佐無田光インタビュー「〈地方の時代〉再考 ~地方から地域へ~」(2/2)

連載【都市論の潮流はどこへ】/佐無田光/聞き手:佐野浩祥/Series : Where the urban theory goes? / Hikaru Samuta Interview (2/2) : “Reconsidering ‘The Age of Regionalism’ — From Decentralization to Local Governance / Speaker : Hikaru Samuta/ Interviewer : Hiroyoshi Sano

佐野浩祥
建築討論
25 min readMar 1, 2020

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意味のイノベーション

佐野:もう少し、イノベーションについてお話を聞かせてください。イノベーションと言っても、いろいろありますよね。またイタリア人なんですが、ロベルト・ベルガンティという経営学者が書いた『突破するデザイン』で、イノベーションには2種類あると。意味のイノベーションと問題解決のイノベーションですね。クレイトン・クリステンセンが言う破壊的イノベーションと持続的イノベーションに対応しているものだと思いますが、今、地方で求められているのは、意味のイノベーションだと思うんですよ。問題解決のイノベーションは、ユーザーの声を聞いて、より良いものに改善していくものですね。例えば、無線データ通信網を4Gから5Gに革新していくような。一方、意味のイノベーションは、電気が発達して、部屋を明るくする手段として役目を終えたロウソクですが、アロマキャンドルなど、癒しや雰囲気づくりなど、ロウソクに新たな意味を与えるようなものです。地方の話に戻ると、例えば2003年に政府が観光立国政策をはじめると、日本全国の多くの地方自治体が観光政策に取り組むようになりました。定住人口が減少するから、観光客という交流人口をおぎなうことで、まちの活力を維持しようと。それはそれで良いのですが、あまり成果が出ていないところも少なくないんですね。成果が出ていないのは、なぜ観光に取り組むのか、その意味を突き詰めて考えていないからだと思うんです。結果として、他のまちとの違いを生み出せずに、客から見ても違いがよくわからないと。この、全国的な観光政策ブームの多くは、問題解決のイノベーションだと思うんです。地方創生も同じようなものですよね。ですから、地方には、意味のイノベーションが求められていると思うんです。

ロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』表紙
「問題解決のイノベーション」と「意味のイノベーション」の違い(『突破するデザイン』p.72)

佐無田:このあいだ高校生向けに講義をしたんですが、そんな話が一番ウケましたね。地域の意味付けの話です。海士町の「ないものはない」であるとか、神山町や境港や直島や宮崎県綾町の話を紹介したんですけど、そこに存在するものには手を加えなくても、意味を変えることで、急に価値が上がります。

宮崎県綾町

でも、意味付けも手段です。気を付けなければならないのは、意味づけされたその方向が本当に地域の目指すべき姿なのかということには注意が必要だと思うんです。それは、こういうものが良いなと思っている需要者に合わせていくことですから、その目線で地域の意味づけを規定される面があります。例えば、鬼太郎ロードの境港市は、もともと漁業の町で、古い建物やうっそうとした森があって、それこそ妖怪が出そうな雰囲気を資源に変えていくのは面白いと思うんだけど、今や、妖怪的なものを、テーマパーク的に求めてくるので、それを強めていかなければならないような圧力がかかっていくと。もはや鬼太郎にかくれて漁業の街であることすら忘れられているかもしれない。そこは注意が必要です。

佐野:境港は観光客誘致が前面的に出ていてそんな感じはしますけど、宮崎県綾町は少し違うような気がしますね。照葉樹林文化というキャッチコピーは当時の町長の郷田實氏が打ち出しましたけど、外向けに打ち出したような感じは弱い気がします。

佐無田:外の人に受けているのは有機野菜ですよね。照葉樹林文化と有機野菜がセットになっているみたいな。

佐野:照葉樹林文化というのは、外向けというよりは内向け、言ってみればインターナルマーケティングのようなものが先にあって、内側から固めていったような感じがします。境港とはプロセスが異なる気がします。

