「収容施設」が増えすぎた都市はどうなるのか?

阿部大輔
建築討論
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15 min readJan 1, 2020

オーバーツーリズムの諸問題

世界の歴史都市は、オーバーツーリズムの話題でかしましい。

オーバーツーリズムの定義をめぐっては様々な見解が提示されている。オーバーツーリズムは一見不思議な用語である。何が「オーバー」なのだろうか?欧州議会によれば、オーバーツーリズムは、ある場所・ある時間において観光客が過剰に集中することで、物理的要素(インフラや空間)、社会的要素(ホスト、ゲスト、市民等の諸アクター)、経済的要素(観光エリア)、環境的要素(騒音、大気汚染、水の使用量、水質等)、心理的要素(住民や観光客が感情的に耐えられるか)、政策的要素(行政が過剰な観光をマネジメントできるか)、がその地域の閾値を超える状況のことを指す[European Parliament, 2018]。

「マスツーリズム」がコミュニティを壊す(バルセロナでの反観光を訴える横断幕)

わが国では、オーバーツーリズムの問題はしばしば観光客の急増による混雑問題や観光客のマナー問題に回収されがちであるが、より本質的に注目すべきは過度の観光活動がもたらす土地所有権の急速かつ不可逆的な変質による界隈の社会構造の変化ならびに地域資源への再投資なき消費である(阿部2019a)。

オーバーツーリズム都市の代表格としてよくメディアに登場するのがバルセロナだ(例えばThe Guardian、“How tourism is killing Barcelona”、2018/8/30やForbes、“Barcelona Is Threatening To Shut Out Tourists”、2019/7/12)。バルセロナにおいて市民レベルでオーバーツーリズムが問題として認識されるのは2013年前後だが、当初注目が集まったのは、若年層の外国人観光客が昼間から広場などの公共空間で泥酔して夜中まで騒ぐといったマナー問題だった。その後、民泊の急増などで市民生活が住宅確保の面で脅かされる局面が相次ぎ、投機的な宿泊施設への転用に対して厳しい視線が注がれ続けている。

バルセロナ各地区の家賃の変動と民泊数(出典

バルセロナの観光バブル

バルセロナでの観光バブルとは、宿泊施設バブルでもある。本来ならば住宅として提供されるべき不動産が地価の高騰により宿泊用途に転用されるケースが相次いでいる。2017年までの3年間で市内のアパート1室の平均家賃は約29%上昇した。都心部の上昇幅はより深刻だ。アパートの契約更新の際、大家に2〜3倍の賃料を提示されて市外に転出せざるを得ない場合も多い。宿泊施設の急増に伴う家賃高騰は、地区の日常生活を支えてきた店舗の閉店をも促しつつある。代わりに入居するのは、観光客目当ての割高で決して質の高くないレストランや土産物屋だったりする。都心部では、決して空き家が多いわけではないにも関わらず、人口を減らしている地区すら出てきている。例えば旧市街の人口は現在約10万人だが、家賃急上昇の影響もあり、2006年から2万人近くも数を減らしている(Crónica Global紙2019/10/21)。旧市街は居住地としても人気のエリアであるが、地価負担力の高い宿泊施設が2014年まで継続的に進出してきたことにより、もはや手頃な家賃で住めるエリアではなくなっている。観光活動志向の市場原理が地区の空洞化を招きつつある構図が確認できるのだ。

「ダブる」宿泊施設

オーバーツーリズム現象は、宿泊事業者(あるいは不動産事業者)の投機的行為を助長させる。住宅や店舗と比べると家賃単価が高く、短期で事業費の回収が見込めそうな宿泊事業は、甘い誘惑に違いない。同様の思惑が都市を支配するならば、短期間に宿泊という同一用途が急増することになる。

路地に代表される市民の生活空間である街路は、宿泊施設の建設ラッシュで変質を余儀なくされつつあるのではないか?

