日時:2021年1月11日@ZOOM
ゲスト:大野 友資(DOMINO ARCHITECTS代表)|山代 悟(ビルディングランドスケープ共同主宰、芝浦工業大学建築学部教授)
聞き手:川勝 真一|水谷 晃啓|川井 操|能作 文徳(建築作品小委員会)
水谷|コンピュータ技術の進化を背景にコンピュータ上でのデジタルモデルを使ったスタディが台頭してきましたが、コロナ禍以降は実務でも教育でもその勢いが加速し、フィジカル模型でのスタディとデジタルモデルを使ったスタディが並列的に扱われるような状況が生まれました。デジタルモデルの作成には、大きくわけてモデリングとレンダリングの作業がありますが、ゲームエンジンやリアルタイムレンダリングといったモデリングとレンダリングが同時並行的に処理される即時的なツールが導入されるようになったことで、モデルを「つくる」=モデリングと「みせる」=レンダリングの境界が融解しはじめています。また、フィジカル模型であれデジタルモデルであれ、それを「つくる」際の条件、即ちフィジカル模型であれば材料、デジタルモデルであればソフトフェアのツールが、スタディ方法や造形に影響を及ぼしてきたように思います。例えば、スチレンボードのような加工性の高い素材が妹島和世さんのスタディ手法を可能にし、3Dソフトフェアが台頭してきた時代から「ベジェ曲線」のようなプランや「押出しツール」のような造形が目立つようになりました。
本日は、コロナ禍以前より実務・教育の両面から多様なデジタルツールを援用しつつ、モデルを「つくる」・「みせる」ということを実践されてきた山代 悟さん、大野 友資さんをお招きして、コロナ禍以降により顕在化したフィジカル模型でのスタディとデジタルモデルを使ったスタディが並列的に扱われる状況が作品や作家性にどんな影響を与えるのかを考えたいと思います。
モデルのマテリアリティ
川勝|模型は、道具、表象、もの、情報の間に位置するような非常に多義的で、曖昧な存在です。また役割や目的にも、建築家が案を検証するためのスタディ模型、第三者に説明するためのプレゼン模型や竣工模型、さらには模型自体が一種の表現となるようなコンセプト模型などがあり、場面に応じて使い分けられています。近年では対話のためのツールとしてワークショップなどでも用いられることもあります。それぞれの場面において、デジタルなデジタルモデルが活発に利用されるようになってきましたが、お二人がデジタルモデルを設計に使われるようになったタイミングや、そのときに考えられたことなどをお話しいただけますか。
大野|最初のキャリアがポルトガルの設計事務所でした。はじめインターンとして事務所に行くと、日本人だからということで模型室に送り込まれました。もともと模型をつくるのは好きでしたが、最初向こうの模型の作り方がこっちと違うことに驚きました。スコヤもないんですよね。そういう道具を使わずに、石と三角定規を使って垂直を出していたり、使う模型材料やボンドの種類も違いました。模型職人として雇われていたスタッフに色々と技術を仕込まれたのですが、それはいい経験でした。ポルトガルの建築家アルヴァロ・シザを始めとしたポルト派と呼ばれる建築家たちは、主な模型にスタイロフォームを使い、最初にマッスありきの作り方です。それに対して、私がいたリスボンのカヒーリョ・ダ・グラサ・アルキテットスでは、アートボードという2mmくらいの板材を主な模型材料として使っていました。そうすると模型は自然と面の組み合わせで表現されることになり、それが建築の形態にも反映されていきます。元々ある道具や手数を制限することで、何が出来上がるかをコントロールしようとしていた。検証のための模型は物性と切り離せず、メディウムが変わるだけで異なる建築文化が生まれるのだと感じました。
日本に戻ってからnoiz architectsに参加し、そこで初めてライノセラスなどの3DCADを使うようになりました。最初の現場が台湾の地下空間をコワーキングスペースに改修するという仕事でした。既存図面がなく実測して描き起こしたのですが、躯体の不陸もすごいので、工場で家具をつくって持ってきても絶対に収まらない。締め切りも迫ってきたので、登場したばかりのグラスホッパーというツールを使って、現場で不都合が出ればすぐに修正できるようなプランをつくりました。現場では平面図や展開図などの図面は用いず、デジタルモデルで検証し、そのデータがそのまま加工データになります。いちいちフィジカル模型で検証できないような状況に置かれ、時間に追われながら死に物狂いで新しいツールを覚えました。