佐無田:綾町は教育が軸ですからね。

佐野:ですから、綾町はわりと理想に近いような感じはしますよね。

佐無田:根っこを大事にしていますよね。よく学習しているから、そんなに外れたところにはいかない。町長が変わっても、それほどずれない。でも、演出力はありますよね。期待されているものをいかに魅せていくか、ということは上手ですね。

佐野:私は現地に行って、正直なところそんなに演出力があるとは思いませんでしたけど。

佐無田:照葉樹林を価値あるものとして見せていくのって、難しいですね。中尾佐吉が言ったように、照葉樹林が日本人の原点としてあるんだよ、というのは学習しないとよくわからない。そこは国際会議などをやって、世界で評価されていることを示したり、学習的な演出になると思います。また、照葉樹林文化をベースに生み出された木工や有機野菜は、使えるものが多い。ピンポイントでこれが欲しかったみたいなものが直売所で売っているのは良かったです。酒蔵も商品開発がすごいですね。宣伝やマーケティングにもずいぶん力を入れていました。

佐野:そんな綾町は、意味のイノベーションだと思うんですよね。それを生み出すのは、優れた人材です。

佐無田:郷田元町長がいなければ、こんなにはならないですよね。あとは、綾町の教育です。

佐野:自治公民館(注1)の話ですか。

(注1)自治公民館とは、綾町内各集落にある公民館の呼称である。郷田元町長は、それまでの行政の末端としての区長と公民館長の兼務をやめさせ、公民館長には町民の希望や考えを集約して、日常的な生活課題に取り組むことに専念させた。自治公民館は、住民間や行政と住民間の議論の場として機能し、住民の自治能力や連帯感を強め、後の政策形成の基盤となっていく。(郷田實・郷田美紀子(2005)『結いの心』評言社)

佐無田:そうですね。あと学校教育も特徴的で、環境教育とか徹底してやっていますよね。長野県飯田市も同様で、やはり基盤としては公民館。そこで課題解決の訓練をされるので、それが自治体に活かされている。自治体で課題解決能力がすごくあるのは、公民館レベルで利害調整して、新しい問題を解決するみたいな訓練をしているからなんです。飯田市では、公民館で一生懸命がんばった地域の人の中から、環境アドバイザーが登録されて、そういう人がNPOをつくり、日本でいち早く再生可能エネルギーの市民発電所の仕組みをやり始めました。一種の金融イノベーションですが、市民からお金を集めて、再生可能エネルギー事業に投資して、その収益を出資者に還していくような事業です(詳細については、諸富徹編(2019)『入門 地域付加価値創造分析』日本評論社を参照のこと)。さらに、そのノウハウを全国に展開していくサポートをやっていますが、こうした取り組みの基盤がどこにあるかというと、公民館とか、最近では自治振興センターが基盤になっています。

佐野:飯田市での公民館の問題解決の訓練って具体的にどんな内容ですか。

佐無田:地域によりますが、今だったら小水力発電をみんなでやりましょう、みたいな話です。古くは、飯田大火の復興で防火のために整備されたりんご並木の管理をどうするかとかあって、「ムトスのまちづくり」という形で自治活動が引き継がれています。私が聞いたのでは、学校の裏山を自然教育で使いたいというアイディアがあって、山に入って、どんな生物多様性があるかを調べるみたいな活動がありました。この教育力こそが基盤です。地域のレジリエンスは学習と協働に尽きると思います。

愛媛県内子町の直売所で有名な「からり」に話を聞きに行ったら、綾町に調査に行って、自治会の仕組みが良くできているから、内子でも参考にしたという話を聞きました。地区の予算は、自治会で「地域づくり計画書」を作らないと、予算には上げないという仕組みなんだそうです。議員への陳情じゃないんです。みんなで議論して、決議されないと予算がつかない。計画策定のために行政職員3名ずつが各自治会の事務局員となり、サポートするような形になっているんです。これは自治体職員の教育システムでもあるそうです。

佐野:規模が小さな町だからこそ、町長のトップダウンで改革できたような話かもしれませんね。ポートランドも計画策定にネイバーフッドが組み込まれた仕組みになっていますね。

