思い思いのキ・ヅカイが織りなす地域の木造住宅生産

[201906 特集:木造建築のサークル・オブセッションズを超えて]/ Beyond Circle Obsessions on Timber Architecture

角倉 英明
建築討論
12 min readMay 31, 2019

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はじめに

「県産材を使っていると言う工務店はたくさんいますが、わたしの会社の使い方はまったくちがいますよ」

数年前に東京を離れて地方の大学で勤めるようになったので、その地域にある工務店の実態を定期的に調べる調査を企画し、業界団体の協力を得てスタートさせた。最初のアンケート調査をおこなった2018年の初夏に業界団体の総会があり、そこで速報集計結果を報告したところ、総会の後に、工務店の社長に伝えられたのが冒頭のひと言である。

この社長は、設計事務所勤務の後に大工に転身し、修行を経て1980年代後半に工務店を設立した人物である。現在では社員20名をかかえ、広島県の西部及び隣県の一部を中心とした事業エリア内で年間15棟程度の木造住宅を毎年新築している。この工務店のこだわりは、大工の手加工による部材製造と施主を巻き込んだ生産方式である。施主と一緒に地域の山林へ入り、建設に用いる木材を採る立木を決め、それを伐採して原木にするところから始めるのである。木造住宅生産が、地域の自然から生み出される資源の恩恵を受けてこれまで成り立ってきているため、利益の一部で周辺地域の木々を育てて森林を整備しているという。このような住宅のつくり方と理念に共感する生活者がいるので、この方式は営業の側面から見ても有効であり、10年以上安定して継続できているとのことであった。

先のひと言は「木材問屋やプレカット工場からの調達ではなく、私たちは地域で木を育ててその中から素性が明らかな地域の木材を施主と一緒に選んでいるんです」というような意図であった。しかし、このようなニッチな方式が定着しつつある事実は、木造住宅の一部材である木材の価値が、単に産地や樹種、工業化度合い、費用などのハード面だけでなく、工務店にとっては木材の利用と関連付いた事業者の理念や構想、活動などのソフト面からも説明されていることを示唆するものである。

このように工務店を中心とした地域の木造住宅生産では木材は「使用」するもの以上に「利用」するものになっている。こうした特徴的な木材利用を本稿では「キ・ヅカイ(木使い)」と呼ぶ[1]。工務店によるキ・ヅカイは、国・業界団体の政策や目標に従うだけでなく、それぞれの木造住宅や木材に対する構想や理念に基づいてもいる。そして、現実にはそれらが組み合わさり全体として多様な生産のあり方が生まれている。

工務店という業態がもたらす部材利用の自由度

キ・ヅカイに着目したとき、工務店を中心とする地域の木造住宅生産に多様な方式があるのは、なぜであろうか。この問いに答えるためには、先ずそれを可能にしている工務店という業態の特質を知る必要があろう。

まず、それは小規模生産ということにある。大規模生産といえる年間1万戸以上の住宅を新築するハウスメーカーでは一定期間に必要な部材量が多いために、その量を満たせるかが木材選定の要因となる。その一方で、年間30戸程度以下の小規模生産である工務店は、一定期間に調達すべき部材量も少ないため、高付加価値で希少な木材も比較的自由かつ柔軟に選択できる。

また、小規模組織という業態の特質も重要である。工務店のスタッフは、ハウスメーカーに比べると圧倒的に少なく、その数は職人を含めて10名程度、夫婦だけという場合もある。分業化の度合いも低く、階層的構造も小さく弱い。そのため、組織的な合意形成ではなく、代表者個人の意思そのものがそのまま組織の意思になる傾向が極めて強くなる。従って、代表者は自らの意思や理念に基づき木造住宅生産を舵取りできることになる。

工務店は キ・ヅカイにいかなる価値を見出すか

このように柔軟性と個別性の高さを備えた工務店の木造住宅生産の現場では、どのような キ・ヅカイがあるのか。そこにはどのような価値、つまりどのような施主への訴求力や地域貢献などが考えられているのであろうか。

まず、冒頭で紹介した広島県の事例は、事業で得た利益の一部を地域の森林の整備に回して森の木を育てながら、施主と一緒に山に入って選んだ原木を製材して、木造住宅の建設に用いるというものである。この特徴のひとつは、単に地域産材を用いるということではなく、木材資源を持続的に獲得できるように、地域の森林資源を積極的に管理し、これがこの工務店の重要な理念となっているところである。そのためにも、森林経営が厳しい現状に対し、地域の林業への経済的支援を行っている。さらに、このような方式や理念に共感する施主の満足度や愛着をより高める目的で、施主と一緒に立木を選定・伐採するという演出的効果の高い営業手法も取り入れられている。

