているの事の確認と補強計画の提案、既存構造体の状態確認を受けての新規部材への取替えや接合部の金物の追加設置の検討、基礎補強の検討などである。また、意匠計画に伴い、梁の撤去、柱の撤去が生じる場合には、その補強計画の提案も必要になる。(写真1)しかし、ここで述べる補強の実現性については、施主と建築家がどこまでの構造の耐力と性能をその計画に求めるか、それ相応の予算が確保されているかに拠ってくるのも事実である。

写真1:柱撤去に伴う梁補強 。設計403 architecture [dajiba] 『網代の列柱』 ©kentahasegawa

一方、耐震基準の更新など当然無い欧州の改修計画では、その都度、既存建物が現行法に適しているかを構造的に判断し、補強を検討するような事は前提にない。その為、多くの場合、構造体には手を加えず、構造エンジニアが関わるような計画は割合的に少ないといってよい。つまり、住宅の改修で構造エンジニアが関わるような計画は、それなりに既存躯体を一部解体、増床、新規構造体が設置されるなど、少し大きなアクションが必要なときに限ると言って良いだろう。それ加えて、欧州に限らず海外の施工会社では、自社で安全確認を行うこともあり、構造エンジニアが内部にいることも少なくない。つまり、少し大げさに言えば、新築同様に、住宅規模の改修計画で構造設計事務所に検討を依頼すること自体、日本独特の状況だと言ってよいだろう。その理由は、既に述べた通りであり、小規模事務所でも成立する日本の「構造家」の特異な立ち位置が関係しているといえる。

2. 日欧の住宅改修の方法

2.1 日本の住宅改修

前述した通り、日本の木造住宅は、この僅か100年の間に、多くの変化を遂げてきた。大工が経験的に作っていた時代から、幾度もの地震からの学び、戦争に拠る建材の不足、戦後の法整備、合板の普及、法改正など多くの影響を受けている。その為、現地調査では、竣工時期と構造の仕様が、上記の出来事に伴い、推測通りの事が多く、地層を見ているようでとても面白い。また、地域によっても構造の安全性に対しての危機感の違いが出ることもある。以前、岐阜県のある街で住宅の改修設計をした際に、現地を訪れ、既存の構造体をみたところ、状態も良く、年代にしては基礎が束石だったり、金物が無かったりと東京(関東大震災の教訓があり、基準法が作られる場所)の同年代のものとは違った様相であった。そこで、現場監督に、過去に大きな地震はあったか、台風は来るのかなど聞いてみたところ、その場所は岐阜県の中でも災害が昔からほとんどないところなのだ、と返答があった。日本は、東西にとても長い国であり、気候、風土は地域によって様々である。現在のような基準法が施行する前は、その地域ごとに経験的に、独特な技術や考え方によって構造が作られていたことを知る事はとても重要であり、改修の設計に携わることは非常に意義深いと感じている。その為、私はできるだけ既存の構造体を尊重するような態度を心がけている。

ここで、403 architecture [dajiba] と協働した2つの改修計画を紹介したい。

先月竣工を迎えた、琵琶湖畔の住宅『須越の架構』は、過去3回の増改築を繰り返しており、今回の計画では、2期目の一部を解体し、新たに4期目のボリュームを部分的に付け加える計画である。それぞれの年代(ジェネレーション)で固有の解答がある中で、3期目は、最も古い(戦後まもなく建ったとされる)1期に載せられているのではなく、外側から覆うように建っている。4期目はこの方法を踏襲し、1期には荷重を掛けずに、覆い被せるように3期とのみ連結するという方法をとった(写真2)。その結果、3期と4期により作られた外皮の中に、1期が古い抜け殻のように内部で静止している状態を実現させている。古い構造体をどのように、次の空間に生かすかは設計者の匙加減によって大きく変わってくるのは言うまでもないが、なるべく格好つけずに潔く、既存の構造システムや構造エレメントのテイストを踏襲することを心掛けている。また、金物も既存の建物で使われているような角座金で統一し、工業製品的なL型アングル金物は隠し、市販の鋼製ブレースのような主張の強いものはなるべく使用しないと決めている。