都市は新陳代謝を本質とするものの、ある地区内の建造物の入れ替わりは一定のタイムスパンを要するので、変化は段階的に発生するのが通常である。しかし、ある場所・ある時期において宿泊という同一用途が急増することは、そのエリアにおける潜在的な住宅需要を奪い、地域における商業活動を観光志向的に導いていく。つまり、都市の本来的魅力である多様性を減じ、都市活動の単調化を助長しているとは言えないだろうか?

ここで認識しておきたいのは、産業としての観光が持つ脆弱性である。観光は都市の経済面で極めて重大な産業であるが、都市を支える産業として位置づけるには、脆弱な面が多い(阿部2019b)。例えば、ハイ・シーズン/オフ・シーズンという言葉があるように、観光は年間を通じて安定的な産業ではない。都市が制御不可能な災害や大事故等の影響を受けやすいというリスクと常に隣り合わせである。また、常に他の観光地との競争にさらされるため、新たな観光マーケティングを展開する必要に迫られるが、目先の利益に走るビジョンなき観光開発は地域資源を無残に消費してしまう危険性がある。そうした状況に直面した際、宿泊客の存在に全面的に依存する宿泊施設は苦境に立たされるに違いない。観光客数の伸びが鈍れば、宿泊施設の稼働率の低下に直結する。空き部屋が多数を占めるような宿泊施設が増加するかもしれない。一方で、宿泊施設は施設としての管理の問題から、稼働していない部屋を別用途で暫定的に貸し出す、という柔軟性を備えているわけでもない。また、廃業の後に遊休化したとしても、新たな都市活動のタネ地としてコンバージョンするには、居室の規模はあまりに小さい。せいぜいワンルームマンションに転用する可能性が残る程度だろう。そうした余剰化した宿泊施設はやがて、都市内に増えすぎた「インバウンド好調期を示す負の遺産」になってしまう可能性もある。

京都のケース

京都は日本では数少ないオーバーツーリズムの都市であるが、ここでも投機的な宿泊施設の建設は日常的に見られる光景である。

余剰の観点から見れば、京都の場合、宿泊業としてのノウハウを持つホテルや住宅からの転用であるため収容人数は1軒あたりせいぜい10名弱程度の民泊ではなく、簡易宿所がより深刻な問題を孕むと思われる。入居者が観光客という短期滞在者である宿泊施設は本質的に地域との接点を持ちづらいが、簡易宿所はそれに拍車をかける。簡易宿所はフロント不在の場合も多く、カフェ等の付帯施設があることも決して多くはない(もちろん例外もある)。収容人数も民泊と比べれば数倍に及び、それが立地する界隈への影響は少なくない。

京都市の統計によれば、京都市におけるホテル数は微増、旅館数は減少する一方で、簡易宿所は2018年時点で2990軒と5年間で約6倍増えている。特に2016年以降の増加が顕著である。簡易宿所は旅館業法上の宿泊施設の約8割を占める。2017年に新たに営業許可を取得したホテル数は32軒、旅館数は4軒であったのに対し、簡易宿所営業は2014年に79軒、2015年に246軒、 2016年は813軒、2017年に 871軒と急激に増加している。

旅館業許可施設分布(京都、2019年3月31日時点、作成:川井千敬)

地理的に見れば、約6割にあたる1294軒が京都の中心市街地(中京区、下京区、東山区)に立地している。2014年までに開業した簡易宿所をみると、下京区では烏丸通り沿いに集中立地しており、東山区では北部の商業地域周辺に、中京区ではわずかに点在するのみであった。これらのエリアは、寺社仏閣や祇園四条の繁華街など観光資源も豊富で交通至便な地域であるため、宿泊施設が多く立地してきた。しかし、新たに開業した簡易宿所の多くは、東山区南部、中京区・下京区の堀川通り以⻄等の居住地としての性格の強いエリアに立地する傾向がある。例えば、朱雀第二元学区では、2014年以前に開業した簡易宿所は不在だったが、2015年以降に開業した簡易宿所は32軒と急増している。京都市における簡易宿所の急増は観光地・商業地のみならず、その周辺地域にも発現しつつある。

