座談会:微細な流れの集積としての都市建築

[201902 特集:建築批評 東急設計コンサルタント 小嶋一浩+赤松佳珠子/CAt 《渋谷ストリーム》]赤松佳珠子・伊藤孝仁・岩元真明・川井操・川勝真一・辻琢磨・能作文徳・吉本憲生・和田隆介 / Urban architecture as integrations of micro stream

日時:2018年12月27日(木)
場所:CAt事務所
ゲスト:赤松佳珠子
司会: 和田隆介
レビュアー:伊藤孝仁・岩元真明・川井操・川勝真一・辻琢磨・能作文徳・和田隆介・吉本憲生
記録・編集:中村睦美

過去のCAt作品との連続性

和田:《渋谷ストリーム》の低層部には、光や風が抜ける縦横の穴が無数に設けられています。都心の再開発でありながら周辺環境との関係のなかで「抜け」をつくる手法は、これまでCAtが手がけてきた学校建築ともつながるように思いました。過去の建築作品との連続性や、これまでのプロジェクトから考えたことをまずはお聞かせください。

赤松:渋谷駅周辺はいろいろな「流れ」のあるダイナミックな場所です。建築がそれを分断する要素にならないように意識し、周辺から人を集めて「流れ」をつくるのではなく、あの場所に存在する「流れ」をそのまま利用して、滞留できるようにすることを考えました。学校建築を設計する際には、いつも廊下の行き止まりをつくりたくないと感じていたので、さまざまなルートでさまざまな場所を経由して目的地に辿り着ける空間を意識していました。イベント時には別のルートを辿ることができるような、開かれた選択肢があってほしいというのは、学校でも考えていたことです。それは今回の《渋谷ストリーム》でも共通することでしたね。

解説する赤松氏

能作:その中で「アーバン・コア」の部分では、地下2階から地上2階まで吹き抜けの縦動線があり、ポンプから人がどんどん湧き出るように出てくる「流れ」ができていると感じました。今までの学校建築における小学生が動き回るような「流れ」とは違うと思いますが、どのように建築の形にあらわれているのでしょうか。

赤松:やはり学校や集合住宅などの建築では、いったん周囲と区切らせざるを得ない側面があります。常に人が通り抜けていくということは現実にはなかなか起こりにくい。しかし今回の渋谷駅南側では、ダイレクトに都市と直結させるべきだと思いました。いろいろな方向からどう人を流すか、どう人が入りやすくするかということは意識していました。

都市の中の建築における「流れ」と「よどみ」

岩元:CAtの学校建築は「都市のような建築をつくる」というテーマがあったと思うんです。しかし、《渋谷ストリーム》ではそういった都市のメタファーを考える必要はなくて、都市そのものを取り込んでいますよね。建築が都市の一部としてなじんでいて、歩いているときに都市的な体験だなと感じました。都市のメタファーを内蔵した建築をずっとやってきた後に、今回本当に都市のど真ん中で実践したということについて、どのようにお考えですか。

赤松:初めて設計した学校建築の《打瀬小学校》では、街の人が通り抜けるパスを内蔵しました。今回は、都市の中であっても、学校と同じように人が行き来してほしいという思いがありました。《渋谷ストリーム》は学校建築に比べると、建築の外に対してもダイナミックに人が流れる、外に対してシームレスにつながっていく要素が強いと感じましたね。

吉本:「流れ」が重要なテーマになっていますが、今まで設計されてきた小学校、例えば《打瀬小学校》では自由な場としてのあるべきアクティビティの状態が想定されていたと思います。今回渋谷という場所において、ダイナミックな動きというもの以上にどういう状態をつくりたいと考えておられましたか。

赤松:いろいろ人たちが渋谷川沿いに座っているような、建物の外に向かうアクティビティだけでなく、建物の内側に流動的なアクティビティをつくることを考えました。例えば内側に花屋とカフェができたとして、花屋を眺めながらお茶をするというように、向かい合ったお店や風景が互いに影響することがありますよね。建築が外に向かって開いていくと同時に、内側でも個々の空間が他の空間に開いていく。これは内側自体が都市空間そのものであるということです。それぞれを閉じたお店にするのではなく、ファサードを開いて少しでもにじみだすようにすると、互いに影響し合うようになります。そうすることで、本当に道端にいるような場所になると考えています。

