[201905 特集:建築批評「自然・技術・人間の新たな混成系としての建築」]西方里見・能作文徳・吉本憲生・川井操・辻琢磨 / Ecology to consider from architectural practice of cold district | Satomi Nishikata / Nishikata Architects [ Atelier of "Shibaoki" Roof ]

建築作品小委員会
Apr 30 · 25 min read

座談会:2019年3月17日(日) 芝置屋根のアトリエ(秋田県能代市)
ゲスト 西方里見
レビュアー 能作文徳(進行)・吉本憲生・辻琢磨・川井操(記事作成)

西方建築のバックグラウンド

能作:「人新世」という言葉が地質学や気候学などの科学の分野で使われるようになっています。気候学者パウル・クルッツェンが提唱した「人新世」とは、地球環境の変動による新たな地質年代を表しています。およそ1万年前に始まったとされる「完新世」は、氷河期が終わり温暖になった時期を表します。その時期に農業や都市が生まれました。そうした人類にとって過ごしやすい気候がいまや、CO2排出による地球温暖化や、生態系の破壊などの問題で地球の気候自体が自然の運行から大きく逸脱していると、専門家が「人新世」と呼んで警鐘を鳴らしています。それは科学者だけに閉じた話ではなく、人文系の哲学、人類学などの分野でも着目され、人間以外の存在へと開く新たな思想が生まれています。

これまでの人間像や世界観が大きく更新されていく中で、西方さんのエコロジー建築の試みは、建築側からのアプローチとして大いに参考になる事例だと私たちは考えています。そこで、西方さんのその背後にある建築思想・哲学を伺いたいと思い、今回座談会を依頼させて頂きました。最初に、ゼロエネルギー、エコハウスなどに関心を持つことになったきっかけを教えてください。

西方里見氏

西方:私は北海道の室蘭工業大学建築学科の出身です。当時は北海道の寒冷地建築について、国による対策が何も無かった中で、自分たちで学問し実践して考えていました。当時は全館暖房ではなく空気の熱の流れの計算、温熱、結露計算、ということがデザイン教育の中にも組み込まれていました。寒冷地建築については菊池弘明先生、温熱環境については窪田英樹先生がおられました。卒業後に鎌田紀彦先生が着任され、今日まで長い交流となっています。

電卓もなかった時代でしたが、感覚だけでモノを捉えるのではなく、方程式を使った結露計算、微分積分などを使ってデザインすることを叩き込まれました。大学卒業後の東京の設計事務所の人たちはコンクリートの中で結露することを方程式として理解できなかったので、私が教えていましたね。

一方で、私の学生時代はオイルショックの影響で、ローマクラブなどで成長の限界が訴えられ、社会や建築の考え方も大きく変わっていった時期でした。少し上の世代は学生運動も盛んでした。そういった状況を踏まえて、大きな組織には属さない少数派の立場でモノを考えていこうと思いました。

大学を卒業後、1975年に東京の青野環境設計研究所に就職しました。私の学んだ青野直樹さんはとてもユニークな方でしたね。彼は東京生まれの北海道育ちでして、幼少期から北海道の原生林で育ったそうです。北海道大学農学部、東京芸術大学建築科で学ばれ、宮脇檀さんとは同期でした。彼の父親は官僚でしたが、戦中に日本の敗戦を見越して早期退職され、硫黄島に入植し、北海道の栗山に原生林を購入して開墾事業を始められました。原木から自分たちの住む小屋をつくったそうです。彼も小さい頃にその仕事を手伝った影響からか指がものすごく太かった。私たちは基本的には製材した木しか知らないけど、彼は立木についても大変な知識を持っておられました。

寒冷地建築を改良していく

能作:その後、西方さんは秋田で設計事務所を開設されますが、その理由と当初お考えになったことをお聞かせください。

西方:まず、秋田に戻った理由として、都市で生きていくことより、これからは田舎の方が問題意識のある設計や暮らしのあり方など総合的に生きていけると考えました。もちろんテーマになったのは「木造建築」と「寒冷地建築」です。

