0. 謝英俊と常民建築

台湾人建築家、謝英俊(シャ・エイシュン、1954年~)の名前を見聞きしたことのある人は日本では少ないと思います。「常民建築」というグループを主宰し、自社工場(fig.1)で生産する軽量鉄骨を用いた建築を台湾や中国、その他の国で建設しています。台湾では謝英俊建築師事務所として公共建築の設計も行なっており、このふたつを完全に切り離すことはできませんが、本稿では軽量鉄骨を用いた建築に焦点を絞ります。

fig.1 88水災集落復興プロジェクト(下記実例3–3.参照)に当たり、最初に完成した現地の鉄骨工場。ここで約1,000戸の住宅の鉄骨が生産された

1999年の台湾921大地震で、日月潭湖畔に位置する原住民族サオ族集落は大きな被害を受けました。我々はこの復興プロジェクトにおいて、都市部で普遍的に見られる屋上の増築などで用いられる台湾では入手が容易な軽量鉄骨と、現地で採取した竹などを合わせて使用し、住民たちと共に15日間で集落建設しました。そしてこれを契機に、軽量鉄骨構造+現地の材料+現地の労働力による建築に可能性を見出します。以後、常民建築では、柱と梁が途切れることなく貫通し、加工誤差も組み立て誤差も蓄積されない独自の軽量鉄骨構造を開発しながら( “双方向連続二重梁によって形成される三次元軽量鋼骨組”で特許取得済み)、2004年には河南省やチベットなど中国に活動の範囲を拡げ、各地で住民参加による建設を実践しています。2008年に発生した四川大地震の復興プロジェクトでは、成都に工場を設立し、自社で加工生産した軽量鉄骨を用いた184戸の住宅を、2009年に台湾南部で発生した88水災の復興プロジェクトでは847戸の住宅建設を、それぞれ実現しています。これらのプロジェクトについては本文以下でも触れます。
このように、常民建築はこれまで災害復興プロジェクトを多く行ってきました。そのため、台湾や中国では「人道的建築家」として扱われがちです。ですが、実際は私たちの活動は災害復興に限りません。災害時に顕著になる問題は災害時のみの問題ではなく、過去に蓄積されてきた建築と居住環境についての問題が表出したものだと認識しています。よって、その根本となる問題と向き合わなければいけないのです。私たちの実践と活動のフィールドの紹介を通して、建築及び建築家が直面している状況について考察していきたいと思います。

1. 年間1,000万戸の建設量

今年のヴェネツィア・ビエンナーレ中国館“Building a Future Countryside”で取り上げられたように、近年、中国人建築家による農村地域でのプロジェクトが増え始めています。質の高い建築が農村で実現されることは、建築の価値が広く認められるために大きな意味を持ちます。常民建築も農村地域での実践が多く、フィールドを共にしていると言えますが、活動意図もアプローチの方法も大きく異なります。まずは、日本でも目に触れる機会が増えてきた上記のようなプロジェクトの性質を説明し、写真からは見えてこない農村建築の課題、及び私たちの取り組みを明らかにしたいと思います。
農村地域の建築プロジェクトが中国で目立つようになってきた背景には、経済的理由(都市部でのプロジェクトの減少や農村地域でのリゾート開発の増加など)と主題の変化(以前の「中国の建築」から「地域の建築」への移行や、海外の建築家によるジェネリックな建築への反発など)が考えられます。さらに中国の建築家にとって新鮮なフィールドとなる農村地域には、大都市の新開発地区の敷地とは違い、地域の文脈が自然環境や地域の材料を通して表現しやすい条件が整っている。こうして農村での批判的地域主義的建築が目立ち始めています。しかし、そもそも中国の農村には、私たちが慣れ親しんでいる「建築家に設計料を支払う」という建築システムが存在しないことは留意しておく必要があります。彼らのプロジェクトの多くは、建築家の思考や手法への対価を支払える特殊なクライアントによる一品モノの特殊案件なのです。
中国の現在の都市化率は60%に漸近しています。しかしそれでも農村地域には6億人の人々が生活し、年間1,000万戸以上という膨大な量の住宅が建設されています(fig.2)。中国での農村建設は4つの類型に分類されます。1.農民主体の住宅建設、2.地方政府主導の新農村建設、3.ディベロッパー主導の農村リゾート開発、4.香港などのNGO主導の復興および脱貧困農村建設別です。上記の1,000万戸の内訳のほとんどは1.に属します。これらは建築申請もされないため、政府も実際の量は把握していません。1.は「自主建設」などと呼ばれますが、、農民が自ら棟梁を一人雇って技術指導を受けたり、少数の施工者を雇って家主自身が監理をしながら自分で材料を発注し、親族や地域の仲間と共に建設するレンガ+RCの混構造住宅などを指します。耐力壁となるレンガとRCの柱梁が緊密に接合する必要があり、工程が複雑で監理が行き届きにくいために、構造的欠陥を持ちやすく、近年の地震でも大きな被害を受けました。