岩元:学校のプロジェクトでは疑似的に「流れ」をつくっていたところが、今回は渋谷というコンテクストをそのまま建築に昇華していると感じました。《渋谷ストリーム》を見学した際、大階段と、その先にあるエレベーターをあえてずらし、人々が滞留する場を設計したとうかがいました。これは「よどみ」と言えるのではないかと思います。「よどみ」の流れは、鉄砲水の流れとは違いますよね。一言に「流れ」と言っても、設計段階において理想的な「流れ」のイメージがあったのだと思うのですが、いかがでしょうか。

《渋谷ストリーム》大階段周辺 [ Photo by CAt ]

赤松:単なる「流れ」だけではただの移動空間になってしまうので、いろいろな所にちょっとずつ「よどみ」がありつつ「流れ」をつくっていくことは意識しました。学校でも同様にオープンスペースをつくり、みんなが移動する中にアルコーブがあって、座っている人もいれば歩いている人もいる、それぞれの人がその時々に適した「溜まれる場所」が全体に散らばっていて、各々が選ぶことのできる場所がたくさん散りばめられているというのが都市的であり魅力的だと思います。

川勝:CAtの建築は、立体化するときは「スペースブロック」を用いて、平面的なことは「流れ」で解いていくことが多かったと思います。今回は立体的な要素と平面的な要素が絡み合っていますが、「流れ」を重視するなら垂直方向の展開には難しさがあったと思います。高層部やファサードのつくり方も含めて、垂直の「流れ」をつくる戦略についてお聞かせください。

赤松:低層部の商業ゾーンと高層部のホテルやオフィスは異なってくるので、基本的には地下から地上3階までの空間にどのように人を流すかということを検討し、吹き抜けをつくって見下ろせるようにしたり、お互いの関係性がわかるようにすることを意識しました。ホテルやオフィスが入っている高層部と足元を分断したくないので、オフィスやホテルに入って来た人たちが、吹き抜けを介して低層部を見下ろしたりする。ホテル、オフィスを利用する全く違うタイプの人たちが、商業ゾーンの気配だけでもわかるような断面になっています。2、3階の商業施設は外に向かって「抜け」をつくり、黄色いエスカレーターでつながっている。エスカレーターの存在がわかれば上に登ってみようとなるので、どうわかりやすく断面をつなぐかということを考えました。

共同で進行するという意識

伊藤:初めて《渋谷ストリーム》を訪れた際、コンビニでビールを買って大階段の片隅で一人ぼーっと飲んでいたのですが、都市空間の中の良質な孤独の場があると感じました。3階にも、天井高の低い親密なスケールの滞留空間が多く用意されています。消費を目的としていない人びとへの寛容な隙、ある種の「無駄」な空間がたくさんあることが印象的でした。様々な主体が絡む開発、かつ効率に対してシビアな商業空間において「無駄」の獲得や創造がどのように実現したのかに興味を持ちました。

川勝:そのように「無駄」な空間が生まれていることで、区分や所有の感覚がずらされているように思います。それは、店舗のにじみだしだけでなく、広場化している歩行者橋や、渋谷川沿いの外部空間を前提とした店舗のつくり方にも感じます。資本の論理は基本的には所有の概念なので、ここまでは自分、ここからは他人という区分を明確にすることで、そこに貨幣を通じた交換を発生させ利益を生みだします。ですのでこのような民間による大規模な開発において、実際の区分を超えた所有の感覚を空間によってつくりだしていくことは、資本主義が全面化した都市だからこそ必要だと思いました。こうした「無駄」や余白をつくることは意図的だったのでしょうか。

半屋外の3階共有部 [ Photo by CAt ]

赤松:《渋谷ストリーム》は事業物件なので利益を出すことは重要で、高層部に配置しているオフィスでしっかり稼げる土台をつくっています。事業採算ができているから、足元ではこの場所でやるべきことをきちんと実現しましょうという意識が共有され、それをどうやって実現するかチームで考える体制ができていました。一つの大きな内部空間をドカンとつくるのではなく、小さいスケールの集積が渋谷の面白さであること、それを生かしてどうするか、ということは共有されていました。こちらがデザイン会議でビジョンをはっきりと提示して、チーム全体がうまく引っ張っていきました。

