地域のリズムを奏るメンバーシップ

山根俊輔
建築討論
Published in
10 min readOct 31, 2019

[201911 特集:建築批評《尾道駅》ー地域の建築がつくる地域] Membership playing the local rhythm

《尾道駅》から考える地域の建築

《尾道駅》はアトリエ・ワンが一般的な設計者とは少し異なるデザイン監修として関わったプロジェクトである。筆者も前職の乾久美子建築設計事務所で《延岡駅周辺整備》という駅前再整備プロジェクトで同じくデザイン監修者という立場で参画していた。設計者とデザイン監修の違いはプロジェクトごとでバラつきが大きいと想像されるが、共通しているのはプロジェクトの風上の部分からの関わりが求められているということがあるだろう。設計の対象が不明確な状況から関係者とともに「何を何のためにつくるか」から検討していくこととなる。

実際に《延岡駅周辺整備》では、我々が参加した時点では、機能、規模、スキーム、予算などあらゆることが未定であった。最終的には、既存のJR駅舎の目の前に駅と一体で活用できる複合施設を建てるという所に着地しているが、それまでには、駅舎の建て替えを断念したこと、中心市街地活性化基本計画の認定を取得しなかったことなど、建築設計以前の企画や事業に関わる検討期間のほうが設計期間よりも多くの時間を費やしている。

《尾道駅》の特徴の一つに、行政からの資金を受け入れいないということがある。鉄道会社の資金のみで改築を行なっており、地方駅の開発としては珍しい事例である。行政の資金が入るとまちづくりの色が強くなるため、線路による交通の分断を解決するため橋上駅に改築されることが多い。尾道駅では民間資金のみでの開発のため、広場やホームと連続的に使える地上駅の状態がキープされ、背後にそびえる山並みと調和した駅舎となっている。

《尾道駅》のデザインや建築単体としての考察ではなく、地域に建築をつくることに主題を置き、地域の建築とはどのようにつくられどうしていくべきかを《尾道駅》をベースに《延岡駅周辺整備》での経験を交えながら考えていきたい。

地方駅の現実との対峙

尾道は今ものすごいスピードで開発が進んでいる。

《ONOMICHI U2》(SUPPOSE DESIGN OFFICE)、《せとの森住宅》(藤本壮介建築設計事務所)、《Ribbon Chapel》(NAP)、《seto》(マウントフジアーキテクツスタジオ)、《LOG》(スタジオムンバイ)、《尾道市御調支所庁舎》(o+h)、そしてアトリエ・ワンのデザイン監修による尾道駅などここ数年で行政民間問わず様々な建築が尾道周辺にできている。

《尾道駅》と他の建築家の作品には大きな違いがある。他の作品は斜面地や海岸線など尾道がこれまで育んできた風景の中にあるが、尾道駅前は高層のホテルやマンションなどが建ち並び始めており、尾道の風土と少し距離を取っているような、どこにでもあるような駅前の風景になりつつあるような場所にある。そのような周辺環境でどのように駅をつくるかは非常に難しい。尾道らしい風景に寄り過ぎれば、逆にチープに見えてしまう危険性もあるし、かといって再開発施設群と同じテイストにすることは考えられないだろう。塚本さんもおっしゃっている「駅前に落ち着きを持たせる」という考え方が確かにこの場所にふさわしいと感じた。

また、地方都市の駅とは非常に特殊な存在である。通過点であったり、地方によっては自家用車がメインの交通手段となるため、ほとんどの市民が日常的に使ってさえいないような場合も多い。「街の顔」としての機能だけがうっすらと市民に広く認識されている状態である。逆に考えれば、本来の交通結節点としての機能を失いつつあっても、市民の愛着だけは残されている特殊な民間施設と言える。

今回三代目となる新しい尾道駅舎は、初代駅舎の再解釈として長屋門の構えを継承していることは非常に重要な考え方である。「構え」を継承してくことは街の顔としての機能だけでなく、そこで暮らす市民にとって誇りと安心を与えてくれる非常に効果的な手法である。

「駅前に落ち着きを持たせる」「構えを継承する」これらは地方駅が抱えるリアルな課題に対峙してはじめて導き出せるものだろう。

地域の建築が背負う責任の大きさ

地方で建築をつくることは、地域をつくることに直結しやすい。それは良いことも悪いことも両面ある。その責任を背負いながら、着地点を模索する態度が非常に重要となる。

現在の尾道は観光地事業が成功しているため、例外の可能性もあるが、往々にして地方都市の財源は厳しく、人口と税収が減少する中、公共的な施設をつくることにまちの命運がかかっているケースもある。つまり、地域の価値向上を目指しながら、事業としても失敗することが許されないという責任を頭の中に置いておく必要がある。都市間競争により地方都市そのものが淘汰されていくなかで、仮にうまくいかなくても、20年や30年後にその地方が再チャレンジできるという楽観的な期待をすることは現実的ではない。

ではどうすれば失敗を回避できるか。その一つの方法として近年盛んなワークショップやコミュニティ形成が効果的だと考えている。建築が竣工しオープン日を迎え、「さあ、できました!どうぞ使ってください!」ではどんなにマーケティングを行っていたとしてもリスクが高い。計画の段階から情報を公開しながら、擬似的に「使ってもらう」ことを考えながらワークショップやコミュニティ形成をすすめていくことが重要となる。その中でうまく使えない(使われそうにない)部分は修正や改善を加えながら、できるだけリスクヘッジをしていく。ネガティブに聞こえるが大切な手順である。最終的な判断は閉じられた関係者で行う必要があるが、すでに出来上がった計画を説明説得するのではなく、小さな当事者意識をユーザーである市民が持つことで、長期的に応援してもらえるような建築を目指す姿勢だ。擬似的に使ってもらう体験を提供したり、修正改善をスピード感を持って繰り返すことは建築家の気質としてすでに備わっているため相性が良い。

