再建築困難な斜面地と向き合う ── 尾道

Facing the sloping ground where re-construction is difficult ── Onomichi[201812特集:動的な歴史的市街地の再読]

渡邉義孝
Nov 30, 2018 · 11 min read

0.イントロダクション

広島県の東部に位置する尾道市は瀬戸内海に面した坂の多い街である。平安末期に荘園の積み出し港として開港した長い歴史を持ち、中世は足利家の庇護のもとに、また近世からは銀の運搬や北前船の寄港地として栄えた。近代以降は金融・物流の拠点として、また造船業も発展し、風光明媚な山海の情景は今も観光客を引きつけている。

1.尾道の歴史的市街地保全の背景

千光寺山、西國寺山、浄土寺山を「尾道三山」と呼ぶ。その南斜面一帯を山手(やまて)と称するが、そこにはりつくように、寺社・民家・洋館そして洋館付き住宅が密集し、独特な都市景観を形成している。山は古来から聖域であり住宅建築が制限されてきたが、明治24年の山陽鉄道(JR山陽本線)敷設で立ち退きを強いられた人びとに開放されたことを契機に居住域が広がった。また、豪商や名家が山手に「茶園(さえん)」を建てることが流行し、明治・大正・昭和戦前期にかけて多様な建築群が建ち並んだ。戦後は復員兵のためのバラック建築も急増するなど、各時代の特徴を色濃く残す建築遺構が残る。斜面地の多くは自動車も進入できない急斜面であり、法的にも大規模な更新や再開発が困難なこと(建築基準法の接道義務や、崖地安全条例による建築行為制限等)から、旧情がよく保たれているのである。「開発圧力がほとんどない」斜面地ゆえに、「残らざるをえなかったまちなみ」という背景を、議論の前提として理解されたい。

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千光寺の南斜面の様子。無接道または崖地のために建築の更新が困難である

では平地はどうであったか。旧山陽道と出雲街道(長江通り。別名銀山街道)の交点を中心に、近世の埋立地が尾道水道に張り出す形で現在の市街地が形成されたが、その多くはいまだに「ウナギの寝床」状の近世の地割りがそのままになっている。海岸に平行に走る本通りでは、間口が狭く、奥行きがきわめて長い(50mにおよぶ箇所も)短冊状の敷地形状と、直交する復員の狭い小路(しょうじ)という条件のために、更新や開発が困難であったという事情がある。

このように斜面地も平地も、それぞれの条件からともに開発圧力から比較的自由であったというのが尾道市の中心市街地の歴史的背景である。それは今後の法改正などによっても劇的に改善される可能性は低いだろう。

Googleより。狭い間口と長い奥行きの、近世の地割りが残る尾道市中心部の本通り

2.開発圧力のない中での「保全」

前述した背景によって、尾道の中心市街地・斜面地は、独特の都市景観を形成してきた。

A:中世以降の寺社(国宝の浄土寺本堂・多宝塔、重要文化財の同阿弥陀堂や西郷寺本堂など指定文化財)に加え、近代以降に建てられたB:茶園建築、C:洋館、洋館付き住宅などの近代建築群、バラック建築や高度成長期の住宅を含むD:その他の建築、に大別できよう。それらの多用な建築の混在がその特徴と言える。

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浄土寺の境内
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茶園建築のひとつ、小林邸
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山城戸荘
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西土堂町の住宅群

これまで、大きな人為的・社会的な破壊の危機はほとんどなかった。それらは開発されないがゆえに残った。「保全した」のではなく、「残ってしまった」「保全されてしまった」とも言える。そしていま、その少なくない部分が、空き家となるという新たな問題を露呈している。

斜面地の建物は、いったん崩壊してしまうと、再建築は困難である。「壊れたらおしまい」なのである。雨漏りや動植物の侵入によって不可逆的な劣化が進めば、そこは空き地になってしまう。「尾道の顔」である斜面地の魅力は、永遠に失われることになる。そして、すでに尾道駅の裏手には、そうした空き地が次々と拡大しているのである。