写真2:1期に覆いかぶさる4期。©kentahasegawa

次に、『代々木の見込』(2015年竣工)であるが、この計画において私が構造的な指示をしたのは、たったひとつ、ファサードにあるこの片筋違いを入れる事のみであった(写真3)。既存の建物の火打ちや筋違いという構造エレメントを参照し、面材ではない線的なエレメントの継承である。また、線的な解決策といっても、ここで鋼製ブレースを入れることは、「透明な開口部」を作ろうとしているだけに留まり、既存構造との文脈の乖離が明るみになると考え、まず最初に却下した方法だった。

耐震要素(剛接合の太った柱や大きな梁も含め)が役割を発揮するのは、建物の寿命のうちのほんの僅かな時間である。つまり、ほとんどの時間、我々が目にしている耐震要素は、必要になる瞬間以外は、ただの飾り(痛々しい物体)になってしまう可能性がある事を忘れてはならない。地震のない欧州では、重力を純粋に支える為の架構を、どれだけ美しく見せられるかが構造エンジニアリングに期待されている事であるように、我々は耐震要素をどのように空間に位置づけるかを常に心掛けて設計する必要があると思っている。

写真3:片筋違いによる線的なエレメントの継承。©kentahasegawa

2.2 欧州の住宅改修

欧州の改修の方法は、実にバラエティに富んでいる。やはり、構造的な制約が少ない事と、耐久性の高い既存躯体をもつ事が優位に働いているといえる。また、何よりも長い改修文化を持ってきたことにより、経験的にも、技術的にも成熟している。

いくつかここで例を挙げると、簡易な方法では、石積みには手を加えずに、内部の床の架け換えという一般的なものから、石積みを部分的に解体し、大きい開口を設けて鉄骨フレームで補強する方法(事例:yasuhirokaneda STRUCTUREで構造設計を担当した、パリ郊外で設計した住宅の改修工事。既存の石積みの外壁を取り払い、鉄骨補強により大きな開口部を設けた計画。設計TeePee Architects。下記サイト参照)。

その他、既存の中庭に増築して内部空間の拡張したり、隣の建物と建物の間に鉄骨フレームとガラスのみで構成した内部空間を挿入し、建物と建物の隙間に増築する場合もある。例として、レンゾ・ピアノ設計のパリのファサード(私が、前職Bollinger + Grohmannで解析とディテール設計を担当。下記サイト参照)では基本的には鉛直荷重は自分の敷地内に設けた新規基礎へ伝達し、風圧力は隣棟の壁に伝達するという考え方で設計されている。

鉛直力が支配的な欧州の構造設計は、力の伝達方向に応じて、接合部のガセットの向きやルーズボルトの方向がはっきりしているのも特徴で、ピン接合はピンらしく、ローラー支承はローラーらしいディテールというのがエンジニアリングの鉄則で、それが見た目の美しさに現れてくるのである。また、圧倒的な圧縮強度をもつ石積みを利用して、建物の上に軽い鉄骨や木造軸組みにより増築することもある。

図1:既存屋根裏を解体し、新規のボリュームを載せるとともに、各階床と柱を再構成。yasuhirokaneda STRUCTURE作成

ここで、これに関連した実作を紹介したい。前述の琵琶の計画が外皮を作り、古い骨組みを内包するようなアプローチをしたのに対して、前崎紀人さんと協働しているパリ郊外での増改築では、その関係が反転するような方法を計画している。石造りの外壁や隣接する住戸との境界にあるレンガ積みの壁には手をつけず、既存の木梁の床を支える柱の位置を内部空間の編成に応じて再構成するとともに、1層分のボリュームを外壁の上に帽子のように載せる計画である。(図1)

