建築展評│13│Parallel Lives 平行人生 — 新宮 晋+レンゾ・ピアノ展

Review│木村慎弥(REUNION STUDIO)

木村慎弥
建築討論
Feb 2, 2024

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〈Parallel Lives 平行人生 — 新宮 晋+レンゾ・ピアノ展〉が、2023年7月13日から9月14日にわたり、大阪中之島美術館で開催された。兵庫県三田市を拠点とし、風や水などで動く作品が特徴の彫刻家新宮晋と、イタリアのジェノヴァを拠点とし、パリの「ポンピドー・センター」などを手がけたことで知られる建築家レンゾ・ピアノは共に1937年生まれの86歳。ピアノからの「見えない空気の流れを見えるようにしてくれないか」という依頼にはじまった「関西国際空港旅客ターミナルビル」での協働から35年、世界各地で10の協働プロジェクトを実現してきた2人の展覧会だ。

「案内役」に見守られて

展覧会の冒頭には、ピアノによって描かれた《平行人生展のためのスケッチ》や展覧会のあいさつ文が並び、上部には新宮の《自由の翼》が浮かぶ。予測不能のキネティックな動きは、おそらく室内の空調によってうまれた「見えない空気の流れを見えるようにしている」ということなのだろう。電気仕掛けのロボット、もしくは謎の生命体のように見えるそのたたずまいは、展覧会を見守る「案内役」のようだ。

《自由の翼》

活動の蓄積をぎゅっと詰め込む

「案内役」にいざなわれて奥に進むと、間仕切りのない大きな空間が広がる。ひとつめの展示室だ。展示室の壁面2面には、新宮とピアノの人生を帯状にした「平行人生年表」がL型に配置され、本展での文字情報のほとんどはこちらに集約されている。もう1面の壁面には、これまで2人が協働したプロジェクトのドローイングが新宮自身の手によって大きく描かれている。展示室の中央には、新宮による大量の「模型」とピアノの作品「アトランティス島」が対峙するように鎮座し、「関西国際空港旅客ターミナルビル」の構造模型が上部に浮遊してい

る。

展示風景

約40年の間、こつこつとつくられてきた新宮の「模型」は、精巧な小型の彫刻作品であり、野外彫刻製作の前に制作される、いわゆるプロトタイプである。高さの低い大きな展示台に雑然と、しかし余白をたっぷりと取って並べられたたくさんの「模型」は、扇風機からの風によって自由気ままに動いている。新宮の作品は作家自身によるコントロールが難しい屋外環境に展示(設置)されることが多く、その状況がある種の通常モードといえよう。しかし、ここでは人為的に設置した扇風機によって特別な展示環境をつくっていた。あくまで展示物が「模型」であることを表明しているように見える。展覧会の冒頭に展示されていた「案内役」の《自由の翼》は、どこから吹いているのかわかりづらいエアコンの流れを受けて羽ばたいていたが、こちらの「模型」は扇風機を用いることで、展示環境を制御する方法のちがいをユーモラスに顕在化させているようだった。

一方、ピアノの《アトランティス島》は、彼の活動初期から現在進行形のプロジェクトまで100を超える建築が、同じ縮尺(1:1000)で配置された架空の島である。ハンドアウトには作品名と所在地、建築年は記されているものの、ひとつひとつの建築に対する詳細な記述や説明はない。それぞれのプロジェクトにかけた情熱と熱量は想像に難くないが、「そんなことはさておき」とでも言うように、それぞれの建築はまるで悠久の時を経てそこにあるかのように、島の上でとても静かに佇んでいた。

このように、ここでは2人のこれまでの実践とその厚みが一望でき、彼らの大量な活動の蓄積を知識として得ることができる。そのおかげで、このあとにつづく展示では、どちらかというと頭で考えるよりも体で感じるように鑑賞することができるようになっていたのではないだろうか。このひとつめの展示室が、本展では非常に重要な役割を果たしているように感じた。

模型
《アトランティス島》

「自由な空気」に満ちた展示室

つづく展示室もひとつめの展示室と同じく、ほとんど間仕切り壁が用いられない広い空間である。文字情報は少なく、作品がゆったりとした余白を持って展示されている。展示室内は全体的に照度が低く、天井から吊られた新宮の作品やピアノの模型を照らすスポット照明による移ろう光と影は、コントラストのある展示空間を生み出す。と同時に、それはまるで木々から差し込む木漏れ日のようであった。順路らしきものはほとんど存在せず、室内を漂うようにじっくりと作品を鑑賞することができるため、展示風景はさながら天気の良い昼下がり、まるで都市にあるオープンスペースの計画時に描かれるパースのような「自由な空気」に満ちた様相を呈していた。さらには、壁面に投影された映像作品も相まって、新宮とピアノによる巨大なインスタレーションに迷い込んだ錯覚にすら陥りそうになったほどだ。

