建築展評│12│雲と息継ぎ -テンポラリーなリノベーションとしての展覧会 番外編-

Review│弓とモノリス│大室佑介

大室佑介
建築討論
Jan 19, 2024

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人気の少ない朝一番の時間から、大勢の鑑賞者で賑わう日中の時間帯への移り変わり、そして、どのような形で終幕を迎えるのか。すべてを見届けるべく、開館から閉館まで会場とその周辺を歩き回って過ごした。自身が関わったものを除き、丸一日を費やした展覧会はこれが初めてかもしれない。

「雲と息継ぎ -テンポラリーなリノベーションとしての展覧会 番外編-」は東京藝術大学美術学部建築科での任期を五年間勤めあげた建築家青木淳氏の退任記念展として開催された。それは、建築科の退任展に相応しく、建物に触れ、体感し、建築とは何かを考えさせる展覧会であった。

以後、撮影は大室佑介氏

会場は、東京藝大の敷地内に建つ「陳列館」(1929年、岡田信一郎設計)。建物外観は赤と黄色が混じったスクラッチタイルで覆われ、頂部には装飾的な塔屋が戴る。内部は上下階の二層に分かれ、一階は南北の各壁面に縦長の窓が並ぶやや薄暗い部屋、二階は塔屋部分に設けられた高窓から自然光をふんだんに採り入れた明るい部屋と、それぞれ特徴のある展示空間となっている。そして、各所には控えめながら装飾が施され、かつて塑像彫刻や工芸品といった逸品を陳列していた時代の雰囲気が漂う。この歴史的建造物に対し、青木さんは手始めに¨二つの箱¨と¨二つの帯¨をもって応じてみせた。

第一の箱は、陳列館の入口を囲うように貫入された“シルバーボックス”。この箱は本来の入口を塞ぎ、普段であれば館内に設けざるを得ない受付の機能を外に出すと同時に、動線に変化を与えるための基点となり、また、リノベーションという現場の始まりを告げる恰好のサインとなる。

続く第一の帯は、建物の外壁に沿って伸びる“シルバーリボン”。単管を組んでつくられた屋外通路は、裏口から来館者を誘い入れるための新動線でありながら、陳列館の細部を吟味するための足場として、さらには窓越しに展示室内をのぞき見たり、敷地外の公道の往来を眺める見晴らし台として、そして、公道側からは舞台のようなものとして見上げられ、見る/見られることを意識させる装置となっている。

非常用の狭い裏口からようやく館内に入ると、第二の帯が目に飛び込んでくる。既存の窓台の高さ=大人の目線の高さに揃え、展示室の短辺方向に架け渡された八本の“ホワイトベルト”は、半透明の合成繊維でつくられた帯が相互に重なり合い、視覚的な揺らぎを生むとともに、潜りながら進むという身体的な揺らぎも生じさせる。この帯は二階の展示室にも引き続き用いられるが、そこでは遥か上方に張られることで、光に溢れる塔屋との境界を強調し、展示空間を断面方向に分割する間仕切りとして機能している。

最後の箱は、二階展示室の入口付近に置かれた“ホワイトキューブ”。これは今回の展示で唯一設けられた間仕切り壁(箱)で、上方に架けられた帯の上に頭を出して新たな視線を得るための展望足場であり、身体に小さな動きを与える動線体でもある。この箱が行く手を遮ることで、二階展示室はより広く、より高く感じられる効果もあるだろう。

これら二つの箱と帯には、それぞれ複数の機能と意味が含まれ、手数以上の大きな影響を与えている。青木さんが建築家として美術館の設計・改修や展示構成に携わってきた経験を盛り込み、放たれた鮮やかな手法によって、お世辞にも現代の展示空間として最適とはいえない風格を纏った建物に対して、歴史や記憶を継承しながら、展示空間の質を一変させ、次なる展開の可能性を広げる。

建築的な示唆に富んだ展示室に対し、今度は青木さんの分身ともいえる青木研究室が手を指す。会場内に点在するベンチやケース、床に置かれた建材や消毒スタンド、段ボール箱に納められた映像や、壁に立てかけられた緩衝材といったオブジェは、過去三年にわたって毎年、研究室の成果として開催されてきた「テンポラリーなリノベーションとしての展覧会」で使用された物である。それらは、過去に対峙した展示空間に対する研究室の活動の成果品であり記録である。

手元の会場案内図に番号が振り分けられ、それぞれ短い解説が記されているものの、特に作品という訳ではない。ベンチに座る人、ケースに上る人、ミニカーを触る子供、会話に夢中になり蹴とばしてしまう人もいた。時には鑑賞者が、時には研究室の学生が、時には青木さん自身がそれらを動かすと、「テンポラリー」に拍車がかかる。記録と作品との境界を曖昧なものにし、会期中も手入れされ続けるモノたちは、本展の中に節度を保った無秩序を生むための妙手となる。