事務所を開設した当初から「建築とはモノである。まずしっかりとしたモノでありたい」と考えました。そこには、木造建築に対して、すぐに腐ってしまう、地震に弱い、漏水してしまう、などの切実な問題意識を持っていました。能代には木材製材所が集積してあることも大きかった。私は幼少期から木を身近に感じながら育ちました。例えば、建具に使う柾目の木や樽屋の廃材を使ってチャンバラの刀を作ったりして遊んだりして、「自然にあるモノは鍛えられている」という実感を養いました。

建築家の作品に対しても、例えば吉村順三さんの「軽井沢の別荘」の美的デザインを優先した引込み戸にも違和感を持っていました。頻繁に開けることのない窓に対して、なんでそんなに開け方にこだわるのか。そうした建築作品に批判的なこともあって、大野勝彦さんのディテールを集めたりして、自分なりに寒冷地に相応しい木製サッシュの開発を始めました。大野さんには、学生時代から建築生産システムの考え方に強い影響を受け、事務所を開設した当初から交流が生まれました。きっかけは32歳の時に設計した住宅の時です。秋田県で初めての外壁板張りだったのですが、県の確認申請で通らなかった。同じ時期に、大野さんをはじめ、藤沢好一さん、松留慎一郎さん、松村秀一さんらを中心とした「住宅部品研究団」を結成されていて、各地の住宅部品の生産工場や施工現場を回っておられました。能代の建材についても調べられていて、頻繁に来られていました。その際に先の確認申請についてもよく相談に乗って頂きました。

吉本:寒冷地建築をバーションアップさせていく時に、どういうことを考えながら進めてられているのでしょうか?

西方:設計をしていく中で、現実的に課題だった部分を解決しながらその都度改良を加えていきました。

今日お見せした住宅にもあったように、外壁の板張りについても、赤木と白木の使い方、小口からの湿気の吸収をできるだけしないような収め方を考えました。例えば、縦張りと横張りの違いについて、設計者はよく綺麗に見せるために横張りで斜めに重ねて収めている。実はそこからまずダメになってしまいます。縦張りだとドンつきで収めることができて良いのです。

窓周りについても、初期モデルから徐々に改良を加えていきました。例えば、小口からの湿気の吸収でも窓周りのシーリング部分が最初にダメになります。そこでシーリングを使わないオープンジョイントを考えました。窓周りの隙間を防ぐために気密テープで抑えて、その劣化を防ぐために杉板で抑えて紫外線をカットし、漏水の危険性をクリアしています。もちろん、通気層があります。

次に庇について、夏場の屋内に差し込む日射は、7割近くは直接の日射ではなく、輻射によるものです。それは庇では防げない。簾でも4割程度しかカットできない。色々と試行錯誤する中で、外付けブラインドが日射を80%近くカットできることがわかりました。

屋内環境については、暖かさを維持し、場所毎に温度差がないことが大事になってきます。例えば屋内温度が22℃くらいだとするとトイレ内では16℃となり、両者に温度差が生じてしまいますが、改良を加えたことで今ではほとんど差がありません。過乾燥と高い湿度への対応については、換気システムを改良していきました。

断熱材については、グラスウールをよく用います。コストが安いこともありますが、何より不燃材・耐火性能が高いことが理由です。私の小さい頃は能代では毎日のように火災がありました。一軒燃えてしまうと十数棟が一気に燃えてしまったこともありました。そうした背景からも「燃えにくい家」を目指したいと考えます。ヨーロッパの木造の集合住宅や高層建築でもロックウールやグラスウールがよく使われていますよね。

何れにしても改良していく際には、出来るだけ簡潔で簡素な方法を見つけて採用していきます。その理由として、秋田県は全国でも所得平均の低いエリアです。単価を出来るだけ抑えられる方法を模索し、その中で簡潔に考えていくことが大事だと考えます。