辻:一番面白かったのは、どこまでCAtがデザインしているのかがよくわからないということです。個々のデザインをどこまで意図していたのでしょうか。例えば渋谷川沿いのビルの裏側のファサードについて、これを積極的に見せるという判断をしたのはCAtかもしれないし、渋谷駅中心地区デザイン会議かもしれないし、東急かもしれないし、そのすべてかもしれないわけですよね。あるいは、プロムナードの手すりや椅子もCAtのデザインなのかなと思っていたのですが、ここは東急設計の担当なんですよね。要するに、これは我々が設計したんだ、といういやらしさが全くない。このような非常に複合的な枠組みの中で、CAtがどこまで設計しているのかということをお聞きしたいです。

赤松:インフラに関する大部分や行政とのセッションは東急設計コンサルタントが進めてくれました。ただ全体の構成や足元の断面的な設計、スケールは徹底的にこちらで決めて進めました。実現させるための議論は相当重ねています。仕上げも実際にサンプルをつくってもらうなどして現物を見ながら議論しました。手すりなどの細かいディテールの設計は東急設計コンサルタントによるものですが、ここは単に手すりにするのではなくて、ワイングラスを置けるようにしましょう、というような話は共有しました。表面的なことだけをするアドバイザーではなく、デザインアーキテクトとして施工図もかなり細かいところまで見ています。そういう意味でアーキテクトとして関わってきたつもりなので、設計をしたと言えますね。でも我々だけでやったのではなく、チーム全体で進めたプロジェクトだということです。

どのように歴史を継承するか

岩元:鉄道のレールや、旧駅舎のかまぼこ屋根の形態を直接的に引用している点も面白いと思いました。表参道ヒルズの一部として復元された同潤会アパートのような手法だと思いましたが、歴史を継承することに関してどのように考えましたか。

東急東横線旧渋谷駅のシンボルだった「かまぼこ屋根」の継承 [ Photo by CAt ]

赤松:「あそこには前に何があったんだっけ」というように、東京では少し前に建っていたものが思い出せなくなることがよくあります。渋谷の歴史は日本の都市の歴史でもあるのに、ここがかつて駅だったことを誰も知らなくなってしまうのはあまりにもスクラップアンドビルドすぎる。ここが駅であり、電車が走っていた記憶を残さないとダメなんじゃないかと考えました。しかし単に線路の枕木を残すという安直な手法では、一歩間違うとフェイクになってしまう。そこで、表面的にやるのではなく線形を踏襲することで人のシークエンスや賑わいをつくろうとしました。また、かまぼこ屋根は渋谷のアイコンとしてわかる人にはパッと見てわかるでしょう。このようにわかる人はわかるかたちで継承し、例えばお父さんが子供に昔の風景の話をするきっかけができるだけでも違うんじゃないかと思います。

和田:電車や高速道路という土木的なものの即物的な仕上げ感が「流れ」をつくり出している側面もあるかと思います。一部にはオリジナルのレールをそのまま再利用していて、全体としてラフな素材感に近づけているように感じました。

赤松:昔の駅なんかはレールを曲げてそのまま大屋根架構にしていますよね。ここでも綺麗に塗装して仕上げるよりは、土木や駅という土木的なもののように材料感をそのまま残すことを意識しています。

和田:かまぼこ屋根の形状やレールなど、わりと直接的に過去のものを利用しているにもかかわらず、いわゆる歴史保存という雰囲気ではない。確かに、線形の移動空間が残されているのが、大きいですね。電車が通っていたところが今は人の移動空間になっていて、つくり変えているけれど移動するという行為は残っていますよね。

伊藤:線路跡が緩くカーブしていることも効果的です。ソリッドな幾何学の中に、歩きたくなる柔らかさをもたらしています。もし直線だったら利用されていなかったのかなと思ったりもしました。

赤松:そうですよね。電車に乗ってカーブにさしかかると渋谷駅に着いたなという感覚がありましたし、絶妙に綺麗なんです。特異点であるカーブを描いた線路が真っ直ぐだったらどうなのかというのは、なかなか痛いところをつかれました(笑)。そういう意味でもこれは本当に絶妙なプロジェクトだったと思います。

アクティビティはシンボルになりうる

川井:ポーラスな「抜け」から臨む渋谷川対岸のビルのあらわれ方や、小さなスケールへの落とし込みなど渋谷の雑多性やスケール感をリスペクトしていると感じました。そのあたりについて、事務所ではどのようなディスカッションがありましたか。

