市区改正

建築思想図鑑 第13回/City Improvement/松田達(文)+寺田晶子(イラスト)

KT editorial board
建築討論
5 min readDec 18, 2017

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「江戸」を「東京」へと変貌させた、日本近代都市計画の出発点

<市区改正>
明治期を通して、東京は近代都市への転換を目指してきた。そのために必要とされたのが「市区改正」と呼ばれる都市計画の前身であり、東京府知事が中心となり、さまざまな苦難を経て実現された。現在の東京の骨格を知るためには、市区改正の議論に遡る必要がある


「市区改正」とは聞き慣れない言葉だが、簡単に言えば「都市計画」のことである。しかし都市計画という言葉が誕生する30年以上も前に生まれていた言葉だ。現在の東京を知るためには、日本の近代都市計画の出発点たる市区改正を知る必要がある。 明治の東京改造計画には2つの流れがある。大蔵省・外務省による建築的規模の計画と、内務省・東京府による都市的規模の計画である。前者の計画には銀座煉瓦街(1877)、鹿鳴館(1883)、官庁集中計画(1886、1887)がある。すべてに関わったのが井上馨であり、それぞれ大蔵大輔、外務卿、外務大臣として計画を推進した。特に鹿鳴館と官庁集中計画は不平等条約改正を目指した欧化政策の一環であり、井上は建築的な壮麗さを求めた。

こうした動きに対して、歴代の東京府知事は東京を近代都市として再編するために、東京全域を視野に入れた「市区改正」を進めてきた。府知事・楠本正隆は市区改正のための調査を初めて行い(1878)、次の府知事・松田道之は市区改正を行う「中央市区」を定めるための問題提起を行い(「中央市区画定之問題」1880)、さらに次の府知事・芳川顕正は、道路や鉄道といった交通計画を重視したより広範な東京改造計画を「市区改正意見書」として内務卿の山県有朋に提出した(1884)。芳川案は旧江戸の範囲(朱引)のやや内側に、幅員の違う6段階の道路、3つの用途地域、鉄道、運河、橋梁の各計画を定めたものであり、日本で最初の近代的都市計画案といえるものであった。

しかし市区計画はその後、審査会案(1884)、旧設計(1889)、新設計(1903)と実現までに3度の大幅な変更を必要とした。1886年には井上らが官庁集中計画のために招聘したヴィルヘルム・ベックマンが批判し、外務省と内務省による市区改正計画の主導権争いに発展したり、1888年には元老院からの反対にあったり、1903年には財源不足で規模を大幅に縮小したりと紆余曲折を経たものの、計画の一部である日比谷公園(1903)、日本橋大通りの拡幅(1909)、東京駅(1914)などは実現し、事業は1914年にほぼ完了する。その後、1919年には用途地域などより近代的なシステムを整えた都市計画法(旧法)が制定され、市区改正はその役割を終えた。

市区改正とは何だったのか? 都市計画であるとはいっても、最初から明確な概念があったわけではなく、府知事らを中心に議論と失敗、また政治闘争を通して内容が形作られてきたといえよう。井上らの計画が局所的な計画に留まったのに対し、東京全体の都市構造再編が目論まれた全域的な計画であった。このように東京の知事は明治期から絶大な影響力を持ってきた。オリンピックに向け臨海部に向けた都市再編が進むいまこそ、府知事が主導して「江戸」を近代都市「東京」へと改変してきた市区改正にまで遡り、東京を再考する必要があるだろう。

関連作品

官庁集中計画ベックマン案(1886)
ヘルマン・エンデとともにドイツから招聘されたヴィルヘルム・ベックマンが計画した、東京中心部に官庁を集中配置するバロック都市計画。複数の軸線が官庁や国会議事堂を結ぶ壮麗な計画であったが、実現していない。

関連文献

– 石田頼房『日本近代都市計画の百年』自治体研究社、1987年 — 藤森照信『明治の東京計画』岩波書店、2004年

– 御厨貴『明治国家をつくる──地方経営と首都計画』藤原書店、2007年

建築に関わるさまざまな思想について、イラストで図解する「建築思想図鑑」では、古典から現在まで、欧米から日本まで、古今東西の建築思想を、若手建築家、建築史家らが読み解きます。イラストでの解説を試みるのは、早稲田大学大学院古谷誠章研究室出身のイラストレーター、寺田晶子さんです。この連載は、主に建築を勉強し始めたばかりの若い建築学生や、建築に少しでも関心のある一般の方を想定して進められますが、イラストとともに説明することで、すでに一通り建築を学んだ建築関係者も楽しめる内容になることを目指しています。

イラストを手助けに、やや難解な概念を理解することで、さまざまな思考が張り巡らされてきた、建築の広くて深い知の世界に分け入るきっかけをつくりたいと思っています。それは「建築討論」に参加する第一歩になるでしょう!

順次、新しい記事を更新していく予定です。また学芸出版社により、2018年度の書籍化も計画中です。

「建築思想図鑑」の取り組みに、ぜひご注目下さい。

Originally published at touron.aij.or.jp on December 18, 2017.

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建築討論委員会(けんちくとうろん・いいんかい)/『建築討論』誌の編者・著者として時々登場します。また本サイトにインポートされた過去記事(no.007〜014, 2016-2017)は便宜上本委員会が投稿した形をとり、実際の著者名は各記事のサブタイトル欄等に明記しました。