数理・計量地理学の過去、現在、未来:計量革命、GIS革命、空間ビッグデータ革命

矢野桂司/Past, Present and Future of Mathematical-Quantitative Geography: Quantitative Revolution, GIS Revolution and Spatial Big Data Revolution / Keiji Yano

矢野桂司 / Keiji Yano
建築討論
17 min readAug 31, 2021

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地理学における計量革命:統計学モデルと数理的モデルの誕生

「地域」を対象とする地理学は、グローバルな地球規模からロ-カルな近隣地域までの多元的な空間スケールで、地表面の様々な自然事象・人文事象の状態およびそれらの相互関係を複合的かつ総合的・俯瞰的な視点から考察する学問である(日本学術会議、2014)。

戦後の欧米の地理学は、1950年代後半に計量革命を経験する(Johnston and Sidaway, 2015)。この計量革命は、コンピュータの斯学への導入と合わせて、これまでの個性記述的な地理学を、物理学の認識論である反証可能な論理実証主義に基づく、法則定立的な地理学、科学的な地理学へと移行させた。当時そのような方法論に依拠した地理学は、伝統的な地理学に対して、「新しい」地理学と呼ばれるようになった(杉浦、1989)。

この革命の牽引者の一人は、英国UCL(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)地理学部を卒業後、米国シアトルにあるワシントン大学地理学部大学院へ進学し、Garrison学派に加わった、ベリー(Brian, J. L. Berry)であった。ベリーは、行方向に地域を、列方向に主題を配置した概念的な地理行列を、多変量解析に入力するデータ行列に置き換えた。地理行列は、列方向に地域をなぞれば、地形学や農業地理学のような系統地理学的な見方となり、行方向の地域に着目すれば、例えば、アジアの自然・人文現象といった地誌学的な見方となるもので、伝統的な地理学の系統地理学(自然地理学・人文地理学)と地誌学の2元論を表している。そして、時間次元を取り入れた3次元地理行列を想定し、時間軸をなぞれば、それは歴史地理学的な見方となる。さらに、行方向に発地区を、列方向に着地区を配したOD(Origin-Destination)行列も地理行列の1つとして位置付けられ、それは地域間の関係である空間的相互作用の分析対象となった(Berry, 1964)。また、OD行列はネットワーク分析や近接性の分析のベースともなった(図1:以下リンク先、Figure 1を参照)。

https://www.researchgate.net/figure/Three-dimensions-of-interactions-in-the-Geographic-Matrix_fig6_259346622

データ行列としての地理行列の空間分析の多くは、重回帰分析や主成分・因子分析などの相関分析に基づく多変量解析であり、これまでの地図を並べて比較していたアナログな手法を、2枚の地図の空間的パターン、すなわち主題(変数)間の相関関係に置き換えたものである。その結果、複数の地図の間の因果関係を明らかにするために回帰分析などが、また、複数の地図の類似性から共通的な空間的パターンを抽出するために主成分・因子分析などが適用されるようになる。さらに、クラスター分析などによる地域のグルーピングは、等質地域や機能・結節地域の「客観的な」地域分類・地域区分の研究へと展開した。この他、地理行列は、中心地理論の階層・階次区分や空間的拡散研究、立地・配分モデルなどへも適用された。なお、地理行列は後述のGISのベクタ形式のデータ構造の基本ともなっている。

1960年代に入り、社会物理学の重力モデルなど、物理法則(例えば、万有引力の法則)の、アナロジーとしての社会現象への適用がなされるようになる。地域間の人などの移動量を、発地と着地の人口規模と地区間の距離で説明とする重力モデルは、重回帰モデルであてはめられ、その適合度が決定係数で、各変数の影響の度合いがt値などで示されるようになった。さらに、残差分析によって予測値のズレの要因を分析し、地域の特異性や新たな説明変数の追加が検討されることになる。

記述統計学的な多変量解析が地域分析手法として適用される一方で、1960年代後半には、ウイルソン(Alan G. Wilson)によって、人や物の移動を気体の分子に置き換え、メソスケールでの制約条件から最も確率論的に起こりやすい状態を、統計力学のエントロピー概念を用いて予測する、理論的な数理モデルとしてのエントロピー最大化空間的相互作用が考案された(Wilson, 1967)。

