建築作品小委員会
Apr 30 · 27 min read

インタビュー:2019年4月3日(水)建築会館
聞き手 能作文徳 (進行) 吉本憲生・伊藤孝仁・川井操・和田隆介
記事作成 中村睦美

爆発的な人間増加によるサバイバルの問題

能作:「人新世」が地球環境問題の新たなキーワードになっています。「人新世」とはパウル・クルッツェンが提唱した新たな地質年代のことを指しています。人類の活動が惑星規模のインパクトを持つまでにいたったことで、地球の気候や地質の状態にまでもその影響が及んでいると警鐘を鳴らしています。人新世の時代において、人間が生活する条件そのものが根底から変わっていくと考えられます。それによって建築はどう変わっていくのか、あるいは変わらないといけないのか。人新世における建築の在り方についてお聞きしたいと思います。

日埜:よろしくお願いします。今日はどうも危なっかしい話になりそうですね。

日埜直彦氏

まず、人新世という地質年代に突入したから建築が変わる、ということではないんだろうと思いますね。ものの順序は逆で、人新世ということが言われるようになるその具体的な状況の変化こそが建築を変える。人新世と呼ばれる時代状況がいきなり到来したのではなく、それにいたる変化がゆっくりと漸進的に進行してきたわけですよね。そこで決定的に重要なファクターは人間の量、その急激な増加でしょう。先史時代から少しずつ増加してきてようやく19世紀初頭に人口10億人に到達した人間が、その増加の速度を急加速して今や70億人、2060年ごろには100億人になるだろうと予測されています。この人間の爆発的増加が建築を変えるということはあるでしょう。これはいわゆる環境問題への建築の対応といった話とかなり視点が違う話です。

歴史上、人間が増えてきた過程で、建築の変容は実際に起こってきました。ここであまり細かい話をするわけにはいかないけど、まずザックリ言って人口10億人以前、19世紀初頭ぐらいまでは自然採集素材で建築をつくることができたということがある。ローカルな素材、例えば木や石、あるいは泥でレンガをつくるなど、自然から採集した素材を素朴な技術で加工して建築をつくっていた。日本建築だって基本的にそうですよね。これに対して人口10億人以降の時代になると、鉄やコンクリート、ガラスのような産業的に生産された素材によって建築がつくられるようになった。人口の増加は、建築量の増加に直結します。誰でも住む家が要るし、住宅難は社会不安の原因です。そしてまた施設の大規模化、量的増大も必要になったでしょう。素材の需要が自然の供給力を越えれば、違う建築材料が必要になる。集約的に効率的に建築材料を調達し、それを合理的に建築に用いる、そういう建築生産体制が必要になる。いきなりなにを言い出すかと思われるかもしれないけど、でも近代建築はそうして生まれたものだ、と捉え直すことにそれほど無理はないんじゃないでしょうか。

現在人間は70億人ほどに達しています。まだまだ増加していくプロセスにあるわけですが、そこで我々はこのままではまずいことに気づいた。そして人間は地球を変化させていて、それは人間の生存条件を危うくしているんじゃないか?という意識が現れてきた。これが「人新世」という地質年代が提案され、真剣に議論されている背景ですね。例えば気温上昇、海面上昇、天候の不順の頻発、また同時にさまざまな局所的な環境汚染も多発して、我々人間は地球そのものを変えるほど大きなインパクトを持っていることに気づいてしまった。

そうした状況が現実にあるとして、地球は確かに変わっているけれど、実際変わってしまっているのだからそれは受け止めるほかないんじゃないか、というのが、僕の基本的な認識です。今後増加の一途をたどり100億になり、それを減らすことはおそらくできない。そしてそのときに問題になるのはただただ、人間はどう生き延びるか、つまりほとんど唯物論的なサバイバルの問題じゃないか。そういう意味では近代建築もまたサバイバルだったわけです。近代建築は技術の問題でも美学の問題でもなく、ただそれしか人類の増加に対する即物的な解決がなかったということで、技術や美学はそれを後から追っかけただけではないか。そう考えるといろいろなことの見方が変わってくるはずです。

