「コミュニティ・バンク」の現在 ── 京都信用金庫の取組みから

[201901 特集:都市と投資]

山口一剛
建築討論
16 min readDec 31, 2018

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私が所属する京都信用金庫が拠点としている京都では現在、7年間で5,602軒つまり毎日2軒のペースで京町家が取り壊されています。取り壊される京町家は戸建住宅やマンション、駐車場になり、とりわけ中心部で取り壊される歴史的価値が高いとされる京町家はマンションになることが多く、大半は富裕層が入居します。すると地域の雰囲気は変わり、異なる価値でブランド化し、さらに多くの人がそこを目指してしまうという状況がみて取れます。

京都市広報資料「京町家まちづくり調査に係る追跡調査の結果について」より

こうした動きの影響は、街の景観のみにとどまりません。誰もがご存知の祇園祭でさえ影響を受けています。祇園祭の山鉾町では、京町家が取り壊されマンションが建ち、住人が変わることによって地域への帰属意識が希薄となります。また高級マンションは、セカンドハウスとして所有するケースも多く、街の空洞化につながっています。これらの要因から、寄付が集まらない、後継者問題などから祭りの実施が困難になりつつあるという現実があります。

その解決策のひとつとして、2017年に株式会社マクアケが運営するクラウドファンディングプラットフォーム「Makuake」と連携し、公益財団法人祇園祭山鉾連合会のサポーター募集のプロジェクトをお手伝いさせていただきました。結果、日本全国から予想をはるかに上回る約1400万円もの「志金」が集まりましたが、なにより、祇園祭の現状を知ってもらうということ自体に非常に大きな意義があったように思います。

これまでにないほどの規模で観光客が訪れている京都ですが、一方で、決して財政が豊かであると言えません。昨年6月に視察のために訪れたポートランド(アメリカオレゴン州)では、街の在り方についてしっかりとした青写真があり、住民みんながそこに向けて動いていると感じました。京都においてはこのような動きがまだまだ大きなものになっているとは言えません。

しかし、確かなことは、日本ではこれから生産人口が減少し、国内経済が縮小していくということ。これまでは成長前提で物事が進められていましたが、それが立ち行かなくなっていくなかで、私たちが何をなして、何を目指しているのか紹介させていただきます。

コミュニティ・バンクとしての京都信用金庫

京都信用金庫は1923年に創業した京都・滋賀・北大阪を営業地域とする協同組織金融機関です。1971年に日本で初めて「コミュニティ・バンク」という考え方を提唱し、その理念は今も受け継がれています。提唱者である当時の榊田喜四夫理事長は多くの論文や書籍を残しており、その中で特に、私が共感し、日々意識している考え方を紹介いたします。

「地域社会の個人と事業に資金を提供するばかりでなく、資金と共に情報を、資金と共に知恵を、資金と共に人を、資金と共にシステムを地域に提供することを通じて、地域の人と事業との接触をあらゆる面で深め、地域社会との真の意味で共栄を図るのがコミュニティ・バンクの使命である」(「コミュニティ・バンク論~地域社会との融合を求めて~」より)。こうした使命のもと、「営業店をひとつのコミュニティ・バンクの単位、営業店の周囲500メートルぐらいを、その営業店が奉仕するコミュニティだと考え、その範囲を知り尽くしてその地域の特性に合った活動計画を立て、それを実行する。そしてそれらが連合したものが1つの地域金融機関だと考えることにした。したがって、京都信用金庫はユナイテッド・コミュニティ・バンク・オブ・キョウト(United Community Bank of Kyoto)なのだ」(榊田喜四夫著作集「金融・地方の時代~地域社会と地域文化~」より)という考え方です。

