土田貴宏著『デザインの現在:コンテンポラリーデザイン・インタビューズ』

未知なるデザインの現在(評者:砂山太一)

Taichi Sunayama
建築討論
Aug 1, 2021

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持ち物の扱いは荒い方で、だいたいの物はすぐにクタクタにしてしまう。特に書籍は付箋やら線引きはもちろんのこと、他の物と一緒に雑多にかばんへ放り込むから、すぐに使い古し感満点になる。

そんな中でも、『Usus/usures: Etat des lieux — How things stand』は、購入してから一瞬で表紙がベロベロになってしまったことで思い入れが深い。この本は、2010年の第12回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展のベルギー館展示のカタログで、建築グループRotorによって制作された。

カタログには、摩耗や劣化をテーマに、駅にあるポリエステルの椅子に刻まれた無数の傷跡や、人の登り降りによって塗装が剥げた階段の床面など、工業製品や建築部材が使用によって使い古された状態の写真とその経緯を検証したテキストが並ぶ。通常なら製品自体の価値を落とす要因として考えられる摩耗や劣化を、むしろプラスの価値として再検証するような手つきでリサーチがまとめられ、デザインとは何か、物の価値とは何かを私たちに突きつけてくる。実際のベルギー館展示では、これら摩耗の収集物をミニマルな彫刻作品のように展示し、使用の痕跡のドメスティックな質感を概念的で抽象的な作品表面に転換していた。

そしてカタログ自体も、この質感と抽象の操作を反映した本となっており、タイトルも何も印刷されていない簡素な表紙はキャンバス生地でつくられており、うっすらと中の印刷面が透けるほど薄いため、ページを捲るたびに端が曲がり、糸はほつれ、劣化していく。

Rotor (Tristan Boniver, Lionel Devlieger, Maarten Gielen, Michaël Ghyoot, Benjamin Lasserre, Melanie Tamm), Ariane d’Hoop, Benedikte Zitouni『Usus/usures: Etat des lieux — How things stand』2010, Éditions de la Communauté française Wallonie-Bruxelles

書籍の物としての実存が、その内容以上に持ち主に強い心理的な働きかけを及ぼすことは、大半の人にとっても経験的に認められることだろう。特に、特異な仕様の製本や物として脆く壊れやすかったりすると、物の扱いをあまり心得ない筆者は、疎ましく億劫な気持ちになりながらも、その一回性にどう付き合うことができるか、普通の本とはまず過ごさない読む行為以外の時間を費やすことになる。

そんな中、2021年6月に発刊された『デザインの現在 コンテンポラリーデザイン・インタビューズ』(PRINT & BUILD)は筆者をまた悩ませている。

雑誌「商店建築」で2011年から100回にわたって連載されていたジャーナリスト土田貴宏氏によるデザイナーへのインタビュー記事「デザインの新定義」をまとめた本書は、各インタビューを時系列ではなく「コンセプチュアルデザイン」「リミテッド・エディション」「新しいクラフト」「越境するクリエイション」「空間×オブジェクト」「デザイナーのブランド」「プロダクトと試行」「ソーシャル&サステナブル」と8つのテーマに再分類して構成している。80年代ダッチデザインの系譜をアップデートしたコンセプチュアルデザインの現在形から、10年代以後のスペキュラティブデザインやサステナブルまで、つねにマッスのデザイン文化と平行し存在してきたデザインオルタナティブの最新動向を、プレイヤーの短いながらも簡潔な言葉によって追うことができる。

本書は雑誌の連載記事をまとめた一種のアーカイブという側面を持つはずだが、書籍としての造りに注目してみると、長く保存されることを明確に否定している。

表紙には薄いコート紙が使用されて、綴じ方は太めのゴムバンドで巻いただけ。手に取りページを開くにつれ、ヨレてシワができる。ちょっとでも水気に触れるとすぐにフヤフヤになってしまう。ゴムも数年後には老化してちぎれ、ページは全部バラバラになることだろう。本の編集とデザインは斧澤未知子氏によるもので、斧澤氏は建築設計からブックデザインに転向した経歴をもつ。そして、先ほどの『Usus/usures』を作ったRotorのインタビューも「ソーシャル&サステナブル」のセクションに入っており、書籍自体では最後から2番目に位置している。本書のブックデザインが『Usus/usures』の仕様と直接的な参照性をもっているのかは定かではないが、両者の間に共通する問題意識を想像することは可能だろう。

