形骸化された生の宙吊りと軽はずみな死の編み目(評者:砂山太一)

砂山太一
Jun 2 · 5 min read

建築討論書評委員による書評も一年が過ぎた。これまで筆者は4本のレビューを介して特段筋をもって選んできたというわけではないが、計測技術や映像技術、情報技術など20世紀における技術発達が様々な文化の次元において人間にどのような想像力を与え、またどのような批評精神が働いてきたかを取り扱ってきたように思う。今回は、建築書評という枠組みには適合しないかもしれないが、書評対象領域を一つ拡張し漫画領域に足を踏み入れつつ、少し脱線してみたい。

電子書籍コミックビーム100にて2018年3月から2019年3月まで1年をかけて配信され、単行本としては、2018年9月に第1巻、2019年3月に終巻となる第2巻が発売された連載漫画『培養肉くん』。筆者の宮崎夏次系は、2012年に刊行された短編集『変身のニュース』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門「審査委員会推薦作品」に入選するなど注目をあつめている。

物語の設定は、「いつかどこかの誰もいない惑星」で「物書きの木下」が「食べられたがりの培養肉・おにく」そして「担当編集の久森」とともに「読者を探す旅に出る」というもので、「すこしSF(エスエ・フ)なスペース冒険譚」と銘打たれている。

宮崎夏次系は『変身のニュース』をはじめとして、どこかでセカイ系とも通じるような、主人公と身の回りの人物たちが織りなす極小の人物相関によって物語を構築しながらも、世界の終わりなどの大きな背景を裏打ちし象徴世界をつくり出すことを特徴とする。また、それらは今にもバラバラになってしまいそうな線によって描かれ、そこで仄かに立ち現れながらもひたむきで時折謎の咆哮を見せる人物たちが画面を占める空白に抗うよう対比される。

『培養肉くん』は、人間が誰もいなくなった星にたったひとり生きる物書きを中心とする。誰もいないのに誰かのために執筆する物書き木下。そして、彼の前に現れる培養肉のおにく。おにくもまた、誰かに食べられることを目的として培養されたにもかかわらず誰もいない世界に取り残されている。おにくは物書きの木下に食べられることを欲望するが、木下は「イワシとコマツナくらいしか食べられない」し、おにくもまた木下の文章を読む目を持たない。

そんな横滑りの毎日に疲れ読者を求め星を発つ日、木下が自動掃除機のルンバを探しに行ったあと、担当編集の久森と交わす会話。

「おかえりなさい 一人ですか?」(久森)

「えー ルンバは残していきます」(木下)

「彼女は壊れるまでこの星の塵を拾うように設定されている 無理につれていくのも」(木下)

「そうですか 木下さん」(久森)

「なぜ 泣いてますか?」(久森)

誰かのためにあるはずなのにその誰かがいない状態、形骸化された自らの機能を埋めるように、彼らは決定された設定を存在の寄す処とする。そこでは、それぞれの機能が相互依存も自己充足もすることなく歪みながらドライブし、どこにも帰着しない宙吊りの感覚を連鎖させ、相関の不在に独特の手触りを与えていく。

ところで、宮崎夏次系は『培養肉くん』と同時期に配信されていた漫画『アダムとイブの楽園追放されたけど…』のメールインタビューで「静かに笑っていたと思ったら突然憤死してしまいそうな……(?)人に惹かれます」と答えている。はかり知れぬ他者意識の静かな受け入れ、白昼夢のようにふわっと肥大化する生(あるいは死)の軽さ。このようなモチーフは『培養肉くん』においても多用され、宙ぶらりんの鎖に横糸を通していく。

例えば、誰もいない街の掃除を続けるルンバが、橋から落ちて水の中で微かな光を放ち突如巨大な魚に食べられる場面。その後には、木下が操縦する宇宙船を漂う少女にぶつけてしまい慌てて駆け寄ったはいいが、触れると人形みたいにハラハラと崩壊する彼女の体、拾ったおさげを見つめながら「死んでたんだ…」「死んでたのにあたっただけなんだ……」とつぶやく木下、という場面が描かれる。

ここでのルンバは自ら水に飛び込んだのか偶然落ちたのかわからない。また、少女の体は船にあたって崩壊したのかわからないし、そもそも彼女が人間なのかロボットなのかもわからない。みとめることができるのはただ、重みを持たない質量なき死が異なる事物間において部分的にプロセスを一致させ、無根拠ながらも読者の類推を刺激することで、場面間における文脈の転用を促し物語を編み目状に織り上げていることだろう。

さて、『培養肉くん』2巻の巻末にはキャラクター名鑑が付随している。そこには「木下」「久森」「おにく」「ルンバ」などと同時に、「縛られおにく」「囲まれおにく」「柊の葉のしおり」「ライン引きと石灰」などが並ぶ。つまり、登場人物と並列的に、登場人物の場面毎における一回的な生や一過的な情景の中に存在したオブジェクトが、物語のキャラクター=性質として表明されているのだ。

無根拠な織物の上で躍動し、場面毎に再生産される培養肉やロボットや人間の生。そこには、矛盾なく説得的な世界を目指すのではなく、世界はこのような仕方以外でも存在するのだという必然性と秩序への静かな抵抗、てんででたらめであることでしか成立しえないこの現実をなめらかに擁護する術が賭けられている。

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書誌
著者:宮崎夏次系
書名:培養肉くん
出版社:KADOKAWA
出版年月:第1巻:2018年9月/第2巻:2019年3月

建築討論

建築をめぐる幅広い批評的議論のプラットフォームを提供する日本建築学会のウェブマガジンです。

砂山太一

Written by

すなやま・たいち/1980年京都府生まれ。美術家、建築家、プログラマー、研究者。専門は、デジタル技術を介した制作手法論。博士(芸術)。京都市立芸術大学美術学部専任講師。主な企画展に「マテリアライジング展 情報と物質とそのあいだ」(2013–2015)。「フィットネス | ftnss.show」(2016)など

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