佐無田:ポートランドの場合、近隣地区は自治会ではなくて、任意のNPOだったりするのが驚きでした。その地区のことを考えたい人が勝手に集まってやれるんです。つまり既存の地区の政治的構造にしばられたりしないんです。それをコーディネートする専門の行政の部署があって、支援の仕組みがあります。はじめは地区の開発に対する反対運動から始まったのですが、そこに権限をあたえて制度化してしまった。すごい市長ですよね。

佐野:それはいわば、政策イノベーションとでも言えるのですか。

佐無田:そのときからの伝統で、反対の声があったら、それを政策イノベーションとして取り入れると。反対の声があるということは、変えるチャンスだと認識して、それを組み入れるように行政職員が動いていくことが文化になっているそうです。それが日本では一番欠けているところかもしれません。反対されたくないんですよね。

佐野:意味のイノベーションでも、批判が大事だと言われています。意見を対立させて議論してこそ、意味のイノベーションが起こると。根回し文化では、イノベーションは起こらないですよね。日本の文化なんでしょうか。

佐無田:忖度がはじまるわけですね。為政者の周りにいるひとが忖度するんですよ。反対されるかもしれないから、見せないようにしようと前もって配慮するとか。忖度文化はすごく根深いですね。忖度が批判されるようになっただけでも、前進かもしれません(笑)。地道な教育から変わる必要があると思います。

佐野:なるほど。

佐無田:学生を見ていてもそうだけど、自分から意見を言わないんですよね。

佐野:それって昔からじゃないですか。

佐無田:そうなんだけど、最近は特に、真面目なんですよ。勉強がつまらないから黙っているというんじゃなくて、“私なんかがつまらない意見をみんなの前で言っても”と遠慮するんですよね。周りに忖度しているというか。自信がないからこそ、しゃべって議論を盛り上げていくことが重要じゃないかと思うんですが。

佐野:近代以前の日本の農村には寄合がありましたよね。一人でも反対意見があれば、全員一致の結論が出るまで、時間をかけて議論するという。

佐無田:まさに熟議民主主義ですね。今は多数決で、少数派の意見が黙殺する文化ですよね。多数決、小学校教育からやめてほしいですね。そんなの暴力ですよ。

佐野:小学校の頃から多数決は刷り込まれていますよ。

佐無田:選挙は多数決システムですが、これが今では政治ゲームをやっているようにしか見えません。政治家の狭いギルドの世界で、どっちが勝つかゲームをやっているだけで、そのゲームに国民が参加させられている、という感覚です。選択している感じがしないです。イギリスのEU離脱問題の国民投票の方が、まだ民主主義だという感じがします。

佐野:国民に選択肢を与えるべきかどうか、難しいところですね。

佐無田:経済学者からみて、EUに残るべきかどうかは、意見が割れるところだと私は思います。正しい答えはわかりません。専門家でも答えがわからない問題であるなら、国民投票に任せるのは、合理的だと思います。

これと異なるのは賢人主義で、金沢でも、前市長の山出保さんによれば、何もないところで市民に聞いたりしないんですよね。まずは有識者によって方向性を検討して、その結果を市民に問うています。金沢21世紀美術館も、何も無い状態で市民の意見を聞いていたら、きっとできなかったですよね。何でも多数決ではなくて、時と場合に応じて機能するガバナンスを人々が学習することが重要なのだと思います。

佐野:現代は、ポピュリズムが問題になってきますよね。アメリカとかで。

佐無田:イギリスの国民投票と、ポピュリズムは違うと思いますね。ポピュリズムは、大衆に受ける方向を政治が先導するものですよね。イギリスでは議会政治で議論して答えが出なかった問題を国民に問うという、民主主義のルールに沿っている気がします。そういう意味では、イギリスのガバナンスは参考になります。