赤松:渋谷川沿いや明治通りは小さいビルの集積なので、ポーラスに「抜け」をつくってスケールダウンさせていこうと考えました。渋谷川の対岸の小さいビルなどのスケールは意識していますね。しかしどこを切り取ってもあの雑多な風景が出てくるというのはありました。あのエリアはこれというシンボリックなものがないんですよね。いろいろな裏側的なものが並んでいて、高層部のホテルやオフィスから見下ろすとビルの看板が見えるんですが、それは低層部から見える風景とはまた別の風景になっているんです。

ポーラスな「抜け」 [ Photo by CAt ]

辻:誤解を恐れずにいえば、CAtの建築は伝えにくいというか、実際に行って様々な情報を体感してようやくわかってくるという印象があります。今までのお話で、「現象」や「流れ」、「記憶」など、建築的というより都市的な言葉で表現されるものを設計の対象にしていると感じました。メディア媒体に載ってそうした情報が抽象されたときに、どうしてもこぼれ落ちるものが多いということ自体がCAtの特徴かもしれない。

能作:20世紀後半から台頭した新自由主義はグローバルに都市形態を変容させてきました。そうした社会の中で、建築家は都市の表層でしか関わることができない場合もあります。あるいはフランク・O・ゲーリーのようなアイコン的な形態を用いる場合もあります。しかし《渋谷ストリーム》は、表層や形態ではなく、都市に潜在的にある「流れ」を建物によって積極的につくりだしています。そういう意味で《渋谷ストリーム》は画期的な建築だと思いました。『GA JAPAN』148号で「小嶋一浩の手がかり」という特集が組まれており、その中で原広司さんが、建築家には「form giving」と「device giving」の2種類があるという話をされています。原さんは小嶋さん、CAtのやり方は「device giving」であると言っているのですが、すごく納得しました。今までの新自由主義型の都市においては、「form giving」で対抗しようとしていたんですね。それに対して《渋谷ストリーム》は「device giving」で都市をつくれるか、というトライだと感じました。今日の新自由主義の都市形態に建築家が風穴をあける重要なプロジェクトだと思いました。小嶋さんのスケッチを見ても、こうした都市の状況に対して格闘する意思を感じました。都市や建築のあり方についてどのように議論されてきたのかをお聞きしたいです。

赤松:私たちの建築でよく言われるのは「わかりにくい」「この建築は実際に行かないとわからないね」ということです。写真ではなかなか伝わらないことも多く、掲載誌を見ても何だか違うもののように見えることがあります。設計するにあたって、ファサードなど形から入るのではなく、アクティビティや人がどう滞留するかというところから入っているので、formをつくることを得意としていないと思うんですよね。原さんがおっしゃっているように小嶋も私もdeviceということは意識していましたし、シンボルを設計しているのではなく、私たちが取り扱っているのはアクティビティや現象なのだろうと。原さんのおっしゃる「建築は物ではなく出来事である」というのは本当に共感しています。

川勝:つまりイメージがアイコン化するのではなく、そこで起きることがシンボルになるような形を目指したということでしょうか。

赤松:そうですね、アクティビティがシンボルということでしょうか。《渋谷ストリーム》の場合は元々の場所性を含めたものがシンボルということになりますね。

現象を内蔵したアジア的な雑多性

能作:《渋谷ストリーム》に、アジアのショッピングモール的な雰囲気を感じました。フィリピンのショッピングモールは半外部空間が大きく、風が抜けていきます。商業施設は空調を効かせるために閉じていることが多いのですが、《渋谷ストリーム》は渋谷と言いながらも、風や水という要素から、南国的な特徴を応用している印象を受けました。風や水以外にも人工的な音や自然の音、光や景色の反射もあり、何か現象を創出する装置としての建築だと思います。

川井:アジア的な雑多性をはらんでいるということに関して、CAtはこれまでに「スペースブロック」の手法を九龍城でシュミレーションしたり、ハノイでも実践しておられます。今回、これまでのアジアでの設計経験や問題意識は反映されているのでしょうか。

赤松:特に意識したわけではないのですが、確かにアジア的な要素はありますよね。アジアの屋台の雑多性のようなものは私も小嶋も好きでしたし、アジアだけではなく、ものすごく狭い道にお店がバーっとならんでいる風景を見たときに、《渋谷ストリーム》もこんな風になればいいね、という話はしていました。そのような道で、両方の賑わいを歩きながら感じることを実践したといえますね。