土田貴宏著『デザインの現在:コンテンポラリーデザイン・インタビューズ』2021, PRINT&BUILD

土田氏の連載は、Rotorがヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展のベルギー館で提示した翌年の2011年からはじまっている。筆者が執筆している今現在は、一年延期された東京オリンピック2020の開会式を迎えたばかりだ。この十年はデザインにとっては撤退と衰退の歴史であったかもしれない。SNSなど情報インフラを介して大きさを増した個人の言葉は、近代が依拠してきた作家性や概念的な理想に異議をとなえつづける一方で、デザインはまだその異議に明確に応答する術を知らない。デザイナーは、あえて「負ける」ことを戦略的に選択したり、「新しさ」や「多様性」や「正しさ」のプラカードをかかげたり、クタクタになった現実を見て見ぬ振りをしながら、なんとか商業的にやりくるする術を身に付けはじめている。筆者もそのように生きる一人だ。

「ソーシャル&サステナブル」のRotorの次に、プロダクトや空間、VI計画など多方面に活躍するグラフィックデザイナー長嶋りかこ氏のインタビューが掲載されている。オリジナルのインタビューは2014年に行われたが、連載時からの変化を踏まえ2020年に再度メールインタビューを行った内容が掲載されており、本書の一番最後に位置している。インタビュー内で長嶋氏は、「経済的発展による“幸福”のためにデザインを活用することにもはやまったくモチベーションがない」とし、環境の問題、医療の問題、福祉の問題など世の中にある「“痛み”の解決」のために自らのデザインを「活用したいし、利用されたい」と語る。また、そのように考えるようになった転機として、自身が当事者となったデザイン業界の問題と出産・育児の経験を挙げる。個人の力の及ばなさと直面する現実のどうしよもなさに対して、社会との関わりから仕事のあり方そして実生活を切り分けることなく、いかに作ることの問題として扱っていくことができるか。長嶋氏の語る社会的・文化的に形成された性別と身体的な経験、専門性の中で醸成されてきた価値観と社会との乖離、生産とともにある廃棄物など環境への影響、デザインが今直面しているクタクタの現在は、理想的な探求を続けてきた裏で誰かが引き受けてくれていたものではないだろうか。インタビュー内で、長嶋氏は「キャリアを積んだ男性デザイナーの裏で支えているパートナーたちが諦めたものを想像する」という。あくまでも当事者として反省的に語られる言葉は、筆者も含めて、多くの人にとって読まれるべきものだろう。

長島氏のインタビューは100組のうちの一つに過ぎない。ここには100組100通りのデザインの現在があり、単なる作品のイントロダクションにとどまらず、デザイナーそれぞれの立場と価値観で、社会性、経済性、批評性、造形性への視座が語られている。

「現在」ほど捉え難いものはない。2020年から現在にかけて世界中の人々が同時に直面した状況に、デザインは何を答えることができるのか未だ分からない。わかりないからこそ、長く持ちこたえることを拒絶する本書は、「デザインの現在」が何度も刷り直し建て直されることを要請する。商業主義的なわかりやすい標語の裏側に隠された未知なるデザインの現在は、個人の言葉の切実さに繰り返し耳を傾けることによってはじめて垣間見ることができるのだ。

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書誌
著者:土田貴宏
書名:デザインの現在:コンテンポラリーデザイン・インタビューズ
出版社:PRINT&BUILD
出版年月:2021年6月

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Taichi Sunayama
建築討論

Architect/Artist/Programmer // Co-Founder SUNAKI Inc. // Associate Professor, Kyoto City University of Arts, Art Theory. //