イギリスは民営化が上手です。例えば、イギリスの鉄道も、民営化して福知山線の事故みたいなものが起こるんですが、その後、民営化のやり方を変えています。公共機関が、こういう公共鉄道を運営してほしいと、一定のメニューを提示し、インフラ整備、運行、車両提供、それぞれのサービスごとに民間企業に入札してもらう。国民にとって、乗りやすい鉄道でなければ意味がない。料金はこれくらいの水準とか、wi-fiが必要だとか、安全管理や定期運行などの必要なサービス基準を決めているのは行政で、行政が税金で委託するのです。サービス内容と金額を加味して委託事業者が決まると、委託された企業は、独占企業なのですが、絶対的な独占企業ではない。良いサービスをしなかったら、契約は解除になって、次の委託業者が入ってきます。設備や従業員はそのまま、運営する会社だけが交代します。競争原理が働くわけですね。民営化に賛成か反対かではなく、ガバナンスのやり方次第なのです。逆にガバナンスが悪ければ、民間でも公共経営でも、サービスの質は良くはならない。

佐野:近年話題のPPP(注2)ですね。でも地方だと、民営化に手を挙げてくれる企業がいないのが問題です。

(注2)行政と民間が協力して公共サービスを効率的に運営すること。官民パートナーシップ、官民連携ともよばれる。public private partnershipパブリック・プライベート・パートナーシップの略称。1990年代にイギリスで始まった民間資金を活用した社会資本整備(PFI=Private Finance Initiative)を発展させた概念。PFIは行政が計画をつくったうえで実施する民間企業を募集するのに対し、PPPは企画・計画段階から民間企業が加わり、民間の独自ノウハウで、より効率的な運営を目ざす。厳しい財政状況のなかで民間資金の活用を拡大するねらいもある(日本大百科全書(ニッポニカ)より)。

佐無田:イギリスだと、ヨーロッパの企業が手を挙げてくるんですよ。国内の企業ではないです。日本だと、結局限定された地域の企業からしか手が挙がらないから、競争原理が働きません。

佐野:でも、民営化によって、行政サービスの質が低下したという話もありますし、管理が難しいです。

佐無田:先ほど話をしたポートランドのエネルギーまちづくりは、NPOがやっています。電気料金に3%上乗せして、それをファンドにして、節電への投資を促していくわけですが、そのお金の配分やマネジメントを、政策サイドからスピンオフしたNPOがやります。ただし監査は徹底していて、そこは行政がチェックします。公共的管理を全部行政がやらずに、政策ベンチャー的なNPOをスピンオフさせて、運用はそこに任せます。エネルギー効率化のプロジェクトとしては、年間何十万サイトもあるわけで、そうすると1つのNPOだけではできなくて、各地の専門的なNPOや事業者に任せていくしかない。NPOの階層、ネットワークがあって、エネルギー管理の認証制度を運営しているのもNPO、その認証評価のコンサルティング事業をやるのもNPOです。ノンプロフィットコーポレーションというのもたくさんあります。アメリカは競争社会なのですが、その競争のルールを作るところも分権化されていて、そこに政策イノベーションがあるわけです。政策イノベーションをめぐって、多数の利害関係者が政治フィールドで闘争しているというのがアメリカモデルのガバナンス。日本ではできないですよね。

佐野:いろいろな国にいろいろなガバナンスがあるんですね。

佐無田:いろいろなガバナンスがあるという前提で、自分たちにあったガバナンスをつくっていくガバナンスイノベーションが、これからの時代を切り開いていくのではないでしょうか。

佐野:やはりガバナンスのあり方も地域によって違うべきなんでしょうか。

佐無田:違いますね。公民館スタイルや民間企業スタイル。海士町なんかは、自治体からスピンアウトした形で、観光協会が全体をガバナンスしています。観光協会が移住者をOJTで訓練して、いろんなところに派遣しながら、事業を任せていますよね。

ガバナンスのイノベーションへ

佐無田:ガバナンスは柔軟性が大事だと思うんです。1960年代までアメリカも、かつては垂直統合型モデルだったんですよ。でも、垂直統合型モデルの象徴だったデトロイトなんかを横目に、シリコンバレーが生まれていく。なぜなら、アメリカは連邦制で分権国家だからです。地域レベルから新しい社会システムが実験されていくガバナンスの柔軟性がありました。

