住民参加の可能性と懸念〜こどもの居場所づくりから考える〜

連載:ケアするまちづくり(その6)

西本千尋
建築討論
Dec 12, 2022

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1年にわたる本連載もいよいよ、今回が最後となります。

こんにちの「まちづくり」は、経済成長とともに拡大する中間層に伴走するように形作られてきました。経済が低迷し、貧困や格差ある社会が広がりつつあるのであれば、その社会に応じた形として「まちづくり」自身も変化していく必要があるのではないか、これがこの連載の企図でした。格差や貧困が拡大していく中で、そうした問題の解決に社会資源を配分し、優先して手当を行う政策決定や具体的事例がまちづくりの分野にももっと必要ではないかと感じています。「まちづくり」は「揺り籠から墓場まで」社会保障政策スローガンのように、わたしたち一人一人の人生に関わる資源配分政策でもあります。今回の連載では、再開発、住宅とほんの一部の産業にしか触れることができませんでしたが、その他にも交通、景観など分野は多岐に渡ります。この連載の本旨は、これら1つ1つの分野における活動や制度を「ケア志向」に改めていきたい、そのために知見や事例を集め読んでくださる皆さんと一緒に考えていこうというものでした。

「まちづくり」における住民参加について

さて。いただいた感想の中に「住民参加や自治に関してはどのように考えているのか。本当に住民が決めて、関わればいいという話なのか。いま、現実にあるゲーテッドコミュニティなり、管理を外注するマンションなりが大方多数の住民が望んだまちの形ではないのか。」という声がありました。本連載の第1回目では、「住民参加」における「参加のはしご」を取り上げ、「ケア」する/される当事者やマイノリティの声はほとんど聴くことができていないということに触れました。住民参加や自治といっても住民は一枚岩ではないし、「ケア」を有する当事者やマイノリティが声をあげることは決して容易ではありません。また、上記の指摘のように、参加を求めない人々、地域共同体などとつながりを求めない人々も少なくありません。さらに、あえて言えば、住民が関わることにより、そうした当事者やマイノリティの声が遠ざけられたり、抑圧される懸念もおおいにあります。

第1回目に触れたように「まちづくり」の始まりは「住民参加」、「住民主体」でしたが、本連載の最終回を、上記の声をもとに「まちづくり」における「住民参加」で結んでみたいと思います。具体的には、実際に住民が積極的に取り組んでいる身近な「まちづくり」事例として今日、非常に大きな注目を集めている「こども食堂」などの「こどもの居場所づくり」を素材として取り上げます。早速具体的にみていきましょう。

「こどもの居場所づくり」の現在

さて。現在、来年4月に新設予定のこども家庭庁において「こどもまんなか社会を目指す」というスローガンが掲げられ、「こどもの居場所づくり」が大きな注目を集めています。内閣官房では現在、そのための設置準備として「こどもの居場所づくりに関する検討委員会」での検討を行っています。★1「まちづくり」分野では従前より、犯罪からこどもを守る安心安全な居場所づくりや不登校児童の居場所づくり、貧困世帯のこどもの居場所づくりなど「こどもの居場所」に係るさまざまな事例を持ちますが、★2こんにちの児童虐待の相談対応件数や不登校、いわゆるネットいじめの件数が過去最多という状況下、どのようなアプローチが必要なのでしょうか。「こどもの居場所」づくりと聞けば、たいていは「いいこと」なので、どんどん進めていこうという見解が共有されている(?)と思いますので、ここではこの「流行り」の動向の可能性とともに、注意すべきはどのようなことか、懸念事項についてもあわせて考えていければと思います。

「こども食堂」とは、「こどもが一人でも行ける無料または低額の食堂」であり「民間発の自主的・自発的な取組み」とされています。★3昨年度の数値を見るとおよそ6,000件に広がっており、★4今年は7,000件近くに広がっているとの情報も耳にします。担い手は町会、市民活動の任意団体、NPO、個人、様々な住民、市民です。

また、「こども食堂」は、従来の「貧困や不登校のこどもが行く場所」だけではなく、最近は「誰でも行っていい場所」に変化してきているようです。主な理由は「限定しないことにより、いろんな家庭のこどもを支えることができる」、また、「限定しないからこそ、貧困や課題を抱えているこどもも通いやすい」などとされているようです。実際、わたしの訪れてみることができたいくつかのこども食堂も対象を限定せず、食料提供などを行っていました。確かに、当事者の立場を想像すると、間口が広く、限定されない方が入口に関してはなんとなく・・・行きやすいのかなとも感じますが、

・住民が自主的・自発的にたちあげられる

・対象の間口を広くし、貧困や課題を抱えているこどもに限定しない

というようにこども食堂が「貧困や不登校のこどもが行く場所」、すなわち「ケア」を直接必要とする当事者向けの場所から、「誰でも行っていい場所」、「みんなの居場所」と変化していることは本テーマに沿って考えてみると、どのように理解できるでしょうか。以下、よい点、懸念点としてまとめてみましたのでご覧ください。

