地域の魅力を促す観光拠点駅

髙垣知佳
建築討論
Published in
11 min readOct 31, 2019

[201911 特集:建築批評《尾道駅》―地域の建築がつくる地域]
Tourist base station that promotes local attractions

2019年3月10日。新しい尾道駅のスタートは雨だった。

終電後に仮駅舎からの大引越しを行い、新しい尾道駅は4:30に始動。4:47始発列車が尾道駅に滑り込んだ。夜半より降り続いた雨の中、駅前には長蛇の列ができていた。朝9時からの記念入場券の発売を待ちわびる列だ。「まちと駅のあゆみ」を写真と共につづった台紙に、歴代の駅舎写真が描かれた硬券(切符)をセットにした記念入場券。列は前日の昼から並ばれたお客様を先頭に仮駅舎まで伸び、1,000セットの記念入場券はあっという間になくなった。駅前の商店街にはお客様があふれ、商店街の皆さまと駅員が一緒に設置した尾道駅開業を祝うフラッグがお客様を出迎えた。

多くの尾道市民がこの新駅舎開業を待ち望んでいたのだと実感した一日だった。

尾道駅としまなみ海道

《尾道駅》は明治24年(1891年)に開設された。初代駅舎は、日本の鉄道の黎明期から愛され続けた「瓦屋根」や「深い軒」といった特徴的な形態や色彩を踏襲した外観であった。《尾道駅》は港と駅が近く、船と列車の利用が主だった時代は駅こそが賑わいの拠点であったが、自動車の台頭により交通形態が代わり駅は賑わいの場ではなくなっていった。

一方、自動車社会到来に合わせ「しまなみ海道」は1999年新尾道大橋・多々羅大橋開通により全橋開通。本州側の拠点となる尾道駅前周辺では全通に合わせて大規模な駅前再開発が行われ、駅前から伸びたペデストリアンデッキによって尾道港ポートターミナル、しまなみ交流館テアトロシェルネ(イベントホール)、福屋(百貨店)、市営ベルポール駐車場などとも結ばれるなど、尾道駅前周辺は新しくなった。

さらに、近年せとうちエリアは、多くのお客様が訪れるようになっていった。国(観光庁)の広域観光周遊ルート「せとうち・海の道」の認定、せとうち観光推進機構(せとうちDMO)の発足など、国内有数の観光エリアとして脚光を浴びてきたからだ。

日本国内での人気から海外への人気も広がっていった。なかでも、2015年、尾道から今治に至る「しまなみ海道」が「海を渡れるサイクリングロード」としてアメリカのCNN社のトラベル情報サイトで、「世界の7大サイクリングロード」に選ばれたことから、知名度が一気に上がった。次いで、フランスのミシュラン社のガイド誌の中で「しまなみ海道」は「ミシュラングリーンガイド1つ星」に選ばれ、更に2019年1月に「せとうち」は、ニューヨークタイムズ紙が選んだ「世界で行くべき52か所」の第7位に。「せとうち」、そして「しまなみ海道」は世界から注目される観光地になりつつある。

そんな世界的に注目を浴びる「せとうち」「しまなみ海道」の本州側の拠点である《尾道駅》の駅舎は、1927年・1952年と増改築を実施したことで初代駅舎の面影がなくなり、歴史的な建物からは遠い存在になっていた。また、増改築を繰り返したことで駅舎内の機能に余裕がなくなり、昨今増える観光でお越しのお客様や日々通勤・通学等でご利用いただくお客様のニーズに応える事が困難となっていた。

そのため、JR西日本はこのせとうちエリアを「地域の皆さまと連携し、地域の魅力向上・活性化に取り組みたいエリア」と位置づけていることもあり、《尾道駅》を耐震化を契機に「広域周遊ルート」の拠点駅の一つとして建て替えすることとした。

尾道駅は、通勤、通学、旅に出発・到着される方、地域の方など様々な方が行き交う場所である。そのため建て替えにおいては、通過地点ではなく、憩いの場と賑わいの場を創出することで多様な方々が集う交流の場となることを目指した。