数理・計量的な都市地理学の発展

1960年代の数理・計量的手法を用いた都市地理学は、シカゴ学派の都市社会学と結びついた都市内部の居住地域構造の分析と、米国の工業都市ピッツバーグで開発されたLowryモデルを端緒とする総合的な都市モデル研究が代表的なものとしてあげられる。

前者は、多くの移民が流入した1920年代シカゴを対象に、都市での住み分けを「侵略と分離」といった人間生態学の観点から、計量地理学的に発展させたものである。犯罪などの社会病理と居住者特性を関連付けた社会調査基礎地図を手掛かりに、バージェスの同心円モデルやホイトの扇形モデルが考案され、小地域での国勢調査を用いた社会地区分析、さらに、因子分析を用いた因子生態学研究へと展開した。多くの先進国の都市を対象に、地理行列への因子分析を適用して、社会・経済的地位、家族的地位、そして民族的地位の3つの次元を抽出し、その空間的パターンの地図が世界の主要な都市を対象に描かれてきた(Davis, 1984)。

図2:Lowryモデルのメカニズム(筆者作成)

後者は、経済基盤モデルと空間的相互作用モデルを融合させた都市モデル研究である(図2)。基幹産業が都市を成長させると仮定し、工場などの基幹部門の空間的分布をインプットとして、就業地への通勤流動を居住立地モデルで推定し、居住地から商業地への買物流動をサービス立地モデルで推定するのである。そこでの通勤と買物の2つ流動モデルには、ウイルソンの発生あるいは吸収制約型のエントロピー最大化空間的相互作用が適用され、居住者の特性や産業の細分化や時間次元の導入が行われた(Wilson, 1974; Batty, 1976;矢野、1990)。

図3:2つの都市システムの見方(Harvey, D. (1969): Explanation in Geography, Edward Arnoldをもとに筆者作成)

この2つの代表的な数理・計量的な手法を用いた都市地理学の研究テーマは、当時の全体論的な一般システム理論的アプローチと還元論的なシステム工学的アプローチにそれぞれ呼応するので、前者は都市をシステム最小単位とする都市群システム研究、後者は都市内の産業や住宅などの部門を最小単位とする都市内部システム研究と呼ばれた(図3)。日本では、前者の記述統計的な分析は人文地理学で、後者の数理的分析は土木計画学や都市計画学で展開した。1970年代に入り、計量地理学者の中でも、経済合理性にのみ基づいて行動する経済人ではなく、不完全情報に基づいて行動する満足人を想定し、個人の選好に着目した行動地理学が展開する。その結果、絶対空間だけでなく相対空間を対象とした認知地図・メンタルマップ研究(若林、1999)や、人の行動を時空間的制約などの活動ととらえる時間地理学が展開し、個人の空間的意思決定を確率論的に分析する多項ロジットモデルのような離散的選択モデルなどが開発された(Wrigley, 1985)。統計学的には、MDS(多次元尺度構成法; Multi Dimensional Scaling)による時空間マップなども含め、量的なものから質的なデータへの関心が進んだ時期でもあった。

また、同時期に、地理学が対象とする空間データには、経済学での株価のような時系列データにおける時系列的自己相関と同様に、ある地点の値は、隣り合う地点での値と相互に関係しあっている(例えば、地価など)という空間的自己相関がみられることが示された。空間的自己相関を有した空間データに、サンプル間の独立性を前提とする推測的統計学的手法を適用することに大きな懸念が生じた(地図パターン問題と呼ばれる)。さらに、対象地域の空間単位の集計方法によって分析結果が変わる可変単位地区問題(MAUP; Modifiable Area Unit Problem)なども顕在化した。その後、空間的自己相関の存在やMAUPを積極的に取り入れた、モラン統計量の分析や地理学的加重回帰分析(GWR; Geographically Weighted Regression)のような空間統計学が進展し、GIS・地理情報科学の発展に大きく貢献することになった。