山代|わたしは学生時代にCGとかデジタルモデルを使うようになった最初の世代だと思います。研究室にアメリカから輸入された初期バージョンのformZがあり、それで卒業設計のボリュームモデルをつくって、卒業設計のプレゼンパネルに貼りました。一度モデルをつくれば、いろいろなアングルからパースがつくれて便利だと感じた記憶があります。その後、槇総合計画事務所に入所し、最初に関わったのがドイツのブレーメンのコンサートホールのコンペでした。池田靖史さんがチーフのチームで、ホール内部の気積が観客一人当たり何立方メートルになるかを計算させながら形状を調整するということをやっていました。
大野|パラメトリックデザインですね。
山代|はい、初歩的な。その後は、いろいろな実務を身につけたかったので、デジタルモデリングそのものはあまり関わらなくなりました。槇事務所は、精密で素材感を抽象化しないリアルな模型をつくっていたので、自分も独立してビルディングランドスケープを設立した後も、スタディの中心はフィジカル模型でした。デジタルモデルを活用するようになったのは、大連理工大で教えるようになってからです。大連で先生をしながら、東京で設計事務所をやるという状況で、フィジカル模型ではいくらよい摸型を作ってもらっても確認できないので、日常的にデジタルモデルやCGを使ってスタディするようになりました。最初はレンダリングしたもののスナップショットを送ってもらっていましたが、それだとよくわからないので、モデリングデータ自体を送ってもらい、その中で1時間くらいかけて歩き回るようになりました。自分で3Dのデータをつくるわけではなく、検証のために見るだけです。最近は、VRヘッドセットを使っていますが、ゆっくりと時間をかけて見る、インタラクティブに見るということが、フィジカルであれデジタルであれ大事なのではないでしょうか。
大野|フィジカル模型とデジタルモデルの違いで一番意識しているのは、複数人で検証をするときの距離感です。フィジカル模型は第三者が自分の見たい部分を自由に見ることができます。フィジカル模型を囲んで検討をしていると、自分が気づいていないことや気にしていないことを、他人が異なる解像度で指摘してくれることがよくあります。それに対してデジタルモデルは、通常はモデルを操作する人が一人なので、複数人で検証をするときでも操作者が見たいところをみんなで見ることになります。今後、マルチVRによって、各々が異なる視点から同時にデジタルモデルを体験できる技術が普及すれば、フィジカル模型と同じような使い方もできるようになると思います。それぞれの視点が独立した状態で、一つの空間の中に入ると合意形成を取りやすくなるのではないでしょうか。山代さんは、どれくらいのタイミングからヘッドマウントディスプレーで見ていますか。
山代|最初のスケッチ模型からです。ボリュームだけといった模型はあまりつくらないので、躯体しかないモデルからですね。ケースによりますが、例えば Rhinoでスタッフが作成したモデルを、自分がビューワーとして使うのに慣れているSketchUp形式にして送ってもらったものを、SketchUp VRで見るといった流れです。遠隔でやる場合は、Zoomで繋ぎながら僕がSketchUp VRで見ている画像をスタッフと画面共有し、ここはどうなっているのか、どう収まるのか、何が見えるかなどを話しながら進めています。
川勝|大野さんがおっしゃるように、模型をつくるマテリアルが建築に影響するというお話は重要だと思います。先日、分離派建築会の展覧会を観にいきましたが、彼らもオーギュスト・ロダンやアレクサンダー・アーチペンゴらの近代彫刻に触発され、粘土で模型をつくることで、新しい時代の建築造形を生み出そうとしていた。フィジカルモデルからデジタルモデルに置き換わったとき、そこにはもある種のマテリアリティを想定することができるのでしょうか。