fig.2 近年大量に建設されている農村住宅の1タイプ。3〜4階建てが多く、普段は上階は物置として使われ、年越しなど子供が帰って来る際に客室として使われる。多くの場合ファサードのみにタイルが貼られている。

さらに「中国の農村」と一言で言っても国土が広大であるため、年間降水量100mm未満の地域から3,000mmを超える地域まで、熱帯から寒帯と気候風土は多様で、その環境下で育まれた生活様式も多種多様に異なります。現在建てられる住宅の多くはそれら歴史や文化と断絶した多様な生活様式や地域の環境にそぐわない、寒かったり暑かったり、熱環境性能も十分とは言えない住宅となっています。このような住宅が建てられ続けているのは、近代化の過程で住宅が中国全土に画一的に普及したこと、近年の農民たちの都市志向、あるいは中国ならではの「メンツ(面子)」によるところが大きいでしょう。
生活水準への要求が高まり続けているにも関わらず、本来の生活習慣に合わず、断熱性能も十分でない従来通りのレンガ+RCの混構造住宅を建設し続ければ、政府がどれだけ環境問題対策に力を注いでも根本的な解決はできません。
問題を抱えた住宅が農民自らの手によって大量に建設されている、このような現状に対し、私たちは特殊案件としてではなく、設計費が存在しない都市とは異なる原理が働く農村での建築の実践を模索しています。農村というフィールドは共にしながらも、上記の多くの中国人建築家たちとは異なり、私たちは市井の人々の建築に取り組んでいるのです。

2. 常民の建築

広大な中国の農村地域で、このマスな需要に応える建築を実現するには、かつてバックミンスター・フラーやジャン・プルーヴェらがしたような、住宅をパッケージングして輸送するという生産プロセス全てを建築提供者の制御下におく方法は、あまり効率的ではありません。急速な変化を遂げる中国の農村で、住宅購入時に30年後、あるいはもっと先の時代までの生活を予測し、全ての可能性を盛り込むことはほぼ不可能です。どうやったとしても、居住者の求めるものが変化した際に住宅は対応できないでしょう。さらに、かつては農閑期に地域のみんなで今年はAさんの家を、来年はBさんの家を建てるといった、農村ならではの労働力の交換をして住宅を建てていた農村の経済モデルが、生産者と消費者が明確に別れることで、住宅が農民の経済的負担となってしまうことも普遍的な問題として存在します。
そこで私たちは、一軒ずつ異なる設計をするのではなく、地域で共有されるべきだと考えるプロトタイプを提案し、以後、住民たちが手を加えていくことが可能な「開放系建築」を前提とした設計をしています。そうして設計した軽量鉄骨を、成都の自分たちの工場で生産し、現地まで輸送し、現地で技術指導を行い、構造の立て方を終えたら、ひとまず私たちの役割は終了ということになります。
これら全ての段階を繋げるひとつの理念として、ハーバマスの「間主観性」概念を手がかりに、生産行為を伴う複数の他者との相互に主体的なコミュニケーションを志向した新しい建築言語の構築を試みています。構造的安全性を担保した軽量鉄骨構造によってフレームワークを提供し、住民が参加できるように現地の材料を用いた簡易技術の提案をし、気候や文化、その時の経済的条件にあった建築を住民同士の協力によって建設する。これにより、その過程で蓄積されていく建築的ボキャブラリーが地域で共有され、ひいては地域文化の形成にまで連続していくことが可能となると考えています。
私たちの軽量鉄骨構造は現場での溶接を排除したボルト式の接合方式です。誰でも正確に構造体を組み立てられる上、ボルトがちゃんと締まっているかどうかをチェックすることで、構造体の監理も比較的容易に行えます。特に被災地などの早急な建設が求められる現場では、地域の人たちが総出で建設に参加できるため、必要とあれば一万戸の建設を同時並行で進めることが可能です。住民参加以上に早い建設方式はないでしょう。
この独自の構造形式は中国南方の伝統的な木造架構形式「穿斗式」(fig.3)を参照して開発されています。現地の人たちとのコミュニケーショは、伝統的な木匠が用いていたようなシングルラインの平面・断面図と、一部の詳細図で十分に意思疎通が可能です。彼らは図面を一度見ればすぐにどのような建築なのか、どうつくるのかを理解します。木匠の図面には体系化された寸法、材料、構法全てが記されていますが、私たちのシングルラインの図面にも同様の意図があります。コミュニケーションの対象と方法を再考することで、私たちの建築図面と軽量鉄骨の加工図は全て合わせてもA4紙10枚程度に収められます(fig.4,5)。