「貧しさ」の中にある美学

能作:《芝置屋根のアトリエ》について、普通の発想では芝置屋根という発想は出てこないと思います。なぜ芝置屋根にされたのでしょうか。

《芝置屋根のアトリエ》の屋上(提供:西方設計)

西方:秋田の民家の屋根特性を考えると、かつての主流は板葺でした。瓦だと、奥羽山脈で盛岡を超えると凍結して割れてしまうため、ほとんど普及しませんでした。板葺屋根に変わって使われ始めたのは、亜鉛メッキ鉄板の屋根ですが、やはり貧相に感じてしまいます。加えて、亜鉛メッキ鉄板は5〜6年周期で塗装しなければならない。塗装費用も100万円くらいかかってしまう。

芝置屋根は耐久性があって、大地と一体的で美しいですよね。メンテナンスの面でも、芝置屋根はある程度野放しできることも魅力的です。寒さの厳しい山間部の長野から岩手の地方にある芝棟の茅葺民家では、棟の部分に植物を生育させて根を張らせることで、雨漏りを防ぎ、固定的な強度を持たせていますよね。また、その時々の季節感と自然の美しさがあっていいなあと感じていました。

能作:西方さんの建築には、衒いがないように思います。簡単で丈夫につくることに建築的美学が隠されているように感じます。

西方:簡単で簡易な方法を見つけて設計することは、秋田の所得平均の低さの中で鍛えられました。学生時代の北海道の4年間の生活を含めて「貧しさの美学」が私の建築思想の根底にあります。

奈良や京都の古建築を見ていると、反り屋根など複雑な形状に感じてしまい、まるで中国の建築のように見えてしまいます。日本の建築は病的に複雑すぎるところがある。そうした課題意識の中で、木造建築の組み方を簡単につくる方法として「あいがき」に「ダボ」で留めることを積極的に採用しています。構造設計の山田憲明さんに相談する中でも、「あいがき」は部材同士が擦れる分だけ強度が生まれる、という話がありました。

吉本:屋内空間でも環境としても、植物が豊かであることが印象的です。これまでの設計作品の中で、このような屋内緑化はよく使うのでしょうか?

《芝置屋根のアトリエ》の屋内空間(提供:西方設計)

西方:植物はよく使いますね。寒冷地の秋田において、冬場には葉っぱのない寂しい木々しか目にしない中で、屋内に緑があることはやはり魅力的です。今も外は吹雪いていますが、この部屋には健やかな春の季節感がありますよね。緑がよく育っているのは、やはり屋内環境を18℃以上に保っているからなんです。

フォアーアールベルク州—循環型地域モデルとしての参照–

能作:ヴァナキュラー建築からはどういった影響を受けたのでしょうか?

西方:ヴァナキュラーなものに特に拘ってはいないのですが、時代毎にある自然に馴染んだ力強い建築は何か?と考えています。中世の室町時代の建築でも、兵庫県神戸市にある1200年前の民家「箱木千年家」では、軒桁まわりや土台まわりにまで粘土がしっかりと詰めてあり、気密性を確保しています。長野の山奥にある民家では、外壁にイネ藁を設けて外断熱をしています。また古代期の中筋遺跡では、榛名山の噴火による火山灰で埋もれてしまい、掘り起こしてみると当時の地表の様子がよく残されています。全体が半地下で埋められて土で塗籠されてある。そうした古代中世の建築にできていたことが、なんで今の時代にできないのか、疑問に思うことはあります。

歴史的な転換点として、鎌倉時代の武家勢力による全国統治が進んでいき、地頭の管理下に置かれたことで、地域固有の建て方がなくなったことが大きいように思います。平安時代末期まではゆるい統治だったこともあり、地域固有の建築が根強く作られていました。

戦後には、秋田は亜鉛メッキ鉄板の屋根が普及していきますが、それは東京の「文化鍋」「文化住宅」で使われた鉄板の普及によるものが大きく影響しています。秋田人は東京モノが大好きだからね。秋田県の庶民にも家を建て替える程度の財力はありましたから、そこで亜鉛メッキ鉄板の屋根に吹き変わってしまった。今では古い民家の割合が非常に少なくなってしまいました。

能作:ヨーロッパの環境建築の先進的な取り組みについては、どのように感じておられますか?