すでに京都市の宿泊施設は飽和状態にあり、2021年には約12,000室の余剰が発生すると見込まれている(京都新聞2019/6/24)。一方で、観光客の増加を無批判に見込んだ投機的な簡易宿所の建設は依然として止む気配はない。程度の差こそあれ、宿泊施設の余剰化は避けられない課題だと言えよう。

余剰した宿泊施設の行方

余剰化した宿泊施設はその後どのように変化するだろうか。

まず、施設の余剰化を受けて、一定数が淘汰される形で消失するケースである。実際、昨今の京都市では宿泊施設の廃業が顕在化しつつある。京都市の速報によれば、2018年度の廃業件数は147件であるが(京都新聞2019/11/16)、本稿では筆者の研究室で実地調査し把握可能だった2018年から2019年に消失した102件について少し詳細を紹介したい。

廃業件数のうち簡易宿所が88件を占めている。東山区に立地する施設の廃業が最も多く、続いて同数で上京区、中京区、下京区が並ぶ。開業年ごとに閉業した宿泊施設を見ると、2016年以降に開業した簡易宿所が約6割を占める。つまり、創業3年未満で廃業するケースが急増している。

2017年3月末から2018年3月末までに消失した開業年ごとの許可施設数(京都市「旅館業法に基づく許可施設一覧」より作成)

一方、102件の閉業した宿泊施設のうち、21件は再び宿泊施設になっている。これは、宿泊用途自体は変わらず、従前の宿泊施設が廃業し、また別の宿泊施設に代替されるケースである。京都市は依然として宿泊事業を展開するには魅力的な土地であり、明らかに供給過剰ではあるにも関わらず、市が明確なマネジメント戦略を講じているわけでもないので(すでに宿泊施設が飽和状態であることを宣言したとしても、具体的な数値規制や立地規制等の土地利用規制にまで踏み込まなければ有効な政策にはなり得ないだろう)、宿泊用途が形を変え継続する可能性は高い。ただし、余剰化が明らかになった段階では、宿泊施設の市場性は低下しているので、リプレイスする施設は、より客単価の低い宿泊事業になる蓋然性は高くなると言えそうだ。

また、従前の宿泊施設が廃業し、その建造物自体をマンションへと転用するケースもあるだろう。地権者に対し、当初からワンルームマンションへの転用を謳い文句に管理委託を募る事業者すらある。宿泊施設の一部屋は居室と比べれば規模や設備に劣ることが一般的であることから、事業者としてもワンルームマンションをその後のコンバージョンのビジョンとして描いているのだろうが、京都市の将来においてワンルームマンションの需要が高いまま推移するとも考えづらい。いずれにせよ、余剰化した宿泊施設をストック化する方法を模索する必要がある。

民泊の場合

京都市においてとかく悪者にされがちな民泊であるが、余剰化の観点からはどのように理解できるだろうか。2019年3月段階で、京都市における住宅宿泊事業法に基づく民泊の数は456である。2018年11月時点の239から2倍近く増加しており、現在も増加傾向にある。民泊の立地は、行政区ごとに見ると、下京区・東山区・中京区の三区で約53%を占めており、簡易宿所の立地と同様に京都市の中心市街地を形成する三区に集中している。民泊のうち集合住宅タイプが全体の65%を占める。とりわけ下京区は90%が集合住宅タイプである。

このように民泊も増加しており、その一部が余剰化する可能性は否めない。とはいえ、民泊は住宅の宿泊用途への(一時的)転用であることを踏まえると、宿泊施設余剰化の時代においてはデメリットよりメリットが際立つ可能性がある。

まず、都市環境の再ストック化を可能とする点が挙げられるだろう。民泊をひとまず町家等の一棟貸しに限定してみると、それまで空き家だった物件や未接道のため再建築不可だった路地沿いの建物が観光化のプロセスの中で民間の手により修復されていく可能性がある。民泊は大規模な建て替えや土地の合筆といった大幅な空間的改変を伴わない。よって、建造環境の老朽化に歯止めをかけるだけでなく、町並みの維持にも貢献しうる。その都市が旧来から有している街区構造や、ひいては都市構造の保全につながる可能性も見いだせよう(阿部2018)。したがって、たとえ余剰化し宿泊用途が廃業したとしても、改めて住宅や店舗として再利用できる可能性が高い。

