小野田泰明・佃悠・鈴木さち著『復興を実装する:東日本大震災からの建築・地域再生』

“Build Back Better”に応えるための現場からの災害復興論 (評者:石原凌河)

石原凌河
建築討論
Sep 3, 2021

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「東日本大震災からの復興とは何か?」この素朴であるが至難の問いに対して、本書では筆者らによる圧巻される膨大な研究成果と復興現場での実務の成果を基にその答えを提示してくれる。

評者は東日本大震災の被災地に直後からボランティアとして、時には研究者として何度も訪問したが、眼前に広がる被災地の風景を目の当たりにすればするほど、東日本大震災からの復興についてうまく言語化することができなくなっていた。防潮堤の高さ、土地利用の形態、災害公営住宅の規模など「復興の姿」を構成する要素はそれぞれの論理によって構築されているため、一つひとつの論理を丁寧に紐解かなければ「復興の姿」を確証的に説明できないからである。本書では東日本大震災からの復興の論理を「深く」かつ「広く」解き明かしているため、東日本大震災からの復興を理解するための道標を提示してくれる。東北大学の研究者として現場での復興の実装に邁進してきた筆者だからこそ為せる成果であろう。

小野田泰明・佃悠・鈴木さち著『復興を実装する:東日本大震災からの建築・地域再生』

東日本大震災といえども数多の被災地がある中で、復興事業を進める上での統一的な指針は当初に示されたものの、地理的特性や規模などが異なるそれぞれの被災地では個別的に復興事業が進められてきたため、その全体像を俯瞰することはとても容易ではなかった。本書でも示されているが、これまでの災害復興研究の多くは書き手が関わった地域でのケーススタディとしての成果が提示されるため、その全体像を掴むためには読み手の想像力が要求されてきた。

しかし、本書では東日本大震災からの復興に対して被災地内での複数の地域と国内外の災害科学・復興の文脈から「相対化」されていることから、東日本大震災からの復興の全体像を読み解くことができる。第3章では、東日本大震災における復興の枠組みと被災自治体の計画策定及び事業化のプロセスが詳細に整理されているため、基礎自治体ごとの復興事業の全貌が明らかになっている他、被災状況と復興事業によって基礎自治体を類型化し、類型ごとの復興に関する評価と課題が提示されている。第4章では、災害公営住宅の整備プロセスとその課題が提示されている。第5章では、被災者の住宅再建意向と復興事業との関連について論じられている。第6章では、漁村における復興の課題と建築関係者による漁村復興に関する調査支援の実際について整理されている。第7章では、復興事業の負荷によって被災基礎自治体を類型化しているとともに、復興事業への組織的な対応や意思決定のあり方について評価されている。

このように本書では東日本大震災からの復興を把握するための必要な情報が網羅されており、南海トラフ地震など次なる大規模災害からの復興を検討するための貴重なレファレンスとなっている。第1章・第2章では、本書では国内外の災害科学や復興に関する膨大な既往研究を参照しながら、災害科学における復興の位置づけとその概念や、海外における日本の復興の位置づけについて丁寧に整理されている。本書は東日本大震災からの復興について俯瞰的に論じることが主旨であるが、東日本大震災のみならず国内外の災害研究や災害復興に関する枠組みについても理解することができる。

「東日本大震災からの復興とは何か?」という問いに対して、本書では「様々な要素が絡み合う重層的な事象であり、かつ終わりを明確に定めることも難しい進行形の事柄でもある」(p.314)と示されているように、東日本大震災からの復興はいかに複雑で難しい事象であったのかが特に第8章で端的に纏められている。「2―2ルールの提示は科学的精査を通して復興計画を策定する道筋を開いたが、それが生み出した復興計画を地域に合わせた形で調整するには、科学的な説明を再度用意して復興庁や関係部局を説得しなければならない」(p.316)や、「信用のおける人材を見極めることの難しい被災地では、その構築は極めて困難である現実が等閑視しやすいことを示す出来事であった」(p.316)と描写されていることからも、復興事業に携わるステークホルダー間での調整や、復興事業を統括する専門家の役割などのようにガバナンスや人的資源のあり方が復興の現場では常に問われ続けていたことに気づかされる。

また、本書では「復興は、長い時間を前提としながらも短期の帰結が前景化する特異な場所」(p.329–330)と示されている通り、「長い時間」(=超長期的に発現するリスクの扱い)と「短い時間」(=復興事業に関わる即物的な事象)という二つの時間を並走しながら復興を実装しなければならず、現場ではその調整がいかに困難であったかが読み取れる。ここに提示した復興の難しさを突破する糸口として、本書では「マルチステークホルダーの参画」に活路を見出している。「重要な関係者が自らリスクを取り、当事者として復興に関わっていることであり、関係者のネットワークが明示・共有された上でタスクが振り分けられている点であった」(p.331)や「基礎自治体が踏み込んで骨太な戦略を練り上げるとともに、それを実装する有能な協力者を調達すれば、困難なルートを突破できる道が開けることを示している」(p.145)と描写されていることからも、復興後の地域経済を実際に牽引する事業者や実装に対して責任を持つリスクテーカーが復興に参画する必要性が説かれている。これこそが“Build Back Better”に応えるための復興のあり方だと言えるのではないだろうか。

ここで示した点に限らず、第8章では、東日本大震災からの復興の論点として総括的に示されているが、第8章で提示されている論点の大半は日本が今後取り組むべき成熟社会の身の丈に応じた復興を実装するための論点として読み替えることができる。

本書は東日本大震災からの復興に携わった研究者・実務者はもちろんのこと、災害復興に携わる全ての方々に広く読まれるべき書物である。

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書誌
著者:小野田泰明・佃悠・鈴木さち
書名:復興を実装する:東日本大震災からの建築・地域再生
出版社:鹿島出版会
出版年月:2021年7月

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