西方:北海道に大学で4年間住んだこともあって、やはり北欧のスウェーデンやフィンランドが身近な存在でした。34〜5歳の時にアメリカの西海岸に大型の木造建築の視察へ行ったのですが、粗雑なつくりかた、現場管理のいい加減さにがっかりしました。一方で、スウェーデンでは、理論通りに建物が設計施工されています。ディテールも木製サッシなど緻密に設計され、施工精度にも表れています。

ヨーロッパには、有名建築を観るというより、林業の現場や製材工場の視察に行っています。その中でもオーストリアの建築家でミュンヘン工科大学教授のヘルマン・カウフマンの試みは、木造建築への取り組みなど参考にするところが大きいです。そして13年前と2年前に視察に行ったオーストリアのフォーアールベルク州は建築生産や循環型モデルとして興味深い地域でした。人口は秋田県の半分以下、38万程度の小さな州です。この地域の製材所は、基本的には家族経営で行なわれています。木製サッシの生産も5〜6人の小規模なチームです。それぞれ60程度の建築家や工務店がきちんとした共同体制を組んでいて、工務店は年間10〜15棟しか作りません。

エネルギーについても、オイルショック以降、中近東から石油を買うのではなく、省エネの木造住宅、風力発電、太陽光発電などを使って自分たちで賄っています。さらに近隣国に電気エネルギーを売り、経済的にも豊かです。能代・山本地域では年間70億円を東京電力に支払っていますよね。これを自分たちで生み出すことができれば、地域で経済的にも自立することができます。私が能代で実現したいことは、ささやかな願いではあるのですが、建築だけでも地域のエネルギーを使いたいと考えます。

能作:建築のオフグリッド化の方向については、何かお考えがあるのでしょうか?

西方:オフグリッドにはあまり興味を持っていないです。建築はエネルギーを通じてもやはり人と人とのやりとりが生まれることが重要です。街の中であえてオフグリッドを進める必要はないと感じています。

エネルギー自給について、例えば風力発電は風の強い冬に効果的ですが夏では使えません。一方で太陽光発電は、夏に効果的ですが冬では雪で使えません。風力発電は冬に、太陽光発電は夏に使うようなハイブリッドな方法を考えていけば良い。

能代は戦国時代から「地産・他消」のエリアでした。いわゆる城下町ではなく、大阪方面にまで木材を売り出す産業と商業の都市でした。かつての秋田藩の能代港と土崎港は、世界の7割の銀をシェアした場所でもあるんです。今一度、能代からエネルギーの「地産・他消」のあり方を模索したいですね。

能作:木材について、北欧ではパイン材、秋田は杉材が主な材料です。その扱い方についてはどのようにお考えですか?

西方:杉は強度や耐久性においてはヒノキより弱いですが、構造計算をきちんとしてヤング係数で強度を確認すれば問題ありません。構造的に足りないところは松材で補えば良いと考えます。

木材の性質について、「松は腐る」といわれますが、きちんと扱えば腐らない技術もあります。例えば、エゾ松(ホワイトウッド)とトド松(もみの木)について、腐りやすい木ではあるのですが、それぞれ寒冷地で育った木なので、ちゃんと耐性はあるし、それを使う技術もあります。北欧の連中はエゾ松とトド松の使い方も上手ですよ。風雨を受ける外装材はカラ松・レッドシダーで対応しています。やはり北欧は現代的な木造技術や扱い方でも日本の30年先を行っています。

日本におけるCLTのような新しい構法の扱い方にも疑問を持っています。ヨーロッパでは、CLTの単価は立米7万5千円程度で建設されますが、日本では立米20万円にも及んでしまいます。CLTは面と面で繋ぐことに特異性があるはずなのに、日本では接合部が金物だらけになってしまい、構法的にも複雑で割高になってしまいます。こうして地域性を度外視して、画一的な木材の利用が展開される状況には違和感を持っています。

社会資本としての建築

辻:私は浜松市を拠点にして、3人で設計事務所を主宰しています。実際の設計では、例えば共同ビルのコンクリートの躯体の中でささやかに改修することで建築に近づけることを試みています。一方で西方さんは自然の中の耐久性という観点で建築を考えておられる。また同時に、江戸のまちの更新性のような、建築が変わっていくことへの価値観がきちんとあると感じました。建築における時間軸をどのように捉えられていますか?