能作:都市の中で、自然発生的に屋台が並んでいる賑わいのある空間は「生きられた空間」だと思います。それをどのように計画に応用するかよく考えられていることなのではないかと思いました。それがアジア的な雑多な空間を連想させました。

吉本:今回改めて《渋谷ストリーム》を拝見して、「五感」というキーワードが浮かびました。中を歩いていて漂ってくる渋谷川の匂いや音、外からの光などを通して身体的に建築を体験することができるのが新鮮です。

能作:渋谷川は、視覚だけでなく、聴覚や嗅覚を刺激するのがいいですよね。渋谷川を塞いでしまうのではなく、川があることをそのまま受け入れて手を加えすぎないのは重要なことだと思います。現代では川の匂いやせせらぎを感じながらご飯を食べる経験が失われつつありますよね。

渋谷という場所の文脈

和田:今回、《渋谷ストリーム》ができたことで渋谷駅周辺の風景が一変したように感じました。プロムナードをふらっと歩いていると、建物の隙間から首都高の車がビュンビュン通り過ぎる風景が現れます。それはかつてSFで描かれた未来都市東京が実現したかのような風景です。首都高自体は1964年の東京オリンピックの時代に開発されたものなので、むしろ後の開発によって隠されていた未来的な風景が、ようやく今、いいかたちでえるようになってきたのだと考えることもできます。単体の建築を越えて、渋谷という都市の風景としてどのようなことを考えたかお聞かせください。

赤松:渋谷駅南側に関して言えば、華やかな渋谷から外れつつ裏側にヴォイドがある風景、という感覚を昔から持っていました。渋谷川は渋谷のヴォイドとして存在し、決して綺麗ではない川なのですが、それが渋谷っぽくていいんですよね。《渋谷ストリーム》ができることで、渋谷川に対面するビルが一気に綺麗になるわけではないし、両者のギャップがかえって渋谷らしさでもあるんです。だからこそあれだけ駅に近いにも関わらず、裏側、キワにある場所だということは意識していました。表側にはならないという立ち位置がこの場所の良さだと思います。

再生された渋谷川 [ Photo by CAt ]

岩元:今の話の、新しさと味のある古さが同居する感覚、なつかしくて未来っぽいという感覚はとても面白く、2020年に再びオリンピックが開催されるという時代背景とも関係しているように思います。渋谷という存在自体が多様であり、センター街や109などとはまた違う渋谷の魅力が発掘・継承されて未来に向かっていくという感じが《渋谷ストリーム》にはあります。建築家が集合して渋谷全体を大改造するという枠組みのなかで、大きな都市の一部分として何をすべきか考えたということですね。

赤松:渋谷全体を同じようなテイストで開発してしまうとそれこそ渋谷らしくなくなってしまいます。それぞれの場所でそれぞれの人が設計していくことの面白さがあって、それらを統合して全体で整合されていく。渋谷の再開発において、デザイン会議があり、そして複数のデザインアーキテクトが集まるという手法は、渋谷規模の都市をつくるあり方としては非常に面白いですし、意味のある方法だと思います。渋谷は谷地形なのでなかなか全体がつながっていきにくい。そこをあるレベルでつなぎ、そこからどんどん流していこう、そして渋谷は目的地になるのではなくここから様々な地域に流れていくようにしたいということがデザイン会議でも議論されました。今回であれば国道246号線と首都高で分断されていた状態に「流れ」が生まれ、代官山や恵比寿の方にも人が流れていくようになったことは大きいと思います。このように《渋谷ストリーム》が人の流れのハブになることを考えていました。

和田:渋谷は谷地形に高密なインフラが集積していて、新しいインフラもあれば古いインフラもありますが、長らく工事中だった場所がだんだん明らかになってきて、ようやく渋谷のインフラを空間的に体感できる状況になってきました。《渋谷ストリーム》を契機にして、渋谷という都市の全体像が目に見えるようになってきた。

岩元:渋谷にはQ-frontや109といったアイコン的な建築はありますが、内部空間が豊かな建築は少なかったと思います。学生がはしゃいだり、若者がデートしたりといった街路の活動、つまり雑踏が建築空間として立ち現れたのは渋谷史上初ではないでしょうか。渋谷にとって画期的なことが起きたのだと思います。