大野|わたしにとってデジタルデータというのは、出力ボタンを押す直前まで変えられる柔らかな物性を持っているモヤモヤしたものです。スケッチを描くようにいつでも変えられるし、誰かに見せる直前まで変形している可能性があります。実際、プレゼンしながらモデルを変えていくこともあります。これは建築史家のマリオ・カルポが言っていることですが、お金も最初は形あるものだったのが、紙幣になり、クレジットカードになり、最後はデータになるというように、どんどんと柔らかくなっていきます渋谷のスクランブルスクエア内に《渋谷キューズ》という共創施設を設計しましたが、できるだけデータが柔らかいまま最後まで進められるようにデジタルモデルを主なスタディ手段としていました。お見せしているのは、プロジェクトのデジタルモデルですが、打ち合わせ中にリアルタイムで壁の位置や天井高、仕上げの素材や家具の大きさを変えながら検証を進めていきました。。デジタルモデルとは別で、運営などのオペレーションを検討するために3’×6’板程の大きさのフィジカル模型もつくっています。設計の打ち合わせはデジタルモデルでできますが、空間をどう使うか考えるためには一人称視点のまま見ていても検証に限界があるので、対象を客体化しておく必要がありました。。
見えないものを見る力
川勝|デジタルモデルは客体化が難しいということですが、ピーター・アイゼンマンは模型のことを「想像を絶するものを可視化し、予期せぬものに空間を提供する」と言っています(※1)。デジタルモデルでは、このように設計者の予想していないような発見を生み出すことはできるのでしょうか。
大野|わたしは自分でつくったデジタルモデルを自分で見ていて、山代さんは人がつくったデジタルモデルをナビゲーションして確認しています。そこには批評的な目があるので、誰かにデジタルモデルを渡してチェックしてもらえると、限定的には模型と同じ使い方ができると思います。とはいえ、この場合もデジタルモデルのオペレーターは一人なので、その人の見ているものをみんなで見ることになります。複数の人が同時にオペーレーションできて、この人はエントランス、別の人は動線というように視点が複数化できるのが、フィジカル模型のおもしろいところかなと思います。
川勝|視点とオペーレーションの両面で複数性を確保するというのが重要ということですね。
水谷|フィジカル模型は建築教育を受けていない人にも分かりやすい媒体だと思います。一方で、グラスホッパーなどのソフトウェアを使うと、大野さんが言われるような柔らかな物性をもったデジタルならではの合意形成プロセスを生み出せたりする、建築を見る力や建築教育によって会得される身体感覚のようなものがデジタルで補完されるということが、技術と裏腹にあると思います。このモデルをみる力について考えるときに、山代さんが以前書かれていた「A:模型の情報量」X「B:模型を観る能力」X「C:模型を観る時間」という図式はヒントになると思いました。。(https://note.com/syamashiro0531/n/ne5ae9ee69cf1)
山代|模型をスタディツールとして捉えた場合ですが、「A:模型の情報量」についてはリアルな方がフィードバックを受けやすいといえると思います。「B:模型を観る能力」というのは、描かれているものだけを見ていても意味がなくて、問題意識を持って、描かれているものの裏にある構造や設備、ディテールについて想像する能力がなければ何も見ていないのと同じです。最後が「C:模型を観る時間」です。できるだけ長くということですね。その3つの積を最大化することが重要だと思っています。自分の場合はマンパワーも限られていますし、基本設計では大きな空間構成や構法の構成を確かめることが中心になるので、往々にしてAの値は小さくなります。Bは個人の経験や資質によるのでそれぞれ磨いてもらうとして、あとできることはCを大きくするということですね。そうやってスタディの質をあげています。
川勝|「長く観る」ことで、先ほどの視点を複数化することに接続できるのかもしれないと思いました。つまり、過去の自分は、今の自分とは異なる他者性を帯びていると言う意味においてです。。時間について考えると、結果までの「遅さ」ということも重要ではないでしょうか。操作性がよさすぎて、すぐに結果が出るようなインプットとアウトプットしかない世界では、ある種の余剰や思考の逡巡、ズレのようなものが生まれにくい。そう考えると操作性をどう操作するかが、個々の建築家の創作にも大きく影響しているように思います。
山代|結局、長く考えないといいものにたどり着かないと思うんですよね。一瞬で図面が仕上がったとして、その余った時間を何に使うのかが大切です。レンダリングの結果がすぐにわかるのは嬉しいですが、建築のコアな部分を決めるときはどれだけ長い時間とエネルギーをかけて考えるかが大事ではないでしょうか。早く終わればその余った時間で、もう一回考えるというくらいに。