日本では荷重が増える事は、地震力の増加、軟弱な地盤への影響など、なかなか難しいことも多いが、欧州では、その制約から解放され、自由に改修されている印象である。その一方で、外観の変更における歴史的、景観的な配慮や申請手続き、構造壁が隣の家と共有されているため近隣住民への許可が必要だったりと、構造的な理由だけではない、欧州ならではの制約もある。これは、改修に限らず新築でも当然生じてくる問題で、強い社会的な「外力」が存在していると言えるだろう。

3. 将来への提言

3.1 今後の改修設計の可能性

上記で述べてきたように、改修において、明瞭な補強計画、既存の構造体の整理はとても重要である。これは、将来的な更なる改修が誰かの手によって行われる事を前提とする意味でも、親切な態度であると考えている。

図2:鉄骨フレームに纏わりつくように耐震補強壁を木造で増築(10㎡以下)。yasuhirokaneda STRUCTURE作成

今年竣工した、藤田雄介さんと協働した住宅、『傘と囲い』では、既存構造は鉄骨造2階建てで、型式認定により建てられた建物(1978年竣工、旧耐震設計)であったが、既存柱に腐食も多く見られ、既存構造を再解析し、鉄骨造として耐震補強しなおすには費用的にも情報的にも現実的ではなかった。そこで我々が取った方法は、あくまでも既存の構造体には手をつけず、まず既存躯体の外周部に柱梁と下地により構成された木造の外壁と抱き基礎により、「10㎡以下の増築扱い」となる耐震補強を行った。その後、劣化などが見られる既存構造を撤去し、結果的に新たに増築した構造補強壁がこの建物の新たな「囲い」となり、「傘」を支える計画となっている。行政との協議により、既存躯体がある状態で構造補強を行い、その後に既存を撤去するのであれば、主要構造部の大規模修繕には掛からないというロジックを成立させることができた(図2、写真4)。

写真4:内部に既存柱がみえる。©kentahasegawa

木造に比べて、鉄骨、RC造の構造改修は法的な手続きや制約が生じる場合が多い。当然、時間とコストにも反映されるわけであるが、この計画では、木造的な考えのもと、鉄骨造の耐震改修ができた汎用性のある事例である。このような、従来の耐震改修の方法に囚われずに設計ができているのは、海外の建築家や計画を同時並行で進めていることは大きいと感じている。どこかで成立している概念や方法は、少し前提を変えるだけで、別の場所でも成立させる事ができる、そういつも言い聞かせながら設計をしている。技術の進歩、新たなマテリアルの登場は、世界各地で起こっている。日本では慣習や定石、「事例」を信仰する傾向が強く、新たな事に挑戦するのが難しいとされているが、前提や語り方を少し変えるだけで、表向きは「事例」に片足突っ込みながら、新たな挑戦も可能だと考えている。

3.2 現代の構造エンジニアが考えるべきこと

住宅の改修は、日本の構造家にとって、これから多くの可能性が残された領域である。しかし、新築と大きく異なるのは、今まで設計段階において、コンテクストの読解を建築家に任せてきた構造エンジニアが、自らそこにある情報と履歴を読解する必要があるということである。単に意匠図を成立させるためだけの受動的な構造計画は通用せず、とても「構造家」的な態度が要求されると私は捉えている。

私は、「構造」とは、モノとモノの関係を考えるために必要な概念であり、手段であると考えている。つまり、そこにある既存の事実を観察し、分析し、価値付けを行い、独自の解釈をもって解答を導き出す行為である。そこから出てきた解釈は、建築家が描く空間への手掛りになるだろう。改修は、既存建物を前提に考えなければいけないが、設計においては、法的制約は新築と比べて少なく、自由度が高いともいえる。この状況の中で、新築ではできない、斬新な提案が今後出てくること期待している。

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金田泰裕
建築討論

yasuhirokaneda STRUCTURE主宰。A.S.Associates、Bollinger+Grohmann Parisを経て、2014年に独立し、現在はデンマーク拠点。近作に、Todoroki House in Valley(設計:田根剛)、白山町・珈琲店(設計: 大室佑介)など。