そして、もし近代がそうだったとしたら、現代のサバイバルはどうなるか。現代が特別な時期だというわけでもないでしょう。いつでも人間は、ある場所、ある気候のもとで、ある素材を与えられ、知恵を使って安定した生活の場を組み立ててサバイバルをしてきました。サバイバルという切羽詰まったニュアンスの言葉を用いているのは、テクノロジーでこの問題がきれいに解決するという見込みがあるわけでもないし、まして美学的なことに現代建築のブレークスルーがあるとも思えず、結局やむにやまれぬサバイバル的な模索になるのだろう、ということです。

伊藤:サバイバルという言葉は面白いですね。サバイバルを立脚点としてみたときに、そのレンジをどう捉えるのかは議論の対象になるかと思います。例えば企業の生き残り戦略もサバイバルと表現されることがあります。産業構造が変わるなか、既存の産業を支えてきた企業が新しいマーケットを探るというサバイバルがありますが、傍か見ると企業が抱える人員を維持することがそもそも必要なのかということもあります。一方、企業は多くの人々の生活の支えなっているので、切実な生き残りへの渇望もある。サバイバルのレンジを広い意味で人類の生きる知恵と条件として設けるのか、あるいはもっと親密な個人が生きる戦略と捉えるかで、かなり状況変わってくると思います。例えばある都市を畳むといった議論もサバイバルの射程に入るのでしょうか。

日埜:サバイバルというのは、どうにかしないと死んでしまうからこそサバイバルなんですよね。どうにかしないと死ぬということは、要するにリソースの有限性に由来することです。建築でいうとそこで得られる素材や素材の性能や量が限られているということ。動物とは違って、人間は生存のために有限のリソースを知恵と工夫により用いてサバイバルしてきたわけです。

近代に人間が増え、都市に人口移動が始まったときに、かつてと異なる近代建築が、つまり例えばコンクリートの建築が、生まれる。それは人間がローカルな場で完結してつくっていた建築とはぜんぜん違うものになっています。まず、素材がどこか遠くからやって来る。そして、人口の移動というのは近代特有のマクロの動態が引き起こしている。結局そこで視野のスケールが変わっているわけです。プリミティブな状態ではローカルな小さいスケールで考えられたけど、近代はマクロ的なスケールが課題になる。近代建築はいわば国民国家を一つの単位とするスケールで現れてきたわけだけど、それは建築の条件がそのスケールにおいて突きつけられたからであり、建築の回答もそのスケールで与えられねばならなかった。

現代社会において、例えば環境問題が問題になる。それはグローバルな、地球全体のスケールにおける問題です。ただし、前近代のローカルなスケールから、近代の国家単位、現代の地球単位、と言うとどんどんスケールが拡張する進化論みたいな言い方だけど、しかしグローバルな単位になっても国家の問題はやはりあるし、ローカルな次元も依然としてある。いわば入れ子状になって、それぞれのスケールで帳尻を合わせていると言ったほうが実際に近いのでしょう。

そういう現代の条件付けが建築をどう変えるか。例えば、ル・コルビュエはグローバルなスケールで考えてはいなかった。それは近代においてグローバルなリアリティがなかったからです。しかしわれわれはすでにグローバルなスケールを一定のリアリティをもって意識している。そもそも土地に定着する建築はローカルな状況と強く結びつくもので、グローバルなものと建築なんか繋がらないよ、という感じはあるかもしれない。でもそこで、国家のスケールと対面した近代建築の変化とも違う、なにか本質的な変化が起こるとしたら、それはどんなものでしょう。おそらく世界的なメガシティ化、それに伴うアーバン・ディバイドなどが一つの鍵になる気がしますが、もう少し広い意味でそういうことを意識すべきじゃないかと思います。

エコロジカルな建築の性能を上げることからあえて距離を取った言い方をいましていますが、それをどうでもいいと言っているわけではないんです。むしろそれはそれとしてサバイバルの一部に違いない。ただテクノロジーによる最適化、還元主義的な手法で考えることの限界はあるのかもしれない。むしろ積極的に、ある種の鷹揚さというか、適当さやリダンダンシーをもって、この問題に応えていくことになるのかもしれないとは思います。

サバイバルの過程から生じる建築の「規則性」

日埜:つまり、現代建築の本当の問題は、いわゆる環境負荷の数値目標が云々とか、どこか美学的なニュアンスのある環境との調和というような問題よりも、むしろ切羽詰まったサバイバルの問題にぶつかったときに露呈してくるのではないか、ということなのですが、逆に言えばそこまで差し迫った問題に直面しないと建築は変わらないんじゃないかということでもあります。LEEDがなんとか言ってもいまいち差し迫ってる感じがしないんですけど、これは偏見でしょうか。

