内田祥哉著『ディテールで語る建築』

建築の再現可能性(評者:谷繁玲央)

谷繁玲央
Jun 30 · 5 min read

建築家は科学者であり、建築界は広大な実験室だった。本書はそんな時代を振り返る随想録であり、筆者にとっては現在進行形の実験ノートである。

内田祥哉『ディテールで語る建築』彰国社, 2018

『ディテールで語る建築』は建築構法学の大家・内田祥哉氏が2005年から2015年までの10年間にわたり『季刊ディテール』誌に執筆した40編の連載「内田祥哉 三題噺」に新しく1編を加え、加筆・増補・再編されたものである。筆者の70年以上にわたる設計と研究による膨大な成果をもとに、「プレハブ」「モジュール」「納まり」「和小屋」など建築のディテールをめぐる広範な議論がなされ、本書全体を通して戦後日本建築の歩みが語られる。

これまでにも本書のような論考集は複数刊行されてきた。退官記念論考集★1、最終講義録★2、インタビュー集★3、近年では建築家を対象としたレクチャー録★4などがある。最も代表的な著作である『建築生産のオープンシステム』(1977年, 彰国社)も50年代から70年代の論考を再編したものと言える。その中で本書の特異性は『ディテール』誌の連載ということもあり、筆者によるビルディングエレメント論やオープンシステム論などのより抽象的な議論よりも、自身の設計作品や同時代の建築を通して「目地」「入隅・出隅」「階段」等々の具体的な事象に対する議論に紙幅が割かれている点にある。

内田祥哉は建築家として多くの「失敗」を語ってきた。本書はとりわけ「ディテール」を扱うがために、遮音・断熱・防水といった具体的な性能の「失敗」について言及される。いや「失敗」という表現は正しくないかもしれない。内田の言葉はどこまでも価値中立的で、「失敗」ではなく実験結果の一つとして淡々と語られる。筆者は常に解決すべき構法上の問題を提起し、それに対する新たな解として等身大の建築を設計してきた。しかも新たな解ゆえに生じた瑕疵や改善点に必ず言及し、可能な限り改修や次の作品で改善するというプロセスを提示する。その様はまさに科学者が実験する姿勢に等しい。筆者の作品とその言葉の中心には「再現可能性」があり、のちに他者が彼の実験を模倣し同じ結果を得る、あるいは改善を施してより良い結果をもたらすことを企図している。例えば「グリッドとモジュール」の項はこんな言葉で締められる。

歴史は繰り返すとよく言います。もしかしたら再びモジュールの話題が盛り上がることがあるかもしれません。どうかこの記事等を参考にさまざまな試みをしてみてください。恐らく同じ結論に到達すると確信しています。(本書2章2節「グリッドとモジュール」p.99)

この文章からも読み取れるように、建築の実践は再現可能な形で共有され、集合知的にトライアンドエラーされるべきものとして提示されている。

しかし、建築が大量に必要とされる時代がはるか昔に終焉した現代に、建築の再現可能性はどれほど有用だろうか。弟子にあたる原広司は26年前すでに「教育の風景の中の内田祥哉論」の中で以下のように述べている。

今日、私たちが置かれている状況はますます実験的な冒険ができない状況となっている。俗に言えば、サクセス・ストーリーしかない時代なのである。そうした傾向の中で、内田祥哉は成功か失敗か定かでない美的冒険とは別の次元でトライアルを重ねている。(原広司「教育の風景の中の内田祥哉論」, 内田祥哉『住まい学体系051 建築の生産とシステム』1993年, 住まいの図書館出版局)

原の言葉を借りれば、トライアンドエラーできた時代が終焉し、建築家は実験的な冒険から美的冒険へと移行した。現代はサクセス・ストーリーさえない時代になったかもしれない。

では、近年の若手建築家たちの「構法」への関心の高まりや内田構法学再読の動きはこうした時代の変化とどのように呼応しているのだろうか。一つには美的冒険の果てに構法を召喚して新たな展開を期待しているのだろう。しかし、それだけでは科学としての構法や内田の再現可能な実践という視座がこぼれ落ちてしまう。評者はもう一つの方向に可能性を感じる。それは実験的な冒険を再び始めてみることである。内田のキャリアのスタートである50年代と現代の共通点があるとすれば、私たちが対象とするべき建築の膨大さである。膨大な新築が必要な時代と、膨大な改修が必要な時代は、集合的に建築界が取り組まなければ対処しきれないという点で共通している。いま建築の世界に集合知による実験が求められているとすれば、「成功」を誇張するのではなく、「失敗」も「成功」もフラットに他者と再現可能な形で共有するという内田の科学者としての姿勢を私たちは学ぶべきだろう。

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★1:内田先生の本刊行委員会『造ったり考えたり』,1986年.
★2:内田祥哉,『住まい学体系051建築の生産とシステム』,1993年,住まいの図書館出版局.
★3:内田祥哉, 内田祥哉の本をつくる会『建築家の多様』2014年,株式会社建築家会館.
★4:内田祥哉『内田祥哉 窓と建築ゼミナール』,2017年,鹿島出版会.

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書誌
著者:内田祥哉
書名:ディテールで語る建築
出版社:彰国社
出版年月:2018年11月

建築討論

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谷繁玲央

Written by

たにしげ・れお/1994年愛知県出身。2018年東京大学工学部建築学科卒業。同大学院権藤智之研究室所属。建築輪読会主宰。メニカン共同主宰。専門は建築構法、建築理論。現在、工業化住宅・商品化住宅の構法史研究をしている

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