これこそが、ほかの街と異なる、「『敵』がいない中での建物保全」という尾道独特の課題と私が考えるゆえんである。

3.NPO法人尾道空き家再生プロジェクトの活動

筆者が所属する認定NPO法人「尾道空き家再生プロジェクト」(通称「空きP」)は、そんな尾道の変化に危機感を持つひとりの主婦の決意から生まれた。

尾道市出身の豊田雅子氏(当時33歳)は、大阪で旅行会社の添乗員として世界を旅する生活をしていたが、母親の体調悪化に伴い帰郷する。そこで空き地に蝕まれる尾道の現状にショックを受けたという。高校時代から気になっていたという1軒の洋館付き住宅を内見する機会があり、「一目ぼれして購入」してしまう。これが通称「尾道ガウディハウス」。2007年のことである。

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尾道ガウディハウス

この建物のゴミ出し、掃除、再生に奮闘する彼女の周囲に仲間が集まり、やがて空きPが生まれることになるのだが、団体としての性格は多分に豊田氏の個人的属性に因るところが多い。それは「古いものが好きという感性」であり、「歴史的建造物のある町こそが『世界から人を呼び、栄えていく』という信念」である。その根底には「人の手によって造られた建築に対する愛情」があり、そこに普遍的な価値を見いだす審美眼と換言することもできよう。任意団体として発足した空きPは、翌2008年にNPO化。2009年には尾道市から空き家バンク事業を受託することになる。

空きPは、2018年までの12年間に、直営で約20件を、また空き家バンクでのマッチングにより移住者の手になる約90件の、合わせて約110件の空き家を再生したことになる。空き家再生を担う民間団体としては比較的「成功」している事例と言っていいだろう。

さて、「移住」「空き家再生」の動きは、歴史的景観や歴史的文脈とは本来、性格を異にするものである。しかし尾道では、その両者が「統合」されている、と筆者は感じている。

第一に、直営・バンク紹介物件を問わず、少なくない建築物が歴史的建造物であり一定の文化財的価値を有しているものであるからである。第二に、再生した当事者がそうした魅力を減じることなく魅力的に保全して利活用しているからである。第三に、再生された元空き家の多くが、尾道の都市景観にとっての新たな資源になっているからである。

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尾道ガウディハウスの円窓
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松葉型の竿縁
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1階の台所のタイル張りの竃。こうしたディテールを豊田代表はこよなく愛し、その魅力を発信し続けている

それはなぜ可能であったのか。

理由のひとつめは、インテリアコーディネータの資格を持つ豊田代表だけでなく、複数の建築士や数寄屋大工・左官職人など建築専門家を多く擁している空きPの属性がある。そのことが、「この建物のどの部分が歴史的価値を有しているか」を明確にし、逆に「思い切って改変してもよい部分」を提案できるのである。

ふたつめに、「空き家に関わろうとする間口が広い」ことを挙げたい。団体紹介のチラシには、「空き家×?」と大書されている。「?」には、建築、アート、観光、コミュニティ、環境の5個のジャンルを列記している。ひとつでも関心のあるテーマがあれば参加しやすいということであるが、そのコンセプトの提示が、それぞれのジャンルでの「より上質な生活」「より良質な活動」を惹起させ、共通する美意識を再生の営為の中に具備させているのではないかと思われる。

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戦後の商店建築であった北村洋品店は豊田代表がガウディハウスに次いで個人で購入した物件。文化財にはせず、外観はセルフビルドで大胆に改変、鱗張りはアーティストの作品でもある
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登録有形文化財みはらし亭は、文化財保護法に基づき外観の1/4未満の範囲で仕様を変えたが、尾道に多いドイツ壁を採用した
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登録有形文化財のガウディハウスは現況のままの復原の方針とした。劣化した銅製横樋はそのままとし、内部に塩ビ製樋を嵌め込む手法を採用