ところで古来、ヴァナキュラーな建築の中にはエコロジカルな知恵がその成り立ちに深く反映しているものがありました。ここにジョン・S・テイラーが書いた『絵典 世界の建築に学ぶ知恵と工夫』(彰国社、1989)という本を持ってきました。ローカルな素材によってつくられ、ローカルな気候に対応し、またその気候の特性をうまく使って住みやすい環境を獲得するシェルターであって、日々の食べ物をつくり、寝る場所を確保する、環境と物理法則と生活文化の絡み合った、実に興味深い建築の事例が集められている本です。こういうものを眺めていると、そこになにかしら「規則性」の存在が感じられます。単なる個別の場当たり的な事例というだけでなく、それぞれの場で結局行き着く適切な対処がある。そこには切実な必要に応じて出てきた独特の、一見すると奇妙にも見えるかたちがある。隅々まで生かし切られたかたちの説得力みたいなものが建築になっている。サバイバルというものは、そういうところに気がついたら到達してしまうものなのかもしれません。

しかし一見奇妙でもそこに規則性があれば学問としての建築学の対象になり得るし、もっと広い意味では、建築の知性として共有すべき意味をもつ。ただただランダムで個別だと学問にならないけど、規則性さえあれば、そこに蓄積して発展する基礎を据えることができるでしょう。

われわれの建築史の考え方はかなり美術史から影響を受けています。建築史という分野は19世紀の終わりに美術史から派生してできたので、伝統的に美学とその理論を既述の基礎とすることが多い。しかし美学的な建築史の視点から見ると捉えきれない重要な建築の実態があるんじゃないでしょうか。サバイバル、人間が生存の条件を獲得する建築というのはまさにそうしたもので、切羽詰まって異様な建築を積極的に評価したい。例えば近代建築をそうした見方から見るとずいぶん違って見えてくるわけですけど、建築史の美術史的傾向からの離脱はこれまで以上に進むんじゃないかという気がします。

能作:切実に生きていくことの中に「規則性」が宿るということなのですね。

日埜:論理や形式が対象をこういうものだと定義し決定するものだとしたら、規則性というのは論理よりもなにかゆるいものだと考えています。規則性や傾向、いや、もっと適切な言葉があるのかもしれませんが。例えば歴史学においては決定論的論理が問われるのではなく、なにかしらの規則性を見いだすことが問題です。歴史には予測可能性や検証可能性はないので論理を言っても始まらないけど、一定の規則性を見いだすことはできる。同じように建築も、論理や方程式といったリジッドな論理でなくても規則性さえあれば学問として成り立つんじゃないか、というイメージですね。サバイバル的状況下における知恵と工夫に規則性があるとすれば、それは建築学の対象になるだろうし、われわれが共有すべきバックグラウンドとしての建築の知性に繋がるのではないかと思います。

例えばモダニズムには形式的な、フォルマリズム的な側面がありました。そのある部分は結局のところフェティッシュでしたが、ともかくスパンやグリッドなどの形式的基準によって建築形態を決定したし、それには一定の必然性があったわけです。しかしわれわれが現在拡張しようとしている建築の方向は、総じてフォルマリズムが意識している意味における形式で決まるのではないかたちであり、また質ですよね。それはある固有の性質を持っていて、しばしば一回性の、時には応用を拒むようなものかもしれない。しかしそれでもそこにある「規則性」を見いだすことができる。ここでは抽象的な言い方をせざるをえないけど、そういうものを扱うゆるい知性の在り方を学問として組み立てる事が可能であり、それについて価値判断し、また評価することもできるんじゃないか。

吉本:規則性というのは、人間が対峙する相手として自然が出てきたときに、自然が持つ物理的な法則を前提にしているのでしょうか。

日埜:そういうことはあるでしょうね。ある程度安定した定点としての、環境、物理法則、機能的必要など、そうしたものがあるでしょう。

吉本:そこで想定されるものは、リジッドな論理的法則に規定されるのではなく、例えばAという行為を行なったときにBという反応が出てくるようなものということでしょうか。