地域の建築を実現するメンバーシップ

《尾道駅》はコンビニを除き、宿泊所や飲食店などの運営に地元企業が入っている点は地域経済の循環の点からも非常に望ましい形である。ただし地元企業で運営を固めるというのは言葉で言うほど簡単ではないはずだ。事業主体である西日本旅客鉄道株式会社としては、テナント収入の安定を求めれば、全国展開のチェーンや大手企業に入ってもらった方が格段にリスクは低い。《尾道駅》のような状態をつくるには、西日本旅客鉄道株式会社の強い意思と判断が必要なのはもちろんのこと、それをサポートし、共に地域の建築をつくり上げていく当事者同士の協力が必要不可欠である。この当事者間の繋がりを塚本さんは「メンバーシップ」と呼んでいる。この時、設計者は設計業務をに邁進するだけでなく、事業者や関係者と共に併走していくメンバーシップの一員としての立ち振る舞いが求められる。

地元企業による運営については、地域の建築としての印象が強いということだけでなく、地域への再投資が可能という点が地域にとって最も重要である。全国チェーンや大手企業が運営した場合でも、雇用の促進や地元への各種材料や資源の発注は発生するため地域経済にとって全く意味がないということではない。ただし、営業利益の再投資先は当該地域である可能性は比較的低いということである。地元企業であればその可能性は格段に高まる。地域で得た利益を地域に再投資するということが継続的な地域価値の向上に繋がっていく。《尾道駅》でのメンバーシップは、事業者である鉄道会社、地元のテナント運営者、市役所など尾道の継続的な発展を切実に望んでいるメンバーであることも見逃せない。

地域の建築で設計すべき範囲

地域の建築をつくるには、要望が確定されてそれを形にするというだけでは不十分な場合が多い。特に駅については関係者が多く要望の確定を待っていては何も物事が進まない状況も考えられる。その時私たち設計者は事業者と協力しながら諸元まで遡って設計する必要がある。何がどのくらい必要かという具体的なものから、「こういう場所があった方が良い」など、メンバーシップの中で空間を扱う専門家として提案をし、それを諸元レベルで固めていくことが大切である。同様にメンバーシップが向かう目標と共通認識を得るためには形を出すことが求められる。

延岡駅を例にとると、我々が参画する前から検討が進んでいた、駅を改築しさらに高層ビルを建設するというスキームが、事業的に成立が難しいことが判明した時点で、どのような機能を入れるか、どういう規模の建築が必要か全てが宙に浮いていた時期があった。そのような中で「駅に必要な機能や建築はこのようなイメージのものではないか?」とデザイン監修者として諸元と形をセットで提示することで、五里霧中状態の中からうっすらと方向性が見えたということがある。

指揮者ではなくアンサンブルの指導者としての振る舞い

駅の開発においては、多様な関係者が関わり、場合によっては関係者間に利害関係が発生していることも多々ある。その中で設計者やデザイン監修者は、これまでのようなマスターアーキテクトとしてではなく、各関係者やプロジェクトのメンバーシップに対して丁寧に説明をしていく必要がある。オーケストラの指揮者ではなく各楽器のアンサンブルの指導者のようなイメージだ。《尾道駅》でいえば、駅前に落ち着きを取り戻すことや、初代駅舎の構えを継承することの意義などを丁寧に説明されたことで、テナントの内装デザイナーや広場の設計者等にも共通したリズムのようなものを共有できているのではないかと感じる。またその受け継がれるリズムは建築単体のコンセプトよりもずっと影響力と影響時間が大きく、今後の尾道駅周辺の風景の形成に大きな役割を持つことが想像される。設計者自身も演奏者の一人として、リードとして引っ張ったり、他の演奏者とリズムを合わせたりなどプロジェクトのフェーズに合わせて柔軟な振る舞いをしていく。

地域の建築がつくる地域

地域で建築をつくることは、本当に影響力が大きい。尾道駅のような公共的な施設に限らず、小さな地域の建築が地域そのもののイメージや価値をつくることができる。その逆に地域の建築が地域を壊すことだっで容易に起こり得る。「地域をつくる」ということについて建築が果たす役割は非常に大きい。ただし建築だけでつくる地域は非常にリスクが大きい。地域をつくるには建築は一つの要素である。再投資ができる事業計画や地域に不足している機能やソフトを検討したり、運営ができる人材や主体を発掘したりなど、総力戦が必要である。その際、《尾道駅》に見られるような当事者によるメンバーシップは大変参考になる。

まち全体の継続的なリズムを生み続けるメンバーシップである。その時建築は空間や風景についてはアンサンブルの指導者として、その他の場合では演奏者の一人として街によりリズムをつくり続ける姿勢がこれからの地域に求められている。

延岡では著者個人がメンバーシップの一員として地域に残りリズムを生み続ける役割を担おうと奮闘している。《尾道駅》でうまれたリズムはどのようなメンバーシップでどう継続されてくのかとても楽しみである。

参考資料:
1. 『新建築2019年5月号』「特集記事:「地域の建築」は設計できるのか=塚本由晴」
2. 日本建築学会WEB『建築討論』2019年10月号特集「ロングインタビュー|ふるまいを先行させるクラブ、メンバーシップ」

《尾道駅》ホームから改札口を望む

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山根俊輔
建築討論

やまねしゅんすけ/1985年広島生まれ。2009年広島大学大学院工学研究科卒業。2009〜2018年乾久美子建築設計事務所。2019年より山根製作所主宰。