佐野:日本のガバナンスに柔軟性を持たせるためには、革命が必要ですね(笑)。中央集権から地方分権への。

佐無田:明治維新が地方分権から中央集権への革命と考えればそうですね。平和裏に分権できないのでしょうか。

佐野:中央集権か地方分権かが、政治の争点にならないんですよね。

佐無田:昔はなっていたんですけどね。90年代の細川政権のときなんか。

佐野:今、ローカルがブームになっていますが、その主役って市民や企業だったりですよね。もう政治には期待しない、みたいな感じで捉えれば良いんでしょうか。

佐無田:地方分権は本来、政治主導だと思います。地域政策の流れを追っていくと、1997年から98年にかけて、公共事業費を削っていく方向に変わります。橋本政権のときです。財界を研究する人によれば、そのとき何が変わったかというと、経団連なんですよ。経団連はそれまで、もっと政府は公共事業をやって景気対策をすべきだ、という意見だったのが、もう国内に金を回すよりも、世界に展開していく中で、国内の公共事業はもっと効率的にやれと変わるんです。これが大きくて、構造改革路線に行きます。その後、揺り戻しはありましたけど、一貫して、国は地方の面倒を見ていられない、という路線になりました。それで、地方は国に頼れなくなって、農家レストランとか、昭和レトロとか、B級グルメなんかも、危機感を持った地域では、さまざまな独自の動きが出てきました。これを受けて、政府の方も地域再生法を作って、地域再生のために規制緩和が特例的にできるようにしました。これは地域からの提案を受けられるようにしたことで、それまでの地域政策よりは比較的有効でした。この手法を引き継ぐ形で地方創生が登場し、今度は地域主導でやることを政府が強制する、というスキームになった。ところが、上から強制させられると、あまり良いアイディアが出ないという矛盾があります。

佐野:地方版総合戦略ですね。

佐無田:総合戦略の方針が出てからつくるのに、半年くらいしか猶予が与えられませんでした。本当は地域の課題が何なのかについて、みんなで学習する時間が必要だったと思います。でも、そんな時間は与えられなかったんです。ある自治体の審議会で、これは補助金を取るための計画だと割り切ってくれとはっきり言われました(笑)。政府が主導すると、形式主義になるんです。もちろん自治体の中には、今まで考えてきたことや住民との議論を踏まえて計画を作っているところもありますが、多くは時間もないので形式的な対応を優先しました。KPI(重要業績評価指標)も理念はわかるんだけど、うまくいっていないですね。作ったKPIに合わせて数字を出すことが仕事になってしまって、本質からずれちゃう。上位政府が一生懸命管理しようとすればするほど、自治体の現場では形式的な仕事に忙殺されていく。垂直統合モデルの非効率が出ていると思います。

佐野:でも、国には国の都合もありますからね。

佐無田:地方創生は、このままでは東京が高齢化して、財政負担が大きくなるという、実は東京の問題ですよ。東京の高齢化の理由を考えると、地方から若い人が入ってこないからです。地方が危機だから、東京が危機だということに気がついた。国の危機感からすると、もう数年の猶予もない。だから総合戦略を急いだんです。でも、地方からすれば、そんなことわかっています、いまさらですという感じでしょう。数十年前から危機感持っていましたからね。

佐野:先生はとことん、地域側に寄り添うんですね。地域への深い愛情をお持ちなんだと感じます。

佐無田:地域から見ているだけで、私自身は日本全体の問題であり、社会変革のテーマだと思っています。海士町で移住者から聞いたのは、地域の再生は、日本経済の再生だと思ってやっているということでした。確かに、来ている人材が、トヨタをやめた人だとか、大手企業を辞めてやってきた人が多いので、そういう志の高い人材なんですよね。トヨタとか大手メディアとかでいくらがんばっても、日本の問題は解消されないと感じていたわけです。かつては組織の歯車だったけど、ここでは自分ががんばれば、地域が変わることを実感できると言っていました。給料下がっても、変えられるというのが、モチベーションです。そこは共感しますね。地域だったら変わる。地域を変えられたら、日本を変えられる。愛情ではないですね。

