救助活動における構造専門家の関わり
1.広域出動する救助部隊
地震発生に伴い建物が倒壊した際に、倒壊した建物内に取り残された人、いわゆる要救助者を助け出す人は誰だろうか?阪神淡路大震災における調査結果1)などから、多くの要救助者は倒壊建物内から自力で脱出したり、あるいは被害を免れた地域住民(家族・隣人等)に救助されると言われている。地震による人的被害を最小化するためには、建物の耐震対策に加え、この「自助」・「共助」が極めて重要である。ただし、共助ではどうすることもできない災害現場も存在し、特殊な機材を持った救助専門部隊による救助活動が必要な場合が少なからず発生する。いわゆる「公助」による救助である。
救助専門部隊としては、市町村を中心に日々活動する消防の救助(レスキュー)部隊がある。ただし、大規模な地震の場合、被害が広域化し、地元の消防部隊だけでは対応できない場合が多く、阪神淡路大震災以降、幾つかの大規模地震を契機として、広域に緊急出動する救助専門部隊が関係機関において整備されてきた。消防の緊急消防援助隊、警察の広域緊急援助隊などがそれにあたる。
2.救助専門部隊に求められる知識・技術
多数の建物が倒壊するような大地震発生時に広域派遣される消防、警察等の部隊には、どのような知識・技術が求められるのだろうか。災害救助の分野では、倒壊建物の内部などの狭隘空間で行う救助活動を、Confined Space Rescue(以下「CSR」)という。CSRは、二次災害の発生が懸念される中で、救助者が倒壊建物の内部に進入し、要救助者が閉じ込められている狭隘な空間(以下「閉じ込め空間」)で、限られた人員・機材により、また限定的な活動姿勢・方法によって実行しなければならない。また、要救助者の身体が崩落した梁などの下敷きになっているようなケース(図1参照)では、「クラッシュシンドローム」(補注:倒壊建物の下敷きになるなどして筋肉が長時間圧迫を受け、その圧迫解除後に起こる全身障害。圧迫によって壊死した筋細胞内の物質が圧迫解除によって血中に放出され、急性の腎不全、心不全等を引き起こし、最悪の場合突然死に至る。)の発症を回避するため、医療者が倒壊建物の内部に進入して輸液等の医療処置を実施する、いわゆる「瓦礫の下の医療」(Confined Space Medicine,以下「CSM」)と同時並行で実施することが想定される。そのためCSRは、極めて危険度・困難度が高い救助活動に分類されており、これを実践する救助専門部隊には、活動対象となる倒壊建物の安全評価や応急補強に関する知識・技術に加え、狭隘空間内で崩落した梁などの下敷きになっている要救助者を物理的に解放するための知識・技術、さらには、CSMを行う医療者との連携に必要な医療知識などが必要となる。
CSR/CSMが必要となる建物倒壊・閉じ込めの現場とはどのような現場なのかについては、建物は個別性が強く、倒壊した際の状況に再現性がないため明確に定義することは難しいものの、近年、2016年熊本地震における倒壊建物からの救助活動に関する調査研究2),3),4)を通じて、活動対象建物の破壊程度と閉じ込め位置との関係性や閉じ込め空間の寸法・形状の傾向などが徐々に明らかになりつつある(図2参照)。
救助部隊の訓練の現状と課題
倒壊建物からの救助に関する訓練の現状について述べたい。まず、訓練時間は、一部の少数精鋭の部隊を除いて、ほとんどの部隊で圧倒的に少ないのが、いずれの機関にも共通する現状であろう。例えば消防機関の場合、彼らの日々の業務の中で取り扱う事案のうち、倒壊建物からの救助は、他の発生する出動に比べてその頻度が圧倒的に少なく、訓練に当てる時間も相対的に少なくなる。警察機関の場合、機動隊に所属する専門の部隊は一部であり、広域派遣される広域緊急援助隊の構成メンバーの多くは、通常は警察署や交番などで勤務しており、発災時に招集されて派遣される部隊である。彼らが広域緊急援助隊として集まって訓練する機会はあるが、CSRなどの倒壊建物・閉じ込めに特化した訓練に避ける時間は非常に限定的である。
さらに訓練内容に関しても、体系だった訓練カリキュラムのソフトの部分も、訓練に必要な施設のハードの部分も十分に存在しないのが現状である。
図3は、筆者が携わった「近畿管区警察局災害警備訓練施設」(大阪府堺市)である。この施設は、国内で発生する地震災害、土砂災害、水害などに対応する訓練が、効果的・効率的に、かつ安全に実施可能な施設となっている。施設の詳細はここでは述べないが、この施設の中には、倒壊建物からの救助技術を安全に学べる訓練ユニット(図3-b)や、木造、RC、S造の壁や天井、床などがどのようになっているかを学習できる建物学習ユニット(図3-c)などを備えており、国内屈指の訓練施設となっている5)。
ただし、このような倒壊建物からの救助に必要な知識・技術を学べる施設が整備されているところは、全国に数カ所しかないのが現状であり、多くの場合、隊員らがコンパネや椅子、机、単管パイプ、ボックスカルバートなどを組み合わせて手作りで作成した狭隘空間での訓練を行っているか、訓練が実質的にはできていないのが現状である。
以上のように、部隊は存在するものの、災害現場で安全に活動できるための準備が全国的に同一レベルで広く整っているとは到底言えないのが現状である。このため前述したような災害訓練施設の拡充と訓練カリキュラムの体系化は、災害現場に派遣され活動する部隊の能力向上と彼らの安全を守るためにも早急な整備が望まれる。
災害発生前に構造専門家ができること
