グローバリゼーションとしてのダダ(評者:長谷川新)

長谷川新
Apr 30, 2018 · 3 min read

美術史家アレクサンダー・アルベロ(Conceptual Art and the Politics of Publicity)やロバート・ベイリー(Arts & Language International : Conceptual Art between Art Worlds)らによる研究がすでに明らかにしてきたように、戦後隆盛を見せるコンセプチュアル・アートの実践、とりわけそのグローバル化や領域横断性には、アーティストやギャラリスト、キュレーター、ジャーナリストたちの出版物の影響が色濃くあらわれている(たとえば、実際にアメリカの砂漠の避雷針に雷が落ちるところを目撃した「鑑賞者」は一体何人いるのだろうか?)。ダダ・シュルレアリスム研究の雄・塚原史による本書『ダダイズム 世界をつなぐ芸術運動』の副題が示す通り、ダダもまた、いやダダこそが、複数の大陸、国家、都市をまたがり拡散した芸術運動の始まりに他ならない。そこでは戦争において敵対関係であった国家間の対立すら、すり抜け繋がろうとする態度があり、それを実現させしめる「人とモノの移動」のネットワークがあった。

その象徴として担ぎ出されるのは、「ダダグローブ」と名付けられた未完のダダ・アンソロジーである。「ダダグローブ」はいわば誌面上の「展覧会」とでも呼べるものが構想されており、世界中から数多くのアーティストたちがテキストやドローイング等を、呼び掛け人であるトリスタン・ツァラのもとに寄せていた。チューリッヒで産声をあげ、パリ、ベルリン、オランダ、スペイン、東欧、ニューヨーク、南米、そして日本へとリアルタイムに変化と拡散を繰り返した運動を支えていたのは、決して「芸術の否定」という虚無的な破壊衝動だけではない。そこにはすでに第二の自然と化したグローバリゼーション体制が存しているのである。

本書の特徴を3つ挙げるならば、グローバル化したダダの複数性に焦点を当てている点と、「黒人」や「女性」といった「マイノリティ/周縁」からダダに迫っている点、そしてダダの提唱者ツァラ自身の実践にフォーカスを当てている点だろう。これらは相互に結びついていると同時に、齟齬を生じさせている。ツァラ個人の思惑と、グローバル化し、複数化し、多様化した「ダダイズム」とは、当然ながらどんどんズレていく。そのズレが亀裂となって生まれたのがシュルレアリスムであること自体は否定しがたいとしても(シュルレアリスムの首謀者アンドレ・ブルトンとツァラは後に和解し、ツァラはシュルレアリスムへと合流しているが)、ダダイズムそれ自体の中に豊かな複数性を読み取って行く姿勢を忘れてはならない。ダダの勃興、そしてニューヨークのダダイストであるマルセル・デュシャンの問題作「泉」から100年以上が経過したいま、改めてダダを振り返るうえで、そしてダダを現在の私たちの布置において思考するために、本書は有益な一冊となるだろう。

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書誌
著者:塚原史
書名:ダダイズム 世界をつなぐ芸術運動
出版社:岩波書店
出版年月:2018年2月

建築討論

建築をめぐる幅広い批評的議論のプラットフォームを提供する日本建築学会のウェブマガジンです。

長谷川新

Written by

はせがわ・あらた/1988年生まれ。インディペンデント・キュレーター。京都大学卒業。主な企画に「パレ・ド・キョート / 現実のたてる音」(2015)、「クロニクル、クロニクル!」(2016–17)、「不純物と免疫」(2017–2018)など[ポートレート撮影:加藤甫]

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