改修を機に再評価がなされる、ポストモダニズムとしてのバブル建築

068|202304|グローバル・アーキテクチュアとしての日本現代建築──いくつかの切断面

平塚桂
建築討論
19 min readApr 27, 2023

--

ポストモダニズムの潮流は、日本においてはバブル期と重なるタイミングで伝播した。その影響もあってか当時生まれた建物は、時代の徒花として捉えられる、あるいは先行きが危ぶまれる傾向にある。安藤忠雄設計の複合施設「TIME’S」はテナント撤退が話題になり、ネット記事では「ゴーストタウンになった有名建築家の商業ビル」とまでの書かれようになった★1。高松伸が設計した建物は、2000年代中盤から、「SYNTAX」を皮切りに「キリンプラザ大阪」「織陣Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」「WEEK」が相次いで取り壊された★2。

いっぽう欧米では2010年代よりポストモダニズムの再評価がなされつつあり、保存活用にあたって業界内外を巻き込んだ議論が起きることもある。その状況と日本の現況を比較し、ポストモダニズム建築のこれからを考えてみたい。

歴史から疎外されがちな日本のポストモダニズム

建築潮流としてのポストモダニズムは、1960〜70年代の欧米で立脚点となる書籍やビジョンが発表され、80年代〜90年代前半にその影響を帯びた建物が世界を席巻するという流れで勃興した。

この動向をいち早く捉え、日本に紹介したのが磯崎新であったことはよく知られている。1969年12月号から73年11月号まで『美術手帖』誌に連載した「建築の解体」でハンス・ホライン、アーキグラム、チャールズ・ムーアなどのモダニズムに疑義を唱える建築家たちの活動を紹介したことが、続く世代に及ぼした影響は少なくない★3。ちなみに近年まで国際的に、日本におけるポストモダニズムの立役者として認識されているのももっぱら磯崎である。たとえば2011年にイギリスのヴィクトリア&アルバート博物館で開かれた「Postmodernism: Style and Subversion 1970–1990(ポストモダニズム:スタイルと転覆)」のカタログ[fig.1]では、磯崎による「つくばセンタービル」のドローイングが見開きで掲載されている。カタログ全体でも破格の扱いである。テリー・ファレルとアダム・ナサニエル・ファーマンがポストモダン潮流のグローバルな記述を試みた著作『Revisiting Postmodernism(ポストモダニズム再訪)』(2017)[fig.2]でも、活動を言及されている日本人建築家は磯崎にかぎられる。

fig.1(左)『Postmodernism: Style and Subversion 1970–1990』Victoria & Albert Museum, 2012 [source: https://issuu.com/vandapublishing]/fig.2(右)『Revisiting Postmodernism』RIBA Publishing, 2017

しかし仮に日本で「日本のポストモダン」あるいは「バブル期の代表的な建築」が何かと問われたときに、磯崎作品を思い浮かべる人は、そこまで多いだろうか。もっとばらけるだろう。高松伸による一連の作品や隈研吾による「M2」のようなランドマーク性の高いもの。あるいはフィリップ・スタルクによる「スーパードライホール」のような海外建築家による仕事かもしれない。そのころの日本では、後にバブルと呼ばれる経済状況の影響で、土地のみならずその上に建つ建築にも余剰資本が注ぎ込まれた。歴史的モチーフの引用や象徴性の付与といったポストモダニズム的な手法は注目を集めるための道具立てとして都合よく用いられ、奇抜な造形の建物が乱立した。海外の建築家を日本に招く、あるいは日本の事業主が海外に何かを建設するというふうに、国境を超えた枠組みのプロジェクトも次々と生まれた。この混沌とした状況を世界の歴史潮流の中に位置づけるのは、簡単ではないのだろう。

またバブル崩壊後、国内の建築における装飾や造形の奇抜さはなりをひそめ、モダニズムや、あるいはもっと土着的な、いずれにしても普遍的な方法で建物を構成する方向へと舵が切られた。「ぱたりと仕事がなくなった。磯崎新さんだって、つくばセンタービルでポストモダンをやったじゃない、なせぼくだけ?」と隈研吾がインタビューで振り返る★4ほど、前時代のスタイルは唐突にはしごを外された。このようなバブル崩壊後の急速な転換も、日本のバブル期のポストモダン建築が歴史からはじかれがちな理由の一因だろう。

ポストモダニズムの再評価

いっぽう欧米では、ポストモダン建築は再評価の流れに乗りつつある。先鞭を付けたのは2011年にヴィクトリア&アルバート博物館で開かれた前述の「Postmodernism: Style and Subversion 1970–1990」展だろう。ポストモダニズムの文脈から建築やデザイン、アートを国境やジャンルを横断して振り返るという企画展だった。