能作|私はデジタルモデルも模型も検討に使いますが、コロナの影響でスタッフがリモートワークをしていた時期にデジタルモデルを模型っぽくして検討していました。それを今の話題を踏まえて話すと、設計の初期段階ではリアルなテクスチャーを貼ってしまうとピンとこないことがあって、バルサ材やかすみ草をデジタルモデルに使ってみました。情報量というときにリアルなものというよりは、そのフェーズに応じてで適した情報量があると思いました。3Dモデルが使えるからこその模型の新しい魅力や使い方についてはいかがでしょうか。
大野|もともと模型が好きなので、デジタルモデルとは別でフィジカル模型もたくさんつくっています。あまりテクスチャーを入れずに白模型で検討し、テクスチャーはデジタルモデルを使って検証を進めることが多いです。このように、僕の中ではフィジカル模型とデジタルモデルは明確に役割が違います。最近、大きな模型をつくるために部屋を借りました。インテリアの仕事も多いので、そこではモックアップをつくったり、新しい素材の開発などをしていて、模型だけというよりフィジカルにスタディするワークショップとして使っています
リノベーションとデジタルモデル
川井|大野さんが最初にグラスホッパーを使われたのが、台北のリノベーション物件だったという話が大変興味深いです。現在、リノベーションの建築作品では痕跡や履歴を設計につなげるという手法が見受けられますが、その際に模型でどうスタディすればよいのかという声を耳にします。それに対してデジタルモデルは、リノベーション時代の建築スタディに向いているのではないかと感じました。
大野|先ほども話しましたが、デジタルモデルでは一人称に近い設計の仕方ができると思います。オブジェクティブと言うよりはサブジェクティブ。既存のベースモデルを立ち上げてその中で何をしていくかという感じです。なのでリアルな現場でDIYするのと、3Dの中でインテリアを考えていくのは、思考方法や見えている世界観は近いのではないでしょうか。3DモデリングとDIYは非常に相性がいいでしょうね。
川井|テクスチャーのスタディでも相性が良さそうですね。
大野|自分でスタディする上では十分使えると思います。先ほどお見せした3Dモデルの抽象度合いもコントロールしていて、少し前の段階では抽象的な色紙のようなテクスチャーで表現しています。
川勝|DIYやセルフビルドというのは、最後までなるべく決めたくないというか、現場で調整できるようにしておきたいという考えもあると思います。それは先ほどの「柔らい」ということともつながるように思いました。もしかしたらそれは、決定のスパンをこれまで以上に微分化するということで、だからこそリノベーションとか参加型の建築においては、柔らかな可変性を持ったデジタルモデルが有効になるのかもしれません。
山代|実際のプロジェクトではまだ取り組めていませんが、3Dスキャナに興味があって使ってみたいと思っています。リノベーションで現場の状況を記録することもそうですが、災害の状況も含めて、街の記録を撮っておくことができないかなと思っています。街のようなものについて分析的に理解しようとするには、着眼点を決めて特定のパラメーターから分析というように、複雑なものを単純化せざるを得ませんでしたが、点群データを用いて、複雑なまま分析する方法はないものかと思っています。抽象化せざるを得なかった情報を消さないで、設計に取り込むことができる。リノベーションスケールの設計手法としてもですが、都市や街路のスケールで活用できないかなと思うところです。
大野|デジタルモデルにもフィジカル模型にはないおもしろさがあって、グラスホッパーなどを併用すると設計に用いている様々なパラメーターが変わった時に空間がどう変化するかシュミレーションできます。例えば、あるランドスケープのプロジェクトではどういう植栽帯の形状にしたら緑地率をクリアできるかを、ヴィジュアルでスタディできるようなプログラムをつくりました。緑地率は都や区で設定が異なっていて法規のルールが複雑なのですが、緑地率というパラメーターを動かしながら、ヴィジュアルで緑地形状の変化する様子を確認できると、これくらいの面積は緑地に使わないといけないという感覚をみんなで共有することができます。動的なスケッチというか、モヤモヤとしたダイナミックなイメージの共有ができるということに、可能性を感じています。
川勝|情報の量だけでなく、質が変化することで、モデルの可能性が広がっていくとも言えそうですね。
デジタルモデルの自律性
