日常の風景をつくる―横浜におけるウィズコロナの公共空間のあり方をめぐって

鈴木伸治/Create everyday scenery: Utilization of public space during Pandemic situation in Yokohama / Nobuharu Suzuki

鈴木伸治
建築討論
12 min readSep 30, 2020

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新型コロナウィルスの影響により、われわれの生活、都市におけるさまざまな活動は制限をうけた。突然の学校休校、緊急事態宣言を経て、3密を避けつつ都市活動を維持継続することが重要となった。少なくともウィズコロナの時代においては、集客やにぎわいづくりで経済を回していくという、これまでの考え方を見直していく必要に迫られていると言えるだろう。

こうしたなかで、まちづくり分野では深刻な状況に陥ったヨーロッパやアメリカの対応が話題となった。密を避ける公共空間の活用事例などがネットニュースや、数多くのオンラインセミナーで報告され、ウィズコロナ・ポストコロナのまちづくりについての議論では公共空間の活用が論点の一つとなっている。

公共空間の活用事例としてはニューヨーク市が5月から始めた市内160キロにわたる車道を歩行者、自転車に解放するオープンストリーツ、6月下旬から段階的にスタートした道路空間でのレストランの営業を認めるオープンレストランツなどが話題を呼んだ。コロナの感染者が急激に増加したニューヨークではレストランの室内営業が禁じられたため、レストラン救済のための緊急的な措置としてスタートしたが、9月末時点で1万軒以上が営業しており、期限を延長することが決定された。昨年、ブルームバーク市長のもと道路空間を広場に転用するプラザ・プログラムなどを指揮したサディク・カーン女史が来日したことで、ニューヨークの道路空間の活用が先進的事例として知られるようになったことも影響し、注目を集めたのであろう。

日本においても、6月5日に国土交通省が「新型コロナウイルス感染症の影響に対応するための沿道飲食店等の路上利用に伴う道路占用の取扱いについて」を発表した。この新型コロナウイルス感染症の影響を受ける飲食店等を支援する緊急措置においては、地方公共団体と地域住民・団体等が一体となって取り組む沿道飲食店等の路上利用について、その占用許可基準を緩和し、占用料を減免することとされた。

具体的には、新型コロナウイルス感染症の影響を受ける飲食店等によるテイクアウトやテラス営業のための路上利用について、地方公共団体等が一括して占用許可の申請をすると道路占用許可基準が緩和される仕組みである。これに対して多くのまちづくりの関係者がポジティブな反応をしていた。2月に閣議決定された道路法改正の一つの柱が「豊かな歩行者中心の道路空間の構築」であったことから、緊急の規制緩和の延長線上に将来の道路空間活用の可能性を見出したのではないかと思われる。以後、さまざまな取り組みが全国で行われており、泉山ら(2020)による緊急調査では、全国の30都市、35地区で道路空間活用が実施されている。この数字が多いか少ないかは判断が分かれるが、4月7日に緊急事態宣言の対象となった東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県に絞ってみると東京(3)、神奈川(1)、埼玉(1)、千葉(1)、福岡(1)と7件ほどしかなく、むしろ人口の少ない地方都市を中心に実施されていることがわかる。おそらく、大都市部では協議調整に時間を要しているのはないだろうか。また、その実施主体をみると、これまでのまちづくりが取り組まれていた地区、担い手となる組織が存在しているところで活動が立ち上がっているようである。それぞれの地区の状況、特にビフォア・コロナの取り組みやそれぞれの都市の状況に影響を受けているのではないか思われる。そこで、ここからは地方都市の一つとして、横浜の状況について考えてみたい。

コロナ禍への対応の動き

横浜の古くからの都心である関内地区では、いち早く関内まちづくり振興会や連合町内会が中心となり、かんないテラス実行委員会を立ち上げ、7月15日に道路活用、9月25日には公開空地活用のイベントが行われた。きっかけは地域の市民や事業者、行政らが一緒になって地域課題の解決を目指す「関内リビングラボ」の立ち上げ準備のためのオンライン・トークイベントであったという。コロナ禍における公共空間の活用について議論が交わされるなか、関内まちづくり振興会から実証実験への協力を呼びかけたところ、関係者が賛同し、この企画がはじまったという。

