「フクシマ」の過去、現在、未来 06/間野博/Hometown Restoration in Evacuation Ordered Areas by Atomic Power Plant Accident

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Sep 11, 2017 · 11 min read

2017年3月31日と4月1日に4町村の「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の避難指示が解除され、原発立地町の大熊町・双葉町全域と「帰還困難区域」を除き、原発事故避難指示区域は解除された。避難区域の面積は約1/3の約370㎢、避難区域人口は約81千人から約24千人となった。全域避難指示区域だった3町村(浪江町、飯舘村、富岡町)では事故後、初めて人が住んでもいいようになった。

1.「まちの復興」の実態

1)避難指示解除に向けて

避難指示区域では避難指示解除に向けて、除染と並行して、生活環境整備が進められてきた。 避難指示解除の必須要件である放射線量の低下については、2区域の除染は基本的に完了し、線量は平均60~70%減少し、解除基準の20m㏜/年より大幅に下回っている(1m㏜/年には至っていない)。 生活環境整備については、概ね以下のような状況である。 まず、道路、上下水道等のインフラは基本的に復旧している。 役場の帰還、診療所の開設、小中学校・こども園の開校、金融機関の再開、墓地の整備、一時宿泊施設の整備、デイサービスを含む「サポートセンター」設置などが進められている。買い物サービスでは、コンビニの再開、仮設商業施設の開設、道の駅の建設、本格的複合商業施設の開設、とさまざまである。 交通サービスでは、常磐高速道の開通、JR常磐線の一部運航再開、バスやデマンドタクシーの運行、が進められている。 いずれも元のまちには比べようのない低水準なので、課題は多い。仕事確保や事業所の再開など、進んでいない分野も多い。 また、最近クローズアップされてきたのは、ハクビシン、アライグマ、イノシシなどの害獣との「戦い」である。 これらはサバイバル条件である。

「元の暮らし」には加えて、コミュニティの復活が必要だが、集会所の改修は進んでいるものの、肝心の帰還住民の数が少ない。祭、伝統行事の復活再興も重要である。ソフトは住民の努力で復活してきてはいるが、ハードである神社仏閣の再建は手つかずである。

2)住まいまちづくり

住まいについては、基本は賠償金による自宅再建であるが、帰還者向け災害公営住宅、福島再生賃貸住宅(地域優良賃貸住宅+α)が新設された。自宅再建を賠償金だけに委ねていいのか疑問である。 まちづくり事業としては、土地区画整理事業は実質0、防災集団移転促進事業は浪江町と富岡町で事業中であるが、移転戸数は23戸、15戸である。時間が経ちすぎて自力移転(がけ地近接等危険住宅移転事業の利用)した人が多いと推測される。移転跡地ははるかに多いので、それをどう復興に生かせるかが課題である。 2015年に創設された「福島復興再生拠点整備事業」は、復興まちづくりの切り札として登場し、大熊町・双葉町で始まったが、新市街地整備しか認めない方針である。

元のまちの中心部を面的にどう再生するかは手つかずのままである。

3)復興プロジェクト

身近な生活環境よりも力が入っているように見えるのが、イノベーションコースト構想に基づく新産業創出の大プロジェクト、工場進出など地域経済活性化事業である。地元企業の復活にどう貢献するかが問われるところである。
海岸部の、長大な防潮堤、防災緑地整備に加え、復興祈念公園、アーカイブ拠点施設の目玉事業も進んでいる。

4)住民の帰還状況

避難指示解除後の帰還は、少数スタートである。浪江では1か月後の4/30で193人、南相馬市小高では解除10か月後の今年4/30で2,109人(21.3%)、楢葉では1年9か月後の今年3/31で1,508人(26.7%)である。 ただ、2011年3月16日に全村自主避難指示を出し、2012年1月31日帰村宣言を出した川内村では、その後の一部区域の「避難指示解除準備区域」「居住制限区域」の指定・解除を経て、2017年6月1日現在、2,707人(80.6%)となっている。高齢者の帰還率が高いのは当然として、9歳以下58.4%、10代44.9%と子どもたちも少なくない。

