新しい木造技術と廉価な建築の美学について

[201801 特集「造」と「材」]

過去20年に渡り、「新しい木造建築の試み」が建築雑誌の紙面を賑わせ続けている。構造解析技術の飛躍的進歩、プレカットマシーン等の工作機器の普及、エンジニアリングウッドの発展は着実に進行しており、昨今話題のCLT(直交集成板)はその先端例と言えよう。2016年のパリ協定発効を背景にして、木造の工業化と情報化はさらに加速し、木造建築は非住宅分野へも広がりをみせると期待されている。

一方で、現代はポスト工業化の時代と呼ばれて久しい。木造建築の技術発展は、この新しい価値観に対応しているのだろうか。工業化や進歩の名の下に、新しい生活や美学を考えることが置き去りにされてはいないか。本稿では、このような問題意識のもとで、新しい木造技術と美学の関係について考察してみたい。

技術が建築を変える、とは限らない
1970年代半ばに日本の木造建築は大きな転換期を迎えた。1974年に建設省によってオープン化されたツーバイフォー工法は「面」によって構造を支えるという点で在来軸組工法と決定的に異なっており、1981年に構造用合板が耐力壁として認められると「面」による構造デザインは在来軸組工法にも浸透した。その結果、柱と梁といった線材で空間を構成する真壁的の美学に代わって、構造面材を仕上げ材で覆い隠す大壁的な美学が席巻した ★1。仕上げと構造が分離した大壁の世界は、壁紙や乾式サイディングによって様々なバリエーションをつくりだす商品化住宅と親和性が高く、日本の建築風景を大きく変えたと言える。ところが、ツーバイフォー工法自体が在来軸組工法に置き換わることはなかった。ツーバイフォー工法のオープン化とほぼ同時期の1976年、プレカット工作機の原型である自動仕口加工機が開発された ★2。その後しばらくプレカットの発展は緩やかであったが、1990年代のCADの進化とともに急速に普及し、その後20年かけて在来軸組工法のほとんどにプレカットが用いられるに至った。在来軸組工法の生産性はプレカットによって飛躍的に向上し、効率性をうたうツーバイフォーの優位性は事実上失われた。かくして、在来軸組工法はいまなお日本の住宅産業の中心となっている。しかし、ここで注目したいのは、プレカットによって軸組工法が覇権を握ったにもかかわらず、軸組の美学の復活は起こらなかったことである。換言すれば、プレカットという革命的技術によっても、大壁を基本とする商品化住宅の美学は変わらなかった。

今日でも、たとえばCLTのような新たな木造技術が日本の建築空間を変えるという夢が語られている。技術の発展は素晴らしいことであるが、技術の変革によって空間や生活の美学が変わるとは限らない。プレカットが生み出し続ける商品化住宅はその証左である。新しい技術は新しい美学を作りうるが、技術と美学の独立した関係性もまた存在する。つまり、美学を意識しないと建築表現は変わらない。新しい技術が生まれた時こそ、建築家は美学の話をしなくてはならない。

それでは、現代の木造技術がもたらしうる新しい美学の可能性とはなにか?ここでは、そのケーススタディとして、岩元真明と共同設計した「節穴の家」 ★3 というローコスト住宅の設計プロセスを紹介したい。

写真1:「節穴の家」建物外観(写真:表恒匡)

30坪800万の家、まずは構造から考える
「節穴の家」(2017年9月竣工)は瀬戸内海を見渡す高台にある小さな住宅である。建主は画家とその妻であり、コンクリート造のアトリエ兼住居に住んでいたが、生活に多様性を求めて木造平屋・離れの建設を思い立った。建主の要望を積み重ねると必要面積は約30坪となったが、提示された予算は800万円であった。極めてシビアな設計条件だが、建主は多少の快適性を犠牲にしてでも予算内で必要面積を確保することを希望した。商品としての住宅を「買う」のではなく、素朴に家を「建てる」。建主の考えからは、手厚いサービスに満ち溢れた現代社会に抗い、自らの力で自分の住まいを創りだそうとする意思を感じた。夫は日々絵を描き、妻は畑を耕す。そんな夫婦の言葉には説得力があり、金銭の多寡とは無関係に住まいの豊かさを生み出す可能性が感じられた。そこで予算も含めて諸々の設計条件を了承した。

