別のやり方で「建築する」ための案内書(サマリー№20)

Nishat Awan, Tatjana Schneider and Jeremy Till, “Spatial Agency: Other Ways of Doing Architecture”, Routledge, 2011

川勝 真一
建築討論
22 min readSep 9, 2023

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2008年9月、アメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発した世界金融危機は、グローバル化した金融資本主義経済の危うさを人々に示し、その余波は2011年のオキュパイ・ウォール・ストリートなど行き過ぎた富の格差を生み出す社会構造への抗議活動へと発展した。その前年には中東でSNSによって連帯した人々によってアラブの春と呼ばれる市民革命が連鎖的に発生するなど、まさにこの時期、人々は社会的な連帯によって世界が変わるという熱の中にあった。日本でも東日本大震災、そして福島第一原発事故を機に、多くの人が近代文明の築き上げてきた社会そのものを反省する必要に迫られた。地域社会やコミュニティの重要性が再認識され、経済的な豊かさや繁栄とは異なる価値を生み出そうとソーシャルデザインの取り組みやデザイナーによる社会的起業が取り立たされた★1。

2011年に出版された本書は、こうした時代背景を色濃く刻み込んだ一冊だ。世界中にアイコン建築と呼ばれる特異な建築を量産し続けていたヒロイックな建築家像を疑い、空間的な問題に対する最善の解決策は必ずしも建物ではないという信念のもと、他者と共に行動する人々や団体に注目する。著者は現在ロンドンUCL都市研究所で教鞭をとりつつ、国境に関する地政学的なリサーチに取り組む ニシャット・アワン(Nishat Awan)、 ドイツ・ブラウンシュヴァイク工科大学建築・都市歴史理論研究所(GTAS)の教授タチアナ・シュナイダー(Tatjana Schneider)、 そしてロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズ建築学科教授のジェレミー・ティル(Jeremy Till)の3名。そもそもはティルがシェフィールド建築学校の学科長だったときにシュナイダーによって始められたリサーチプロジェクトであり、のちに助手だったアワンが参加し進められた。2016年には中国語版も出版されている。

『Spatial Agency』(2011)表紙

全体の構成は、前半の論考パート、後半の事例集からなる。論考部分はタイトルでもあるSpatial Agency(以下SA)とはいかなる存在であるかを説明するやや長めのイントロダクション、1章はSAが建築=建物という保守的な認識から逸脱するようになったかの動機を紹介し、2章ではSAが実際に赴き、活動を繰り広げる現場について述べる。そして3章は各現場において採用される戦術や戦略について記されている。後半の事例集は古今東西から集められた136のSAに関する実践や理論が掲載されている。これは著者らが探し出したSAの一部であり、SAのwebsiteには、より多くの事例が掲載されているので、是非覗いてみてほしい。

Spatial Agencyのwebsite。データベースの一覧とプロジェクト紹介ページの事例(https://www.spatialagency.net/)

Alternative/Architectural/Practiceを検証する

冒頭、フランスの社会学者ブルーノ・ラトゥール(Bruno Latour)が自ら提唱したActor-Network-Theoryについて語ったユニークなエピソードが紹介される。

彼は『アクター・ネットワーク理論と相容れないものが4つある』と話し、それは『アクターという言葉、ネットワークという言葉、理論という言葉、そしてハイフンだ』と語った」(p.26)

同様に、著者らはこれまでの建築家の職能や行為を批判する際に用いられることの多い3つの言葉、「Alternative/Architectural/Practice」について批判的な検証を開始する。

「Alternative」には、別の何か、ここではないどこかを求める微かなロマンティシズムの香が漂う。しかしそのことはつねに「逃れようとする参照条件に縛られてしまう」という弱点を持つ。なぜなら「オルタナティブを確立するためには、まず、それに対抗する規範を定義する必要があり」、そのことが「批判対象そのものを温存する」ことになりかねないからだ。だからこそ中心的概念に依拠しない独自の条件と利点に基づいたパラダイムの提示が必要だと本書は説く。

続いて著者は「Architecture=建物」という限定的な考えが、建築の商品化を助長し、より高い交換価値を持つ建築(それは往々にして進歩的で革新的、象徴的でランドマークとなるような建物)が評価される状況を生み出してきたと批判する。またArchitectureという語の使用は、建築家だけが空間の生産に関わる主体であるかのような誤解を生みかねない。であれば、アーティストからユーザー、政治家を含む多様なスキルと意図を持った広範なアクターを招き入れる言葉を見出す必要がある。