写真1)かんないテラス第1回(写真提供:かんないテラス実行委員会)
写真2)かんないテラス第2回(写真提供:かんないテラス実行委員会)

7月のイベントでは道路空間上にテラス席を設置し、周辺飲食店でのテイクアウトした料理を食べることができるという形式であった。対象となった関内のさくら通りは、一方通行で歩道の幅員も十分とはいえない。緩和の条件となる2m以上の歩行者空間の確保のためには車輌の制限が必要となるため、常設のテラス席設置については解消すべき課題もある。9月のイベントでは公開空地の活用や周辺の飲食店へのテイクアウトオーダーのためのスマートフォンアプリの活用実験が行われるなど、戦略的にプロジェクトが進められている。このプロジェクトを機会に、地域のまちづくり団体、町内会が協力し合い、専門家としての設計事務所(オンデザイン・パートナーズ)メンバーがバックアップするなど、新しいつながりが生まれていることにも注目したい。

もう一つの事例としては京急沿線の黄金町地区のプロジェクトを紹介したい。もともと売春が行われていた違法な小規模店舗が多く見られる地区であったが地域住民がこうした違法な営業の拡大に対して反対し、2005年以降はアートによる地区の再生が試みられてきた地区である。近年は少しずつ店舗の立地がすすみ、高架下と大岡川沿いの道路を中心に新たな人の流れが生まれつつある。今回は、商店会が中心となり、大岡川周辺の店舗が協力する形で、道路空間の活用が始まった。こちらは以前より週末は車輌の進入が規制されているため、11月末まで毎週末の運営を目指している。また、関内地区がまちづくり組織と町内会が中心となる企画であるのに対して、こちらは店舗が中心に運営していく方式である。この企画については筆者も協力しているが、企画担当者や店舗の関係者へのインタビューでは持続的に運営するためには、店舗側のスタッフ数や運営ノウハウも必要であり、商店会として申請するが基本的には店舗側の自主性を重視した運営方針となっている。ユニークな取り組みとしては、日本大学理工学部海洋建築学科親水工学研究室の菅原遼助教と学生達のプロジェクトで、河川の転落防止柵にカウンターを設置する「Mizube Bar」の実験が行われている。飲食店でテイクアウトのフード、ドリンクなどとともにカウンターを借り、各自好きな場所にカウンターを設置し都市の水辺を楽しむというものである。

写真3)黄金町地区での道路空間活用
写真4)黄金町地区での道路空間活用
写真5)Mizube Bar (日本大学理工学部海洋建築学科親水工学研究室チームの実験プロジェクト)

行政側の対応

こうした、民間側の動きに対して、行政側の対応はどうであろうか。今回の緊急措置は「三密」を避けつつ営業を維持するために、テイクアウトやテラス席などで、道路空間を活用する場合の規制緩和であるが、横浜市ではあわせて、公開空地の利用についても緩和を行うこととした点が注目される。

横浜の場合、市内全域に高度地区の絶対高さ制限がかかっており、市独自の制度である市街地環境設計制度にもとづいて高さ制限を緩和する際に設置される公開空地が約500件近くあり、他都市と比較して数多くある。これは1970年代から始まった都市デザイン施策の一環として、歩行者にやさしいまちづくりを他都市に先駆けて取り組んできた成果でもある。もともと道路の狭い都心部では、歩道状空地の設置を促して、歩行者空間の確保を図ってきたためである。

そのため、横浜市では、道路占用の規制緩和に加えて、公開空地の利用についても、一定の条件のもと認めることを7月30日に発表した。

この公開空地の活用については、横浜市では以前からの課題でもあった。筆者も関わった2005年の市街地環境設計制度改正の際には、都心部の公開空地の活用はすすんでいなかった。そのため、地権者等を含むエリアマネジメント団体(法人格なくてもOK)が一定の要件を満たせば利用可能なように制度改正が行われた。東京都が「東京のしゃれた街並みづくり推進条例」をつくり、再開発等でうまれた公開空地でのオープンカフェなどを実施できるように、まちづくり団体(法人格が必要)の登録制度を導入したこともあり、それを意識した制度改正であった。しかし、その後も市内の公開空地の活用例は残念ながら増えなかった。その理由は、東京のしゃれ街条例が、街区再編型大規模再開発の公開空地とエリアマネジメント主体を想定しているのに対して、横浜では高さの制限緩和にかわる貢献として設置されている公開空地であるため、一つ一つの開発の規模が小さく、エリアマネジメント団体を作って活用しようと思うほどの規模ではないためではないかと思われる。こうした特質を踏まえると、行政側が積極的に公開空地の活用を働きかける必要もあるだろう。

