官民連携の「疲労」、その解消方法の可能性と課題

018 | 201804 | 特集:プロジェクトと「疲労」

天米一志
建築討論
10 min readMar 31, 2018

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1990年代から日本の行政組織にもイギリスのサッチャー政権下で導入された官の経営的概念や手法が採用され始めた。しかし、日本における風土は、イギリスのようなドライな官民関係ではなく、さらに古くから官尊民卑の意識があり、行政経営マネジメントの導入に組織構造や官民連携に携わるヒトの意識が大きなハードルとなっている。また、概念的なPPP(Public Private Partnership:官民連携)の理解は、官民の互いのモティベーションや立ち位置を考えた枠組みを構築しなければ、全体最適となる公共空間の創造は困難と考える。特に平成11年に施行されたPFI(Private Finance Initiative:公共施設等の建設・維持管理・運営等に「民」の資金や経験を活用すること)法に基づくPFI手法は、これまでに数百の案件が実施されてきているが、残念ながら「箱ものPFI」と表現されるほど、箱ものを安く手に入れるPFI手法と行政組織で位置付けられ、PFI手法の本旨からは程遠く、関与する人財は官も民も疲弊していると言える。その証拠に、過去にPFI事業を経験した民間事業者が、「今後、PFI事業に参画しない」と意思決定している企業すらある。

「行政経営マネジメント」という視点

行政経営マネジメントは、成果や結果による統制と自ら改革を引き起こすための環境整備との2つの視点から構成されていると考える。成果や結果による統制とは、行政の生産性(効率性、有効性)を重視した評価、住民(顧客)への提供価値の重視、さらには結果への責任の顕在化などが考えられる。自発的改革を引き起こすための環境整備とは、市場原理の活用、住民目線での価値基準(KPI=Key Performance Indicator:最重要業績評価指標)の設定、さらには継続的な改革活動を行う制度化などが考えられる。そして、新たな未来を築く官民連携は、官において危機意識を持ち官尊民卑から脱却し、外部の活力活用に歩み寄らなければ行えないものと考える。固定概念にとらわれず自由な発想による自由度の高い公益を重視した行政経営を行う必要がある。

地方公共団体には、地方自治法第244条に「住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するための施設」と定義されている「公の施設」という概念がある。また、道路、橋梁、港湾、上下水道など地域に提供される施設もある。この施設の多くは、1960年代、1970年代と日本の経済成長や人口増加という背景下において整備、取得され、現在は、すでに改修、改築等を行った施設以外の多くが老朽化し、未来へ維持していくことが課題となっている。

老朽化が進む施設は、官の財政状況の悪化や人口減少、さらには地域住民のニーズの多様化などから単に更新すれば良いという訳でない。今後、地方公共団体では適切なストックの把握からファシリティ・マネジメント、更にはアセット・マネジメントに目を向けた取り組みが必至となり、民間事業者や地域住民など関係者の士気に配慮した取り組みが必要になると推測する。つまり、「計画行政」と言われていた時代は、とっくに終焉しており、地方公共団体においても知的生産性を発揮するための経営が求められている。そのためには、公共施設等の整備は、単なる箱モノ整備ではなく、公共サービスのソフト部分とハード部分のそれぞれの存在が経営資産であることを認識する必要がある。人口減少等の環境変化に対応するための公共施設整備は、ハードの総量削減ではなく、公共サービスとしての機能削減と捉え、機能削減した際に生まれる余剰資産は、まさにアセットマネジメントの対象となり、経営に活かせる不動産となる。

求められる「官」の変化

従来、公的不動産を所有している官は、自らの強みと外部との連携によって有効なものにするというマネジメント、つまりマーケティング、戦略、経営といった力が弱いため、適切なストックマネジメントが大変困難な作業となる。官が有する財産の有効活用には、需用の観点から資産保有量を見直し、官の持つ使命を明確にし、関係者が共通理解をした上でPRE(Public Real Estate:公的不動産)戦略を策定する必要があると考える。例えば、官はPRE戦略の策定に際し、考え方の1つとして保有資産について「資産の保有」から「資産の活用」という考えも必要になれば、単に余剰資産の売却や応急処置的な活用を行うことではなく、客観的な評価、検証や定量的な目標管理が必要となり、公益を重視する官として最低限の説明責任を果たす視点が必要になると考える。これまで、官側で縦割りに管理していた公的不動産は、官の経営資源として全体を統括的に活用する視点から、組織内を横断的に展開するマネジメント機能が作用する視点へと移行することが必要になる。

官が社会資本としての施設整備を検討する場合は、ハード面のみ最適化させようとしても仕方ない。その地域内におけるハードとしての施設の必要度や活用度という面と施設を機能させるためのソフト面も含めて全体最適化を目指さなければならない。つまり、施設の管理的思考から施設や空間の創造的思考へシフトすることが、新たな未来の空間形成に繋がると言える。

特にソフト面の構築は、地域人材(財)や民間企業の持つノウハウを把握することに努めなければならない。新しい公共空間の演出(価値創造)をしようとする官は、自らが持つ知識と情報等のみで枠組みを構築してはならないと考える。新しい公共空間形成に関係する組織、団体、個人は、互いにそれぞれが持つ強みやネットワークを理解し、互いに活かせれるように努めなければ、地域活性化に繋がる有効的かつ効果的な空間形成は誕生しないと考える。また、地域活性化に関わる関係者は、共通の認識として私的な強みも公益に貢献できるというマネジメントを理解しておく必要がある。さらに地域に住む住民には、住民主導で行う公共空間の検証、評価という大変重要な役割がある。官は、地域住民が役割を果たしやすくするための仕組みも構築する必要がある。例えば、サロンのような空間での座談会を設け、地域住民が集まって未来について語ることも1つの方法である。

「官」の使命とは何か?