水谷|わたしが初めてきちんとデジタルモデルのことを考えたのは、2011年の森美術館でのメタボリズム展の時でした。丹下健三研究室の「東京計画1960」はすごくシステマチックにできているので寸法や配置のルールさえわかれば再現していくことが可能でした。その過程で思ったのは、メタボリズムのように方法論がしっかりしているとフィジカル模型のつくられかたも解読できるし、デジタルモデルでの再現もしやすい。当時はまだGrasshopperに出会う前で、Bentley Systems社のGenerative Componentsというツールでスクリプトをつかってデジタルモデルをつくっていましたが、このデジタルモデルのつくりかたはメタボリズムの構成と結びついていると思いました。現在では、好みはあるにしろ、フィジカル模型かデジタルモデルかという二者択一ではなく、どちらも使うのが自然なことになっています。引き出しというかスタディのための手法がひとつ増えたとも言えますが、そのとき、建築家としての職能や作家性の変化とについて何か思われていることはありますでしょうか。
大野|作家性というのはあまり考えたことがないのですが、デジタルツールは意識して選ぶというよりも、実務を通して自然とそこにあったものでした。今では紙にペンで手描きすることと、モニターにマウスでモデリングすることの差はあまり意識していません。興味があるということで言うと、デジタルモデルの実存性が気になっています。少し前に《BABEL》という架空のホームセンターをデジタルモデル内につくりました。自分が使ってきた金物の3Dデータを、同じ空間内に並べて配布できないかというのがきっかけです。ホームセンターというメタファーで空間の中に入れると、比較・検討ができるようになるおもしろさが生まれます。ボルヘスのバベルの図書館を空間のメタファーとした、増殖するような建築ですが、配布するときに3Dデータだとよくわからないだろうなと思って、竣工写真を撮影しました。デジタルモデルの空間に写真家に入ってもらい、現実と同じようにライティングやカメラのイメージセンサーなどの設定をしながら撮影しています。これはプレゼンテーションとも違って、実存性を補完するためのマテリアルという認識です。 BABELは自主制作でしたが、現在、クライアントワークとして架空のギャラリーの設計をしています。これまでもプロジェクトとセットになった架空の空間というのはあったと思いますが、このギャラリーは貸しギャラリーのように使われていって、定期的に展示が入れ替わります。展示販売されるのは実際に存在するアート作品です。竣工した3Dモデルを納品することで、別の人がその中で会場構成したり、撮影することを想定している点がユニークだと思います。
川勝|大野さんがつくったデジタルモデルを、別の人が会場構成するというように、つくったものを自分の手から離しているのがおもしろいですね。それは作品性、あるいは自律性ということと関係するのではないかと思いました。カナダ建築センターのキュレーター、ハワード・シューバートは、「建築家のオフィスにいるとき、模型は変更されたり、修正されたりする可能性があるため、まだ「生きている」のであり(中略)模型はいったん博物館に入ると貴重なものとなり、それゆえにそのオーラを放っている」(※)と述べています。やや近代的な考えかもしれませんが、建築家がデジタルモデルの操作可能性を手放し、他者を介在させるというのは、デジタルモデルあるいはデジタルな空間の自律性と結びつく議論だと思いました。
大野:先日出版された『建築情報学へ』という本の中で書いた文章でも自律性ということについて触れています。コンピュータでつくられた空間やモデルは、原理的にはすべて誰か(何か)につくられたものなので、意図の塊だと思っています。それに対して模型のよいところはエラーが起きても存在できるところで、これこそ模型が建築家から自律しているからこそ生まれるものです。そういう情報が現実にはいろいろあって、トマソン的なものはデジタルモデルでは起こりにくい。それはすべてを操作している神がいるから。トマソンやオーパーツのように情報として自律した存在がデジタルモデルの中に生まれるようになると、おもしろくなりそうだなと思っています。
山代|自分でデータをつくっている人と、見るだけの人は違うんだなと改めて思いました。最近は構法の開発をベースに中大規模木造の普及促進につながるためのプロトタイプ性を意識した設計に取り組んでいますが、そこでは材料の特性や供給、構法面の制約があって、自由に造形するためというより、デジタルモデルは検証のために使っています。将来的にはこうした制約をAIプログラムに組み込んだCADをつくれば、断面形状を変えると部材や接合部の選択肢がいくつか示されるなど、設計を支援してくれるようになるかもしれない。そんなパラメトリックな処理をしてくれる設計支援ツールが自分の将来の目標なんだなとこの対談を通じて気付かされました。