fig.3 それぞれ大きさは異なるが屋根勾配や柱間は共有されている。ベッヒャー夫妻の「Framework Houses」にも登場するハーフ・ティンバー構造を想起させるが、筋交いがほとんどなく、古い住宅だと傾いているものが多い。
fig.4 サオ族の伝統的平面図(左図)と常民建築による921サオ族復興プロジェクトの平面図(右図)。台湾の原住民民家を研究する際には、建築学者・千々岩助太郎が残した調査スケッチ集が最も頼りになる。
fig.5 図面を見るイ族の人たち

中国の農村では、従来の建築家と使用者、施工者、材料メーカーなど明確に別れた都市で築かれた建築運営モデルに捉われず、各地に存在する建築コモンセンスを彼らの労働を媒介にして引き出し、協働する必要があるのです。建築家の存在が建築の各局面において有限的であることを積極的に引き受け、全く新しい状況での振る舞いを考えなければいけません。そのために開発された構造形式です。
常民建築では中国の全国各地でプロジェクトが進行していますが、新しい場所でのプロジェクトが始まるその都度、ゼロから設計をしていては私たちの中での建築的蓄積が進まず、よって事後検討も正確には行えず、コミュニケーションの精度も高まりません。そのため私たちはこれまでのプロジェクトで有効であった設計をプロトタイプとして整理し、異なる条件であっても適応可能なものを元に平面や断面、構法の調整をする設計手法を採用しています。
例えば、四川の木造建築のモジュールは1,100mmですが、チベット族の建築モジュールは「孔」と呼ばれる3x3mの平面単位を基本としています。また河北の職人は煉瓦積み技術には秀でていますが、高いところに登ることを億劫だと考えたり、四川の職人は木造+木板の乾式住宅の伝統があり、高い所へ登っての作業は苦にしないが、煉瓦を綺麗に積むことには無頓着であるなど、各地域において簡易な建設技術の定義は異なります。そんな中で私たちは、まずボルト締めによって複雑なジョイントをなくし、構法的に必要な場合は柱梁を金属メッシュで包みレンガや土壁との接合度を高めることで軽量鉄骨が苦手とする湿式構法も選択できるようにしています(fig.6)。異なる条件下でもモジュールや構法の調整が容易にできる点も、常民建築の住宅がこれまでの工業化住宅体系とは異なる点のひとつでしょう。

fig.6 たとえば山西省でのプロジェクトでは煉瓦積みが綺麗に仕上げられる

以下、これまで私たちが手がけてきたプロジェクトをいくつかご紹介します。

3–1. 実例1:台湾•サオ族集落復興プロジェクト(1999年)

台湾のサオ族は、サオ族の言語で「BARBAW」と呼ばれる日月潭に暮らし、現在でも独特な文化、風俗、言語を伝承している台湾で最も人口の少ない原住民です。1999年9月21日に発生した大地震により、集落の80%の家屋が全壊及び半壊する被害を受け、台湾中央研究院及び国内外のNGOなどの団体の寄付を受け新たな場所に集落移転しました。その際に常民建築が計画や設計を行っています。老若男女問わずサオ族の人たち全員が参加できるよう、軽量鉄骨と加工や運搬が容易な竹や木材、アルミシートなどを使い、窓まで全てをセルフビルドで建設しました。高低差のある敷地に合わせ、彼らの生活習慣を尊重したワンルームの住宅42戸と共に儀式空間を確保するなど、配置計画も工夫しています(fig.7)。

fig.7 「サオ族集落復興プロジェクト」。集落配置図(左図)とサオ族集落で祭司による儀式が行われている様子(右図)

