[ 201801 特集 「造」と「材」]

伊藤 暁
Dec 31, 2017 · 13 min read

WEEK神山は、木造のラーメン架構で構成される宿泊施設である。この施設の計画・建設にあたり、現在の建築が置かれた状況、あるいはその困難について考えざるをえない機会に恵まれたので、その経緯を振り返りつつ、今私たちが直面している問題について考えてみたい。

計画地は徳島県名西郡神山町。徳島市内から車で40分ほどの中山間地域に位置し、過疎化、高齢化が進んでいるが、この町はアーティストインレジデンス、ワークインレジデンスなどを始めとするユニークな地域活動に20年近く取り組んでおり、ここ数年、移住者が増えたり、町外・県外の企業がサテライトオフィスを設けたりと、その成果が様々な形で実を結んでいる。筆者は上述の「WEEK神山」や「えんがわオフィス」「神山バレーサテライトオフィスコンプレックス」など、この町での出来事の一端を支える建築物の設計を行なっている。こうした神山町の取り組みは、全国に数多ある同じような過疎地域の先端事例として注目を集めており、最近では多くの視察者がこの町を訪れるようになった。ただ、その多くは車に乗って町にやってきて、主要なスポットを駆け足で巡り、数枚の写真を撮って町を後にしてしまうというのが実情で、WEEK神山は、もう少しゆっくりと町を体験してほしい、できれば一週間くらい滞在してもらえれば、もっとこの町で起こっている出来事を共有できるのでは、という思いから計画された宿泊施設である。

写真1:WEEK神山 敷地からのぞむ風景
写真2:WEEK神山

敷地は川に向かう傾斜地にあるわずかばかりの平場で、【写真1】は、そこから見た風景の様子である。この風景を目当てに観光客が訪れることはまずないであろう、何の変哲もないものではあるが、空、山、川、集落と、神山町の風景の構成要素が一望できる。このような風景の場所に宿泊施設を計画するにあたり、これらを「眺める」のではなく、この環境の中に放り出されたような体験をもたらす場がふさわしいのではないかと考え、設計を行った。

さて、一般的な木造の場合、耐力壁や筋交い、ブレースなどの耐震要素が必要となるが、それらが建物外周に設置されると内部と外部の間にそれなりに存在感のある「境界」ができてしまう。こういった境界によって「周りの環境の中に放り出されたような体験」が損なわれないよう、耐震要素が不要なラーメン構造を採用することとした。検討の結果、木造でラーメン架構を組むのに必要な柱の太さは350φとなり、計画規模から算定すると、必要な柱の本数は全部で22本である。

350φの柱を22本。図面に書くのは容易である。しかし350φの丸太材というのは規格寸法の流通材ではない。果たして、図面に記入するほど簡単に手に入るのだろうか。そこで、このような材が材木市場で入手可能かを町内の林業家に相談したところ、「そんなものは市場では売っとらん」と一蹴された。しかし、彼の言葉はこう続く。「市場には無いけど、そこの山にいっぱいあるぞ」。

写真3:山で木を切る

こうして、WEEK神山の建設は、「山に木を切りに行く」ことから始まることとなったのである。

350φは規格寸法ではない、と書いたが、今日、日本の木造建築には材料や寸法の規格体系があり、ほとんどの木造建築はこの規格に沿って設計・建設される。規格体系に則っていれば、設計者は図面に寸法と仕様を記すだけでよい。どの山にあるどの木を使うのかなどを指定するケースは稀で、細かい指示をしなくてもスムースに現場に物が届き、安定した品質で滞りなく工事が進められる仕組みが共有されているのだ。これは大変便利だが、しかし、WEEK神山のように規格外の材を用いた建設の機会に触れると、「規格」というものには、共有性と特殊性の両方が共存していることに気づくこととなる。

規格の共有性とは、いつでもどこでも同じ寸法、同じ品質、同じ性能の部材が手に入るということだが、同時にそれは、「規格外」の物へのアクセスを制限することとなる。共有可能性や利便性は、「規格」によって範囲を限定された特殊な世界の中でのみ作動する。いうまでもなく規格の外側にも膨大なものが存在しているが、しかし、「規格」はその外側にあるものを、大変不合理で、できれば目を向けない方が良いものとして貶めてしまう。規格から外れるものは存在しないこととほぼ同義ですらあり、共有性や合理性をもたらす代わりに、それに適合しないものにはご退場願う、という力学が働くことになるのだ。