しかし、1970年代以降、人文地理学では計量地理学が主流とはならず、計量地理学あるいは空間分析に対する批判として、人文主義的地理学、ラディカル地理学、マルクス主義的地理学などが台頭した。その後、1980年代に社会科学の分野で展開された「文化的転回」の一環として政治地理学的視点が注目され、他の社会科学と同様に、ジェンダーやマイノリティなど、新しい文化地理学が注目されるようなった(Johnston and Sidaway, 2015)。

GIS革命と空間ビッグデータの出現

人文地理学の認識論が多様化し混沌とする中で、1980年代後半には、欧米においてGIS革命が起こり、1990年前半には地理情報科学が展開する(Longley et al., 2017)。地理情報科学は、膨大かつ多様な地理空間情報を、高度化したコンピュータを用いて分析することから、GeoComputationとも呼ばれた。

地理情報科学は、非計量地理学者からは、理論のないわずかなハイテク技術の導入に過ぎないと批判されたが、GIS推進者は、電子顕微鏡の発展によって分子生物学が飛躍的に発展したように、ツールとしてのGISの発展が新たな知見や発見をもたらすと応戦した(矢野、2001)。その第1人者がオープンショー(Stan Openshaw)で、彼は当時から、膨大な地理空間情報と、それを処理する高性能なコンピュータの出現、そして、それを分析するスマートな手法としてのAIに着目した(Openshaw and Openshaw, 1997)。このようにGIS革命によって、1960・70年代に展開した計量地理学が(Wrigley and Bennett, 1981)、学際的に、そして応用的に大きく進展することになる。

図4:モザイク・ジャパンによる類型(13グループと52タイプ)(出典:エクスペリアンジャパン(株)Mosaic Japan E-Handbook)
図5:モザイク・ジャパンによる類型のひとつ「Group A:大都市で活躍するエリート」の特徴(1)(出典:エクスペリアンジャパン(株)Mosaic Japan E-Handbook)
図6:モザイク・ジャパンによる類型のひとつ「Group A:大都市で活躍するエリート」の特徴(2)(出典:エクスペリアンジャパン(株)Mosaic Japan E-Handbook)
図7:町丁・字等ごとの分類(筆者作成)(出典:エクスペリアンジャパン(株)Mosaic Japan E-Handbook)

GIS革命後の因子生態研究の大きな発展の1つは、分析可能な多様かつ詳細な空間単位での地理空間情報の出現によるジオデモグラフィクス研究がある。例えば、国勢調査でいえば、米国の2000年調査のCensus Tracts、英国の2001年調査のOutput Area、日本の1995年国勢調査からの町丁・字等など、小地域での集計が公表されるようになった。その結果、例えば、因子生態研究に適用する空間単位が、市区町村からそれよりも細かな空間単位での分析が可能となり、エリア・マーケティングへの応用分野として、ジオデモグラフィクス研究が急速に展開する(Harris et al., 2007)。例えば、英国の大手カード信用会社のExperian社が開発したMosaic UKは、英国の約200万あるユニット・ポストコードで居住者を67タイプに分類し、居住者特性に加え、それぞれのタイプごとのライフスタイルを提供している。なお、2000年代中頃に日本を対象に作成された商業用ジオデモグラフィクスのモザイク・ジャパンは、全国約20万の町丁・字等を13グループ(大分類)と52タイプに分類している(図4–図7)。この他に、GMAP社のカメオジャパンやAcxiom社チョモニクスなどが同時期に発表された。

インターネットの普及とともにGISは、紙地図をデジタル地図に変えて、手作業では大変であった膨大な空間データの分析、より細かな空間単位での主題図の作成や地図の重ね合わせ、3次元地図の描画などを飛躍的に発展させた。そして、詳細かつ膨大な空間データに対して、これまでの計量地理学の理論や手法が相対的に簡単に分析できるようになったのである。そして、GISが学際的に学問全体に浸透する中で、2000年代中頃からは、GISを活用した歴史地理学、歴史GISを中心に、歴史学、そして人文学全体へのコンピューティングの活用がデジタル人文学の一分野として空間人文学へと発展している(村上、2019)。