3–2. 実例2:中国•四川省茂県太平郷楊柳村復興プロジェクト(2008年)

2008年5月12日に発生した四川大地震で大きな被害を受けた、少数民族である羌族の住む楊柳村における56戸の復興プロジェクトです。一階は羌族の伝統的技法である石積みとし、上階に乾式構法を採用しています。全ての作業を羌族の人たちが行なったことで建設費用は平米400元に抑えられています。元々の設計では一階は家畜の小屋又は倉庫に使用する予定でしたが、山の上で放牧をしながら生活をしていた羌族も近年は生活様式も変わり、一階はリビングとして使用され、キッチンが増築されています(fig.8)。

fig.8「四川省茂県太平郷楊柳村復興プロジェクト」。重機を使わず建て方を行う施行中の写真(左図)と竣工写真(右図)

3–3. 実例3:台湾•88水災集落復興プロジェクト(2009年)

被災した屏東県の山中に別々にあった瑪家、好茶、大社という三つの原住民集落をひとつの場所に移転する計画。3タイプの住宅からなる全473戸の集落をクルドサック路の道路計画に沿って互い違いに配置し、日照と各戸のビューを確保しながら、隣戸間隔に余裕を持たせています。竣工後は庇を拡大し前庭を充実させたり、キッチンやベランダを増築するなどの変化が起きています。先に述べたように住民総出で一ヶ月で全ての構造体を組み立て、作業面を確保できるため半年で約500戸の建設というスピードでの建設が実現しました(fig.9)。
これまでクレームが寄せられていないのは、余裕のある配置計画と建設に住民が参加したことで何かあれば自分たちで実現できる能力が育まれたことの証でもあるのだと思います。

fig.9「88水災集落復興プロジェクト」。施工時の鳥瞰写真(左図)と現在の写真(右図)

3–4. 実例4:中国•チベット遊牧民定住住居(2010年)

海抜4,700m、冬季はマイナス20度近くまで気温が下がる西藏に建つ60㎡の戸建て住宅。柱を40cm厚の土壁で覆い、桁には小断面の木材を採用しヒートブリッジを克服しています。建材に用いられる木材の伐採を制限したい政府の意向もあり、チベット族の他の地域でも私たちの軽量鉄骨を用いた住宅プロジェクトが進んでいます。また中央政府が推進する「トイレ革命」政策の流れもあり、今年9月には水を必要としない尿分離型の公共トイレが完成しました(fig.10)。

fig.10「チベット遊牧民定住住居」。施行中の写真(左図)と竣工写真(右図)

3–5. 実例5:ネパール•地震復興プロジェクト(2015年)

2015年4月25日と5月12日に連続して発生したマグニチュード7.8の地震により50万戸以上が被災したことを受け、香港のNGO Future Villageと共に首都カトマンズ近郊のダーディン郡で27戸の復興住宅を手がけました。1戸2,000ドルという条件で、私たちは構造上、必要最低限の軽量鉄骨を成都の自社工場から輸送し、倒壊した住宅から集めた材料による構法を提案しました。最初の2戸の基礎及び軽量鉄骨の組み立て指導が完了した時点で現場からは撤退しましたが、3年が経過した現在では27戸全ての構造体が立ち上がっています。同じ構造体をもとに、外壁や室内は時間やお金に余裕ができたら少し建設してまた手を止めて、といった具合に各家庭の条件に合わせたリズムでそれぞれ風貌の異なる住宅の建設が住民たちの手によって進められています(fig.11)。

fig.11「ネパール•地震復興プロジェクト」。喫緊の課題である最低限のスペースを確保しただけの現状(左図)とその建設作業(右図)。今後時間をかけて2階部分が建設されていくだろう。

3–6. 実例6:ジブチ•ソーシャルハウジング(2017年、提案)