最後のPracticeについてはどうだろうか。まず著者は「多くの建築実践(Practice)が、クライアントや市場の短期的な優先順位に反応して決定されている」こと、またそれが「特定の様式や技術的な手法を洗練させ、それを任意の文脈に適用し、建築物に特徴的なキャラクターを付与することに向けられている」と述べる(pp.28–29)。これは自然科学に基づく理論と実践の関係に等しく、むしろ「特定の外部条件のオープンエンドな評価から始まり、そこから、あらかじめ決められた結果ではなく、変革を意図した」実践(Praxis)★2に取り組むべきだと提案する。

こうして通俗的でときに主流への反応としての「オルタナティブな建築実践」という位置付けを、独自の立場と利点を持った共同的なプロセス、可変的なプラクシスへと変容させたのが、本書のタイトルにもなっている「Spatial Agency」ということになるだろう。

空間に変化をもたらす主体

アンリ・ルフェーヴルが1974年に出版した『空間の生産』★3は、空間の概念を「空間の表象(計画された概念的空間)」「表象の空間(生きられた空間)」「空間の実践(認識された空間)」の相互関係として整理したことで知られるが、本書の思想的バックボーンを成している。

建築に変わって提示される「Spatial」、つまり空間はルフェーブル流の「(社会的)生産物である」ところの「社会的空間」である。それはまず第一に専門家のオーサーシップが解除される共同的な場であり、そして固定化された開始や終了のないプロセスや、具体的な人々が生き、権力/権限、相互作用/孤立、支配/自由などの力学を帯びた政治的空間として立ち現れる(p.30)。

もう一方のAgency★4とは一般的な「代理(人・業)」と言った意味ではなく、「他の人のエンパワーメントを通じて変化をもたらす」能力であり、「以前は知られていなかった、あるいは利用できなかった方法で空間に関与することで、社会空間を再構成し、新たな自由と可能性を切り開く存在」とされる。それはまた「別のやり方で建築する」ことによって固定化した専門知を解きほぐし、自分の知識をオープンに他者と共有しようとする意志を持った主体でもある(p.31)。付言すれば、行為者としてのエージェンシーは人だけでなく、さまざまな「モノ」もまたアクターとして存在していることになる。

続く3つの章では、SAについて具体例を交えながら、その特性や意義が紹介されている。1章は、SAが一般的な建築家像から距離を取り、別の方法を選び取った動機について「政治性」「専門性」「教育学」「人道危機」「環境問題」の5つが取り上げられ、続く2章はこうした動機を持った実践が向かう先が「社会構造」「物質的連環」「組織構造」「知識」の4つに整理される。最後の章はSAの運用面での戦略や戦術として「設計仕様書への関与」「イニシアチブの獲得」「貨幣経済からの脱却」「利用可能な資源の流用」「空間に隠された構造の可視化」「ネットワークの形成」「知識の生成と共有」などが紹介されている。これらは内容的に重複する部分もあるため、以下では章を横断しつつ、以下3つの観点からサマリーを試みる。

Rural Studio《$20 House Ⅳ》建設風景(出典:https://www.spatialagency.net)

建築の政治性に向き合う

空間の生産は本質的に政治的であり、その生産に参加することは、瞬間的な社会的責任を考慮するだけでなく、長期的な結果を評価することを伴う。(p.38)

教条主義的なモダニズムを批判したポストモダニズムが様式の議論へと後退したことは、建築分野における政治的なモメントを減退させた。しかし当然ながら「政治を脇に追いやったからといって、政治がなくなるわけではない」(p.38)。実際ポストモダニズムはレーガン時代のプラグマティックな新自由主義的経済政策と政治への「屈服」だったと指摘されてきた★5。(バブル期の日本や)2000年以降のグローバル経済建築家たちは資本主義のリアリズムに身を任せることで、プラグマティックに振舞ってはいたが、それは「設計上の決定から生じる倫理的・政治的結果を市場の現実主義に委ね、自身の専門分野の常識に引きこもって」いたと手厳しい。