兵庫県内にも同じような キ・ヅカイに取り組む工務店がある。創業時の事業である製材を中心に林業、プレカット工場へと業域を拡げて実現していることが特徴である。

類似の事例は関東にもある。都心の城南地区を主な事業エリアとして木造住宅生産に取り組む工務店では、隣県の林業家、製材所、プレカット工場と協力して、トレーサビリティが付加された高品質な木材を適正価格で流通させて木造住宅をつくることで、林業の活性化につなげている。川上から川下まで流通上の履歴が明らかな木材の流通と循環型社会の形成という理念の下、このような方式に共感できる都心の生活者に向けて高付加価値化を実現している点に特徴がある。

こういった地域の森林との繋がりを中心に据えた理念を全国に広める動きもある。その代表的なものが2001年元旦の新聞紙上の意見広告に端を発した「近くの山の木で家をつくる運動」である。また、2012年に始まった国土交通省の「地域型住宅ブランド化事業」は、川上から川下までの連携を促し、地域で一貫して長期優良住宅を生産できる体制づくりを目指している。

こういったキ・ヅカイの一方で、ベイマツのような外国産材を利用する事例もある。これは優れた性能・品質を備えた木材を容易に低価格で入手できることが特徴である。木造住宅生産において適材適所の木材使用とコストマネジメントを求められる工務店だけでなく、建設費を抑えたい施主にとっても魅力的であろう。

ちなみに海外に法人を設置し、森林を保有・管理しながら原木生産から製材・木質建材製造までを現地で一貫して行い、その製品を国内の工務店に販売しているメーカーもある。見方を変えれば、このような地球規模での森林資源の管理の一端を担っていることも工務店の一面であろう。

図1 国内の木材需要(供給)量と木材自給率の推移

次は、東日本大震災後に見られた事例である。岩手県釜石市では沿岸部に立地していた合板工場が甚大な被害を受けて長い間操業を停止したことで、大量の原木が出荷されず滞留していることが大きな課題となった。そこで、地域の工務店と森林組合により、低コストでの建設かつ木材の多用を実現する構法を開発し、需要が高まっていた被災者の住宅再建を支援する取り組みが進められた(図2)。この地域の基幹産業のひとつである林業と木材加工業の停滞を解消・回復させる効果を期待したものであった。 キ・ヅカイを通して、被災後の地域課題となっていた被災者による住宅再建と地域におけるしごとの回復を図った事例である。

図2 森林組合・工務店の協働による住宅再建事例(岩手県釜石市)

ところで、同じ岩手県には南部曲り家というこの地域の伝統的な民家がある。18世紀半ばから成立したこの民家は、地域の衰退や現代の生活スタイルとのミスマッチなどの理由から、立地の悪い地区に行くと空き家として放置されている光景を頻繁に目にすることがある。借り手もなく価値がないと判断されたのであろう。しかし見る人によっては、宝の山に映る。なぜなら曲り家には現在では調達が難しい木材や建具などが用いられているためである。このような曲り家を無料で解体して木材などを譲り受け、民家暮らしを望む施主のために現代的にアレンジして移築している工務店がある(図3)。単に木材だけでなく地域に長くストックされてきた住宅の再利用により、施主へのきめ細やかな対応と地域の風景へのなじみやすさを両立していることが特徴である。加えて、入手のむずかしい木材や建具などを利用して他社との差別化を図っていることもあげられる。

図3 移築用民家の解体工事(岩手県盛岡市)

工務店のキ・ヅカイを促す社会的背景

工務店がこうしてキ・ヅカイを図る背景にはどのようなことがあるのであろうか。

先ずは、木造住宅生産の方式を差別化するためである。元請としての工務店と呼ばれる生産主体は、戦後の住宅不足の解消に向けて住宅市場が拡大成長した高度経済成長の期間に、戦前から木造建築を支えていた大工・棟梁を主な基礎として全国各地に誕生した(図4)。低成長の時代を迎えた現在その数は減ってきているが、廃業の多さの他方で新規参入も多い業態であり、ハウスメーカーを含めて競合他社が多く、狭い事業エリア内であっても常に競争下にあるために差別化が求められている。

