大野光明・小杉亮子・松井隆志 編『越境と連帯』

瞬間ごとに、自らを越境する(評者:長谷川新)

長谷川新
建築討論
Sep 1, 2022

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2019年の2月に刊行がスタートして以来、読むのを毎回心待ちにしている研究誌がある。『社会運動史研究』。フリーランスのキュレーターをしていると、こういう熱のこもった知の分有には本当に励まされるのだ。

これまでに銘打たれた特集は、「運動史とは何か」「「1968」を編みなおす」「メディアがひらく運動史」であり、今号は「越境と連帯」である(次号は「直接行動」!)。

変則的なかたちになるが、『社会運動史研究』を紹介するのにうってつけと筆者が思う文があるので、特集「運動史とは何か」から引く。

「運動史と出会って以降の私の社会運動観は、長所・短所をそれぞれ抱えた頼りない個人が、思惑はなんであれ互いに手をつなぎ、社会を動かすために等身大の努力を積み重ねることで織りなされるもの、という原イメージとなる。その核心にあるのは、社会を何かしら変えよう(あるいは今の動きを止めよう)という「志」と、集団性をつくりながらそれに取り組むという営みだ。〔…〕したがって、ある社会背景から「大衆叛乱」が生じたとして、その分析だけならば、社会運動研究として私はあまり魅力を感じない。逆に、運動参加者やそのリーダーが、どれほど熱く深い思想で運動を起こしたのだとしても、個人史に留まるならば運動研究として不十分だと考える。等身大の個人が、状況に翻弄されながら、それでも意識的に関係をつむぎ、努力を続けたことの達成と限界。これを社会運動に関する研究の中心に置きたいし、その課題に歴史的な側面から取り組むことを運動史研究だと見たい。これが私の立場だ。」

松井隆志「私の運動史研究宣言」『社会運動史研究1 運動史とは何か』(新曜社、2019年)pp.10–11

この意味でも、今号に登場する「主体」は広範であり単一ではない。全体の半分がインタビューで構成されているが、そこで紡がれる経験に根ざした言葉は、インタビューを受けている者の「個人史」でも「抽象的な理念」でもなく、それ自体が「越境」と「連帯」という特集を裏打ちしている。

「越境と連帯」としてひとつ挙げられる実践に「翻訳」があるだろう。ベ平連に関わり、その後アジア太平洋資料センターを設立する武藤一羊氏も、日本朝鮮研究所(現・現代コリア研究所)に所属し、『朝鮮人BC級戦犯の記録』(岩波現代文庫、2015年)を執筆している内海愛子氏も、それぞれの運動のなかで日本語を英語にするという作業を継続的に行ってきた。『 ANPO』や『Asian Woman’s Liberation』(『アジアと女性解放』)といった英文誌は、日本という単一国家を前提としていない。

「ベルリン女の会」は、「西ベルリン」であった時代から、そして日本国外で生活を営みながら、国籍法の改正を訴える活動を続けている。インタビューを受けたひとり、イルゼ・レンツ氏が富山妙子氏からベルリンでの展覧会をサポートしてほしいと連絡があったことをきっかけに、彼女たちは韓国の女性たち(「韓国女性グループ」)との交流も行うようになる(なお美術実践に関しては、『社会運動史研究2』において嶋田美子が「矛盾の粋、逆説の華--名づけようのない一九六〇年代史をめざして」を寄稿しているのでこちらもあたられたい)。こうして、複数のコミュニティが部分的に理念や生活条件を共有しながら、重なり合っている。

日本人男性とフィリピン人女性との間に生まれた国際児(JFC)について、研究においてのみならず実践においても活動を継続し、発信をする河野尚子氏や、「アナキズム文献センター」の運営委員・古屋淳二氏のインタビューも大変興味深い。くわえて、論考として登場するのは、ベトナム反戦運動を展開したアメリカ人留学生(PCS:パシフィック・カウンセリング・サービス)、アジア圏の連帯が中心であった時代から地理的にも遠いアフリカのアパルトヘイトに反対した人々(JAAC:日本反アパルトヘイト委員会)、ウトロ地区の住民たちと日本人支援者であり、固有の変遷を知ることができる。ここでは「越境と連帯」に即して以下のことを指摘したい。

本特集の主体となる面々は、いずれも一過性ではなく継続的な実践を展開している。換言すれば、「継続」というその瞬間ごとに、自身の団体の「越境と連帯」を経験し続けている。たとえば河野尚子氏のインタビューにおいても「次世代」への育成について触れている(河野氏は2021年に急逝している)。また、古屋は「昔からの資料が集まっているんだけれど、非常に現在の運動とのつながりを感じる」という感想に対して、「「アナキズム文献センターはただの古い資料をとってあるだけでしょう」と言われたことへの回答にもなっているような気がします。」と礼を述べる。「記録」と「保存」という一見静的な実践も、ダイナミックに越境し、次世代への連帯の可能性を育んでいる。4月には、ウトロ平和祈念館も開館した。展示を見ながら階段を上がると見晴らしの良い廊下に出られて、道路の向こう側に自衛隊の駐屯地が広がっているのを眺めることができた。「越境」も「連帯」も、常に具体的である。

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書誌
著者:大野光明・小杉亮子・松井隆志 編
書名:社会運動史研究4 越境と連帯
出版社:新曜社
出版年月:2022年7月

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長谷川新
建築討論

インディペンデントキュレーター。主な企画に「クロニクル、クロニクル!」(2016–2017年)、「不純物と免疫」(2017–2018年)、「STAYTUNE/D」(2019年)、「グランリバース」(2019年-)、「約束の凝集」(2020–2021年)など。国立民族学博物館共同研究員。robarting.com