こうした特殊な限定世界はなぜ生み出されたのだろうか。その背景を見てみると、大きな要因の一つに戦後の住宅需要と高度成長を挙げることができるだろう。

図1:住宅着工件数(クリックで拡大)

この時代の様相を簡単に振り返ってみたい。【図1】は、戦後の日本の住宅着工件数の推移を表したグラフである。焦土から始まった戦後日本の再建であるが、終戦直後、約420万戸の住宅が不足していたと言われ、住宅整備は喫緊の課題だった。この問題に端を発した住宅政策により、1950年に住宅金融公庫、55年の日本住宅公団が設立される。ここに岩戸景気、いざなぎ景気といった好況と経済成長が訪れ、これらの与件が合致した結果、日本の住宅需要は凄まじい速度で増大していく。1951年に21万戸だった一年間の住宅着工件数は1973年には191万戸に達し、約20年で10倍近くに膨れ上がっている。

10倍という建設需要は、単に「数が増えました」だけでは片付けることのできない変化をもたらすこととなる。その量は、一つ一つの建物を大工が建てるという従来の建設方法でまかなえるものではなく、必然的に建物の新しい作り方を発見していかなければならなくなった。こうした状況に反応するように生み出されたのが、住宅建設を「事業」として展開する企業である。

1950年に大平住宅、殖産住宅、日本電建といった月賦住宅会社が設立されたのに続き、1955年に大和ハウス、1960年に積水ハウス、1967年にミサワホームと、この時期に主要なハウスメーカーが次々と設立されている。こうした企業によって、いかに効率的に大量の住宅需要に応えるかという研鑽がなされ、住宅の作られ方は大きく変わっていく。さらに1976年にプレカット技術が導入されると、木材加工の多くが現場ではなく工場で行われるようになり、現場での作業は組立が中心で熟練の技術は不要という建設が可能になった。

需要増大の影響は、建設の方法だけでなく建材そのものにも及ぶ。建設数急増する以前、つまり住宅建設が事業化する以前は、住宅は概ね現地調達の可能な資材で建設されていた。言い換えれば、その場所で手に入りやすい材料や素材が建物の形に少なくない影響を与えていて、各地域によって建物の形状や特性にはばらつきがあった。場所と建築は、分かち難く結びついていたのだ。

住宅需要の急激な増大は、こういった場所と建物の関係を断ち切ることとなる。数をこなすという大命題に向き合ったとき、それぞれ個別の差に対応していくことは大変効率が悪い。この非効率は、建材を同じ規格で統一し、それを大量に用意するという解決方法に向かっていく。都合よく日本の木造には木割に代表されるようなモジュール体系があり、規格化・標準化との相性は悪くない。また、木材市場そのものは近代化以前から各地に設けられていた。こうした既存のモジュールや仕組みが戦後の近代的需要に合うように姿を変えていき、規格材が大量に取引される現在の木材市場が整っていった。

同時にもう一つ押さえておかなければならないのは、そもそも上述のような住宅需要の増大は、概ね都市部、つまり生産とは切り離された場所での出来事だったという点である。生産機能が乏しく、資源の少ない都市に大量の人口が流入すれば、ますますその場所での建設資材調達は難しくなり、建設需要の増大は都市に大量の建築資材を運び込むための仕組み、つまり流通のスペックアップも要請する。こうして建材と建設の間には「市場」と「流通」が挟み込まれることとなり場所の近接性によって担保されていた直接的な関係は切断される。

現在我々が何の気なしに使っている木造建設システムは、このような経緯の中で、爆発的な住宅需要に対しても安定的な材料供給や品質管理の体制を整えるという対応の結果として構築されたものであり、高度経済成長、年間200万戸の住宅需要という「特殊事情」にフォーカスしてカスタムされているのだ。

ただ、当然ながらこうした特殊事情には変化が訪れるものである。改めて【図1】のグラフを見ると急勾配の増加曲線を描いてきた住宅需要も1973年以降は減り続けていることがわかる。2012年の時点では88万戸であり、人口減少やストック活用の進む社会の中で、この数字がますます減っていくことは確実視されている。つまり、年間200万戸のスペックを持った生産流通システムと、現実の需要の間には、現時点で2倍以上のスケールギャプがあり、このギャップは今後さらに拡大していくということだ。その時、私たちはどこまでこの仕組みに頼ることができるのだろうか。あるいはその仕組みの綻びが見え始めた時、何を手掛かりに建築を考えればいいのだろうか。