日埜:建築設計を実際しているときに、デザインを決める根拠は、一意的なものではありませんよね。例えばそこから眺めた風景がいいからとか、法的に必要だからとか、あるいは外観における一貫性から、といったいろいろなファクターが重ね合わされているなかで、多義的に決めている。日射を意識して庇の出を決めるときには緯度と太陽の運行から幾何学的に決まることもあるでしょうが、それでも設計者はそれだけで単純に建築の形態を決めたりはしていない。ヴァナキュラー建築の集落を見ても、それぞれの建物に共通の工夫があっても、具体的に細かく見れば結構違って同じではない。そういう鷹揚なものです。条件がいろいろとある雑然としたなかで半ば強引に決めていて、その根拠は決して単純ではなく、どちらかといえば跳躍的にやっている。そういう跳躍的な決定を積極的に考えるときに、論理とか形式より規則性がふさわしいように思います。建築ってカリカリにチューンナップされたものがいいわけでなく、またプラクティカルな意味でほどほどに現実的である必要がありますから、そこであまり神経症的に厳密さを追求してもしょうがないところはある。ただし決してデタラメをやっているわけではなく、デタラメと決定論の間に規則性の強弱のグラデーションがあって、そのあいだで建築設計は行われている。

吉本:今までもそういった跳躍的な判断をする際に存在していたある種の規則性が、サバイバルの条件において顕在化するということでしょうか。

日埜:はい、そういう規則性が今までもあったでしょう。
すこし話は違うんだけど、ヨーロッパ型の断熱性能が高い住宅で全館空調している生活のしかたと、日本の断熱性能が低い住宅で局所空調している生活で、実際のエネルギー消費量のフットプリントを比べると、日本の生活のほうが小さいらしいですね。これどちらがエコロジカルと言えるか。こういう乱暴な言い方をすると多方面からご批判を頂きそうな気がしますが(笑)、ともかくあえて言うなら一意には決まらない。すくなくともハードウェアとしての建築だけでは決まらない。そういう決まらなさのもとで我々はサバイブしている。建築の営みはあくまでも人間の生活を支える物理的フレームワークとして形成されてきたもので、建築の自律性というのは、その理念的な意義はともかくとして、実践的にはフィクションであり、規則性というのはそういう重層的な問題の与えられ方のなかにある自由度を確保しつつ組み立てられるべきことだと思います。

能作:ヨーロッパの建築材料は伝統的にレンガや石という蓄熱性に長けた材料を用いて気密性の高い空間がつくられてきたため、全館暖房が向いていたのですが、日本の木造住宅はその材料と構法ゆえに隙間が多く、全館暖房ができず、局所的な採暖の方が、効率がよかったといえます。こうした建築のつくり方が生活習慣に影響を与えてきたと言えるでしょう。

人新世以降の地球環境をどう捉えていくか

能作:少し話題を変えたいのですが、産業革命以降の特に資本主義社会において人間が地球の資源のキャパシティを超えた活動をしています。地球環境が自然の摂理から逸脱していくなかで、自然の摂理に戻さなければいけないという考え方もあります。それは完全に戻すことはもはや難しいかもしれませんが、人間の精神、さらには社会全体にも影響を及ぼすように思います。あるいは逸脱したなかでどうにか生きていこうという考え方もあろうかと思います。日埜さんのお考えはいかがでしょうか。

