応急危険度判定の課題と可能性

056|202106|特集:「直後」の構造家──大地震後の緊急活動のひろがり

中埜良昭
建築討論
Jun 1, 2021

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1.はじめに

建物を災害から守る、あるいはその程度を軽減するためには、事前の対策が最も有効であることは異論のないところである。しかし一方で、その災害を完璧に防ぐことは難しい現実を考えた場合、災害の発生を覚悟し、これにいかに備え対応するかがその後の被害の拡大を最小限に抑えるうえで重要である。本稿では被害地震発生後に実施されることが多い建物の応急危険度判定を対象に、今後の展開を考えるうえでの課題を概観したい。

2.地震発生後の被災度判定のための調査活動のいろいろ

図1は地震発生後から復旧に至るまでの被災度判定にかかわる活動を時系列で示したものである。地震発生直後から復旧段階に至るまで、表1に示す通り様々な被災度の判定活動があり、本稿でとりあげる「応急危険度判定¹)」は地震により被災した建物を対象にその余震等に対する「安全性」を判定し結果を表示することで、それらの損傷のさらなる進行や倒壊による居住者、使用者あるいは付近の通行者への被害(二次災害)を回避することを目的としている。

図1 震災復旧の方法と流れ
表1 各調査・判定活動の比較

一方、「住家の被害認定調査²)」は、家屋や家財の経済的被害の程度を算定し、罹災証明書の発行に代表される公的保障や支援のための判断材料を得ることが大きな目的のひとつで、「経済的損失」を判定する点が応急危険度判定との大きな違いである。もちろん両者は互いに密接に関連してはいるが、判定の目的と基準が異なるために、当然のことながら両者の判定結果は1対1に対応するものではない。1995年兵庫県南部地震をはじめ、その後の被害地震においても、これらの基本事項が十分に理解されないために混乱が生じた事例は多い。

「被災度区分判定³)」は、被災した建物の復旧・復興を目的として、主としてその構造躯体に関する被災の度合いを調査することにより、被災度をある基準に従い定義・区分し、より長期的な使用(すなわち継続使用や恒久使用)のための「復旧の要否とその程度」を判定するために実施される。応急危険度判定時には被害は認められなかったものの、後に十分な時間をかけて調査された場合には被害が特定されることもある。

したがって、応急危険度判定の調査活動を行う際は、まずその実施主体や調査者、判定者がこれらの調査目的と判定方法の違いを理解し、必要に応じてこれを被災者に明確に伝えられるよう準備することが被災後の調査・判定活動やその結果に対するトラブルを回避する第一歩である。

3.素早いスタートアップがいのち

図2に2016年熊本地震における余震の頻度分布を示す。図1の第1フェーズで実施される応急危険度判定は文字通りできるだけ早くスタートさせることが重要である。地震の発生メカニズムによって余震の発生頻度と傾向は異なるが、一般に本震発生後の1~2週間はその発生頻度は高く、したがって出来るだけその間に判定活動を完了することが望ましいためである。判定活動については、講習会を受講し登録した建築の専門家による応急危険度判定士が対応する制度が整備されており、筆者もいくつかの自治体において判定士登録している。その登録総数は1995年兵庫県南部地震以降大きく増加し、現在は全国で11万人以上である。ただし登録判定士も高齢化・リタイヤが進み、実働できる判定士の不足や高齢化が課題であると聞く。判定活動への参加を希望される方は、必要資格や問い合わせ先を確認の上(全国被災建築物応急危険度判定協議会http://www.kenchiku-bosai.or.jp/assoc/oq-index/touroku/)、認定・登録手続きを是非されたい。事前のトレーニングについては、判定手法の講習会や机上演習だけでなく、あらかじめ模擬的に損傷を与えた解体予定の公営住宅などを活用し判定のための実地訓練を実施している自治体もあり、これらへの参加は活動のイメージをつかむうえで有効である(写真1)。

また地震時には判定士自身も被災する可能性があるが、このような場合に備えて被災地域外の判定士が支援する体制も整備されており、これまでの被害地震においてもその実績は多い。しかしながら、2004年新潟県中越地震のような中山間地域を襲った災害では道路の途絶等で調査の本格化に時間を要したケースもあり、実質的な判定活動をいかにスムースに立ち上げるかは依然として課題となろう。特に避難所に利用される施設については、避難が始まる前に施設の安全性を早急に確認することが求められるので、これらの施設を優先して判定する体制が必要である。

図2 2016年熊本地震における余震回数の推移
写真1 応急危険度判定の模擬訓練の様子

4.超広域災害時に備えてIT技術の活用と効率アップを

写真2に応急危険度判定結果の表示例を示す。応急危険度判定は余震等に対する安全性の判定を目的としているので、構造躯体の被災程度と安全性だけでなく、落下危険物、転倒危険物の有無とその危険性の度合いを総合的に判断し、建物に「危険(赤ラベル)」、「要注意(黄ラベル)」、「調査済(緑ラベル)」で結果を表示する。したがって、窓ガラスなどに損傷が見られ余震等による落下に起因する人的被害の危険性が除去されていない場合は、構造躯体には大きな損傷が生じていない場合にあっても「危険」と判定される。このため、応急危険度判定で「危険」とされた建物であっても、住家の被害認定調査における「全壊」とは必ずしも対応しない。これが前述の兵庫県南部地震等で混乱が生じた大きな理由である。