その方法を考える際に、「規格」という線引きをして限定された世界を作ってきた経緯、そして、その外側にある広大な「規格外」の世界を思い出すことは重要なヒントになりそうだ。そもそも規格とは効率的に量を供給するために開発されたもので、時代が量を求めなくなったとき、その存在意義が薄れていくことは想像に難くない。その中で、今までは規格外とし疎外してきたものに目を向け、「私たちが何を見落としてきたのか」を点検する作業は少なくない成果をもたらすだろう。WEEK神山の建設過程で山に入り、木を伐りながら考えていたのはこんなことだった。

ところでさらに事態をややこしくすることになるのだが、神山町に関わる中で触れたもう一つの気づきがある。それは、建築とはちょっと離れた、生業と産業に関わることだ。

周囲を山に囲まれている神山町は面積の大半が傾斜地であり、そこでの生活は常に斜面との付き合いを伴いながら営まれてきた。近代化以前、人々は自分たちの住まいや食物を得るために山を拓き、石を積んで平場を作り、宅地や畑とした。傾斜地の中で平場を作るのはそれなりの重労働だったため、その結果としての貴重な平場は「生きるために一番重要なもの」を確保するために、つまり、家と食料のために使われる。畑で栽培されるのは、麦や芋など自給自足のための食料であった。ところがだんだんと周辺のインフラ整備が進み、集落外や市街地に出ることが容易になると、食料を外で買ってくる、ということが可能になる(当然、その方が自分たちで作るよりも多くの種類の食料を手に入れることができる)。この変化によって買うための資金を得ることに合理性が生まれ、平場では「自分たちが食べるもの」ではなく、果樹などの「高く売れるもの」が栽培されるようになる。神山町ではこの時期に梅の栽培が隆盛し、一時期は一年の売上で家が建つほどだったという。インフラの整備により、「生きるために一番重要なもの」が「食物」から「貨幣」に変わったことが、平場の使われ方にも変化をもたらすこととなったのだ。

図2:石垣変遷

さらに戦後になると、上述した住宅需要の急激な増大が到来する。この需要増大により、今度は建材としての杉や桧が高額で売れることとなり、これに追随するように、貨幣を得るための平場の用途は「果樹」から「植林」へと用途が変わっていく。わざわざ樹木を伐採し、石と土を分けて生きるための糧を得る場として造成された平場は、数十年のうちにまた山林へと姿を変えたのである。【図2】

そして現在、木材需要の減少に伴って木を伐ることも、山に手を入れることも少なくなり、山は食料を手に入れる術も、貨幣を手に入れる術も失っている。かつての平場は樹木に覆われ、畑として利用することは叶わない。貨幣を得ることもままならず、かといって自分たちの食料を育てる場も失われている。

この変遷を振り返ると、近代化によって「生活にとって重要なもの」がものすごいスピードで変化していき、生活の営みがその変化に翻弄されてきた経緯を垣間見ることができる。人間がそもそも持っている「衣食住」といった根源的な生活の速度とはかけ離れた速さで産業や経済の変化が到来し、そして去っていく。私たちはそれに適合しようと試み、ある時は成功し、そして、気づくと取り残されてしまったかのように見える。

神山町という場所で建築を作りながら考えたことは、時代や、その時々の社会状況を鑑みながら旧来の方法や仕組みを点検していくことの重要性と、一方で時代に即しすぎることによる非持続性が混在する困難さである。

これからも社会は冷酷かつ迅速に変化を続け、人間をおいてけぼりにしていくだろう。しかしその変化がもたらすテンポや速度は、社会の主となる時間軸なのだろうか。例えば地形や植生などに目を向けた時、身の回りには様々な速度の時間が流れていて、そこにも多くの資源があるのだということが見えてくる。近代がその過程で培ってきたものの「外側」に目を向け、輻輳的で重層的な時間軸を束ねるような視点を持つことは、それらの資源を手元に手繰り寄せ、変化のスピードに翻弄されずに生活を営むための重要な手がかりになるのではないかと考えている。

*本誌 2016年4月公開「《えんがわオフィス》《WEEK神山》 」(伊藤暁 / 伊藤暁建築設計事務所 / BUS)をあわせて参照されたい。

写真4:WEEK神山全景

建築討論

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伊藤 暁

Written by

いとう・さとる/建築家。伊藤暁建築設計事務所。東洋大学准教授。主な作品:WEEK神山、横浜の住宅、筑西の住宅 ほか 主な受賞:SDレビュー2013入選、東京建築士会住宅建築賞、神奈川建築コンクール優秀賞、ベネチアビエンナーレ国際建築展特別表彰 ほか。

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