日埜:そうですね、必ずしも逸脱した状態を戻す必要はないし、あるいはまた逸脱した現実をまず認めるべきでしょう。
かつて藍藻という最初の光合成生物が30億年前に生まれ、活発に光合成を行って酸素を放出しました。これによりそれまで大気中にほとんど存在しなかった酸素が急に増加したとされています。酸素はさまざまな物質を酸化し、例えば海中の鉄が酸化されて我々がいま製鉄に使っている鉄鋼床を当時の海底に形成した。また、酸素が大気中にあることで宇宙線によりオゾン層が形成され、紫外線が遮蔽されることで生物が生きやすい環境が確保された。そして、酸素呼吸をする生物の進化が急速に進行して、現生生物に繋がる大規模な種分化が起こった。結果的に生物相のとてつもない変化を藍藻の登場は引き起こしました。これが地質年代でいうところの原生代です。そして現代の人間もまた、その生存のために農業と酪農と漁業によって地球上の生物の様相をかなり広範に変化させています。たしかユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』(2016)には地球上の大型哺乳類の実に9割が人間と家畜で占められるとありましたね。生物だけのことではなくて、人間は鉱山で地球から最大限のリソースを得るために活動し、土木構築物が地球の表面を覆って、高密度で巨大な都市が地球のあらゆる地域に形成されて、なお成長している。確認するまでもないことですが、これは温暖化論が言うような未来の話ではなくすでに現在そうなっている現状の話です。これを「逸脱」と言うならば、藍藻も「逸脱」させたし、人間も「逸脱」させたということでしょう。そうだとしたら、逸脱していない状態に戻す、とはそもそもどこに戻そうというのでしょう。バックミンスター・フラーの『宇宙船地球号操縦マニュアル』(1968)はもはや古典ですが、確かにあの現実に対する積極性には学ぶべきところがある。フラーのやや還元主義的な方向でいいかどうかは問題ですけどね。ともあれレム・コールハースもエコロジカル・アーバニズムの文脈でフラーを参照していましたけど、そういう現在において、サバイバルのリアリティとしてまず現実認識をしっかりすることは必要でしょうね。

人間の精神への影響、と問われると壮大な話なんですが、近代建築がサバイバルに導かれていたと言っても、それがこだわり実現しようとしていたのは近代的主体としての人間のための空間です。それを過小評価するわけにはいきません。現代建築も、現代的人間の理念的な仮象を抱くだろうし、それはサバイバルのどさくさにまぎれて誤摩化されるようなものではないはずです。

能作:かつては人間が地球の状態を変えていることに無意識的だったけれど、オゾン層の破壊や地球温暖化の影響もあり、現在は人間が地球を変容させているという自覚が出てきました。そこで今度は意識的に地球をテクノロジーによって人間の生存しやすい環境に変えていこうとする動きがありますよね。例えばエアロゾルという微細な粒子を成層圏に散布することで、地球の気温を低い状態にしようとする試みがあります。こうしたジオエンジニアリングに関してどのようにお考えでしょうか。

日埜:まず基本的なこととして、人間の10億人以前においては、ある種のコンペンセーション(緩衝)が働いていたわけですね。つまり環境の変異が緩衝され、変化を引き戻す復元力が働いて、環境の変動は全体としてある一定の範囲内に収まっていた。そうでなければその生存はサスティナブルでなく、したがって死んでしまった。でも人新世と言われる時代というのは、そのコンペンセーションがカバーできる閾値を超え、次になにが起こるか予測するのは困難で、劇的な変化が起こりうる状況だと、なかば強迫めいた口調でエコロジストは指摘しているわけです。コンペンセーションが効いているときは安定的だけど、効かなくなるとその安定は急に崩れる。テラフォーミングやジオエンジニアリングも理屈としては面白いですが、都合良く復原力が作用してくれるのか、そこに本当にスタビリティがあるのか、わからないですよね。

とはいえそういう常識的な話とは別に、現に我々は建築や都市によって地球を変えているわけで、それとテラフォーミングやジオエンジニアリングの差が本質的にどれほどあるのか?ということも考えられるべきでしょう。建築や都市をつくっている我々が、どこか向こう側の出来事としてテラフォーミングやジオエンジニアリングをシニカルに見ることが、倫理的な態度と言えるかどうか。そうした積極的な地球の改変について懐疑の念を抱く人は多いと思います。でもそれは実際の建築や都市の問題と全然離れたところにあるものだと考えるべきではない。我々はテラフォーミングとは違う選択をしているけど、その総量と質において、自分たちがやっていることは実際にはそう変わらないのではないかという緊張感はあっていいと思います。

座談会風景

「マップ」と「ナビゲーション」

吉本:今までのお話で予測不可能性とどう向き合うかということを重視されている印象を受けました。以前『建築雑誌』で「人新世と都市・建築」という特集(2018年8月号)を担当しました。議論のなかで技術系と思想系という二つの考え方が浮上しましたが、技術的な考え方(立場)では、環境のコントロール・シミュレーションが可能という立場をとらざるをえない。しかし、これまでのお話にもありましたが、地球が変わる状況を完全に予測し、管理することはできないなかで、シミュレーションを否定するのではなく、どうバランスを構築できるかが重要ではないか。そこで規則性が鍵になってくるのだろうと思いました。