「金融サービスを通じて地域社会に新たな社会的紐帯を育むこと」により「豊かなコミュニティ(地域社会)を創造すること」を目指しています。

2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災をきっかけに、自分たちの生き方・働き方について「これでいいのか?」と自問し、人や社会に役に立つことをしたいと起業される方が多くおられました。市場経済最優先のグローバリズムから、震災や事件を経て、小さなコミュニティに向かう。その際のキーワードが「絆」という言葉ですが、そこに京都信用金庫の存在意義があるのではないかと考えています。

まちの相談役としての金融機関

「コミュニティ・バンク」としての京都信用金庫は、ただお客様にお金を貸すだけではなく、場合によっては、その資金で行う事業の意義や価値をともに考えさせていただける存在でなければならないと考えます。昨今の資金需要低下傾向により、特に「箱モノ」建築に対する受注や融資提案における競争は激しさを増しています。私たちはそんな中で「投資」と「投機」を明確に分けて考えています。

「投資」とは、都市において必要なものをつくるための持続可能で安定的な仕組みに対する資金の提供であり、本来信用金庫はその点を重視するものです。一方で「投機」とは、建物を高く売り抜けるため等、短期的な仕組みに対する資金の提供であり、短期的利益を求めるプレーヤーが重視するものです。昨今、物件を対象として、建築業者が勝手にプランを作ってしまい、物件所有者の意向に関係なく金融機関の提案・融資相談してくることさえあります。そのような状況下、京都信用金庫では「まちの相談役」的な役割を重視しながら事業を行ってきたと考えます。それを象徴する取組として2つ紹介したいと思います。

取り組みその1:行政との連携による京町家融資

京都市景観・まちづくりセンターは、京町家の独自性と価値を文書化することにより、所有者にその価値を正しく伝えることを目的に、2010年2月から「京町家カルテ」の作成・発行を開始されています。一方、金融機関では通常、建築後20年を経過した木造家屋は担保評価がないに等しいということ、また、現在の建築基準法に適合していないということから、結果として顧客にとっては京町家を購入・改修の為の資金調達が困難となり、京町家の流通・維持の障害となっていました。

この状況を踏まえ京都信用金庫は京都の財産である京町家を将来に残すために、京町家の保存及び利活用を目的として、2011年6月に「京町家カルテ」を活用した京町家専用ローンを商品化しました。その後、2015年12月時点で、地元金融機関3行庫が京町家専門融資商品の取り扱いを行う状況となりました。

このような経緯で、専門家に「京町家カルテ」を作成してもらうことを担保に京町家への融資が可能となりました。京都信用金庫では現在、個人が居住する目的で京町家を購入・修繕する際に利用できる京町家専用住宅ローン「のこそう京町家」と京町家を利用して事業展開する際に利用できる京町家専用事業性ローン「活かそう京町家」を提供しています。2011年の取扱開始から2018年7月までに、前者は128件、後者は25件の融資契約が成立しています。実績としてはまだまだですが、京町家を残し、活用するための「投資」を支援する枠組みができました。

ただ、こうした融資があったとしても、京町家の維持費や改修などの投資額は半端なものではありません。「そんなにお金がかかるのであればもう売ってしまえ」となり、そうなるとたいていの場合は、取り壊され一般住宅やマンションになってしまいます。冒頭に申し上げた通り、行政も財政面で大きな支援ができるわけではありません。また、全ての京町家がレストランやゲストハウスにできるとは限りません。

そんな困難な状況ではありますが、私たちの融資を受けて着実に事業をスタートされた方もおられます。

伏見稲荷に5軒の京町家の長屋を購入しそこにつながる路地もきれいにして、2018年に完成したゲストハウス「Inari Ohan 稲荷鳳庵」さんです。一軒一軒異なる雰囲気の内装にされ、地域の雰囲気も良くなっています。そのせいもあってか、路地の入口に面する他の物件もゲストハウスになるなど影響も生まれています。