図4 創業時期別に見た工務店の法人化の時期

次に、利用可能な木材と関連技術が増えたためである。国内の森林では建築用材となるヒノキ、スギ、カラマツなどの育成も進み、豊富な木材資源を保有しているが、1964年の木材輸入の完全自由化以降、世界中から木材が集まるようなった。そうして産地や樹種などのバラエティが富む一方で、集成材に代表されるエンジニアリング・ウッドの種類も増えていった。このような動き以外にも、プレカット工法や金物工法の普及(図5)、さらに告示による欧米由来のツーバイフォー工法、CLT工法のオープン化が見られた。こうして木材や関連する技術がオープンな市場で増えると、工務店はそれらの中から自社の条件に合う最適なものを選択していくようになった。

図5 在来木造住宅におけるプレカット工法シェアの推移

もうひとつは、資源や自然環境に対する理念や考えが醸成されてきたためである。20世紀後半から持続可能な社会への移行を求める世界的な動きが起きた。近年ではSDGsという国際的な目標も掲げられ、その中に持続的な森林の経営も含まれているように、森林蓄積がもたらす木材資源の上手な利用に期待が寄せられている。また、戦後の拡大造林を経て伐期を迎えつつあるわが国の豊富な森林には荒廃しているものも多く、管理の改善が求められてきた。こうして資源としての木に対する社会的関心が高まる中で、高い意識を持つ工務店では、森林の健全な管理や循環型社会の形成に寄与するための理念や行動指針を醸成し、それに従うように現実の木造住宅の生産方式を改良していった。

最後は、ニーズへのきめ細やかな対応である。社会の成熟に伴って、わが国では人口減少の一方で、個人の価値観は多様化・個別化し、住生活に対する要求水準も高まっている。このような状況下で工務店に求められるのは生活者のニーズに的確に対応することである。中には自然環境への関心の高まりから、地域産材の使用にこだわる者も現れるようになり、関連産業の育成も含めて、地域に根差した木造住宅の生産体制の構築が期待されるようになった。

まとめ

限られた事例であるが、こうして見ると工務店によるキ・ヅカイのあり方は、国際社会で共有される理念・枠組みや国が推進する政策・目標を重要視する動きと、事業エリアに相当する狭い地域の実情や個人の考えに立脚した動きに整理できる。それぞれを視点の違いから、大きなキ・ヅカイと小さなキ・ヅカイと呼ぶこともできるであろう。現実にはそれらが組み合わさり、工務店は個別性の高い地域の木造住宅生産のあり様をつくり出しているのである。

現在、森林との連携を深めて木材を積極的に用いることが求められおり、工務店は足並みを揃えて大きなキ・ヅカイを進めるべきという考えもある。確かにそのようにすれば効率よく進められる。しかし、住宅市場が縮小する中でキ・ヅカイによって差別化を図る工務店がある。森林にも持続的な整備・管理のための経営的な一面がある。従って、小さな視点から地域の木造住宅生産と森林との関係を築くことも不可欠である。

なお、近年ではこうした身近な森林から産出される木材が海外に向けて輸出されるようになっており、国産材や地域産材の利用を重視する木造住宅生産であってもグローバルな経済活動と隣り合わせになってきていることを忘れてはならない。

建築材料としての木材には、私たちが親しみ、手を加えやすいという特徴がある。そのため流通や製造でのイノベーションがさらに進み、誰でもどこでも簡単にオンデマンドで木材を調達・加工できる環境が身の回りで充実していけば、木造住宅生産において本来職人が担う工事を自ら楽しみながら作業する生活者も増えるであろう。また、海外から依頼を受けて現地で建設するケースも増えるかもしれない。こうしたキ・ヅカイに関わる新しい動きに注目して仕事にしている工務店もすでに出てきている。

今は「ちがう」と思われている新しいことを培っていけば、木材を多彩・自在に使いこなす工務店がユニークな存在として、住まい・まちづくりの中心にいる、そんな未来を描けるようになるのではなかろうか。

[1] 本稿における「キ・ヅカイ」は、2005年度から林野庁が始めている木づかい運動における「木づかい」の意味とは異なる。

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角倉 英明
建築討論

すみくらひであき/広島大学大学院准教授。建築生産・建築構法。1977年東京生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了後、国土技術政策総合研究所、建築研究所を経て、2016年より現職。博士(工学)。著書に『図表でわかる建築生産レファレンス』など。