それに対し、SAは与えられたコンテクストの政治的意味合いを理解し、それを足がかりに空間へと介入する。

建築が政治的であるのは、建築が空間生産の一部であり、それが社会関係に明らかに影響を与えるからだ(p.38)

本書の中で紹介される多くの実践やグループは、それぞれ政治的なスタンスをとり、新自由主義経済によって設定された権力構造の枠の中で活動することに反対し、抵抗する。それはグローバリズムが空間に及ぼす影響を直接的に批判する雑誌『AnArchitektur』などの出版活動から、1980年に設立されたMatrix Feminist Design Co-operativeのようなジェンダーや人種といった支配的な権力構造に対抗する組織、ドイツのハンブルク港湾地区の開発に反対する住民団体のキャンペーンから発展したPark Fictionまで多岐にわたる。このような明確な政治的立場は一般的な建築界には馴染まないが「代替案が提示されなければ、現状維持が強まるだけだ」(p.40)。

Matrix Feminist Design Co-operativeのリーフレット表紙(出典:https://www.spatialagency.net)

また具体的な空間への介入や支援を通じて政治的に振る舞い、既存の社会構造に介入する人々も存在している。ファヴェーラで暮らす人々のインフォーマルな空間の生産に注目し教育スペースを運営するブラジル・ベロオリゾンテの研究・実践グループMorar de Outras Maneiras、社会的不平等を空間的条件と関連付け、住空間の獲得を目指す南アフリカのバラック居住者運動Abahlali baseMjondolo、世界30各国以上で展開するスラム居住者ネットワークShack/Slum Dwellers Internationalなど。これらは具体的な建設や教育的介入を通じて、貧困層の暮らしの基盤を作り、その結果政治性を獲得することを目指し活動する。このような場におけるSAの重要な政治的責任は「固定的な視覚的商品としての建物を洗練させることではなく、他人の名において、空間を、ひいては社会的関係を力づける創造に貢献することにある」(p.38)。

アバーラリ・ベースムジョンドーロの取り組みの様子。長年放棄された空き地を占拠し自ら住居を建設する人々(出典:https://abahlali.org/taxonomy/term/land_occupations/land_occupations/page/2/)

社会構造への介入

上記のスラムやバラック居住者運動のように、土地の占有や所有権に目を向けることは、社会空間の構造に意識的になる一つのきっかけである。法的な所有権以上に、占拠や使用自体が土地の権利を構成するということを前提とするスクウォッティング(Squatting)★6は、私的所有という概念に挑戦する。ヨーロッパではイデオロギー的な闘争やオルタナティブな生き方の追求と結びつき、南半球ではより切実な住まいの権利や生存戦略として幅広く実施されてきた。また一時的な都市空間の介入を通して既存の社会構造に切り込み、公共空間の異なる可能性を提示するベルリンの建築家グループRaumlaborのような存在は近年ますます重要性を増してきている。彼らにとって建築家の仕事は問題を解決することではなく、社会構造に潜む問題を浮き彫りにすることだという。こうした活動に共通するのは、自らが社会の外側にではなく、複雑な網の目の一部であるという自覚、そして建築は社会の中で肯定的な役割を担いうるという信念だ。

Raumlabor《FLOATING E.V.》2018(出典:https://raumlabor.net/)

地元の材料や工法を使い、地域の人々によって建設されることは、自分たちのコントロールの及ばない建築システムや商業システムからの自立を促し、経済的・環境的に持続可能なだけでなく、地元の技術的基盤と経済を強化し、多国籍企業への依存を軽減することにつながる(p.58)。それは建築家の専門性や責任の範囲を縛り付ける「敷地」という概念を、材料と利用者の両方に対する地域的な関わりへと拡張することでもあると著者は指摘する。

Kéré Architectureによる《ガンド小学校》の建設風景(出典:https://www.spatialagency.net)

さらにプリツカー賞を受賞したブルキナファソ出身の建築家フランシス・ケレ(Kéré Architectureはベルリン工科大学在学中に故郷の村の小学校建設のためのNPOを設立し、自ら資金集めを行い、これを実現させてきた。このように誰かの手で空間が生産されるのを待たずに、建築家自ら資金を調達し、イニシアティブをとることで、「建築の可能性の境界を他者によってではなく、自ら決めることができる」(p.72)ことは、倫理的な判断が迫られる中でますます重要になるだろう。