木造の質素な家になるだろう、とただちに予想されたが、それにしても普通の設計をやったのではこの予算に収まらない。建設費の大部分は構造が占める。そこで、設計の初期段階から構造家に事情を説明し、率直に「安い構造とは何か?」という問いを投げかけた。程なくして、理論的には厚さ30mmの面材と引張り材だけで屋根が構成できるという提案が構造家から上がってきた。この面材の構造システムならば野地板と天井を兼用でき、登り梁・垂木・棟梁を省略できる。また、材積だけでなく工程を減らすことにも繋がる。ローコスト化という命題に対して合理的と判断して、これを出発点として基本設計を始めることになった。

生産過程に遡り、建材を「発掘」する
厚さ30mmの板で屋根を構成するには面としての水平剛性が必要である。そのために長さ3.6m・幅1m程度の板が必要となったが、これは既成の構造用合板では対応できない。しかし、特注の合板をつくるのは高価であり、本末転倒である。そこで、大きな一枚板を作ることのできるCLTに注目した。CLTは高価であるとは聞いていたが、新しい技術ならば未開拓の可能性があるのではないか、とまずは楽観的に考えた。薄いCLTがつくれるか調査したところ、鹿児島の山佐木材が12mm厚の層を3枚重ねて36mm厚のCLTを製造していることがわかったので、ともかくも工場を見学してみることにした。そこで、CLTの製造過程において「幅はぎ板」とよばれる集成板がつくられている様を目撃した。これは挽板を並べて接着剤で固めた薄板であり、これを何層も重ねてゆくとCLTになる。つまり、CLTの1層分(1プライ)の板であり、安価かつ十分に巨大であった。ただし、構造用として製造されているため、木肌が荒々しく汚く節だらけで、通常は単板で販売される予定のない材料である。予算を至上課題とする我々はこの材料に飛びついた。鹿児島からの搬送費を含めても、幅はぎ板はローコストであった。安価な構造を模索することによって、建材の生産過程にまで遡り、材を「発掘」したのである。CLTの生産過程をハックした、と言い換えてもよいだろう。

写真2:幅はぎ材製造過程(写真:ICADA)

「貧しい建築」という言葉の発見
かくして構造の大枠が決まった。私たちは、廉価であることの一般的な価値を反転させ、美学に昇華することはできないか、とディスカッションを始めていた。極限まで安い建築を目指すとき、その極限性自体が美学的な意味をともなうであろう、と考えたのである。新しい構造解析技術を使い、極端にシンプルで廉価な切妻の小屋をつくる。この、いわば原型的とも言える方法を設計の隅々にまで波及させたかった。つまり、コストや技術といった側面にとどまらず、室内外の仕上げやディテールを含めた建築のあらゆる要素を統合するための「何か」を探していた。構造家とともに見いだした技術的な解決を表現へと至らせるためには美学に接続する言葉が必要だった、と言い換えても良い。そうした問題意識のもとで発見された言葉が「貧しい建築」であった。

「貧しい建築」は我々の造語であるが、イタリアのアーティスト達が1960年代後半に展開した「アルテ・ポーヴェラ(貧しい芸術)」という芸術運動を念頭においている。アルテとは「芸術」、ポーヴェラとは「貧しい」あるいは「困窮した」という意味である。コンセプチュアル・アートに代表される、芸術における言語的な表現の高まりが最高潮に達した1960年代後期、モノから言葉に表現の主軸が移行していった時代にあって、アルテ・ポーヴェラの作家たちは芸術作品の近代的な歴史主義と観念主義的な在り方、その背景の工業化を批判するような作品を制作した ★4 。例えば、ミケランジェロ・ピストレットは大量の使い古された古着の山と古典的な美の象徴とされるビーナスを並置し、ヤニス・クーネリスは展覧会場に生きた12頭の馬を持ち込むことによって生物の匂いやその存在の躍動、そして詩性を表現した。

一般的な画材を放棄し、ありきたりのもの、生の素材、人間の営為を美と接続した芸術運動について思いを巡らした時、ふいに設計中の素朴な建築と接続した。我々の設計する建築がアルテ・ポーヴェラ的な意味で「貧しい建築」でありえた時、すなわち、廉価な「貧しい建築」が美しいと感じられるような存在である時、簡素な木造屋根は建築のコンセプトとなり、表象物として輝きを放つのではないだろうか?ほどなくして、我々は接着剤が荒々しくはみ出し、節だらけの幅はぎ板の象徴性に気がついた。