2000年代後半から、インターネットを介してのデータの共有化やWebGISの活用など、その進展は目覚ましい。現在、GNSS(全球測位衛星システム)の発展と、携帯電話の普及が相まって、ロケーションサービスとしてのGISの活用が進化している。その結果、ジオタグ付きのSNS、携帯電話の移動データ、写真や動画などが、ボーンデジタルな形で膨大に蓄積されることになる。最近では、新型コロナウイルス感染症の分析のために、時空間的な個人の移動が分析の対象となってきた。

これまでの地理空間情報の多くは、個人を地区などに集計して作成された地理行列であったが、現在は、その個人の時空間位置情報、あるいは1つ1つの店舗や事業所の位置などの非集計の空間ビッグデータが地理情報科学の対象となってきた。3次元の都市の建物モデルも、レーザースキャニングや写真測量技術の深化に伴い、膨大なGISデータを生み出している。このような動向は、第2のGIS革命ともいえる、空間ビッグデータ革命の到来と考えられる。

これまで扱うことがほとんど困難であった個人などの最小単位での地理空間情報の出現は、従来の数理・計量地理学の理論や方法論を継承しながらも、それらを大きく変革させていくであろう。もちろん個人情報保護の観点から克服しなければならない課題は多いが、オープンショーは1990年代前半に、このような状況を既に予見していた。多様かつ膨大な地理空間情報の中からどのようにして意味のある情報を抜き出し、新たな知見を得ることができるのであろうか? 空間ビッグデータ革命は、帰納論的なアプローチと同様に演繹的なアプローチが必要である。より科学的な地理学的研究には、計量革命以降のデータが豊富でなかった時代に、多くの計量地理学者によって考案された様々な空間分析の理論が適用される可能性がある。この新たな革命には、地理学者と、AIを活用した多くのデータサイエンティストとの協働が不可欠である。

参考文献

Batty, M. (1976): Urban Modelling: Algorithms, Calibrations, Predictions, Cambridge Univ. Press.

Berry, B. J. L. (1964): Approaches to regional analysis: a synthesis, Annals of the Association of American Geographers, 54–1, 2–11.

Davies, W. K. D. (1984): Factorial Ecology, Gower.

Harris, R., Sleight, P. and Webber, R. (2007): Geodemographics, GIS and Neighbourhood Targeting, Wiley.

Johnston, R. and Sidaway, J. (2015): Geography and Geographers: Anglo-American human geography since 1945, Routledge.

Longley, L. A., Goodchild, M. F., Maguire, D. J. and Rhind, D. W. (2017): Geographic Information Systems Science, 4th Ed, Wiley.

Openshaw, S. and Openshaw, C. (1997): Artificial Intelligence in Geography, Wiley.

Wilson, A. G. (1970): Entropy in urban and regional modelling, Pion.

Wilson, A. G. (1974): Urban and. Regional Models in Geography and Planning, John Wiley & Sons.

Wrigley, N. (1985): Categorical Data Analysis for Geographies and Environmental Scientists, Longman.

Wrigley, N. and Bennett, R. J. (1981): Quantitative Geography: A British View, Routledge.

杉浦芳夫(1989):『立地と空間的行動』、古今書院。

日本学術会議地域研究委員会・地球惑星科学委員会合同地理教育分科会(2014)『報告 大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準 地理学分野』(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-h140930-7.pdf )(2021年8月20日閲覧)

村上征勝(2019):『文化情報学事典』、勉誠出版。矢野桂司(1990):「イギリスを中心とした都市モデル研究の動向」、人文地理、42–2、118–145。

矢野桂司(2001):「計量地理学とGIS」、高阪宏行・村山祐司『GIS―地理学への貢献』、古今書院、246–267。

若林芳樹(1999):『認知地図の空間分析』、地人書房。

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矢野桂司 / Keiji Yano
建築討論

やの・けいじ/1961年兵庫県生まれ。立命館大学文学部教授。1988年東京都立大学大学院理学研究科地理学専攻博士課程中退。 博士(理学)。専門は人文地理学、地理情報科学。著書に『GIS地理情報システム』(創元社、2021)、『京都の歴史GIS』(編著、ナカニシヤ出版、2011)など。