そして2015年、イギリスの建築・デザイン情報メディア『Dezeen』では「Pomo Summer」と銘打つキャンペーンが行われ、7月22日から9月15日にかけて29本の記事が公開されている。ジェームズ・スターリング設計の 「No 1 ポウルトリー」(1997)やマイケル・グレイヴス設計「ポートランドビル」(1982)といった保存活用方針をめぐって揺れる建物のレポートや、ロバート・ヴェンチューリの妻で協働者であるデニス・スコット・ブラウンへのインタビューなどからなる特集だ。

2017年には先述の『Revisiting Postmodernism』が刊行され、2018年にはカナダ建築センター(CCA)で「Architecture Itself and Other Postmodernist Myths(建築の自律性とポストモダニズムの神話)」が開催された。計画案から請求書までさまざまな資料から、ポストモダニズムの建築の自律性をめぐる神話の解体を試みるという展覧会だ。なおその後CCAでは太田佳代子の企画で1970年代から80年代の日本人建築家の活動を対話によって振り返る「Meanwhile in Japan(一方、日本では)」も行われ、日本におけるポストモダニズムの解釈を見直す試みもなされている。

海外での、保存活用をめぐる葛藤

そして“ポストモダニズムを代表する名建築”に対しては、次々と保存活用をめぐる動きが起きている。手元にある人は『新建築 臨時増刊 建築20世紀PART2』(鈴木博之・中川武・藤森照信・隈研吾編、1991)を見返してほしい。マイケル・グレイヴス設計「ポートランドビル」(1982)、磯崎新設計「つくばセンタービル」(1983)、フィリップ・ジョンソン+ジョン・バギー設計「AT&Tビル」(1984)、ヘルムート・ヤーン設計「イリノイ州センター」(1985)と横並びにされた作品群がいま次々と改修の時期を迎え、更新されているのだ。

特に最近、国境を超えて話題になったのが「イリノイ州センター(現トンプソン・センター)」[fig.3]だろう。2022年7月にGoogleが1億500万ドルで購入し、シカゴの第2本社に使用することが発表されたからだ。もっとも、はじめから順風満帆であったわけではない。イリノイ州の庁舎であった建物は、州政府が最初に売却を提案した2000年代初頭以来、常に取り壊しの危機にあった。特に問題となっていたのは建物の傷みと使い勝手、熱効率の悪さで、2015年には州知事が「修理だけで1億ドルかかる」と述べ、売却を提案した★5。いっぽうで、州の保存団体が選定する「イリノイ州で最も絶滅の危機に瀕した歴史的ランドマーク」に2017年から2021年までの間に4度リストアップされる★6など、歴史家からは保存が叫ばれていた。費用対効果と歴史的評価の間で揺れ動くなか、Googleが救いの手を差しのべたかたちとなった。

fig.3 Thompson Center / CC-BY-SA Kenneth C. Zirkel [source:wikipedia]

フィリップ・ジョンソン設計「AT&Tビル(現550 Madison Avenue)」[fig.4]では、建築家の改修案に対して議論が起き、方針変更に至った。2017年に発表されたスノヘッタによる改修案は、石造りのファサードを取り除き、ガラス張りにするという大胆なものだった。しかしこの案に対しては、建築家ロバート・スターンやDOCOMOMOによる声明、そして草の根的な署名活動などから反対の声が湧き上がった★7。そしてニューヨーク市のランドマーク保存委員会(LPC)がランドマーク指定を行うという措置★8により、改修案は変更を余儀なくされる。スノヘッタはファサード変更を縮小した案をまとめ直し、2022年に改修が完了した。当初案ではガラスファサードに頼っていた明るさの確保は、エレベーターコアの位置の変更や、換気システムの入れ替えによる機械室の拡張などの「外科的」改修をつうじて実現された、と報じられた★9。

fig.4 550 Madison Avenue / CC-BY-2.5 David Shankbone [source:wikipedia]

日本におけるポストモダン建築の活用

重厚長大な建築の維持管理に悩み、最終的には世界的企業が英雄的に建築を救う流れとなった「イリノイ州センター」と、論争の末に慎重な改修へと至った「AT&Tビル」。これらランドマークに比べると「つくばセンタービル アイアイモール」の改修は、ひっそりと行われた。これは第3セクター「つくばまちなかデザイン」を事業主とし、貸しオフィス、コワーキング、キッチン、イベント、ギャラリー、物販の6つの機能を備える「co-en(コーエン)」とする事業で、改修設計は納谷新が代表を務める「/360°」による。広場の周辺の1フロア約1,800㎡、工事費約3億9,000万円★10と規模が小さい改修なので、比較にならないともいえるが、2022年春の開館時も、同年末の磯崎新氏の訃報の際も、この改修に言及する目立った意見は目にしていない。