ゲストハウス「Inari Ohan 稲荷鳳庵」

また、二条城近くで取り壊し寸前の京町家を維持再生し、旅館と錫公房として活用している「蔵や南聖町」さんは、ミュージックセキュリティーズ株式会社が運営する投資型クラウドファンディングプラットフォーム「セキュリテ」と京町家専用ローン「活かそう京町家」による資金調達と、京都市「京町家まちづくりクラウドファンディング支援事業」の支援により、この地域における空き家問題、京町家の取り壊し問題を解決することができた社会的意義のある事例であると考えます。

蔵や南聖町(写真提供:蔵や)

取り組みその2:創業支援融資

京町家融資の取り組みが都市へのハード面での貢献とすると、ソフト面に貢献する取り組みとしてあるのが創業支援です。都市に新しい事業を作り出していこうという「投資」を支援する取組みです。多くの金融機関の窓には「年金は○○銀行へ」「投資信託は○○銀行へ」というポスターが張られています。「言われてみれば確かに」と思われる方も多いのではないでしょうか。京都信用金庫は、それをすべて「創業・開業のご相談は京信へ」とし、取り組みの積極性を表しています。

創業支援とは、京都信用金庫と一緒に事業計画を練っていくことで、実績や担保がなくても、人と事業の将来性を支援していこうというもので、「ここから、はじまる」という商品を提供しています。融資が決れば必要資金を一括で提供し、軌道に乗るまでの当初2年間はその利息だけの返済としています。その2年間は京都信用金庫とともに計画の進捗を見守ってゆき、軌道に乗った3年目から元金返済を開始するというものです。

当金庫の創業支援融資の実績:平成19年度~平成29年度 累計件数2,163件 累計融資額9,112百万円

創業支援で協力させていただいた方は数多くおられますが、最近では、京町家をアートホステルに改装した「KYOTO ART HOSTEL Kumagusuku(キョウトアートホステルクマグスク)」や雑誌に泊まるをコンセプトにした「MAGASINN KYOTO(マガザンキョウト)」は印象的な例です。

Kumagusukuのオーナーである矢津吉隆さんはアーティストであり、しっかりとアイデアを形にされているわけですが、私たちはその理念に共感しながらそのお手伝いができたと思います。このエリアでずっと商売をしていこうという強い意思は、私たちが応援させていただく際の重要なものさしになります。

KYOTO ART HOSTEL Kumagusuku ©︎Nobutada Omote

MAGASINN KYOTOオーナーの岩崎達也さんは、大手企業等で主にマーケティングやプロモーションをやってこられた才能あふれる起業家です。世界中のクリエイターやアーティストがつながる場づくりというアイデアを、改装した京町家で実現されています。大手企業の方からスタートアップ企業、アーティスト等多くの人々がこの「場」でつながり、ビジネスにつながっています。

MAGASINN KYOTO ©︎Nobutada Omote

また、個人的に注目している取り組みがあります。空き家となっている京町家を改装自由・原状回復義務なしのアーティスト向け住宅兼制作スタジオとして賃貸するプロジェクト「BASEMENT KYOTO」です。これは、京町家を空き家として持て余しているオーナーさんの悩みと制作場所に困っているアーティストの悩み双方を一挙に解決することができる非常に価値のある事業だと感じています。

BASEMENT KYOTO五条の家、オープンハウスの様子

もちろん創業支援だけではありません。例えば、社会的課題・地域課題の解決に向けて取り組むソーシャルビジネスを応援する「ソーシャルビジネス共感融資」など、様々な取組みを展開しています。2013年度からは「京信・地域の起業家大賞」をスタートさせ、独創性や革新性等を持った経営活動により、地域経済の活性化に広く深く貢献する起業家にスポットライトをあてるという取組みも行っています。

「公共的存在」としての民間事業者

このようにして我々は、ソフト面ハード面から都市への投資に対する貢献を行っています。ハード面への影響としての京町家カルテ/京町家専用ローンや創業支援としての民間事業への融資のみならず、民・民、民・官との橋渡しの役割を担うことによって、「まちの相談役」という役割を再整備しようとしています。