アフリカ•ジブチの1,000戸からなるソーシャルハウジング・プロジェクトの提案。最高気温は45度に達し、砂嵐が頻発する気候に対応するため、外に向けた開口を持たない中庭式の住宅を、台湾88水災の経験からひとつのコミュニティーを200戸に設定して配置しています。熱せられた外気を遮断し、冷気を室内に止めるため、屋根はガルバリウム波板を型に、その上に砂でサンドイッチした押し出し発砲ポリスチレン、さらに砂を抑えるために砕石、最上部に遮熱ネットで構成しています。これまでの中国はアフリカ進出時に建築と合わせて職人も派遣する方法を多くとってきましたが、この構法では、非専門職の現地の住民たちが建設に参加できる簡易技術で実現可能なように工夫しています(fig.12)。

fig.12「ジブチ•ソーシャルハウジング」の提案パース。ウィンドタワーで識別できるのが1戸、約30平米。

3–7. 実例7:山西省盂県集落移転プロジェクト(2018年)

道路や電気などのインフラが整備されていない集落から新しい土地への22戸の集落移転プロジェクト。他のプロジェクトと違い、現地の施工会社と協力して現在建設が進められています。山西省の職人はレンガ積みの経験が豊富で、それを活かした設計を提案しています(fig.13)。

fig.13「山西省盂県集落移転プロジェクト」。現在建設中の写真。集落移転する場合、もともと山の上にバラバラにあった住戸を、インフラ整備の費用を抑えるために既存の道路の近くなどに移転するケースが多い。

以上で紹介しきれなかったプロジェクトも含め、常民建築は19年間の活動の中で、230のプロジェクト、1,500戸以上の建築を実現してきました。その用途は、住宅や公民館、公共トイレ、小学校、牛小屋、茶室、橋など多岐にわたります。また建設のスピードを例にとると、88水災復興プロジェクトのように半年で約500戸の建設を求められる場合もあれば、ネパールのように3年で27戸のように時間をかけて建設することもあります。専門技術がない人たちや、逆に山西のプロジェクトのように専門の施工会社でも建設に参加可能であるように、マスに対応するためにシステムとしてフレキシビリティを保持するようにしています。
上記でも設計費の話を少ししましたが、農村住宅の建築単価は、レンガ+RCの混構造だと平米約1,200元(1元=約16円とすると19,200円)です。私たちの提案では旧材を用いて自力建設する場合は700元、新材で自力建設する場合は900元、施工会社を雇って自分で管理する場合は1200元、政府の入札形式の場合は1800元が参考の単価になります。プロセスの違いによって施工者の給料や税金が発生することで、このような違いが生まれます。住民が自分で建設する場合には安くて暖かいので旧材のレンガや土を材料として選択しますが、政府が大きな建設会社に依頼する場合には、旧材では品質管理ができない、住民からのクレーム防止策として、慎重に材料を選びます。
建築への関わり方が異なると同じ建築を作るにも単価がこれほど違ってくるのです。このような状況で、建築家が一軒一軒異なるオーダーメイドの住宅をデザインし、その設計費を農民たちが負担することは現実的ではないということを、私たちはよく自覚する必要があります。常民建築では、軽量鉄骨の技術開発だけでなく、建築家として配置計画や構法の提案などはもちろん、軽量鉄骨構造の生産設備の設計、構造計算、現場までと全ての段階について参画しています。だからこそ様々な条件で状況に合わせた臨機応変な振る舞いができ、フレキシビリティを持った建築を、農民たちの知識や労働力を通じて実現しようとしています(fig.14)。

fig.14 四川省茂県太平郷楊柳村復興プロジェクトの施行中写真。羌族の女性は力仕事もこなす。

さらに近年では、中国中央政府も農村の生活環境改善に取り組む主要政策として農村建築の改善に注力し始め、現場での不確定要素を抑えられるプレファブ建築の推進もその内の一つに位置付けられるようになりました。構造体を工場で生産する軽量鉄骨を採用している私たちにとってはこれは後押しになっています。