国内では他にも、『建築20世紀』に掲載されるような認知度を誇る作品ではないにしても、バブル期前後に生まれた建物の改修がしばしばなされている。傾向として目立つのが「つくばセンタービル」同様、限られた予算で改修しながら、現代のニーズに耐えうる建物へと更新する方針だ。

たとえばSALHAUSの改修設計で2020年にリニューアルされた「守口市立図書館」[fig.5]は、健全な構造と石やタイルなどの“お金のかかった”仕上げを生かしつつ、だぶついた機能を整理。家具の新設や手の触れる部分に木を用いることで身体性や快適性を高める方向での改修がなされている。2021年にgrafのデザイン統括、設計でリニューアルされた「滋賀県立美術館」[fig.6]も、前提となる状況や解決手法に共通点が多い。展示室の改装や天井の耐震化が図られた他は、ロビーまわりなど人が集まるスペースにクリエイティブが集約されている。

fig.5(左)「守口市立図書館」内観[撮影:筆者]/fig.6(右)「滋賀県立美術館」内観[撮影:筆者]

これらの施設では、予算や手を出せる範囲が限られる逆境下で、おそらく葛藤を抱きながらも既存建築に対峙し、その上で要点を絞って手を加える、というスマートな解決策が取られている。だがいっぽうで、既存のポストモダン的意匠を積極的に評価する意識は、設計者にはあまり見られない。「守口市立図書館」を設計したSALHAUSは既存の意匠に対し、「どうにも人を寄せ付けない雰囲気」「クセの強い空間」と手厳しい★11。

メディア映えするポストモダン

しかし日本のバブル期のポストモダン建築は、疎外されるばかりではない。チラホラとあらわれているのが、そのランドマーク性をメディア的に活用する事例だ。

たとえば竹山聖+アモルフが手がけた「TERAZZA」(1991)は、フィットネスクラブを主機能として建てられたものだが、2005年に「オーナーが謎の出奔を遂げ」★12た後、紆余曲折を経て、2016年よりIT系メディア企業のサイバーエージェントが入居。近年はAbema TVのスタジオ「シャトーアメーバ」として、屋上の円形野外劇場や、地上階の斜めの壁の広場といったこの建物を特徴付ける象徴的なエリアが、ドラマやバラエティ番組などのロケに繰り返し活用されている。また、北川原温+ILCDによる「RISE」(1986)は映画館として建設されたが、スペースシャワーネットワークが運営するライブハウスとして、2010年に1号目のWWWが、2016年に2号目のWWWXが開業している。このふたつの施設は前者はレーサム、後者はスピークという不動産の企画開発に通じた事業者が関わるかたちで活用が図られている★13。ポストモダニズム建築の特質でもある象徴性や非日常性がショービジネスとの相性がよく、建物にお金を生み出す力があるとの経営判断がうかがえる。

また『Revisiting Postmodernism』の著者のひとりであるアダム・ナサニエル・ファーマンは2020年より、ポストモダニズム建築を中心に世界の建築をイラスト化し、自身のウェブサイトで版画やマグカップやトートバッグなどのグッズとして販売するプロジェクトを行っている。中には日本のポストモダニズム建築もあり、高松伸設計の「SYNTAX」は特に詳細に描かれている[fig.7]。記事★14によると本プロジェクトは、建築遺産的な重要性を世間に気づかせることも意識して進められているという。

fig.7 SYNTAX MUG / Adam Nathaniel Furman[source: https://anfmerch.com/products/syntax]

ポストモダニズム建築は世界的に、歴史的に位置づけられ、保存活用を考える時期を迎えている。ただし国内外の先行事例からうかがえるのは、改修し使いつづけることの難しさである。「イリノイ州センター」に象徴されるように、その複雑なつくりが、修理や維持管理の費用をふくらませ、継承の妨げとなる。あるいは「AT&Tビル」のように、その建築的特色の中心が表現にあるため、外観の一部を損なうといった意匠面のわずかな変更だけでもオーセンティシティに抵触するとして、問題になる。