一方で、投機的な思惑を隠さない事業者による地域文脈の軽視や地価の上昇による居住者の減少(適切な価格の住宅の不足)といった問題は、簡易宿所同様に危惧される。まちづくり活動が盛んであり、相対的に地価が低いエリアにおいて、今後投機的な民泊物件の立地が増えていく危険性は無視できない。

余剰する宿泊施設をストック化する可能性はあるか?

宿泊施設の急増は、それまで都市を構成していた様々な要素が宿泊用途に置き換えられていることを意味する。市民生活と基本的に接点を持ちづらい宿泊用途の増加は、都市活動の多様性を損なわせる。例えば、下京区を対象に、2014 年時点の住宅地図を参照し2015 年以降に立地した簡易宿所の従前の建物用途を調べてみると、住宅が42%、空き家が25%、事業所が24%、駐車場・空地が6%となっていた。空き家や空地が宿泊施設としてインフィルされ街区が再形成されるというメリットもあるが、一方で住宅用途や商い機能が結果的に駆逐されている現状も明らかだ。

従前のまちの機能のバランスに戻すことが必ずしも正しいというわけではない。そして、宿泊施設が増えすぎたという現状を嘆くだけでも未来は面白くない。取るべき方向性はいくつかありそうだ。まず、観光客の収容先としての宿泊施設の立地をコントロールすること。その際、バルセロナの対策は示唆的かもしれない。バルセロナはオーバーツーリズムの状況に対し、2015年から都心部への宿泊施設の建設を原則的に認めない《観光宿泊施設立地プラン》を実施し、無為な余剰を生むのではなく観光的魅力の高い都心部を市民の居住のための空間として保全する試みを展開している。また、2018年12月からは、新たにホテル等の建設や大規模な増改築事業が実施される際に床面積の30%をソーシャル・ハウジングに充てるという都市計画措置も実施している。

そして、宿泊施設が余剰化するプロセスをにらみつつ、そこに施設の転用を含めた新たな都市活動のタネを蒔くチャンスを見出したい。宿泊施設「への」転用は数多いが、宿泊施設「からの」転用は管見の限り世界的に見ても未開拓の領域だ。「促進」「制御」の二項対立ではなく、作られてしまった宿泊施設を都市の好機と捉える発想があっても良いのではないか。かつて遊休化していた小学校や工場等がコンバージョンされ、都市に独自の魅力を付与したように。

出典:

・京都新聞2019/6/24:https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/8574
・京都新聞2019/11/16:https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/67401
・阿部大輔:「オーバーツーリズムに悩む国際的観光都市」、『観光文化』、日本交通公社、pp.8–14、2019a
・阿部大輔:「観光の新たなフェーズ 地域と宿泊施設の関係性を再構築する」、『建築と社会(特集 共生社会のまちづくり)』、日本建築協会、Vol.100、№1162、pp.14–15、2019b
・阿部大輔:「宿泊行為が変える都市のカタチ」、『都市を予約する』(都市アーキビスト会議[編])、建築資料研究所、pp.34–40、2018
・Crónica Global 2019/10/21:https://cronicaglobal.elespanol.com/vida/ciutat-vella-distrito-barcelona-pierde-poblacion_284988_102.html
・European Parliament (2018), Overtourism: impact and possible policy responses
・UNWTO (2018), “Overtourism”? Understanding and Managing Urban Tourism Growth beyond Perceptions, 2018

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阿部大輔
建築討論

龍谷大学政策学部教授。1975年ホノルル生まれ。龍谷大学政策学部教授。バルセロナ自治大学客員研究員。博士(工学)。専門は都市計画、都市デザイン。近著に『アーバンデザイン講座』(共著、彰国社、2018年)、『小さな空間から都市をプランニングする』(共編著、学芸出版社、2019年)など。