刹那を越えて──21世紀の仮設(的)建築に関する考察

068|202304|グローバル・アーキテクチュアとしての日本現代建築──いくつかの切断面

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建築は永遠という馬鹿げたこだわりを捨て、今を生きることを学びつつある。ポップアップ建築や仮設構築物、束の間のイベントのための束の間の取り組みが、特にヨーロッパで大流行している。──アーロン・ベツキー, 2016 ★1

川島範久建築設計事務所,《淺沼組名古屋支店改修PJ》, 2021. photo by Jumpei Suzuki

サーキュラーデザインは仮設である

昨年末、川島範久らが設計した《淺沼組名古屋支店改修PJ》(2021)を見学する機会を得た。中規模オフィスビルのリノベーションであり、土や木といった自然素材をふんだんに取り入れて「循環の中の建築」を謳う。アルド・ロッシ設計の《ホテル・イル・パラッツォ》(1989)を連想させる円柱が立ち並んだ外観が特徴だが、この列柱は樹齢130年を超える吉野杉の丸太を自然乾燥させるために存在するという。つまり、列柱は構造ではなく、「循環」というコンセプトを表現するためのファサードデザインなのだ。川島は「ビルを都市の貯木場として捉える」★2と述べており、その大胆なコンセプトとモニュメンタルな表現をウェブメディアで見て興味を惹かれていた。

実際に現地を訪れてみると、竣工から約2年を経た丸太には退色のムラが目立つ。しかし、この列柱のコンセプトは「貯木」なのだから、一時的な色ムラなどはどうでも良いとも思わせる。西洋古典建築との類似から永続性を想起させる列柱であるが、あくまで一時的な貯蔵、すなわち「仮設」なのだと捉えれば、いかにも日本的に見えてくる。よく見ると丸太は既存の構造グリッドから外れており、しかも最下層には存在しない。上部を支えるという機能をもたない柱は、その仮設性を訴えているようにも思われた。

建物内部のアトリウム空間には土壁がそびえる。愛知県内の建設残土を再利用し、ユーザーが左官に参加して築かれた壁だという。杉丸太のファサードと同じくローカルな材料を使っているが、垂直性が際立つ空間の印象はやはり西洋的である。この土壁もまた、既存の構造体とズレている。より正確に言えば、コンクリートの柱梁の隙間を縫うように土壁は立ち上がり、アトリウムの天井に達することなく2階の手すりの高さで止まっている。

エクステリアの主役である木列柱とインテリアの主役である土壁の双方が構造と無関係であるという事実が、《淺沼組名古屋支店》の性格を決定づけているように思う。端的に言えば、それは構造と表層を乖離させるポストモダンの手つきに近い。しかし、単なる記号的な操作ではない。部材の分解可能性を重視するサーキュラーデザインの思想によって、構造と表層が乖離しているのだ。安定を表象する列柱と土壁はじつは解体可能であり、仕上げを剥ぎ取られ存在感が希薄になったコンクリートがじつは安定の根拠であるという逆転がここでは生じている。

サーキュラーデザイン、つまり循環のデザインとは、建築の古典的テーマの一つである「永遠の希求」とは対立する概念なのだと、はたと気がつく。サーキュラーデザインは仮設のデザインなのだ。マテリアルは流動し、いずれどこかに行く。そう考えれば、杉の端材や再生プラスチックなどを散りばめて制作された家具やディテールもどこか仮設的に見えてくる。

分解可能な現代建築

ここで、改めて近年の建築作品を眺めてみると、サーキュラーデザインと仮設的な建築表現が結びつく事例が散見される。たとえば、「土と共存し、土に還る家」を目指した《明野の高床》(能作文徳, 2021)では、建物全体の分解可能性を突き詰めることによって「リサイクル可能な鉄板の基礎」★3が考案された。建築のほとんどがコンクリート基礎の上に立ち上がる現代において、この鉄板基礎は仮設的に見える。あるいは、余剰材・端材・解体材をブリコラージュして建てられた《岐阜のいちご作業所・直売所・遊び場》(伊藤維, 2022)では、廃棄予定だったビニルハウスのパイプ材、製材所で手に入れた端材、切り無駄が一切ない真物の波板が、まるで添え木をするかのように接合されており、仮設的な印象を見る者に与える。

このようなサーキュラーデザインと仮設性の親和性は日本国内にとどまるものではない。その代表例がオランダデザインウィークのために建設された《人々のパビリオン》(bureauSLA & Overtreders W, 2017)である。設計の依頼を受けたビューロ・スラーのピーター・ヴァン・アッシェは、「たった9日間のためだけに建築をつくることはサステナブルではない」と考え★4、木材・ガラス・タイルといった資材を市民から借りてイベント終了後に返却するというコンセプトに至った。そして、借りたモノをそのまま返すために、資材を一切加工せず──「穴を開けたり、切り落としたり、接着剤を使ったりしてはいけません」★5 ──、スチールバンドやワイヤーでモノ同士を縛りつけるという構法を開発した。これは、いわば仮止めの建築であり、《人々のパビリオン》は徹底的に仮設的であることによってサーキュラーデザインの金字塔となった。