住民の帰還には長期間かかるということを示していると見ることもでき、多くの市町村で避難指示解除から間もない現時点で判断するのは早計と思われる。

2.避難指示解除後の「まちの復興」の在り方

2017年6月30日に改訂された国の「福島復興再生基本方針」には、多くの重要な認識・考え方が述べられている。 「福島全域にわたる特殊な事情に対応し、福島の復興及び再生を更に進めるには、中長期的対応が必要であり『復興・創生期間』後も継続して、国が前面に立って取り組む。」「国は、これまで原子力政策を推進してきたことに伴う社会的責任を負い、原子力災害からの福島の復興及び再生に関する施策を総合的に策定し、継続的かつ迅速に実施する責務を有する」「福島の力強い復興及び再生の姿を国際社会に対して発信していくことも重要」「原子力災害に対する福島の住民の怒りや悲しみに共感し、福島の住民に寄り添いながら、誇りと自信を持てるふるさとを取り戻すことができるまで、その責務を真摯に、かつ、国の威信をかけてあらゆる知恵と力を結集し、総力で実行していく」「避難指示の解除はゴールではなく、復興に向けたスタートであり、解除後も、政府一丸となって復興に取り組む」「祭りなどの地域の伝統・文化の継承が困難となり、文化活動やPTA活動なども含め地域コミュニティを成り立たせていた活動が存続できない事態も生じている。・・・・・・住民一人一人が災害を乗り越えて豊かな人生を送ることができる地域社会を再生することを目標とする」などである。

帰還住民にとっての「復興」は、一言でいえば、元の暮らしを取り戻すことであろう。国はそのために必要な施策を上記「基本方針」に基づいて実行していかねばならない。

2)基本的考え方

①「まちの復興」=「0」からのまちづくり

全域避難指示区域の自治体では、原発事故によって全住民は避難しているので「人口0」である。元の建物は全壊、半壊が多く、害獣により荒らされ、住めなくなっている住宅も多い。農地は長らく放置され雑草に覆われていた。 帰還可能になって、住民が入ってきて「まち」が復興し始める。しかし、「避難」と言いながら、6年も経っているので、住民も変わっているし、「土地」も変わっている。

もう一度すべて「0」からやり直さねばならない。

②長期的対応

「0」からの再生には時間がかかる。少数の人が住み始め、彼らの需要に応じて供給がなされ、人が増え、事業所が増えるに従って、次の需給関係が構築され、バランスする。この繰り返しによって、次第にまちが大きくなる。
避難を続ける住民の意向も簡単には決まらない。粘り強く帰還を待たねばならない。

③質的転換を伴う段階計画

「0」からの再生で、最初から平常時のまちの仕組みを持ち込んでもうまくいくわけがない。公民の分担関係や、まちの発達に伴う機能の追加・拡充などの質的転換に応じて段階を踏む必要がある。個々の復興も、先が見えない中でスタートする帰還時の家族構成、仕事、生活パターンは復興が進むにつれて変化していくだろう。従って、「まちの復興」の段階的将来像を設定し、第一段階の目標への施策のバランス・組み合わせを調整し、施策を進め、目標が達成されたら、第二ステージに向かう、という「質的転換を伴う段階計画」が必要である。

④「まちの復興」の考え方と帰還住民の満足感

「0」から出発する「まちの復興」は「非常時型」から出発し、「平常時」に軟着陸するプログラムが必要である。 また、「まちの復興」に大事なのは、帰還住民の「満足感」と、人口規模・産業経済規模・土地利用のバランスであろう。

特に帰還住民は元のまちを再生する原動力である。そのまちの「暮らし」を復活させ、コミュニティや祭・伝統行事など生活文化の担い手である。まちの歴史の継承者でもある。帰還率が低かろうが、帰還者は貴重である。彼らが暮らしに満足することが第一である。

3)「まちの復興」への提案

①生活サービスの「公」から「民」への段階的シフト

住民の生活は、公共サービスと民間サービスによって支えられている。そして、基本的に民間で成立することは民間に、というのが今の日本社会の基本だが、公共性が強く採算性の悪い事業は公共がやらねばならない。 「0」から出発する原発事故被災地の「まちの復興」では、帰還者が少数のうちは民間で成立することは少ない。平常時は民間が担う「買い物サービス」は採算が取れないことは自明であるから、公共が担うべきである。住民が増えてきて採算が取れるようになったら、民間に移行したらいい。 こう考えると、まちの再生プログラムは次の3段階を踏む必要がある。 Step1:生活サービスは「公」が担う Step2:生活サービスは「公」と「民(「公」支援)」 Step3:生活サービスは「民」主体で一部「公」=正常化