能作:渋谷だけではなく、世界のグローバル地域の文脈の中でも非常に価値のあることだと思います。

和田:最後に、渋谷の開発はまだこれからもつづいていきますが、これからの渋谷はどうあるべきだとお考えでしょうか。

座談会の様子

赤松:渋谷は雑多でちまちまとしていて、行くと何かがありそう、ということが潜在する場所だと思います。ハロウィン騒動のようなことはあってはいけないことではありますが、何か変なことが起こりそうな街という要素は必要なのだと思います。酔っ払いが寝ているかもしれないし、学生が飲み会の後に集まってガヤガヤしていたり、女子高生が買い物していたり、そういう雑多な要素を持ちながら、ただ単に安全でクリーンな街になるのではなく、怪しい危険さも持ち合わせた場所であってほしいと思いますね。


赤松佳珠子
1968年東京都生まれ。建築家。1990年日本女子大学家政学部住居学科卒業後、シーラカンス(のちC+A、CAt)に加わる。2002年よりパートナー。主な受賞に、村野藤吾賞、日本建築学会作品賞、AACA賞(日本建築美術工芸協会賞)、公共建築賞、日本インテリアデザイナー協会賞大賞など多数。現在、CAtパートナー、法政大学教授。

和田隆介
1984年静岡県生まれ。明治大学大学院博士後期課程在籍。2010年千葉大学大学院修士課程修了。2010-2013年新建築社勤務、JA編集部・a+u編集部・住宅特集編集部に在籍。2013年よりフリーランス。主なプロジェクトに、『LOG/OUT magazine』(RAD、2016-)の編集・出版など。

伊藤孝仁
1987年東京生まれ。建築家。東京理科大学工学部建築学科卒業、横浜国立大学大学院Y-GSA修了。乾久美子建築設計事務所勤務を経て、2014年にトミトアーキテクチャ設立。2015年から東京理科大学工学部建築学科設計補手SD REVIEW2017入選。主な作品《CASACO》(2016)、《真鶴出版2号店》(2018)など。

岩元真明
1982年東京生まれ。建築家。2008年東京大学大学院修了後、難波和彦+界工作舎勤務。2011–2015年ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツのパートナー兼ホーチミン事務所所長。2015年首都大学東京特任助教、ICADAを共同設立。現在、九州大学芸術工学研究院助教。主な作品に《節穴の家》(2017)、《Glampool》(2018)など。

川井操
1980年島根県生まれ。専門は、アジア都市研究・建築計画。2010年滋賀県立大学大学院博士後期課程修了。博士(環境科学)。2013–2014年 東京理科大学工学部一部建築学科助教。2014年−現在、滋賀県立大学環境科学部環境建築デザイン学科准教授。

川勝真一
RADディレクター/リサーチャー。1983年兵庫県生まれ。2008年京都工芸繊維大学修士課程修了。2008年RAD開始。

辻琢磨
1986年静岡県生まれ。2010年横浜国立大学大学院建築都市スクールYGSA修了。2010年 Urban Nouveau*勤務。2011年よりUntenor運営。2011年403architecture [dajiba]設立。2017年辻琢磨建築企画事務所設立。現在、滋賀県立大学、大阪市立大学、武蔵野美術大学非常勤講師。2014年《富塚の天井》にて第30回吉岡賞受賞。

能作文徳
1982年富山県生まれ。建築家。2012年東京工業大学大学院博士課程修了。博士(工学)。現在、東京電機大学准教授。2010年《ホールのある住宅》で東京建築士会住宅建築賞受賞。2013年《高岡のゲストハウス》でSDレビュー2013年鹿島賞受賞。主な著書に『コモナリティーズ ふるまいの生産』(共著、LIXIL出版、2013)、『シェアの思想/または愛と制度と空間の関係』(共著、LIXIL出版、2015)。第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築出展(審査員特別賞)。

吉本憲生
1985年大阪府生まれ。専門は、近代都市史、都市イメージ、都市空間解析研究。2014年東京工業大学博士課程修了。同年博士(工学)取得。横浜国立大学大学院Y-GSA産学連携研究員(2014–2018年)を経て、現在、日建設計総合研究所勤務。2018年日本建築学会奨励賞受賞。

大階段上からアーバンコア を望む [Photo by CAt]