専門性の解体と知識の共有

建築家の身分は専門家としての信頼の上に成り立っている。そのため専門的知識は厳密に管理され、体系化された難解な建築用語が、専門教育を受けていない人々の参加を難しくさせている。同様に建築教育そのものが、定義された安全な領域にある知識を提供し、結果閉鎖的な知のサイクルを形成する。それに対しSAは建築に関する専門性の独占を批判し、民主的な建築的な知識の分配を模索する。その具体例が1980年代にイギリスで設立されたAssociation of Community Technical Aid Centresだ。地域の環境を改善したいと望む個人や団体に対して幅広いサービスを提供する地域センターとして運営されたこのセンターは、専門的なアドバイスによって市民が自分たちの環境に自ら関与できることを目指す先駆的な活動として評価されている。同様にニューヨークのCenter for Urban Pedagogyは、都市がどのように運用されているか、民主主義的な空間のあり方とは何かといった教育プログラムを提供し、市民の「知る力」のエンパワメントを試みている。

NYの都市教育学センターが実施するプログラムの案内(出典:https://welcometocup.org/news/public-what-is-zoning-workshop-july-31-2023)

これに限らず、設計・建築プロセスの民主化を通して、伝統的な専門性に挑んできた建築家たちの系譜も存在する。たとえばブラジルの建築家セルジオ・フェロ(Sérgio Ferro, 1938-)はブラジリア建設にあたって、建築物に押しつぶされそうになっている労働者の姿を目の当たりにし、建築図面の抽象性と神秘性によって建築家の専門性が特権化されることを批判した。とくに設計と建設のプロセスが切り離されていることを問題視し、建築家は技術的なファシリテーターであり、セルフビルドを可能にする生産システムやコミュニケーション手段をデザインするべきだと主張した。この考えは現在においても傾聴に値する。同じく住人によるセルフビルドの仕組みを取り入れた南米チリに建設されたELEMENTALによる《クインタモンロイの集合住宅》を思い起こすこともできるだろう。他にもインドの建築家バルクリシュナ・ドーシ(Balkrishna Vithaldas Doshi, 1927–2023)が設立した研究所Vāstu-Shilpā Consultants、台湾のAtelier-3 / Rural Architecture Studio、日本の象設計集団などが紹介されている。

Vāstu-Shilpā Consultantsが1980年代に手がけたソーシャルハウジングの代表例《Aranya low cost housing》(出典:https://images.adsttc.com/media/images/5c13/f034/08a5/e54b/ad00/0dca/slideshow/14_VDM_Doshi_Aranya.jpg?1544810535)

建築の設計や施工の過程では、あらゆる建築事務所が他のさまざまな専門分野と連携する。しかしSAでは通常の建築設計の枠を超えた交流が意図的に図られ、さまざまなタイプの知識が混ざり合う。フランスの建築家パトリック・ブシャン(Patrick Bouchain,1945-)は、通行人や関心のある人が調べたり、意見を述べたりできるような小さなスペースを計画地に開設することからプロジェクトをスタートさせる。その狙いは政治家からパフォーマー、建設業者からコミュニティ・グループまで多様なグループのネットワークを構築することにある。このような社会的ミックスは、建築の社会的性格や責任を強化するものとして考えられている。著者も述べているようにSAとは「建築実践の位置づけを変え、その内部、また外部で他者と協働する方法を見直すことである。そしてその構成が異なれば、空間的な意味合いも異なる」(p.65)のである。

フランス・パリを拠点とする設計事務所Atelier d’architecture autogéréeによるコミュニティガーデン「Passage 56」。共同作業者として幅広い地元住民が関わる(出典:https://www.spatialagency.net)

現代のモダニズム的実践?