という段階を踏む必要がある。

②「帰還環境整備推進法人」の活用

今回の福島復興再生特別措置法の改正で、「まちづくり会社」等を「帰還環境整備推進法人」として指定することとなった。特措法に位置づけられた以上、福島復興のために特別の扱いがされると考えたい。即ち、上記Step1の担い手として期待したい。さらには、まちの再生に必要な業務は全てできるようにし、公共施設の指定管理者は言うに及ばず、買い物サービスを担う商業施設運営、空き地・空き家の管理、農地保全など幅広く引き受け、さらに、「公」ではできないがまちの再生には欠かせない神社仏閣の復旧もできるようにし、そのために必要な人材として帰還者を雇用すれば、帰還者の仕事確保にも役立つこととなる。赤字覚悟は当然である。それは「基金」の活用などを考えるべきである。

③「元のまち」の復活

次に、まちづくり計画では、「元のまち」を重視することが必要である。帰還者の思いはもちろん、まちの復興は画一的な新しい町ではなく、歴史的に培われたその土地独自の個性(アイデンティティ)の復活でなければならない。従って、中心部の再生を始め、元のコミュニティの再生をめざすべきである。
そのために必要なことは、①自宅や店舗等の再建意向を把握し、それを復興に結び付けるよう「誘導」する、②歩いて生活できるまちにするための歩行者優先ゾーンの指定、③歩行者ルートの整備、④車抑制のための道路改装、⑤道路のバリアフリー化、⑥タウンモビリティの導入、などきめ細かい施策を面的に行うことである。手法としては、「改善型」市街地整備事業が望ましい。

④「暫定再建」と「恒久利用」

自宅再建も当初は「小家族+家族集合空間」から「三世代用」に変化したり、需要動向に応じて「オーナー住宅+賃貸アパートorサービス付き高齢者住宅」に建替えたり、一部を店舗や事業所にするといった転換が出てくるだろう。また、所有地を当面駐車場などに利用し、需要動向に応じて施設を建設するケースもあろう。つまり「暫定利用」の考え方が必要である。そのための「更新」「転換」「コンバージョン」等への支援が必要である。
但し、建設というのは多大の費用を要する事業なので、「恒久利用」を見込んで計画する部分も必要である。「暫定利用」と「恒久利用」の判断が重要である。

⑤伝統行事と神社仏閣の再建

宗教施設の再建には公費が使えないというのが基本的スタンスだが、祭りや伝統行事が「まちの復興」に重要な役割を果たすことには異論はあるまい。
中越地震では、県の復興基金のメニューに「地域コミュニティ施設等再建支援」というのがあり、神社・堂等の復旧に補助している。重要な「コミュニティ施設」という位置付けで神社仏閣の再建に踏み出すべきである。

3.「まちの再生」における今後の国と自治体の責務

原発事故被災地の復興は国の責任であることは国も認めている。 そして、国は、チェルノブイリ型ではなく、除染による放射線低減による環境回復、そして住民の帰還、という道を選んだ。ならば、国にとっての復興の物差しは、第一に、帰還住民の数であろう。放射線量の低減・環境回復、避難指示区域の復興は、全て、帰還住民のために必要なのである。

自治体は、住民に密着し、現場を熟知する立場から、帰還住民が帰還生活に満足するために必要な課題をきめ細かく把握し、それを施策化することが必要である。それは国が求めていることでもあるはずである。


Originally published at touron.aij.or.jp on September 11, 2017.

建築討論

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建築討論委員会(けんちくとうろん・いいんかい)/『建築討論』誌の編者・著者として時々登場します。また本サイトにインポートされた過去記事(no.007〜014, 2016-2017)は便宜上本委員会が投稿した形をとり、実際の著者名は各記事のサブタイトル欄等に明記しました。

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