動かない建築と、動き続ける展示物。明白な作品も順路も示されていない展示に、微かな秩序を与えているのがデザイナー菊地敦己氏による解説パネルである。ビス打ちできる壁に限定して設置されたA4サイズのアクリル板に、句読点など無造作なままレイアウトされ、18字×14行のところでブツりと途切れる。少し離れた次のパネルから解説の続きが始まり、ふたたびブツりと途切れる。この解説文を追って進むことだけが、展示の順路となる。内容としては展示解説ではなく、青木さんによる陳列館についての解説のみ。文字による遊びと、建物に関する丁寧な解説によって、難解と思われていた展覧会が少しばかり整理されていく。

事務所OBであり同業者の中村竜治氏に声がかけられたのは、展示の全体構成が大方きまった頃らしい。展示構成が決まってから、建築家が建築家に声をかけるとは一体どういう事だろうか。ましてや自身の母校で、元上司からの指名。その時の心中は想像だにできないが、難しい状況下でも鮮やかな巧手を指せるのが中村さんである。

展示では直接触れられていない建築要素である巾木に着目し、一階と二階の各展示室で、装飾的な刳型や色まで模した巾木の複製品を、平面図上で70パーセント縮めた場所に配置して、壁との間に余白を作る。さらにその巾木を背合わせに鏡像反転させて貼り合わせることで、表裏のない独立した「彫刻」とした。

あえて明確な機能を持たせず、彫刻と名付けることで、展示空間との対立を作ることなく並走する。一見すると無意味にも思える一手によって生まれた余白は、建物と、展示物と、鑑賞者との間の曖昧な結界をかたち作る。

一つの建物に端を発し、高度な指し合いが繰り広げられた「建築展」の会期も残り一時間となったころ、決めの一手として指されたのは美術家小金沢健人氏によるパフォーマンスであった。観客が壁際に寄り、広さを取り戻した一階展示室において、架け渡された“ホワイトベルト”を軸としながら、モノと戯れ始める。引っ張り、音を奏で、一部を引きちぎり、帯と床・天井との間に垂木などを差し込んでいく。床に散らばったモノの数々と、弓のような形に姿を変えた帯。小金沢さんによる行為が形になって展示空間に残されると、今度はおもむろに二階へと移動する。

いつの間にか、二階展示室ではスモークが焚かれ、天窓からの陽光も相まって幻想的な景色が広がっていた。すでに小金沢さんが“ホワイトキューブ”内に乗り込んでいるらしく、群衆が箱のほうを注視している。しばらくすると、会場に電動工具の音が響き、箱の内側から二つ、目のような位置に穴があけられ、その穴から強い光が漏れ出てくる。皆が固唾をのんで見守る中、とうとう箱が動き出す。足元にキャスターを履いていた箱が、数名の人力でぐるりと転回し、やがて部屋の端から端まで移動する。床に敷かれた巾木彫刻まであと数ミリの所で止まり、展示室の最奥まで到達した箱は、二灯の目を光らせたモノリスとなって鎮座する。その光景はまさにSFのクライマックスシーンさながら。動きを止めた箱の横で満足そうな笑みをたたえた青木さんの姿は、皆の目に焼き付いたことだろう。

パフォーマンスが終わり、残りの時間でもう一度館内を回る。そこには小金沢さんによって手を加えられた白い箱と帯が、本展で最初の作品となって横たわっていた。最終日、最期の時間、建築的な指し合いの全てが「作品」となり、終局を迎えた。

建築家の仕事とは、何もないところでも何かを見出し、いったん引き受け、読み解き、次へとつなげていく仕事である。それは更地の新築でも、歴史ある既存建築に対する改修でも、名もなきビルの一室であっても本質は変わらないだろう。「すべての建築はリノベーションである」という青木さんの宣言は、互いを理解し、互いに高度な手を指し続けることで成立する本展において証明された。

閉館後、会場に居合わせた友人と夕食を済ませてから再び陳列館の脇を通りかかると、一階の会場内に小さな明りが残っているのが見えた。翌日以降の撤収の相談か、はたまた青木さんを囲んだ夜学でも行われているのだろうか。関係者のみに許される静かな感想戦の時間を想像しながら、足早に駅へと向かった。

展覧会概要

雲と息継ぎ
-テンポラリーなリノベーションとしての展覧会 番外編-

会期
2023年11月18日(土) ‐ 2023年12月3日(日)
午前10時 — 午後5時(入館は午後4時30分まで)
ただし、最終日12月3日は16:00まで(16:00からは小金沢健人によるパフォーマンス)。会期中無休

会場│東京藝術大学大学美術館 陳列館1、2階

観覧料│無料

主催│東京藝術大学美術学部、東京藝術大学美術館

企画│東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻青木淳研究室(青木淳、笹田侑志、秋山真緩、大岩樹生、佐野桃子、三輪和誠)

協力│菊地敦己、小金沢健人、中村竜治

会場設営│studio arche

グラフィックデザイン│小原七海

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大室佑介
建築討論

おおむろ・ゆうすけ/1981年生まれ。建築家。atelier Íchiku主宰。作品=《川崎長太郎の物置小屋 再建計画》(2008-)《私立大室美術館》(2015-)《HAUS-000 百年の小屋(2010)《HAUS-004 桜台:建売住宅》(2015)《HAUS-006 白山町:珈琲店》(2018)