佐野:日本を変えるために、より良くするために、中央ではなく、地域から変えていく、という戦略が有効、ということですね。でも、受け入れる地域側は、海士町みたいなところは少なくて、変化を拒絶する地域も多いですよね。

佐無田:大学としても、地域連携を進めるんですけど、なかなか難しいですね。調査を申し出ると、そんなものは必要ないと拒否するんです。余計なことしないでくれと。自治体にはやらないといけないことがあるので、それに必要な知識を提供してくれれば良いと言われました。自治体が困ったときに、引き出しを用意してくれれば良いと。それでは大学としてはモチベーションあがりません。お互いにリスペクトされないとね。

佐野:大学に対する地域側の無知が理由なんじゃないんですか。反対意見を許容できない日本人の典型ですね。

佐無田:確かに、地域側は、自分たちのやっていることを分析して、批判してほしくはない、という部分はあります。地域側が求めていることを支援してくれと。大学としては、研究者の使命感として、自分たちが客観的に調査して、その一次情報に基づいて問題提起したいと考えています。お互いの世界観を理解しないといけませんね。自治体の人は、大学とは違う文化の人なんです。外国の文化を理解するように、異質な考え方を受け入れないといけません。大学側としても、いかに自分たちの研究が、現場のニーズに即したものになっているか、よくよく相手の立場になって反省しながらやらないと。異文化交流が必要です。地域再生って、つくづくそういう世界だなと思います。

佐野:どういう世界ですか?

佐無田:領域横断的にやっていくときに、お互いに理解できないからうまくいかないんです。

佐野:そうですね。異分野の人とうまくやっていくのは、様々なコストがかかりますね。

地域内循環の話に戻りますが、バケツの穴をふさぐだけで、本当に地域が持続可能になるのかな、という印象があります。藤山浩さんたちは、人口1%ずつ回復すれば、人口が安定すると言うんだけど、多くの人は、半信半疑というか、なかなかイメージできないと思うんですけど。

佐無田:あれは、運動だと思います。人口が減っても、幸せに生きられるかどうか。そういう意味では、数値で見せられて、頑張る価値はあるんだな、と思わせますよね。林直樹さんたちの「撤退の農村計画」は、筋は通っているんだけど、それではなかなか元気にはなれない。求められているのは、前向きになって元気になる人が一人でも二人でも増えるのが大事なんじゃないかな。

林直樹・斎藤晋(編)『撤退の農村計画』表紙

佐野:難しいですね。前向きにならなきゃならない、と強制するのも20世紀的なのかもしれませんけど。確かに気持ちは重要ですよね。景気しかり。

佐無田:これから消滅する集落がいくつも出てくると思いますが、生き残る集落が出てくるのは、前向きになるからですよ。

佐野:都市と農村の関係って、地域経済学では議論されるんですよね。伝統的には、都市は農村の花みたいな言い方があって、都市の基盤は農村にあるという関係ですよね。今はどういう関係なんですか。

佐無田:都市は膨大な農村を抱えて存在するのは、今も変わりません。ただ、その農村が周辺なのか、国内なのか、グローバルなのか、の違いですね。20世紀は国レベルの都市と農村の関係だったのが、21世紀は、ローカル化したりグローバル化したりと、関係は変わってきている。いずれにしても、都市と農村は均衡しています。都市だけになっていくのは、原理的にはありえないです。都市だけで資源を自給できるようになれば別ですけど。

佐野:植物工場なんかが増えれば変わるんですかね。

佐無田:そうですね。でもすべての資源、エネルギー、それから人。人口は歴史的にも農村の方が再生産性が高いんですよ。都市の人口を維持するためには農村が必要です。

佐野:それって、東京と地方の関係にも当てはまりますね。

佐無田:20世紀は国単位の都市-農村関係を構築しましたから。だから、東京が地方創生を言い出したわけです。本来、東京は世界から優秀な人材を集めて、海外から稼ぐ役割を果たすべきなんですけど、東京にその力がないから、地方創生なんですね。