西方:江戸時代の建物は、15年周期で火災もしくは地震で潰れてしまったそうです。それは建物が循環することで、清潔であったともいえます。日本人にはそういう習性がある。日本の住宅ローンは25年程度です。また30〜50年に一度は比較的大きな地震があります。100年に一度は震度7程度の地震があります。それに耐えられる自信はないのですが、江戸時代のサイクルは短いにしても、私は50年スパンで建築を考えています。

これも北欧や中欧から教えられたことなのですが、彼らは「住宅は社会資本である」と考えています。以前、北欧に移住された日本人の方が、現地で住宅を建てるために確認申請を出そうとしたら、玄関の段差が認められなかったそうです。彼が「私は日本人だからこういう風にしたい」と説明したところ、「次に住む人が日本人とは限らないですよね。住宅は社会資本ですから」と言われたそうです。住宅価格でいうと、一般的には能代で坪70万円、東京で坪100万程度です。フォアーアールベルクでは、坪140万円近くで能代の倍近くかかります。ただし、北欧では4000万で建てたものが30年後でも4000万円で売れるんです。50坪の家を売って30坪の家をつくると1400万円が生まれる。それらをわずかな年金の足しにして生活しています。一方で日本は10年経ったら建築の価値はゼロになる。そういった日本の状況を考えると、個人の趣味で住宅を作るのではなく、やはり社会資本として考えていく必要があります。

能作:作品を拝見して、西方さんのおっしゃる「社会資本としての住宅」と「自然の中の住宅」いう言葉が重なって見えて、今日はとても発見がありました。一方で、西方さんが能代で実践されているのは標準住宅的であり、誰にでも住めるプランニングになっています。そこに少し引っかかる部分がありました。クライアントの個性、その人の住まいに合わせていくやり方もあると思います。形式化しつつも特殊なライフスタイルに合わせていくのが現代の人間像でもあり、そうした多様性を救うあり方を探るべきではないか。今の話にもあったように、社会資本と個人がバッティングしてしまう状況が大いに考えられます。その辺りについて、どのようにお考えですか?

西方:もちろんここはフォアーアールベルクでも北欧でもないですよね。やはり段差がないと吹雪が屋内に入ってきます。当然、地域性や国民性の違いはありますが、それでもやはり住宅は社会資本であるべきだと考えます。作家性や個別性を住宅にまで持ち込むことには違和感を持っています。建物を作ることは地球を傷める行為でもあるのですから、個人の主義主張を通すことが本当に必要なのか。住宅という器に合わせてながら暮らすこと、生活を楽しむことも充分にできるはずです。

建築を「叩き上げて」設計する

辻:今回このアトリエを案内していただく中で、芝置の屋上に上った時に建築の上ではなく何かの背中に乗っているような不思議な感覚を受けました。屋内ではカエルや植物、外には野生のカモ鹿がいて、何か自然にとても注視されていて、建築を見る視点や判断基準においても我々と違うなと感じました。ビルディングタイプや機能といった、近代的な価値観では測れない上位概念があるように感じました。

西方:先週、堀部安嗣さんの建築を拝見する機会がありました。私とは何か違うなあ、その違いは何かを考えているところですが。

能作:堀部さんはまずは建築の形式があり、そこに断熱性能が加わっているように感じています。

川井:今日作品を拝見して、ある建築形式を強く感じなかったことが最も印象でした。かつての北海道の屯田兵の開拓者住宅のような、人間のプリミティブで粗野な形式を感じました。そこにある作品的なるものの所在は何か。それは西方さんが経験的に積み上げてきたもの、自然の大地から受けたものを素直に構築した建築のように感じました。