川勝|中規模木造というマテリアルと構法が強く結びついている建築に対して、同様のマテリアリティを有した3DCADをつくるというのはおもしろいですね。
山代|もちろん自由な造形をコンストラクションに持っていくというアプローチもあるでしょうし、逆方向で実際のコンストラクションの制約を元にしたプログラムもあると思います。
水谷|僕もコンピューターで設計しようという意識はありますが、最初に手法や構成をスクリプトに置き換えるというところでコンピューターに出会っているので、図面を描くプロセスを一度プログラムに置き換えて、そこで描けることと描けないことを意識的にやっています。フィジカルモデルであれデジタルモデルであれ、構成やつくる仕組みを一度外に出すということをした先は、製図すること以外にはコンピュータはあまり使っていません。今日お二人をお呼びしてよかったなと思うのは、コンピューターやプログラミングの力をどのように援用するかの違いが作家性にダイレクトにつながるというよりも、援用するタイミングの選び方やスタディのプロセスの中にコンピュータの力をどう援用するか、そのコンピュータを援用したスタディプロセスの組立て方に注目すると、作家性が立ち上がると思えたからです。最先端の技術を使って設計していますというような技術自慢ではなく、デジタルモデルとの付き合い方に作家性がにじみ出るというあたりが今日の大きな発見でした。
大野 友資
DOMINO ARCHITECTS代表。1983年ドイツ生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、東京大学大学院修士課程修了。カヒーリョ・ダ・グラサ・アルキテットス(リスボン)、ノイズ(東京/台北)を経て2016年独立。2011年より東京芸術大学非常勤講師を兼任。
山代 悟
1969年島根県生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院修士課程修了。槇総合計画事務所を経て、ビルディングランドスケープ設立。2017年より芝浦工業大学建築学部建築学科教授 。博士(工学)。2017年 木材活用コンクール林野庁長官賞、2019年ウッドシティTOKYOモデル建築賞 最優秀賞(みやむら動物病院)。2015年大分県木材会館プロポーザル最優秀賞。2017年甲佐町住まいの復興拠点施設整備事業プロポーザル最優秀賞。
川勝真一
1983年兵庫県生まれ。RAD(Research for Architectural Domain)ディレクター、オフセット共同代表。京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。同大学院工芸科学研究科博士後期課程単位取得退学。建築に関する展覧会のキュレーションや出版、市民参加型の改修ワークショップの企画運営、レクチャーイベントの実施、行政への都市利用提案などの実践を通じ、 建築と社会の関わり方、そして建築家の役割についてのリサーチをおこなっている。現在、大阪市立大学、京都精華大学、摂南大学非常勤講師。
水谷晃啓
1983年愛知県生まれ。建築家。博士(工学)。2013年芝浦工業大学大学院博士(後期)課程修了。2009年隈研吾建築都市設計事務所(プロジェクト契約)。2010〜14年SAITO ASSOCIATES。2013年芝浦工業大学博士研究員。現在、豊橋技術科学大学大学院准教授。東京電機大学、芝浦工業大学非常勤講師。
川井操
1980年島根県生まれ。専門は、アジア都市研究・建築計画。2010年滋賀県立大学大学院博士後期課程修了。博士(環境科学)。現在、滋賀県立大学環境科学部環境建築デザイン学科准教授。
能作文徳
1982年富山県生まれ。建築家。2012年東京工業大学大学院博士課程修了。博士(工学)。現在、東京電機大学准教授。2010年《ホールのある住宅》で東京建築士会住宅建築賞受賞。2013年《高岡のゲストハウス》でSDレビュー2013年鹿島賞受賞。第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築出展(審査員特別賞)。第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展出展。