佐野:東京がダメだから、地方都市が海外で稼がなければならない、と。地方都市でも、グローバル化が必要だと。

佐無田:いえ。今の東京は国内の資源と国内の市場で支えられているドメスティックな大都市なので、地方創生は、国内の地方をテコ入れして、東京を救おうという国内政策だと思っています。これに対して、ロンドンは世界都市ですが、どんどん国内地方と無関係になってきたと指摘されています。ロンドンは国内と切り離されて、むしろ国際金融とつながっているんです。だから、地方から見ると、EUから離脱しても関係ないよ、という人たちが多いのも頷けます。

佐野:金沢も、小さな世界都市論。世界趣都を目指すんですね。ヨーロッパの小さな都市のように。

佐無田:私は、垂直的な国土構造に対抗して、地方都市が、東京に頼らずに、直接グローバルな市場でポジショニングすることが課題だと言っていますが、それはとても難しい挑戦だと認識しています。世界システム論の先生に言われて気づいたんですけど、欧米では、ローカルにやっていることが、自然に世界でやっていることになるんですよ。ヨーロッパが世界を植民地化してきたから、ヨーロッパで生まれた時点で、世界性を持っているんですよね。それに比べて、日本の地方都市のグローバル化はハードルがすごく高いです。

佐野:大変ですけど、日本の地方都市も、比較優位を地道に見つけるしかないですよね。

佐無田:金沢は以前から工芸で世界に出ようとしていますけど、ヨーロッパのクラフト市場には大きくてかなわないです。だから、クラフトではなくKOGEIで勝負しようとしている。ものすごくニッチですよね。世界に出なければ、それすらわからなかったわけですけど。

佐野:地方都市が世界で勝負するのは、本当に大変ですね。

佐無田:日本は世界で相当遅れているという意識が足りないです。一人当たりGDPで見てもぐんぐん置いていかれています。なぜそうなっているのかが理解されていない。今足りないのは、世界から学ぶ姿勢です。台湾やシンガポールの学ぶ姿勢に負けてますよ。日本の資源性の問題ではない。1人1人の潜在力は十分にあると思っています。問題は資源の活用の仕方で、謙虚な気持ちで学ばないといけないんじゃないですか。

佐野:確かにアジアから学ぶ姿勢はないですね。

佐無田:先進国だと思うのをやめた方が良いです。技術が遅れているわけではないんです。社会システムとか、ガバナンスとか、組織とか、そういうのが遅れていると思うんです。

佐野:ガバナンスですね。日本全体のガバナンスを変えるのは難しいけど、小さな地域であれば、変えられる可能性は高いと。社会実験はできると。

佐無田:わずかな可能性ですが。垂直統合されている中で、独自のことをできる余地は決して大きくないので。それでも、前向きになれる領域だと思っています。

佐野:そのガバナンスの可能性は、地域の可能性ですよね。今日は本当に長時間お付き合いいただきましたが、お陰様で地域の可能性、確かにいくつもハードルはありますが、何となく見えてきた気がします。ありがとうございました。(了)

佐無田光(さむた・ひかる)

1974年横浜市生まれ。金沢大学人間社会研究域経済学経営学系教授。博士(経済学)。専門は地域経済学、地域政策論。環境と地域経済、サステイナブルな地域発展、日本の地域経済システムなどを主な研究課題とする。主な著作に『2025年の日本 — — 破綻か復活か』、『自立と連携の農村再生論』、『北陸地域経済学』など。

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佐野浩祥
建築討論

さの・ひろよし/1977年東京都生まれ。東洋大学国際観光学部教授。2006年東京工業大学大学院情報理工学研究科情報環境学専攻博士課程修了、博士(工学)。専門は、国土・地域計画、都市計画史、観光まちづくり。