地震発生に伴う倒壊建物での活動の際に、部隊員がまず直面するのが、活動対象の倒壊建物の安全評価である。当然ながら倒壊している建物は、大きな損傷をした状態の建物であり、活動が安全に可能かどうかの判断は、構造の専門家でも容易ではないだろう。そんな判断が難しい現場において、部隊長は狭隘空間への進入を指示し、部隊員は命をかけて進入して救助活動を行っている現実があることを、まずは認識する必要がある。なお、余震の影響を考えると倒壊建物での救助活動は安全でなく、活動は禁止と判断することの方が簡単ではあるが、まさに目の前の倒壊建物で救助を待つ人がいる中で、救助と安全確保の究極の判断を求められることも理解する必要がある。
倒壊建物の安全評価する際のポイントやリスクとなる事象などを部隊に対して事前にレクチャーすること、これが構造の専門家ができることの一つであろう。消防、警察の災害訓練ではそのような需要が実際にあり、レクチャーを経験されている構造設計者や大学の先生は少なからず存在するはずである。ただし、ここでも認識しておかないといけないこととして、講義を受講する側が、構造に関する知識というより、建築そのものに関する知識がほぼゼロであること。さらに、通常の安全な構造体についてではなく、倒壊した危険な構造物の安全性やリスクを判断するためのポイントをレクチャーすることは、非常に難しい。ただ、私が講義をする際にいつも感じるのは、専門的知識がほぼゼロであるにも関わらず、彼らの真剣なまなざしと必死に学びたいという強い思いである。
構造設計者は、外力に対して損傷はするが倒壊はさせないことを使命として設計を行っている。そもそも倒壊建物はどのような状態で、そのような建物での活動にはどのようなリスクがあるのかの知見がないのが現実ではないだろうか。このため、建物が倒壊することを前提とすることにはなるが、災害大国の我が国において、倒壊建物の構造評価と呼ばれるような学問領域が存在し、分析、評価、実験などを行い、もっと定量的に示せるような取り組みも今後、必要ではないかと考えている。
災害発生直後に構造専門家ができること
災害発生直後に構造専門家に求められるものは何か。構造専門家ができることは何か。「共助」の部分でも構造専門家は建築に関わるものとして、その知識を大いに提供して、貢献できるであろう。さらに、「公助」の部分でも構造評価を必要とする人を支援することが構造専門家としてやるべきことではないだろうか。ちなみに、海外で大きな災害が発生した際に、法律に基づいて派遣される国際緊急援助隊(JDR)の「救助チーム」には、構造評価専門家として構造専門家がメンバーとして招集され派遣されている。ただし、国内災害で発災直後に構造専門家が現場入りすることは現実的には難しいと考えるが、現場からの映像をやり取りして、遠隔でアドバイスするなども今の時代では十分に考えられるのではないだろうか。
また、災害発生時の活動を意識した平時の取組も重要と考える。DMATをご存じだろうか。Disaster Medical Assistance Team(災害派遣医療チーム)の略で「ディーマット」と呼ばれている。阪神淡路大震災で多数発生した「防ぎ得る災害死」(補注:災害現場で医療が適切に介入すれば避けられた可能性のある災害死を指す。)を最小化することなどを目的として、厚生労働省により2005年に組織された。DMATは、「災害発生直後の急性期(概ね48時間以内)に活動が開始できる機動性をもった、専門的な研修・訓練を受けた医療チーム」と定義されており、医師、看護師、業務調整員で構成されている(1チーム4~6人)。各チームは、標準的な研修を受けて大規模災害に備えているほか、平時から地元の消防・警察等と合同の災害訓練を行うなどして、有時における連携・協力体制の素地を築いている。このDMATの取組は、災害発生時における構造専門家の役割を考える上で参考になるところが多い。我が国には、構造専門家を対象とする「倒壊建物からの救助支援」に関する標準化された研修は存在しないが、地元の消防・警察等が災害訓練を行う際などに連携・協力する関係を築き、相互理解を図っておくことができれば、結果として災害発生時のスムーズな支援に繋がるであろう。
災害発生時に一人でも多くの命が救われ、さらに救助部隊の二次被害を減らすことに繋がる活動は何か。構造専門家がその知識や能力を生かして、できることを考え、行動することで、この領域で十分に貢献できるのではないだろうか。
参考文献
1) 太田裕,小山真紀,和藤幸弘:震災余命特性曲線の試算,-1995年兵庫県南部地震の場合-,東濃地震科学研究所報告,seq.No3,pp.93–100,2000.
2) 警察庁:熊本地震における警察の救助活動に関する調査分析,警察庁,217p,2017,https://www.npa.go.jp/bureau/security/kumamotojishin/kumamotojishin2.html(参照2021-05-04).
3) 加古嘉信,吉村晶子,小山真紀,宮里直也,関文夫,中島康,佐藤史明:熊本地震における木造倒壊建物からの救助活動に関する研究 -実態調査手法の開発と現場状況の傾向分析-,日本地震工学会論文集,第20巻,第2号,pp.58–78,2020.
4) 加古嘉信,吉村晶子,小山真紀,宮里直也,関文夫,中島康,佐藤史明:救助活動の困難度を構成する要因に関する研究 -熊本地震における木造倒壊建物からの救助活動実態データを用いて-,地域安全学会論文集(電子ジャーナル論文),№36,2020.
5) 前掲書2),寄稿,pp.202–215