日埜:「マップ」と「ナビゲーション」という言い方がありますね。つまり、全体像を客観的に把握したうえで目的地に向かうルートを計画するのに使われる「マップ」に対して、全体像はよくわからないけど、今いる場所で方角や速度、移動時間を測り、そうして自分の進んだ位置をチェックして次の行動を決める「ナビゲーション」の対比です。環境エンジニアリングにはどうしてもマップのような世界イメージが出てこざるを得ないけど、そううまくいっているかどうか本当は不安なわけです。漸進的に物事を進めていくナビゲーションの強みは、途中で異変が起こったときにいつでも方向修正ができるし、そもそも全体はわからないんだから適宜即応しましょうということ以上の幻想はない。例えばオフィスビルを設計するなら適切な与条件があるかぎりシミュレーションにより妥当な計画が可能でしょう。しかしスケールが大きくなると与条件の妥当性は危うくなり、そうはいかない。ある程度コストが増えてもナビゲーション的に漸進的に進めるしかないか、ということにもなる。そして、このナビゲーションというのは、実は今までお話してきたサバイバルと通じるところがあるんじゃないでしょうか。ともかく与えられた条件でなんとかするわけですから。われわれが太古の昔からナビゲーション的に方向修正をしながら建築をつくってきたとしたら、その重みはなかなかのもんですよ。

吉本:なるほど、今のお話を聞いて、西方さんの《芝置屋根のアトリエ》はナビゲーション的につくられていたのだと思いました。インテリアや観葉植物は最初から計画してつくったものではないんですよね。湿度分布を一定にしたいという指標があり、その指標に向かって身体的にディレクションしていったと言えると思いますし、これはナビゲーションの結果ですよね。人新世の時代における予測不可能な状況において、目標となる方向性を構築するあり方としてナビゲーションは有効なのではないでしょうか。

日埜:ナビゲーションしかやりようがないとも言えます。現にわれわれはそうやってきたし、その必然性がある。そしてこれも一種の規則性の問題なんですよ。マップ的手法で一気に変えようとするのはある種の博打です。当たればいいけど、当たらない時のことも考えないといけない。コツコツと積み上げて行く努力こそが、粘菌が驚くほど見事に最適経路を見いだすように効率を導くことだってあり得て、でもそうすると各個の時点では見通しは良くないことは覚悟せざるを得ません。

明治初期の日本の住宅には筋交いなんて一本も入ってなくて、日本の建築は地震に強いなんてぜんぜん嘘だと当時の御雇い外国人に言われています。地震のたびに基準は上がって、現実社会から合意を調達することと板挟みになりながら、耐震基準は上がってきました。おそらくそういうプロセスもナビゲーションなんです。そういうものだと思えば、とりあえず手探りにでもやってみる、ということを積極的に考えられないでしょうか。一発逆転ホームランみたいなのもいいけど、歴史的に見て建築はそういうやり方はしてこなかったわけです。

工学は理学と違い、ノイズを許容することを本質とする世界です。許容というよりは、折り合いをつけるという言い方が適当でしょうか。マップ的に決定しようとすると危ない。最適化も危ない。ナビゲーションとか、サバイバルとか、規則性とか、どこかあいまいな話に聞こえるかもしれないけど、それは現実の雑多さに対抗する建築の本性と繋がった話であるように思います。そういう揺れの幅を持っているのが本来の工学の強みで、そこには決定論的でない柔軟な知性が必要になる。人間の増加であれ、グローバル化であれ、そういう事態に歴史的に建築はどうやって応えてきたか。

やはりずいぶん危なっかしい話になってしまいましたが、人新世というお題が壮大ですからね。そこはお許しいただくとして、しかし、あれが問題だからこれをやろう、という性急さではない問題の立て方が必要になるのだと思います。いろんな視野のスケールで問題を考えていくべきだし、また解決のスケールもまたいろんなスケールで与えられるべきでしょう。その一端にでもなれば、と思います。