公開空地以外にも、横浜では開港広場やグランモール公園などのように周辺の空間と一体になった公園もある。周辺と一体となってデザインされており、利用者はその境界線を意識することはなく、都市デザインの良き実践例である一方、活用フェイズにおいては、異なる管理者が一体的にマネジメントする仕組みができていないケースもある。

道路だけでなく、公開空地や公園などさまざまな要素の組み合わせで都市内の公共空間はできており、ウィズコロナ・ポストコロナのまちづくりを考えた場合、こうした様々な公共空間を横断的に柔軟に活用する体制づくりが不可欠である。これらの管理主体はそれぞれ異なり、必要となる書類もプロセスもまったく異なる、横浜市では「公共空間活用の手引き」を2020年1月に発表してはいたが、手続きそのものを簡素化する、ワンストップで対応するといったものではなかった。今回のコロナ禍をきっかけに、公共空間の活用を推進する管理体制を構築していく必要があるのではないだろうか。

日常の風景をつくる

今回のコロナ禍を契機に、少しずつではあるが、地域に新しい活動が芽生えていること、行政側の体制も変わりつつあることについて述べてきたが、課題についても述べておきたい。それは、こうした公共空間活用が店舗側にとって、メリットになる動きになっているかという問題である。今回の対策のポイントは警察が了解のうえで規制緩和が行われていることと、占用料の減免である。これによって、これまで警察協議にかかっていた時間や調整の手間が大幅に削減することができる。また、占用料の減免も客単価の低い飲食店にとっては大きなプラスである。一方、テイクアウト販売用スペースやテラス席の設置によって、人件費が余計にかかるようでは店舗側にとって収支があわなくなってしまう。公共空間の活用を進めたい立場の人にとっては、これは都市空間の転換をはかるチャンスでもあるが、店舗側の参画がなければ、継続性のある取り組みにはなっていかない。ニューヨークのように室内営業が禁止されていたわけではないので、店舗側ではコロナ対策をとりながら、店内での営業を元の状態に戻していくことが大事だというのが店主側の言い分であろう。また、商店街などが道路占有の申請者となることが想定されているが、商店街の中には物販、飲食などさまざまな業態があり、必ずしも道路空間の利用を希望する店主ばかりではなく、なかなか合意形成が難しいという意見も聞かれた。必要なのは、一過性のにぎわいづくりではなく、日常的な風景をどうつくっていくかであろう。

今後につなげる

今回の道路の規制緩和は11月末までで、状況によって今後を考えるということになっている。コロナの第二波、第三波も予想されている以上、長期的な戦略をもって、今回の道路空間活用を含む公共空間活用を考える必要がある。逆に戦略を持たない自治体は過去に戻っていくだけである。大局的に見れば、中心市街地から自家用車を減らし、公共交通や、歩行者、自転車中心のウォーカブルな中心市街地へと変えていくことになるだろう。今回のコロナ緊急対策はそれを具体化していくワンステップとしていく必要があるのではないだろうか。そのためにも、地域の実情にあわせたそれぞれの行政、民間の横断的な協調が必要とされている。

参考文献

泉山塁威・西田司・石田祐也・宋俊煥・矢野拓洋・濱紗友莉・小原拓磨(2020)、「コロナ道路占用許可における路上客席の可能性と課題 新型コロナウイルス感染症に伴う路上客席の緊急措置に関する速報的考察」、『都市計画報告集』№19、pp284–289、日本都市計画学会

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鈴木伸治
建築討論

すずき・のぶはる/1968年大阪府生まれ。専門は都市デザイン・歴史的環境保全。主な著書に『都市の遺産とまちづくり アジア大都市の歴史保全』(編著、春風社、2017)『今、田村明を読む』(編著、春風社、2016)ほか。