官が維持管理・更新をしなければならない様々な公的不動産は、行政区域内にとらわれず、全体最適になる有効性や効率性を高めるための投資によってマネジメントされることが、今後の課題となる。例えば、官が自ら施設を所有し公共サービスを提供するのではなく、近隣自治体や民間企業が所有する施設機能をも含めて共同で活用できる仕組みづくりや空間演出なども、既成概念や制度を見直し検討する価値があると感じる。さらに官は、公的不動産を維持する上で建築物のみならず、リスクについても、適切にリスクを負える者にリスク移転することで、より効果的な公的不動産の維持が可能になると考えられる。

従来、官の意思決定は、既存の法律や制度によって行われていることが多い。しかし、PPPやPRE戦略などは、新しい概念に基づいて実施されることが多く、既存の法律や制度では対応できないこともある。ここで見誤ってはいけないことは、官の使命は何かである。単に公共施設を維持することが使命ではなく、公共施設の持つ機能を地域住民に効果的に提供することが使命と考えなければならない。PPPやPRE戦略を取組む官に重要なことは、目の前の現象について「正しいか間違いか」という問いをするのではなく、「機能するかしないか」と問えることだと言える。間違った使命を正しく行っても行政の生産性(有効性、効率性)は、向上しないと感じている。

今後、老朽化した施設を更新、解体するにしても継続的に適切な維持管理が実行されなければ、そのタイミングすら不適切なものとなる。また、従来、日本ではスクラップ&ビルドの考え方が重視されていたが、今後は、欧米諸国のようにリノベーション(修理・修復)やコンバージョン(機能や用途の転換)による建物の長寿命化を図り、少し俯瞰的な観点からインナーブランディングの視点を重視することが必要である。この考え方は、建物を新たに建築する場合においても、整備する施設を短命的な発想から消耗品的な考え方をするのではなく、建物の躯体等が健全である限り使い続ける考え方に基づいて実施することが重要と感じる。つまり、躯体(スケルトン)は、長期的な視点で設計・建築を行い、内装(インフィル)は、社会変化に応じてインナーブランディングの考えの基にリノベーションやコンバージョンを行うことを重視して取り組まなければならない。昨今、「リノベーション」という言葉が多く使われていると感じるが、単にリノベーションを目的とすることは、大変危険であると言える。

新たな可能性と課題

地方公共団体などの官が発注する社会資本整備は、そのほとんどが従来から何ら変わらない手法で実行されている。官と民と地域が一体となった新しい手法による整備が1件でも多く誕生し、新しい手法により得た行政の生産性の向上は、他の公共サービス提供に活かされるナレッジとして蓄積されることが、未来の空間形成を価値あるものにし続けると考える。そのためには、官の組織が単独で取組むのではなく、組織内に民間から人材(財)を起用、あるいは登用することや先進的取組み経験や知識を有している官組織とこれから取組もうとする官組織間において人事交流を行うことや複数の官組織が共同して調査、研究、推進する組織を新たに設立するなど、新しいプラットフォームの構築が必要と感じている。具体的な手法として、まだ日本での事例がないLABV(Local Asset Backed Vehicles:官民協働開発事業体)が今後の取り組みとして期待できる。

LABV(Local Asset Backed Vehicles:官民協働開発事業体)

LABVの特徴は、官側が土地や建物の不動産を出資し、民側が資金を出資する官民の事業共同体を組成し、その事業共同体が公共事業を含めたまちづくりを実行することで、より効率的かつ効果的な未来形成を目指すというものである。また、図に示すように官と民との意思決定が50対50の権限を有し、地方公共団体は出資した不動産が公会計上、資産として取り扱われるという利点もある。平成28年度には、具体的な整備事業について、地方自治体で調査検討が進み、その地域の民間事業者の一部にはこの手法に関心をもち、今後の役所の進め方に期待をしていたところ、地方公共団体側の内部合意が出来なく、頓挫したという結果になっている。やはり、人材(財)である。

最後に、官民連携事業(特にPFI事業)に欠かせない資金調達面において、地域の金融機関は、地域で営む企業のそれぞれを誰よりも良く知っていることから、地元企業の参画を促す立場に立ち、定期的な官民連携に関する意見交換会や勉強会、さらには地元企業の参画支援や企業間のプロジェクトマネージャーをこれまで以上に行うことが望ましいと感じる。

官の立場に近い金融機関の役割は、今後、公益を意識した街づくりの観点から官との連携の在り方を変化させ、新たな官民連携の一躍を担うものと感じている。

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天米一志
建築討論

あまめ・かずし/株式会社GPMO取締役副社長(兼)グローカル研究事業部執行役員。1965年香川県生まれ。1990年から2012年まで香川県まんのう町勤務。包括的公共施設管理の手法や新しいPFI手法導入等の官民連携事業の実務経験を有している。2017年から大阪大学COデザインセンター非常勤講師。