近年欧米では、廃棄物を減らすために分解可能性を考慮する設計手法が「リバーシブル・デザイン(Reversible design)」と呼ばれて注目を集めているが★6、その事例の多くが仮設建築であることは興味深い。《人々のパビリオン》の共同設計者であるオバートレダース・ウェーが設計した《ブラッスリー2050》(2018)や、スウェーデンのノート・デザイン・スタジオによる展示場デザイン《ナチュラル・ボンド》(2020)はその好例といえよう。2021年の東京五輪と2025年の大阪万博でも建材のリデュース・リユース・リサイクルが重要視されており── レガシー材の転用を図る《選手村ビレッジプラザ》(2021, 日建設計)や大阪万博で転用される《ドバイ万博日本館》(2020, 永山祐子)などが思い起こされる ──、欧米におけるリバーシブル・デザインとの同時代性が感じられる。

仮設の時代

翻って21世紀の建築デザイン全般を眺めてみると、世界でも日本でも仮設建築が一つの潮流を築いているように思われる。タクティカル・アーバニズム的な「社会実験」、商業建築における「ポップアップ」、芸術祭などで繚乱する「パビリオン」。建築学生による「セルフビルドしました」。これらはプログラムも社会的背景も全く異なるが、都市に、田園に、街路に、空地に、砂漠に、森林に、海上に、世界中のありとあらゆる場所に立ち上がり、日々ソーシャルメディアを賑わせている。以下、現代の仮設建築の傾向を駆け足で素描してみよう。

タクティカル・アーバニズムは、不自由な都市状況と時代遅れの開発手法に対するオルタナティブとして仮設的に新しい都市体験をつくりだす。路上の駐車スペースに家具や仮設物を持ち込んで一日限りの公共空間をつくる《Park(ing) Day》がその好例であり、2005年にサンフランシスコの学生グループが始め、SNSで拡散されて世界に広がり、2017年には日本にも上陸している★7。このような市民主導で始まったタクティカル・アーバニズムは次第に行政に接近し、昨今では国内外で官民連携の社会実験がブームである。

一方、商業の文脈で流行しているポップアップ・ストアは、Eコマースが成長し相対的に実店舗の意義が薄れるなかで、空き店舗などを一時的に占有してテストマーケティングを行う試みである。少ない投資で期間限定の空間をつくり効果を検証するという点で、タクティカル・アーバニズムとポップアップ・ストアはよく似ている。タクティカル・アーバニズムは「速くて安い」仮設空間を使ってダイナミックな都市状況に対応し、ポップアップ・ストアは時代の空気をとらえようとするのだ。

もう一つ、仮設建築の現代的状況として、過去20年あまりのパビリオンの流行が挙げられる。19世紀と20世紀にも、万博やオリンピックなどのパビリオンが建築の可能性を拡張してきた。しかし、ギャラリーや美術館、芸術祭がパトロンとなる21世紀の「パビリオン文化」は、それとは質が異なるように思われる。サーペンタイン・ギャラリーのパビリオンにせよ、MoMA PS1のパビリオンにせよ、雨露をしのぎ日陰をつくる以上には特筆した機能をもたず、「建築家への機会の提供」や「建築の実験」が目的化されている★8。大学などの研究機関で制作される実験目的のパビリオンも、SNSでしばしば見かける建築学生のセルフビルドによるパビリオンも、いわば自己目的化した建築であり、その意味ではアートの文脈におかれたパビリオンと同じだ。21世紀のパビリオンは、コンプライアンスが厳しい現代社会において、アートあるいはアカデミックの文脈で建築的実験を行うアジールとなっているのかもしれない。

エフェメラルな仮設からマテリアルな仮設へ

言うまでもなく、仮設建築の本質はその「速さ」にある。被災地で建設される応急仮設住宅や、一夜限りで立ち上がる祭りの屋台などが仮設の「速さ」を利用した古典的な例であるが、現代において仮設の「速さ」は新しい意味を獲得したといえよう。「建築はあまりにスローだ」と建築家レム・コールハースは述べたが、タクティカル・アーバニズムやポップアップ・ストア、パビリオンならば情報時代のスピードに追いつくことができる。これらすべてがSNS映えするのは偶然ではなく、必然なのだ。

ところで、情報時代に対応するならば、VR・AR技術を駆使して仮想空間をつくるほうが直接的である。しかし、現代の仮設建築の多くは、情報のスピードに浸りながらも、あくまでリアルな空間と物質の価値を追求している。

20世紀後半にも、アーキグラムの《インスタント・シティ》(1969)や伊東豊雄の《東京遊牧少女の包》(1985)など、仮設の提案が建築界にセンセーションを巻き起こすことはあった。しかし、西側諸国の経済黄金期における《インスタント・シティ》にせよ、バブル絶頂期の日本における《東京遊牧少女の包》にせよ、20世紀の仮設の多くは資本主義と消費文化を直接・間接に肯定し、刹那的な社会をエフェメラルに表現する試みであった。一方、《人々のパビリオン》が代表するように、現代の仮設建築のいくつかは明らかに反・消費主義的であり、誤解を恐れずにいえば脱・資本主義的である。そして、再利用材・自然素材・新素材などを駆使する表現は、ときに恒久的な建築以上に物質的である。インスタントな仮設からサーキュラーな仮設へ。エフェメラルな仮設からマテリアルな仮設へ。ここに、現代の仮設建築の特質が表れているように思われる。