4. 展望:人類70%の居住環境構築に向けて

約60%という中国の都市化率については先に触れましたが、この数値には少しカラクリがあります。中国には「鎮」という、日本で言えば地方小都市のようなエリアがあり、これは行政区分上は「都市」に属するのですが、実際はいくつかの農村の中心的な町としての役割をしている農村的な生活と都市的な生活が混在した場所なのです。さらに近年の急激な都市部への人口移動も合わせてみると、約40%という農村人口の数字以上の人たちが実際には農村部に生活の根がある、或いは残っているのが現状と見ることができます。
ここまで便宜的に農村と都市を分けて記述してきましたが、今後はその境界は更に曖昧になっていくでしょう。私たちが目指す持続的な共同体の構築を、農村に限らず、都市での実現が可能な方法の提案も行なっていこうと考えています。ただし中華人民共和国の建国初期に大量に建設されたPC構造の集合住宅が壁式構造で需要の変化に対応することが困難になっていることから、大量建設とスピードだけを目的にするのではなく、あくまでも開放系の建築体系として、柔軟性を保持した建築の提案を行う必要があります。
また、農村と都市では生活リズムが異なるため、農村で私たちが実践している方法をそのまま都市部に適応することはできません。農村には700元から1,800元の幅のある建設単価の仕組みがあるように、都市部でも条件に合った建設への参加度を選択できるよう、私たちは政府やディベロッパーがRC造の公共プラットフォームを提供し、軽量鉄骨にそれぞれの労働力に見合った構法を選択して住宅を建てるというアイデアを練っています。現在取り組んでいるプレファブ構法の開発は、住民が全ての建設過程に直接参加するのではなく、自分で管理を行えるよう簡略化し、コミュニティー内で建材の売買が行われるようになったり、小さな施工会社を組んだりすることが可能で、集合住宅内にコミュニティー経済が発生する狙いもあります。このプレファブ構法開発の成果として、8月にチベットでの尿分離型公共トイレが、この9月には深センで小学校が建設期間45日間で完成したばかりです(fig.15)。

fig.15 チベットでの尿分離型公共トイレ竣工写真(左図)と深センでの小学校プロジェクト(右図)

グループの名前にもついている「常民」は、日本では柳田國男が最初に使用した言葉だそうですが、私たちがこれまで向き合ってきた「普通の人々」を意味します。これまでは農村に注力してきましたが、今後さらに都市へ拡大する中で、私たちは具体的な数字として「70%」という数字を掲げています。中国の人びとの「70%」をカバーする建築をつくる。そのための実践をこれまで述べてきましたが、近代建築初期にもル・コルビュジエらが大衆の建築を実現する方法を提案しています。しかし、コルビュジエのドミノ・システムは、やはりあくまでも設計者や生産者など専門者の間での簡易で可変性のあるシステムの提案でした。しかし現在の中国の建設状況は、近代初期に比べて求められる量が増加し、スピードは加速し、地域も拡大しているため、当時とは異なる態度と方法が必要になっています。
常民建築では、非専門職の人たちに再び建設プロセスを開き、それぞれの要望にあった住宅をそれぞれのリズムで建設できるようになることが、大量の建設と同時に持続的な共同体の構築を可能にするのだと考えています。方法は異なりますが、クリストファー・アレグザンダーがパタン・ランゲージで試みたことが参考になります。この信念は、1999年にサオ族の集落を彼らとともに手がけ、その後も集落に残り19年間生活を共にしてきた経験に基づくものです。人類が蓄積してきた共同体文化、建築文化を現代の技術、条件に合わせて再構築し、未来に繋げていく使命が建築家にはあるのです。


最後に、2018年9月21日から2019年2月10日まで、台湾の高雄市立美術館で私たちのこれまでの活動を総括し、今後の展望を展示する展覧会を開催しています。本稿で触れられなかった私たちの広大なフィールドを舞台にした実践の手法とその背景にある理念も展示しているので、興味を持たれた方はぜひ高雄まで足を運んで頂ければと思います。

建築討論

建築をめぐる幅広い批評的議論のプラットフォームを提供する日本建築学会のウェブマガジンです。

謝英俊+永岡武人(常民建築)

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シャ・エイシュン(Hsieh Ying-Chun)/1954年台中生まれ。1977年淡江大学卒業。2018年ベネチア・ビエンナーレ参加。2011年カリー・ストーン賞受賞。ながおか・たけと/1984年広島生まれ。2007年山口大学卒業。tecoLLC.、北京新領域創成城市建築設計諮詢有限責任公司を経て2014年〜常民建築

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