能作:世界人口が10億から100億へと増加するにあたり、人間がどのように生存していくことが可能かという問いが、建築的な問題につながっていくと改めて感じました。そして過去の人間もそれぞれの時代を生き延びる戦略のなかで建築をつくってきました。そうした建築の技術は、マップ的な全体を俯瞰する術ではなく、ナビゲーションのように、自分の置かれている状況から未来の方向を導いていくやり方でしか進んでいくしかない。そのときに、最適化や数値化がある程度求められるにしても、それだけを徹底的に推し進めて実装していくことは、脆弱な方法であるかもしれません。建築は様々な雑多な条件を、許容する技術でもあるわけで、そうした大雑把さが冗長性を自然に生むようになっていることもあると理解しました。だからと言って、建築がなんでもありということではなく、今回サバイバルというキーワードで語られた、人間の生存条件とのせめぎ合いのなかにある規則が生じ、そうした規則に沿うように建築がつくられることが大事だと感じました。そしてその規則が建築学を「学」たらしめるものであり、建築の制限と自由を与えるものであると思いました。

吉本:都市分野でも、近年「タクティカルアーバニズム」のように漸進的にプロジェクトを実施・拡張していくような手法が重視されています。経済分野でいえば「リーンスタートアップ」なども同様の発想かと思います。これは社会の不確実性が高まるなかで、いかにスムーズに物事を動かしていくかの作法であるように感じます。そこでは評価と実践のサイクルが重要になってきますが、「人新世」という極めて大きな問題系のなかで、このような漸進的な手法を適用していくためには、個別の建築と地球全体というスケールのかけ離れた対象を総合した、新しい評価手法も必要になるのではないでしょうか。その際、「マップ」的な見通しのきいたものではなく、「ナビゲーション」的な、振れ幅をもった予測・計画手法が求められることになるのではと感じました。それは、人新世やSDGsなど地球規模の問題を考えていく際の、計画・デザイン概念のベースになり得るかもしれません。


日埜直彦
1971年茨城県生まれ。建築家。大阪大学卒業。2002年より日埜建築 設計事務所主宰。 芝浦工業大学非常勤講師。作品=《ギャラリー小柳ビューイングルーム》《F.I.L.》《ヨコハマトリエンナーレ2014会場構成》ほか。主な著書に『白熱講義──これからの日本に都市計画は必要ですか』(共著、学芸出版社、2014)、『磯崎新インタヴューズ』(共著、LIXIL出版、2014)、『Real Urbanism』(共著、Architectura & Natura、2018)など。国際巡回展「Struggling Cities」企画監修。

能作文徳
1982年富山県生まれ。建築家。2012年東京工業大学大学院博士課程修了。博士(工学)。現在、東京電機大学准教授。2010年《ホールのある住宅》で東京建築士会住宅建築賞受賞。2013年《高岡のゲストハウス》でSDレビュー2013年鹿島賞受賞。主な著書に『コモナリティーズ ふるまいの生産』(共著、LIXIL出版、2013)、『シェアの思想/または愛と制度と空間の関係』(共著、LIXIL出版、2015)。第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築出展(審査員特別賞)。

吉本憲生
1985年大阪府生まれ。専門は、近代都市史、都市イメージ、都市空間解析研究。2014年東京工業大学博士課程修了。同年博士(工学)取得。横浜国立大学大学院Y-GSA産学連携研究員(2014–2018年)を経て、現在、日建設計総合研究所勤務。2018年日本建築学会奨励賞受賞。

伊藤孝仁
1987年東京生まれ。建築家。東京理科大学工学部建築学科卒業、横浜国立大学大学院Y-GSA修了。乾久美子建築設計事務所勤務を経て、2014年にトミトアーキテクチャ設立。2015年から東京理科大学工学部建築学科設計補手SD REVIEW2017入選。主な作品《CASACO》(2016)、《真鶴出版2号店》(2018)など。

川井操
1980年島根県生まれ。専門は、アジア都市研究・建築計画。2010年滋賀県立大学大学院博士後期課程修了。博士(環境科学)。2013–2014年 東京理科大学工学部一部建築学科助教。2014年−現在、滋賀県立大学環境科学部環境建築デザイン学科准教授

和田隆介
1984年静岡県生まれ。明治大学大学院博士後期課程在籍。2010年千葉大学大学院修士課程修了。2010-2013年新建築社勤務、JA編集部・a+u編集部・住宅特集編集部に在籍。2013年よりフリーランス。主なプロジェクトに、『LOG/OUT magazine』(RAD、2016-)の編集・出版など。

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