《尾道駅》コンコースの様子

デザインコンセプトは、国内外からせとうちエリアを周遊に訪れるお客様へ「旅情」を、地域の皆さまには「尾道らしさ」を感じていただけるよう、「尾道のまちへの玄関口」「せとうちエリアへの玄関口」にふさわしい駅空間とした。外観はプラットホームに上部を張り出し、屋根勾配を工夫することで、尾道水道が紡いだ中世からの箱庭都市「尾道」に即した建物形状とし、初代駅舎の「おもむき」を踏襲して町並みと融和したデザインとした。

せとうちパレットプロジェクト

さて、ここまで尾道駅を中心とした建て替え背景を説明してきたが、JR西日本の地域価値向上の取り組みについて少し説明をしたい。

JR西日本では「JR西日本グループ中期経営計画2022」において「めざす未来~ありたい姿」を実現するための共通戦略の一環として、地域の皆さまと一体となった地域価値向上を掲げている。先にあげるように、西日本エリアの中でも多様な観光資源を有しているせとうちエリアでは重点的な整備を進めており、昨年、地域の皆様と一体なった価値向上を目指す取組みとして「せとうちパレットプロジェクト」も始動させたところである。その中でも尾道駅はせとうちエリアを周遊されるお客様の重要な新拠点として位置付けられている。

ここで少し「せとうちパレットプロジェクト」についてご紹介したい。

色を混ぜ合わせて新しい色をつくりだす「パレット」のように、地域とJR西日本との連携、鉄道事業と創造事業との連携、既存の素材と新たな視点の掛け合わせなどによって新たな魅力を生み出していきたいという思いを込めて、「せとうちパレットプロジェクト」と名付け施策を推進している。

基盤となる広域周遊ルートの構成として、鉄道とクルーズ船を組み合わせた周遊ルートの構築や新規航路の開発、観光結節点となる駅の整備、山陽新幹線の利便性や魅力の向上を進めると共に、新幹線拠点駅と観光地を結ぶ観光列車や新たな長距離列車である「WEST EXPRESS 銀河」を2020年春の運行開始などを予定している。

集客力のあるコンテンツの整備としては、地域ならではの食や土産物の魅力を活かした拠点駅(岡山、尾道、広島等)の開発、魅力ある宿泊施設の展開(古民家再生、サイクリスト向けの宿泊施設)、地域の魅力ある商材の開発や販路の開拓、地域のイベントや素材に新たな視点を組み合わせたコンテンツの整備や発信などを行っていく予定だ。

航路を含む周遊ルートの構築については、国交省・瀬戸内海汽船グループ・JR西日本グループで「せとうちエリアの海事振興に向けた連携協力に関する協定」を締結するなど、行政や他の民間事業者と協力して進めている。JR西日本としては、世界的に評価の高い多島美と島嶼部をより多くのお客様に楽しんでいただけるよう、新幹線との接続などを意識した旅行商品を提案していきたいと考えている。

新しい《尾道駅》

新しい《尾道駅》の開業に先駆けて、しまなみ海道の玄関口である尾道港に、しまなみ海道を海路でサポートするCycleship Lazuli(サイクルシップ ラズリ(以下、「ラズリ」))を2018年10月28日にデビューさせた。この日は、4年に一度高速道路を閉鎖して行われる国際サイクリング大会「サイクリングしまなみ2018」が行われる日であり、当日は日本、そして世界から多くのサイクリストがこの「しまなみ海道」に訪れた。ラズリは、自転車を輪行せずにそのまま積み込んで、瀬戸内海を航行することができ、まさにサイクルシップとして、この大会のサイクリストの足としてデビューをした。現在は尾道港と生口島の瀬戸田港を結ぶ定期航路のとして就航している。

ラズリはグループ会社である株式会社JR西日本イノベーションズが出資する「株式会社瀬戸内チャーター」が運営している。ラズリは、官民が参画する一般社団法人せとうち観光推進機構と金融機関・周辺地域内外の民間企業が参画する瀬戸内ブランドコーポレーションで構成されている、「せとうちDMO」が主軸となってはじまった取り組みのひとつである。「せとうちDMO」は、このクルーズだけでなくサイクリングやアート、食や宿、地域産品などとエリアを横断して、地域事業者や各県・市町村とともに瀬戸内の魅力を体感できる新たな観光サービスなどを開発促進しており、今後とも協力して事業を行う予定である。