1990年代後半から2000年代にかけて展開した都市研究や地理学における「空間論的転回」は、本書の重要な思想的背景をなす。その代表的論者であるエドワード・ソジャ(Edward W. Soja)は主著『ポストモダン地理学』の中で「モダニズム」についてこのように記している。「モダニズムは本質的に「反応の形成」であり、どう時代のコンテクストが大きく変化したことを前提にして、今、何をなすべきかという挑戦的な問いに直面して動員される状況的社会運動である」★7。このソジャの言葉に従えば、本書が指し示すSAという主体のあり方や試みは、と言えるだろうか。

このように本書の意義は、オルタナティブな建築実践として周縁に位置付けられてきた種々の取り組みについて、その歴史的展開やコンテクストを詳らかにし、SAが独自の条件に基づくパラダイムを持つものであることを明確にした点にある。そして、いまも世界各地で厳しい現実と向き合いながら活動を続けるSAたちを励まし、新たな連帯やネットワークへの道を開いた。■

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★1:すでにリーマンショック以前の2007年に ニューヨークのスミソニアン/クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館で、デザインが一部の富裕層のためにしか存在していないとし、そうではない世界の90%の人々に向けたデザイン実践を取り上げた展覧会『Design For the Other 90%』を、2010年にはMOMAで「Small Scale, Big Change: New Architectures of Social Engagement」が開催されるなど、グローバル経済のもと進行する環境問題や格差などの社会構造に向き合うデザイナーや建築家たちへの注目が集まっていた。注意すべきはこうした態度や姿勢が、何もリーマンショック後に現れ、アイコン建築に変わる当時の「最新のトレンド」だけではなかったということだ。
★2:Practiceのドイツ語であるPraxisには、単なる実践とは異なる意味合いが込められている。アリストテレスは人間社会を対象としそれ自体のうちに目的を持つ行為をPraxisとし、自然を対象とした(がゆえに自然科学的アプローチが可能な)制作(ポイエーシス)とを分けて考えた。本書で取り上げられている事例の多くが、作品を「制作」することを目的とせず、実践そのものの中に目的を見出している点においてそれらがPraxisとして性格を持つものであることを示している。
★3:アンリ・ルフェーブル著(斎藤日出治訳)『空間の生産』青木書店,2000。1974年にフランス語で出版されたが、1991年に英語版が出版されたことで、以後英語圏でのルフェーブルの再評価が進んだ。日本の建築分野でも2000年以後、アトリエ・ワンの塚本氏らによって積極的に紹介されてきた。なおSAの事例としてアトリエ・ワンも紹介されている。
★4:社会学において、Agencyと社会構造のどちらに優位性を置くかが長らく問われてきた。つまりAgencyの行動の積み重ねが社会構造を構成するのか、それとも社会構造がAgencyの行動や自由を制御するのかである。これに対して本書はアンソニー・ギデンズの構造化理論を紹介し、両者が再帰的な関係にあることを示すしながら論じている。
★5:Mary Mcleod, ‘Architecture and Politics in the Reagan Era:From Postmodernismto Deconstructivism’, Assemblage,8(1989)。著者のメアリー・マクラウドは現在コロンビア大学GSAPP教授。建築理論と建築史を専門とする。
★6:スクウォッティングは一般的に非合法な行為であると考えられているが、その法的位置付けは国や地域によってさまざまである。ある一定条件下で認められていたり、事後的に法的地位が与えられることも多い。1984年に設立されたブラジルの土地なし労働者運動(Movimento dos Trabalhadores Rurais Sem Terra)は、農村部のスクワッティング運動の一例だがこれは「より重要な社会的機能」のために非生産的な土地を使用することを認めるブラジル憲法に明記された法的権利に基づくという。またアメリカでは無人の廃屋を譲り受け、修繕して暮らすホームステディング(homesteading)という取り組みがあり、州政府によって低所得者用の住宅政策として運用されていることもある。
★7:エドワード・ソジャ『ポスト・モダン地理学―批判的社会理論における空間の位相』青土社、翻訳:加藤政洋ほか、2003

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★Further Reading
Harriet Harriss, Rory Hyde, and Roberta Marcaccio(eds.), Architects After Architecture: Alternative Pathways for Practice,NY,: Routledge, 2020
建築を学びながら、通常の建築設計とは異なる道を切り開いた人々を紹介する一冊。SAで主に取り扱われた社会的格差や政治的チャレンジに加え、現在さらに深刻化する地球温暖化や白人男性の特権、ジェンダーなどに真正面から取り組むための方法を示す。ジェレミー・ティルも執筆者として参加し、SAのアップデート版としても興味深い。

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川勝 真一
建築討論

1983年生まれ。2008年京都工芸繊維大学大学院修士課程修了。2008年に建築的領域の可能性をリサーチするインディペンデントプロジェクト RAD(Research for Architectural Domain)を設立。