仮設主義は刹那を越える

さて、ここでふたたび議論を「仮設建築」から「仮設的な建築」に戻そう。今日、仮設的な表現が見られるのは、設置期間が限定された建築、つまり法で定義された仮設建築だけではない。仮設的な表現はいわゆる「恒久的な建築」にも現れる。少しややこしいので、ここでは仮設的な表現を帯びる建築を「仮設主義temporarism」と呼ぶことにしよう。先に述べたとおり、サーキュラーデザインの建築には仮設主義的な傾向が認められる。これ以外にも、行き過ぎた消費文化・資本主義に抵抗する表現として、仮設主義は現代建築に浸透しているのではないだろうか。

たとえば、建築業界でますます存在感を増す「リノベーション」の多くも仮設主義的である。既存ストックの有効活用をめざすリノベーションは、サーキュラーデザインと同じく20世紀的な消費文化からの脱却を金科玉条としている。興味深いのは、既存と新築を明瞭に分節するというリノベーション特有の建築操作が、分解可能性をめざすサーキュラーデザインの方法と似ている点である。リノベーションの設計手法の背景には「可逆性」「判別可能性」「最小限の介入」といった修復介入理論からの影響が指摘できるが、「可逆的で」「判別可能で」「最小限の」改築は、多かれ少なかれ仮設的になる。

さらに言えば、「シェア」も仮設主義ではないか。仮設は所有の概念を揺り動かす。「所有せずに貸し借りすれば幅広い集団で少ない品物を効率的に使うことになる」★9。シェアは循環的であり、仮設的所有、と言い換えることもできそうだ。リノベーションやシェアの空間において、車輪がついた家具──仮設性の直喩──が流行していたのは偶然だろうか。

建築評論家アーロン・ベツキーは、近年の仮設建築ブームに対して、「建築は永遠という馬鹿げたこだわりを捨て、今を生きることを学びつつある」★10と述べている。確かに、歴史に名を刻む名作すら次々と失われてゆく今日、建築家が永遠を夢見ることは難しい。

しかし、今日の仮設は刹那的なものばかりではない。仮設は「循環」というコンセプトを装備して「物質化」し、サーキュラー、リノベーション、シェアの空間に忍び込み、「恒久的な建築」以上に長い時間軸を射程におさめている。現代の仮設主義は、刹那を乗り越え、社会に漂う閉塞感を打開しようとする一種の態度、あるいはスタイルとして解釈できる。

これはグローバルな状況である。ここで伊勢神宮について語るのは野暮だろう。■

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★1:Aaron Betsky. Let’s hear it for temporary architecture. dezeen, 29 March 2016. 拙訳. https://www.dezeen.com/2016/03/29/aaron-betsky-opinion-temporary-pavilions-lessons-for-permanent-architecture/
★2:「サステナブルなリニューアルを実現。淺沼組名古屋支店が自然素材を使った循環型オフィスに(インタビュー記事)」. 奈良の木のこと, November 2021. https://www3.pref.nara.jp/naranoki/magazine/nara_interview_goodcycle_pro/
★3:能作文徳. 「土と共存し、土に還る家」. 新建築住宅特集, October 2020.
★4:「壊すときのことを考えて建てる。オランダのサーキュラー建築スタジオ「bureauSLA」(インタビュー記事)」. IDEAS FOR GOOD, March 17 2020. https://ideasforgood.jp/2020/03/17/bureausla/
★5:Ibid.
★6:一例として、以下のような記事が挙げられる。Six examples of reversible architecture and design that can be taken apart and repurposed. dezeen, 11 January 2021. https://www.dezeen.com/2021/01/11/reversible-architecture-design-examples-recycled/
★7:日本では一般社団法人ソトノバが2017年からPark(ing)Dayの取り組みを牽引している。https://sotonoba.place/parkingday-guide
★8:Serpentine PavilionのウェブサイトおよびMoMA Young Architects Program (YAP)のウェブサイトを参照。https://www.serpentinegalleries.org/about/serpentine-pavilion/, https://www.moma.org/calendar/groups/8
★9:水野大二郎, 津田和俊. 『サーキュラーデザイン:持続可能な社会をつくる製品・サービス・ビジネス』. 学芸出版社, 2022. p.174
★10:Aaron Betsky, 前掲. 拙訳.

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Reference.
Cate St Hill. “This is temporary: How transient projects are redefining architecture”. RIBA Publishing, 2016.

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岩元真明 (Masaaki Iwamoto)
建築討論

1982年東京生まれ。建築家。2008年東京大学大学院修了後、難波和彦+界工作舎勤務。2011–2015年ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツでパートナーを務める。2015年ICADAを共同設立。現在、九州大学助教。主な作品に《節穴の家》(2017)、《TRIAXIS須磨海岸》(2018)、《桜坂の自宅》(2021)など