みっつめとして、尾道建築塾の継続を強調したい。尾道の歴史的建造物や都市景観の魅力を市民に伝えていくことを目的とし、まちあるきや作業体験をメニューに団体設立当初から毎年欠かさずに実施しているものである。連続して受講する参加者もおり、「見慣れたまちなみの新たな魅力に気付いた」「神社仏閣だけでなく、近代のB級C級の建物にも価値があることを知った」という感想が寄せられている。私たちは、建物に対する地元住民の理解の促進が、永続的な歴史的景観の保全に不可欠であることを痛感している。それがいつか、「ボロボロだけど、これは壊してはならないのではないか」という気づきにつながることを信じているからである。

4.現状と課題

若者を中心に再生熱が高まり、この1年間だけで15人もの新生児を数える「移住ラッシュ」の斜面地だが、まだ400から500もの空き家があるとされる。そしてその数は、今後ますます増大することは確実である。しかし一方で、「空き家を探している」移住希望者も1000人を超す。つまり、すでにある空き家を、バンクに登録できていないことが大きな問題なのである。空き家を「ひとさまに売る、貸す」ことを妨げる要因は、「親族全員の同意」「ゴミの放置」「盆暮れに使うかも、という懸念」などがある。斜面地の多くは寺地であり、借地にウワモノを建てているケースが多い(相続する資産価値に欠ける)ことが、物件の流動化につながっているものの、それでも登録してもらうにはいくつものハードルがある。市の広報や固定資産納税督促時の告知といった行政側の施策もあり、少しずつ改善されることを期待する。

5.結語

尾道市空き家バンクには、パスワードがなければアクセスすることができない。パスワードは、直接、尾道に来た人にしか渡さない。その際には、「坂道暮らしの不便さ」を伝え、「防災やゴミ出しなどで地域を支える意識」を持つよう訴える。都会の人が、破格の価格で「おしゃれな尾道暮らし」を手に入れられると考えると必ずトラブルを生むと危惧するからだ。

個別の物件ページを見ると、規模や諸元のほかに、「欄間が美しい」「数寄屋造りの玄関、木手摺のある気持ちの良い廊下」「大正から昭和初期の造りが随所に残っているので、それらを活かした生活が楽しめそう」といった、豊田代表の「主観的な言葉」が並ぶ。民間の運営だからこそできる「自由さ」とも言えるが、同時にそれは「この価値を理解できる人に継承してほしい」という無言の誘導になっていると言えよう。この意識こそが、歴史的な市街地の価値を横に広げる(←→文化財的価値を上にあげていく(オーソライズ)ことの対極として)働きにつながっているのではないか。その際に筆者は国の登録有形文化財の制度を活用することも提案している。ガウディハウスのほかに、大正時代建築の旅館の再生ゲストハウス「みはらし亭」も、登録有形文化財にしてから再生している。文化財という「箔」を再生資金のファンディングにも利用している。

重伝建築などの制度によらない歴史的市街地の保全活動というべき尾道の営みは、外から見ると「のびのびとやっている」と見えるかもしれない。それは物件の小ささや、地価などの低廉さをもベースとして「手の届く創造性」を実践していることに因るのではないか。

知られざる建物の魅力を、①まず発見する目を持つこと、その貴重な価値を②称揚する価値観を持つこと、③学術的・専門的に評価する知見を持ち、その魅力の可視化すること、それを④大胆に発信すること、最後にそれを再生すること自体を⑤楽しむこと。このサイクルが、価値を伝え保全をもたらすのだと筆者は思う。

建築討論

建築をめぐる幅広い批評的議論のプラットフォームを提供する日本建築学会のウェブマガジンです。

渡邉義孝

Written by

わたなべ・よしたか/1966 年生まれ。一級建築士、尾道市立大学非常勤講師。保線工、型枠工等を経てアユミギャラリー入所。04年独立。住宅設計の他、文化財調査、民家再生等に従事。NPO 尾道空き家再生プロジェクト理事。著書に『風をたべた日々』(日経BP社)、共著に『深刻化する「空き家」問題』(日弁連)ほか。

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