展示風景

影の立役者、スタジオ・アッズーロ

本展を語るうえで忘れてはならない影の立役者が、スタジオ・アッズーロだ。スタジオ・アッズーロは、カメラマン出身のファビオ・チリフィーノ、映画制作のパオロ・ローザ,グラフィック、アニメーション出身のレオナルド・サンジョルジによって、1982年にイタリア・ミラノで結成されたメディア・アート・グループである。彼らは今回、新宮とピアノが協働した《コロンブスの風》と「ジェノヴァ港再開発」、《はてしない空》と「関西国際空港旅客ターミナルビル」、《宇宙に捧ぐ》と「銀座メゾンエルメス」などだけでなく、ピアノが個人で携った作品である「ポンピドー・センター」や「IBMトラベリング・パビリオン」、「チバウ文化センター」などを映像作品として制作した。ダイナミックで巨大な映像は、空間の疑似体験には重きを置かず、スケッチや図面、写真やアニメーションを巧みにコラージュした、新宮とピアノの脳内に飛び込むような内容であった。巨大な壁面に巨大に投影されているので、ふわふわと空中に浮遊していたり壁から離れて展示されていたりする新宮とピアノの作品をつなぐ、蝶番のような役割を果たしていた。

展覧会の図録について

ここで、展覧会の図録についても触れておきたい。本展では『平行人生 Parallel Lives 』が青幻舎から出版されている。本展で上映されていたピアノのパリ事務所で行われた新宮とピアノの対談にはじまり、出展作品や2人の年表、未来に向けたそれぞれの活動など、展覧会の内容がぎっしりとつまった読み応えのある書籍である。しかし、もし図録に展覧会の擬似体験、あるいはアーカイブとしての役割があるのだとすると、会場の写真や図面が掲載されていないのは残念だった。本展に限ったことではないのだが、出版スケジュールと会場施工、作品のインストールなどとのスケジュール調整はなかなかに難しい。展覧会を開始するタイミングでの刊行は不可能である、と断言してしまってもよい。無理を承知の上でだが、展示空間に漂う空気感もなんとか記録してほしかったものだ。そもそも、会場の写真や図面を載せればそれで良いことではないのかもしれないけれど。とはいえ、個人的には本展を通して、展示空間の記録方

法や後世への伝達の仕方、アーカイブの方法について興味が湧いた。

新宮 晋+レンゾ・ピアノ『平行人生 Parallel Lives 』青幻社、2023年(表紙に掲載されているのはピアノによって描かれた《平行人生展のためのスケッチ》)

協働による可能性

建築家が公立美術館での展覧会に会場構成でかかわることはあれ、個展をする機会はそう多くはない。本展のように、建築家がごく自然に公立美術館で建築展らしくない(建築展らしさとは何かを問いはじめると長くなるのでここでは割愛するが、筆者はそのように感じた)展覧会を行う。このような実践の積み重ねによって、より建築が人びとに身近に親しまれ、建築文化の向上につながっていくことを期待している。

さて、当たり前の事実。もし本展が新宮のみの展示であったら、それは彫刻家による彫刻展だっただろう。ピアノのみであったなら、おそらく建築展としかいえないものになっていたはずだ。今回、2人のコラボレーションが実現したからこそ、彫刻展とも建築展とも言い難い、あいまいで独特な空気をもった展覧会になったように思う。これを新宮晋とレンゾ・ピアノという、長年に渡り協働を重ねてきた2人の組み合わせによる賜物で終わらせてはならない。協働による可能性はずっと昔から開かれていて、展覧会の在り方にも拡がっている。そういう気分になる展覧会だった。

展覧会概要

Parallel Lives 平行人生 — 新宮 晋+レンゾ・ピアノ展

会期|2023年7月13日(木) — 9月14日(木)

会場|大阪中之島美術館 5階展示室

主催|大阪中之島美術館、朝日放送テレビ、日本経済新聞社

協賛|エルメスジャポン株式会社

協力|イタリア文化会館-大阪、関西エアポート株式会社、Zentis Osaka、株式会社脇プロセス

後援|在大阪イタリア総領事館

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木村慎弥
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建築家。REUNION STUDIO代表。1983年兵庫県明石市生まれ。建築の設計や現場での施工からコミュニティデザインまで、ハード/ソフトを問わず、都市と建築に関するさまざまなプロジェクトに取り組む。龍谷大学や京都精華大学などの非常勤講師を歴任。 https://www.kimurashinya.com/