【よい点】
・立ち上げやすい(思ったらすぐ行動/まずはやってみる)
・数が広がりやすく、より多くのこどもに届きやすい
・多様なこどもが集うことができる可能性がある
・こどもが信頼ある大人と接点を持つことができる可能性がある
・助ける/助けられるという支援/被支援の関係を離れて、一緒に食べたり、話したり、遊ぶことができる
・広範に門戸を開くことで、医療、保健、福祉、教育、心理などの専門支援とは異なる手法で、こどもにリーチできる可能性がある
・見つけにくい貧困や家庭の問題を早期発見、予防できる可能性がある
・困難を抱える当事者が、回復の過程で、地域社会での市民的交流を図ることができる可能性がある

【懸念点】
・ケアの質の担保が難しい/専門性が不足がちである
・貧困や課題を抱えている当事者が集いにくくなる可能性がある
・葛藤度、困窮度、緊急度の高いケースには対応できない
・専門家等との繋がりの構築が十分ではない
・こどもの権利等が十分に守られないおそれがある
・個人情報、秘匿情報の管理が難しい、本人の意思に反して暴露するアウティングの危険性などがある
・安定した財源を持たないケースが少なくないため、継続性に課題がある

こども食堂など「こどもの居場所」は今後、より補助金が投入され、公共政策における地位が一層、高まっていくことが予想されます。こどもの居場所づくりにあたって、従来から指摘されるような、耐震、防火性のある建物の利用や、イベント保険への加入、防災訓練の実施、衛生管理に気をつけるということだけでなく、本テーマに即せば、心理的安全性に関する知見と経験が大事になってくるかもしれません。

裂かれた住民/住民自体の不在化/当事者の声を聴く/住民自身が問われている

「こどもまんなか」、Child firstと言ってみても、正直、公園、道路、河川、住宅といったものをどのように変えればそうなるのか、わたしたちはわかりません。声をあげられない当事者を真ん中=主体としていくとはどういうことなのでしょうか。一体、「こどもの利益」とは何であり、こどもたちの声を代弁する大人は何に気をつけなくてはいけないのでしょうか。今、そうした声を代弁しているわたしたちの問題点はどこにあるのでしょうか。

改めて「住民が決めて、関わればいいという話なのか」を思い起こしてみます。本連載の第2〜3回では「まちづくり」分野ではそもそも住民が不在である開発も少なくなく、「民」の事業者だけでは補えない部分においてのみ住民が登場する。つまり、住民が開発を支えるための「利用者」「お客様」となり、主役や主体という立場から大きく後退してきたことに触れました。第4〜5回では、具体的に「居住支援制度」を取り上げ、「ケア」を要する当事者に対する「まちづくり」施策がいかに少なく使いづらいか、住民(地権者や大家)が「ケア」を要する当事者に住宅提供を行うことの難しさについて、現場での実情を報告しました。

現在、住民は、決して中間層という一枚岩ではなく、中間層自体もマイノリティも無数に裂かれており、共通の属性、共通の体験、共通の場所、共通の場、共通の課題を持つことが日ごとに難しくなっているようにも感じられます。手をつなぐことができたはずの人々を善意に無自覚に抑圧、排除している場合があります。近しいと感じている人々から切り離されたという経験は、人々を深く傷つけ、わたしたちはもっと深く分断されていってしまうかもしれません。

「ケア」当事者の声を聴こうというような、マジョリティ側からの寛容的な態度や眼差しも大事だと思いますが、そこでマジョリティ側は自分たち自身の特権や立場、振る舞いが問われているのだと気づくことはほとんどないのではないかと想像します。わたし自身、この連載や日々の活動を通じて、「ケア」当事者の声を聴きながら、ふっと自分自身にその問いかけが跳ね返ってくるような、自分自身の所属や立場が当事者から問われているというような気持ちになることは本当にわずかで、ほとんどは上目線的な安全なところからのヒアリングだったことを打ち明けます。

この1年、連載にお付き合いくださり本当にありがとうございました。皆さんの感想に支えられ、書かせていただけたこと、心から感謝の気持ちでいっぱいです。1つでもあなたにとって安全で安らげる場所がこのまちに増えていくことを望んでいます。次回はそこで、お会いしましょう。



★1 こどもの居場所づくりに関する検討委員会https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kodomo_ibasho_iinkai/index.html
★2「冒険遊び場プレーパーク」、「ミニ・ミュンヘン」にならった「こどものまち」、「こどもファンド」など様々な事例があります。国内では、早稲田大学卯月盛夫研究室 http://www.uzukilab.com/に調査研究・プロジェクトの豊富な蓄積があります。ぜひ、訪ねてみてください。
「冒険遊び場プレーパーク」https://bouken-asobiba.org/
「ミニ・ミュンヘン研究会」http://www.mi-mue.com/
「こうちこどもファンド」http://www.uzukilab.com/?page_id=495
★3 NPO法人むすびえウェブサイト
https://musubie.org/kodomosyokudo/
★4 同上


参考文献

喜多明人、荒牧重人、森田明美編集『子どもにやさしいまちづくり第2集』、2013、日本評論社

ジュディス・L・ハーマン、中井久夫訳『心的外傷と回復』増補版、みすず書房、1999

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西本千尋
建築討論

にしもと・ちひろ / 1983年埼玉県生まれ。NPO法人コンポジション理事/JAM主宰。各種まちづくり活動に係る制度づくりの支援、全国ネットワークの立ち上げ・運営に従事。埼玉県文化芸術振興評議会委員、埼玉県景観アドバイザー、蕨市景観審議会委員ほか。