節穴の象徴性
一般的に、節は貧しさと結びつく要素である。「無節」といえば高級な感じがするし、「節だらけ」といえば安っぽい感じがする。節は木材の等級を左右するもので、節が大きいと等級は下がる。死節は乾燥収縮が大きいため、穴をあけパテで埋め戻す。そうしたことからも、節にはネガティブな印象が強く、節の多い木材は値段が安い。これらはすべて、我々にとっては好都合だった。節が多い木材が「貧しさの表現」となりうることを示しているからだ。そこで、節のもつこのような象徴性をさらに加速させることを考えた。そこで生まれたのが、節に穴をあけ、極小のトップライトとするというアイデアだった。幅はぎ板の上に透明な屋根材をかけると、節穴から木漏れ日のように光が落ちる。薄板を補強するタイバーは、節穴を貫通して裏側で固定すればいいだろう…。こうして、節穴は廉価な素材と構造システムの双方を象徴し、コンセプトを視覚的に紡ぐ象徴的要素となった。ル・コルビュジエ風に言うと、これこそが建築の秩序に韻律を与えてくれる存在だった。

写真3:「節穴の家」幅はぎ板の節穴と麻縄のタイバー (写真:表恒匡)

「貧しい建築」の豊かさは、日本の原風景と繋がる
ここからは、「極端に廉価」であること、「貧しさの表現」を豊かにすること、という二点を行ったり来たりしながら内外の材料を決めていった。タイバーには荒縄を使用し(鉄より安い)、その配置は節穴の位置によって即興的に決まった。外壁には屋根で使った幅はぎ板の端材を転用し、一部では仮設用の防水布(ターポリン)によって断熱材を挟んだ半透明の壁をつくった。廊下と車庫には農牧用のカーテンを使用し、建具ではアルミサッシの「ミミ」をアラワシにするという即物的な納まりを試みた。車庫では基礎を省略し、床は土のままとした。一方、基礎のある部屋では土台をむき出しにして幅木を兼ねることにした。各部の寸法は、市場に流通する建材の規格を尊重し、材料を効率的に使用できるよう調整された。

出来上がってみると、節穴を通して屋根の薄さが視覚的に表現され、浮遊感のある不思議な空間が出現した。星座のように輝く節穴は素材の荒々しさを忘れさせた。一般的な意味での「貧しさ」は感じられず、諸要素が連関しておおらかさと緊張感が共存していた。これは「貧しい建築」の豊かさではないだろうか。

「節穴の家」は新しい木造技術と構造計算技術に支えられて実現した。しかし、技術表現主義に陥ることなく、むしろプレモダンの民家の素朴さに接近している。それは、節穴や板材、荒縄といった、工業化以前の存在を内包しているからと考えられる。板材や荒縄は近代以前では当たり前のように構造的に用いられていたが、近代化の過程で代替された存在である。節穴が工業材料によって「克服された」ように。しかし、精妙さを増す現代の技術は、近代が切り捨てた存在に再び光をあてるという可能性を秘めている。これが、新しい木造技術がつくりだす美学的可能性の一つではないだろうか。

優れた美学的な提案とは、問いに始まり、問いで終わるようなものだと私は考えている。1960年代に生まれたアルテ・ポーヴェラは美術と生活の隙間の価値を問いかけた。現代においても、いや、マーケット論理の限界が見えている現代においてこそ、この問いの価値は高まりをみせているように思われる。「貧しい建築」の豊かさをめざした住宅が問いを発し、問いで終わることが出来たかは、読者の批評に任せたい。

写真4:「節穴の家」建物内観 節穴から木漏れ日が落ちる (写真:表恒匡)
写真5:「節穴の家」建物鳥瞰 節穴から光が漏れる(写真:表恒匡)


1)岩元真明「仕上、無仕上、未仕上、脱仕上」、『ねもは 003 建築のメタリアル』2012 エクスナレッジ
2)日本木材備蓄機構 『プレカット部材流通消費構造分析調査 調査報告書』 1990
3) 2017年9月竣工。設計:ICADA/岩元真明+千種成顕、構造設計:荒木美香、施工:三町工務店
4) トニー・ゴドフリー、木幡和枝(翻訳)『コンセプチャル・アート』2001岩波書籍