西方:個人的な色を出さない方向性を模索する一方で、各地の民家をよく見て回っています。やはり田の字型プランは意識していますね。また武家でも、特に下級武士や十石取の足軽長屋を見て回っています。彼らの年収は現在の相場で350万円程度ですので、やはり低所得者層の住宅と考えられます。当時の最小限住宅ともいえますよね。

吉本:設計するときの判断基準について、作家の個性をあまり信じないと先ほどおっしゃっていました。その中で、数値的な解析によって作ることと設計者個人の価値観や諸条件とのバランス感覚を養われたのでしょうか。最終的には何を判断基準にして設計を決定されていますか?

西方:もちろん建て主とのやり取りも大きな判断基準になります。その中で建築を「叩き上げていく」ことで完成度を高めていきます。それは設計プロセスでお互いに無駄なものを排除していくことでもあります。

判断基準もそうですが、最近考えているのは、工務店と建築家の生み出す建築は何が違うのか考えています。例えば、建築家の伊礼智さんの主催する伊礼塾で学んだ工務店は、伊礼風にはできるのです。だけど伊礼さんの生み出す住宅にはならない。その差をきちんとわかっている工務店の社長もおられます。ただ建築家の作風の良いところだけを寄せ集めてもダメなのです。結局は建築の根っこのようなものがないといけない。では「建築家の根っこにあるものとは何か?工務店との根本的な違いは何か?」と思いを巡らせています。

辻:それは建築の脈々とした歴史に参加している意識があるかどうかも大きいと思います。

吉本:自然観やモノの捉え方が興味深いです。先ほどの植物の使い方や、木材の扱いとも関連しますが、モノの性質に寄り添いながら、柔軟に変化・対応していくような姿勢を感じます。西方さんご自身としては、そうした自然やモノとの関わりに関して、どのような意識やお考えをお持ちでしょうか?

西方:それはやはり「叩き上げていく」ということですよね。

西方設計による最初期の住宅(手前)と《Q1. 0住宅モデル能代》(奥)

川井:今日お見せいただいた2つの並んでいる住宅は、一つは初期に作られたもの、もう一つは近年作られた《Q1. 0住宅モデル能代》が併設されていました。両者を比較すると、西方さんの30年間の設計の蓄積や変化が見事に表れていますよね。

吉本:「死なないための住宅」というキーワードがあるように、どういかに生きるのかという問題の周りに、温熱環境や、経済性(安く簡単に)、といういくつものテーマをお持ちです。キャリアのスタート当初に考えられたことから変化していったこともあると思うのです、ご自身の中で学びや気づきという転換などもあったのでしょうか?

西方:それは私自身もわからないのですが、今度、篠原一男さんの「から傘の家」を見に行きます。学生時代の47年前から、とても良いと思った住宅の一つです。訪問した際に、私自身がどう感じて何が変わったのか、今から楽しみですね。

「人新世」における建築のあり方

能作:この特集は「人新世」がキーワードになっています。環境を保護するのは人間の社会の持続性のためであるという人間中心主義が根本にあるように感じます。そこでは地球環境と人間の欲望を対立的に捉えることもできます。一方で、生態中心主義に偏ってしまうと人間の価値が低く見積もられる危険性もあります。例えば、発展途上国と先進国の関係性において「途上国は貧しいままにしておけば良い」という極端な価値観すら生まれます。現在、両者のバランスが非常に問われています。そのバランスの取り方が建築にも問われる。西方さんの建築には人間と地球の両者のバランスについて気遣っているように思います。

座談会の様子

西方:やはり日本は災害が大きな存在です。そこで歴史的にも人間がどう生きてきたのかをきちんと考えないといけない。大噴火による気候変動と自然環境への影響を見ていくと、東北では古墳時代後期に十和田湖で大噴火がありました。その時に、東北の人口が3分の1に減ってしまったそうです。主な原因は天候不純によるもので、火山灰で森や田畑が覆われてしまい、食べるものが無くなったしまったと言われています。人間はやはり自然災害との格闘の中で生き抜いてきたわけですよね。