その延長線上に平成27年9月「朱雀協働計画」という取り組みをスタートさせました。私がもともと支店長を務めていた朱雀支店コミュニティホールを拠点とする、ゆるやかなお客様主体の組織です。京都における従来のまちづくりは、元学区をベースとした学区自治連合会や学区住民福祉協議会を主体に行われていますが、「朱雀協働計画」は少し異なります。特徴としては、①エリアとして元学区にこだわらず、複数の学区を横断している。②参加主体が地域住民主体ではなく、地場の企業や個人事業者、学校関係者、市民活動家、行政関係者など、様々なジャンル、年齢の方々であること。(一方で、エリアの地域組織のケアも丁寧にしていること)③金融機関の支店が事務局を担うことで、他の業種に比べて偏りがなく中立的な立場でコーディネートできること。④何か活動において資金が必要になった場合に、融資やまちづくりファンドを含め、後ろ盾となれる可能性があることが挙げられます。

朱雀協働計画

加えて、朱雀エリアのブランディングという楽しいテーマで集まることで、参加者のモチベーションを維持しやすく、参加者同士の交流を通じて、各々の仕事においても新たなコラボレーションや事業展開などの期待感もあり、負担感なく継続して取り組むことができる、ゆるいネットワークであるということも大きな特徴と言えます。

「朱雀協働計画」が目指しているのは、「地域での人々のつながり」や「地域のブランディング」により「人が集まる街」にすることです。その取り組みの一つとして、独創性や社会性に優れた人がつながる場づくりと、ここに来れば事業のヒントが得られるというイメージづくりにより、起業家・アーティストを育てる街とすること。毎月のミーティングで、自身の事業や夢を語り、みんなで考え応援するという仕組みが定着しつつあります。

地域で新たに創業した事業者さんにも積極的に参加いただいており、これが創業支援のひとつの形となっています。

地元高校との連携プロジェクトでの成果物展示の様子

もう一つは、地域内外の方がつながる場づくりです。ここに来ればおもしろいモノや人に出会えると期待を持たせるような新たな魅力を発掘し、発信することです。多くの人に「朱雀に遊びに行こう」と言われるようなブランディングをしたいと思っています。地域貢献としての側面として、例えば、地元高校と連携しながら、毎年200人前後の高校生たちと地域に入って活動するということもしています。商店街を中心とする朱雀エリアの様々な方々にヒアリングをし、そのお店の良さを聞き出し、まちの魅力を伝えていくようなポスターをつくるという参加型の授業に関わらせていただきました。

新たなるチャレンジとしての評価基準

こうして引き続き「コミュニティ・バンク」としての役割を続けていこうと考えていますが、今後の京都信用金庫のチャレンジとして、評価基準の改編があります。これまで職員の働きを評価する物差しは「業績」という1軸しかありませんでした。これを、「業績」「お客様との共感」という2軸にしていこうという試みが進められています。

この背景には、冒頭でも述べた、業績に追われてしまうがために本当に必要な役割を果たせなくなってしまっているのではないか、という反省があります。「コミュニティ・バンク」としての持続可能性を考えたときに、こうした評価基準が必要ではないかというものです。更には、「成果」は必ずしもそれを得たときの担当者だけのものではなく、「失敗」もまた同じであるという考えもあります。こういった点から、「ノルマ」というものをなくしていくという取組みにもチャレンジしています。

もちろんこうした試みを成功させることは簡単ではありません。これから先、時間の経過とともに本質を理解しない者もでてくる可能性はあります。そうしたリスクは意識しつつ、これから先の「コミュニティ・バンク」の在り方を模索していきたいと考えています。■

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山口一剛
建築討論

京都信用金庫伏見支店長。1967年京都市生まれ。同志社大学(教育学専攻)卒業。京都大学ELP修了。1990年京都信用金庫入庫。業務部等を経て2015年朱雀支店長、2018年より伏見支店長。『朱雀協働計画』チャーターメンバー。