尾道駅の開業にあたっても、地域の皆さまと一体となって地域価値向上をしていく、という視点を大切にした。

尾道駅のビジョンは「“尾道のまち”と共に成長していける新しい駅」である。これは駅を通過点ではなく、憩いの場とにぎわいの場を創出する多様な方々が集う交流の場となることを目指すことであり、地域のものを取り入れ、地域の方と共に考えてつくるアイテムやメニューの開発をすることなどを意味する。店舗コンセプトに「シンクロコミュニティ」を掲げ、人が交流する空間、そして尾道の多様性を多様な方とモノ・コトを作り上げて行っている。

商業施設もJR西日本の直営事業であるコンビニ・セブンイレブンハートイン以外は、地元尾道を拠点に「観光を手段に、事業と雇用を創出する」ことを目的とし、地域の魅力を発信する取り組みを積極的に取り組んでいる「ディスカバーリンクせとうち」を主要テナントとして運営を行うこととした。

世界有数のサイクリングコースである「しまなみ海道」がある、ということを踏まえて駅直結の宿泊施設「m3 hostel(エムスリーホステル)」や「自転車は人生のように楽しい」をコンセプトとしたレンタサイクル&カフェ「BETTER BYCYCLES CAFÉ(ベターバイシクルズカフェ)」などのサイクリスト向けの店舗、尾道の特産品を利用したメニューを扱う「ONOMICHI STAND(オノミチスタンド)」や地元に愛される味を扱う飲食店「食堂ミチ」「喫茶レストランNEO(ネオ)」などが入っている。

せとうち巻き販売の様子

地域の皆さまと一体となっての商品開発も行っている。今回尾道駅では尾道の特産品等を販売している「おのまる商店」が出店しており、食を通じて地域を盛り上げていくことを目指している。看板商品として、“尾道を包んで食べる”をコンセプトにした巻きおにぎり「せとうち巻き」がある。かつて、瀬戸内の漁師たちが船の上で食べていた海苔巻きスタイルのおにぎりを現代風にアレンジしたものだ。メニュー開発を地域の皆さまと行っており、第一弾では広島県立尾道商業高等学校の生徒のみなさんとコラボレーションした。

さいごに

JR西日本では今までも、食と宿、地域産品、祭りやイベントなど地域が持つ魅力を、新たな視点でとらえ、宣伝やブランド化などの仕掛けを行ってきた。地域振興においては、地域の皆さまとの連携を深めていくことが必要不可欠であり、知恵やノウハウを持つ方々と一緒に新たな事業に取組むことが重要であると考えている。今まで駅という“点”でとらえていた地域を“エリア”として広域にとらえ、JR西日本自ら地域の一員として主体的に関与し、地域の課題の解決に参画し、プロデュース機能やビジネスハブ機能をとおして地域の経済力や価値の向上に貢献していきたいと考えている。

観光を強化するため、賑わいを創出するために施設を作るわけではない。尾道駅の利用客の大半は地元の方であり、地元の方が日常的に利用しているからこそ、鉄道と渡船が尾道には残されている。地元の方が快適に過ごせ、喜んでくださることがより多くの人を引き付ける最大の要素になるのである。文化や歴史を保存し、「保護されたまち」ではなく「日常の営み」を感じられる場所を作り、発信していくことで来街者も魅了されるのではないか。

賑わいの主役は、尾道に暮らし、尾道に訪れ、尾道を愛するすべての人々である。地域の方がかかわり、尾道ならではのカラーや個性が出てくる。「駅」という「場」は「“尾道のまち”と共に成長する」のである。

「せとうち」、「しまなみ海道」の玄関口となる《尾道駅》は、観光や地域の活性化の拠点となり、まさに新たな魅力発信基地・観光拠点になったと考えている。

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髙垣知佳
建築討論

たかがきちか/西日本旅客鉄道株式会社創造本部 不動産統括部えき・まち創造グループまち創造・協議 課長