吉本:西方さんのお話を伺って、時間の読み取り方にもどこかサイエンティフィックで合理的な考えが潜在しているように感じました。歴史学は従来的に様式や形式を重んじていた側面があります。他方で、場所の気候や地質から読み解いていくような、「サイエンティフィックな」歴史学があっても良い。歴史学は伝統的には政治史がベースでしたが、その範囲が、生活史、民族史と移行・拡張する中で、科学史のなかで捉えていく必要があります。

西方:先日、東京大学の前真之先生の講座をYouTubeで観る機会がありました。そこでの学生の質問は不勉強だなと思ったことがありました。それは北海道の全体的な住宅の歴史を踏まえずに、長い歴史からみたら一側面である3.11大地震以前の暖房機の電気による生炊きを一方的に批判していました。北海道は、アイヌの以前に縄文人が住み着き、沿海文化とオホーツク文化のぶつかり合った地域でした。その時々で自然との格闘の歴史があったのです。それを知らずに一断面・一断片を批判するのはおかしい。生炊きは、もちろん3.11による福島原発の影響を考えると使うべきではないのですが。

最後に、私の好きな建築の一つに北海道の開拓村があります。北海道はいろんな地域から移民が入り込んだ時期がありました。そこでの開拓者住宅は、原生林の中で切り出した丸太と茅で組み上げたとても簡素な技術で作られています。私はやはりその建物がとても好きですね。人間が生き抜くために作ること、そして簡素に簡単に作ることに強く憧れを持っていますね。


西方里見
1951年秋田県能代市生まれ。建築家。1975年室蘭工業大学建築工学科卒業。1975年青野環境設計研究所を経て、1981年西方設計工房開所。1993年西方設計に組織変更。2008年「サスティナブル住宅賞」国土交通大臣賞、「東北建築賞」作品賞受賞(設計チーム木)、「JIA環境建築賞」優秀賞(設計チーム木)他受賞。主な著書に『最高の断熱・エコ住宅をつくる方法』、『「外断熱」が危ない!』、『プロとして恥をかかないためのゼロエネルギー住宅のつくり方』(ともにエクスナレッジ社)など。

能作文徳
1982年富山県生まれ。建築家。2012年東京工業大学大学院博士課程修了。博士(工学)。現在、東京電機大学准教授。2010年《ホールのある住宅》で東京建築士会住宅建築賞受賞。2013年《高岡のゲストハウス》でSDレビュー2013年鹿島賞受賞。主な著書に『コモナリティーズ ふるまいの生産』(共著、LIXIL出版、2013)、『シェアの思想/または愛と制度と空間の関係』(共著、LIXIL出版、2015)。第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築出展(審査員特別賞)。

吉本憲生
1985年大阪府生まれ。専門は、近代都市史、都市イメージ、都市空間解析研究。2014年東京工業大学博士課程修了。同年博士(工学)取得。横浜国立大学大学院Y-GSA産学連携研究員(2014–2018年)を経て、現在、日建設計総合研究所勤務。2018年日本建築学会奨励賞受賞。

辻琢磨
1986年静岡県生まれ。2010年横浜国立大学大学院建築都市スクールYGSA修了。2010年 Urban Nouveau*勤務。2011年よりUntenor運営。2011年403architecture [dajiba]設立。2017年辻琢磨建築企画事務所設立。現在、滋賀県立大学、大阪市立大学、武蔵野美術大学非常勤講師。2014年《富塚の天井》にて第30回吉岡賞受賞。

川井操
1980年島根県生まれ。専門は、アジア都市研究・建築計画。2010年滋賀県立大学大学院博士後期課程修了。博士(環境科学)。2013–2014年 東京理科大学工学部一部建築学科助教。2014年−現在、滋賀県立大学環境科学部環境建築デザイン学科准教授。

《芝置屋根のアトリエ》(写真提供:西方設計)

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