オーセンティシティと創意工夫

こうした問題を前に進めるひとつのアイデアは、改修そのものにポストモダン的な思想を取り入れるという方法なのかもしれない。高松伸設計の「修学院の家Ⅱ」は2020年より、芸術サロンカフェ「無光虹」[fig.8]として運営されている。オーナーへのヒアリングによると、約3年をかけ、ほぼセルフビルドで改修したという。改修にあたっては高松伸による作品およびポストモダニズム建築の詳細なリサーチがなされ、既存の意匠が尊重されている。いっぽうで興味深いのは、トイレと客席を分ける波型の壁[fig.9]や、奥の黒いバスルームなどのポストモダン的な設備が、店主の創意で付け加えられていることだ。

fig.8(左)「無光虹」外観[撮影:オカモトアユミ]/fig.9(右)「無光虹」の、店主の創意で付け加えられた波型の壁[撮影:オカモトアユミ]

それらは一見、既存の意匠のようにも見えるため、建築のオーセンティシティを揺るがせてしまっている。しかしこの改変のあり様は、多様で複合的なポストモダニズムの精神に近いようにも思う。もしかしたら、改修の考え方そのものを見直す時期に来ているのではないだろうか。■

_

★1:『日刊SPA!』2021年06月02日「有名建築家のビル、公共施設『使い勝手は最悪』。アート先行の問題点とは」 https://nikkan-spa.jp/1757303 なお京都新聞2023年2月23日版によると「TIME’S」は2022年2月よりオーナーが代わり、傷んだ設備の更新がなされリニューアルへと動いている。
★2:正確な解体時期は把握が難しく『うらくんのページ』の記述などを参考にしている。 http://uratti.web.fc2.com/architecture/sin/sin.htm
★3:たとえば『新建築 臨時増刊 建築20世紀PART2』で竹山聖が「70年代の建築学生のバイブル」と述べ、『日本現代建築家シリーズ 19 高松伸 詩的空間へ』の座談会で高松伸は1970年代の磯崎新の著書を意識していたかという編集者からの質問に対し「私の前後の世代はみんなそうでしょうね」と回答している。
★4:『朝日新聞be』2003年9月13日 フロントランナー 建築家 隈研吾さん
★5:州知事のコメントは以下などが報じている。wttw.com “Gov. Rauner Puts Thompson Center Up for Sale” October 13, 2015 https://news.wttw.com/2015/10/13/gov-rauner-puts-thompson-center-sale
★6:LANDMARKS ILLINOIS https://www.landmarks.org/preservation-programs/most-endangered-historic-places-in-illinois/
★7:改修案に関する議論は建築系ウェブマガジン『METROPOLIS』で複数回報じられるなど複数の媒体に記事が残る https://metropolismag.com/projects/att-building-renovation-protest/
★8:550madison.com “ An Official New York City Landmark” July 31, 2018 https://550madison.com/announcements/an-official-new-york-city-landmark/
★9:dezeen.com “Snøhetta completes “”surgical”” renovation of Philip Johnson’s AT&T building” November 23, 2022 https://www.dezeen.com/2022/11/23/snohetta-philip-johnson-550-madison-new-york-renovation/
★10:つくば市「つくばまちなかデザイン株式会社からの事業報告について」2022年6月9日
★11:『新建築』2020年10月号、安原幹による設計主旨文より
★12:『ぼんやり空を眺めていようか』竹山聖、第12話「丘の上の街」
★13:前者は株式会社レーサム公式サイト掲載資料「株式会社レーサム平成20年8月期中間決算説明会」にて「2006年3月、当社購入(簿価約74億円)。2007年5月に、約130億円にて、当社組成の私募ファンドに売却した物件。当社のアセットマネジメントのもと、破綻状態のスポーツクラブ施設から、スタジオ兼オフィスへのフルコンバージョンを実施」と紹介。後者は株式会社スピーク公式サイト内で「物件探しからプロジェクトマネジメントまで、空間創出の全体的なコンサルティングを行った」と紹介されている。
★14:constructive-voices.com “POSTMODERN ARCHITECTURECELEBRATED IN ILLUSTRATIONS BY ADAM NATHANIEL FURMAN”JANUARY 6,2022
https://constructive-voices.com/postmodern-architecture-celebrated-in-illustrations-by-adam-nathaniel-furman/
なおアダム・ナサニエル・ファーマンは本プロジェクトに先駆け、日本のバブル建築を紹介する記事を執筆している。
TEXTBIN “Architecture of the Japanese Bubble” April 24, 2017
http://text-bin.blogspot.com/2017/04/architecture-of-japanese-bubble.html
docomomo-us.org “Monuments to a Japanese Era” July 26, 2018
https://www.docomomo-us.org/news/monuments-to-a-japanese-era

--

--

平塚桂
建築討論

ひらつか・かつら/1974年生まれ。ライター、編集者。2001年京都大学大学院修士課程修了。2000年ぽむ企画共同設立。『Casa BRUTUS』『AXIS』等に建築に関する原稿を寄稿。編著作に『空き家の手帖』ほか