写真2 応急危険度判定結果の表示例

表2に主な被害地震におけるこれまでの判定実績を示す。従来、これらの判定活動には、構造種別(木造、鉄骨造、鉄筋及び鉄骨鉄筋コンクリート造)ごとに作成されたA4サイズ1枚のチェックリスト方式の調査表が用意されている。現地調査によりこれを順次埋めることで判定し、さらにこれが集計処理されてきた。これらはいずれも手作業であるが、近年その発生が危惧されている南海トラフ巨大地震を想定すれば、その被災エリアは超広域にわたり判定対象建物数も膨大となる可能性があるため、より効率の高い調査体制の整備が強く望まれる。これに関してはGISと連動したスマートフォン、タブレット等のモバイル端末を利用した調査・集計の整備が進みつつある。現在はまだ訓練版であるが、近い将来の本格導入に向けての準備が進められており、これが実装されれば、手作業による記録と集計からから解放され、効率化が期待できる。地震保険の損害調査ではすでにモバイル端末による調査の導入が開始されており、2016年熊本地震ではその利用割合が1割程度であったが、本年2月の福島県沖を震源とする地震では7割程度で利用されるなど確実に実用数が増加しており、応急危険度判定活動においても同様の展開が望まれる。

表2 応急危険度判定の実績(調査棟数合計1,000棟超を抜粋)

また現在の判定手法では、その適用範囲は例えばRC造の場合、おおむね10階程度以下を対象としているが、都市部にあっては高層集合住宅などの大規模建物も数多く、これらを効率よく判定するための手法や人材確保が必要である。昨今その活用が広く展開されているドローンを活用した被害の映像やあらかじめ設置したセンサーによる記録データを自動分析し判定する技術の開発も一つの解決方法であろうが、実用化には今しばらく時間を要しそうである。そのため都市部にあってはこれらの大規模建物を専門とする応急危険度判定チームの編成が必要であろう。

応急危険度判定とは別の目的で実施される先述の住家の被害認定調査では、建築を専門としない行政職員が担当することが多い。そのため短時間で判断することは必ずしも容易でない場合も想定され、応急危険度判定等の知識や経験のある専門家との連携も必要であろう。また部分的にではあるが調査項目が応急危険度判定と重複するように配慮されているので、個人情報の取り扱いには慎重に配慮しつつも、モバイル端末を活用したデジタルデータの共有による調査活動の効率化を図ることも今様の調査体制として検討されるべきであろう。

5.海外への技術移転と国際貢献

米国やニュージーランド、台湾などいくつかの地震国ではそれぞれその国の事情に応じた課題は抱えつつも、日本と同様、応急危険度判定手法が準備され実災害時にも運用されている。一方、特に途上国では、いわゆる耐震診断や耐震改修は始まったばかりであったり、まだ不十分であることが多い。そのため地震発生時にはかなりの被害を覚悟せねばならず、応急危険度判定活動も災害の拡大防止の上で重要なアクションの一つとなるが、その技術基準や体制の整備にはまだまだ着手できていないことが多い。筆者は1999年トルコ・コジャエリ地震直後にトルコ政府の要請を受け現地のRC造建物を対象とした応急危険度判定手法の開発と適用のための支援に参画したが、日本での経験が大いに役立った。現在はCOVID-19によりその活動は制限されざるを得ないものの、日本の諸外国とのグローバルな協力関係が強まるほど、この種の支援活動に対する期待は今後もますます高まるであろう。海外の建物ではその構造的な特徴が日本のそれとは異なるため、単に日本の手法を移転するのではなく現地の実情を反映できるようにカスタマイズする必要があり、また言葉や文化の違いから、誰でもとはゆかないであろうが、その場合にあっても国内における「経験者」にとってはその経験知や専門知を活かした技術協力・国際貢献の機会となる。

6.おわりに

被害地震後に実施される応急危険度判定について、その現状や課題について概観した。ここで触れたこと以外にも、

・都市部の高層建築に加え、比較的大きな空間を有する、あるいは規模の大きな木質構造建築の調査手法や判定基準はどのように考えればよいか

・耐震改修した建物が増えるにつれこれらが被害地震を経験するケースが増えるため、被害は限定的であると予想されるものの、調査時に損傷の有無を確認すべき個所とその判定基準はどのように設定すればよいか

・南海トラフ地震の発生シナリオとして想定される、震源域の東側あるいは西側の一方のみで地震が発生した、いわゆる「半割れ」の場合に、他方における地震発生の連動性と判定はどのように考えればよいか

など、想定しておくべきことは多く、悩みは尽きない。技術的に解決しておくべき課題は何か、考え方を整理しておくべきはどのような状況か、など、本番に備えて準備しておくべきことがまだ残っている。

参考文献

1) 日本建築防災協会・全国被災建築物応急危険度判定協議会:被災建築物 応急危険度判定マニュアル,1998年1月

2) 内閣府(防災担当):災害に係る住家の被害認定基準運用指針,2001年6月,2009年6月,2013年6月

3) 日本建築防災協会:震災建築物の被災度区分判定基準および復旧技術指針,2001年9月,2015年12月

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中埜良昭
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東京大学生産技術研究所教授(建築耐震構造学)/1962年兵庫県生まれ。1984年東京大学工学部建築学科卒業。1989年同大学工学系研究科建築学専攻博士課程修了(工博)。2012年~2015年東京大学生産技術研究所長。国内外の被害地震調査ならびに復興支援活動多数。