日本らしさをめぐる葛藤:新国立競技場における木造と木材

[ 201801 特集 「造」と「材」]

コンペやり直しで浮上した「日本らしさ」
2019年11月の竣工に向けて新国立競技場の工事が進んでいる。建設を進めているのは、コンペで選ばれた大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体だ。彼らが提案した新しい競技場は、木材の使用を大きくうたっている。このプロジェクトから、木造と木材の置かれている意味について、あらためて考えてみることにしよう。

新国立競技場完成予想図(大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JV作成/JSC提供)
新国立競技場完成予想図(大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JV作成/JSC提供)

まずは白紙撤回された旧コンペ(2012年)から振り返ってみよう。最優秀に選ばれたザハ・ハディドの案には、木材の使用がうかがえない。2位のコックス・アーキテクチャー案も、3位のSANAA+日建設計案も同様である。最終審査まで残った他の案を見ると、梓設計案や環境デザイン研究所案など、木造の屋根を架けたとおぼしきものもいくつかあったが、それらは結局、入賞を果たさなかった。

「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」は2010年、既に交付されていたが、こと国立競技場の建設においては、この時点でほとんど評価のポイントになっていなかったといえる。

しかし2015年にやり直しとなったコンペでは、提出されたA案(大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体)、B案(伊東・日本・竹中・清水・大林共同企業体)とも木がフィーチャーされていた。その間には何が起こったのか。

コンペ要綱にあたる業務要求水準書が書き直され、そのなかで「木材利用の促進を図り、製材、CLT 等の集成材、合板等の木材を可能な限り利用する計画とする」ことが明記された。

それだけではない。施設整備の基本的考え方として、「日本の伝統的文化を現代の技術によって新しい形として表現する」ことも打ち出された。併せて「日本らしさに配慮した計画」が審査の評価項目のひとつとなることも明らかにされた。

計画のやり直しに至る過程で、ザハ・ハディド案は景観、構造、維持管理など多岐にわたる批判を浴びたが、「日本らしさ」の欠如について表だったことは言われていない。「日本らしさ」という言葉が浮上するのは、新国立競技場再検討のための関係閣僚会議においてである。例えば麻生太郎財務大臣は、2015年7月の第1回会議で「日本に合う建物であると望ましい」と発言を残している。

また、木造建築の普及をさらに推進させたいという思わくが、建築界や林業界にはあり、その中で公益社団法人日本建築士連合会は、2015年8月に再検討のための関係閣僚会議議長の遠藤利明に当て、「新国立競技場 “屋根構造の木造化” に向けた提言」を提出している。

こうして進められた整備方針の再検討で、「日本らしさ」と木造化が結びついたのが、やり直しコンペの両案だったと考えられる。

材の太さをめぐる対立の構図
やり直しコンペで出されたA案とB案は、奇しくもタイトルまで同じ「杜のスタジアム」だった。その意味で2案はよく似ている。 ただし木材の使い方には大きな違いが見られた。

A案で木が使われた箇所は、まずスタンドを覆う屋根である。これを支える片持ちのトラスを木と鉄のハイブリッド構造とし、下弦材には国産カラマツ集成材、ラチス材には国産スギの集成材を使用している。また外周部の軒庇には、国産のスギ材を用いた縦格子を設置するとしている。

一方でB案は、国産カラマツでつくられた集成材の柱72本が、スタンドを取り囲んで支える設計。集成材には竹中工務店が開発した「燃エンウッド」を使用する。これは純木の荷重支持部、モルタルと木でなる燃え止まり層、純木の燃え代層の三層からなる耐火集成材で、1時間耐火の認定を得ている。この競技場で用いられる材の断面は1辺が約1.3〜1.5mの正方形で、柱の高さは約19m。これが「縄文遺跡や神社を想起させ」、「力強い日本を象徴」するという。

2案の違いとは要するに、木を太い材で使うか細い材で使うかだ。その考え方において、両案は対極を示したのである。

これは1950年代の日本建築界で湧き起こった伝統論争の反復ととらえることもできる(五十嵐太郎『日本建築入門』ちくま新書)。「弥生」か「縄文」か。戦後のモダニズム建築が経てきた「日本らしさ」をめぐっての対立構図を、60年後に今度は木造建築が繰り返したのである。

グローバルな素材でもある木
審査の結果はA案に軍配が上がった。項目ごとの採点を見ると、「建築計画」「日本らしさ」などでB案が上回ったものの、「業務の実施方針」「工期短縮」などでA案にひっくり返された格好だ。

当選案の設計代表者である隈研吾を、新聞は「和の大家」と紹介した。これまでの作品で、木を多用してきたことからの呼称だ。

しかし隈本人は「和」にこだわっていることはないと否定。インタビューで「木を使うので、国立競技場は『和風』なのでしょうか」と問われて、こう答えている。

「木だから日本らしいというのは全然違うし、それは誤解です。新しい国立競技場は和モダンではありません。フィンランドやフランスで木を使った作品を手がけていますが、木はいまや世界の人々が求めている素材であって、日本特有のものではありません」(松葉一清『現代建築のトリセツ』PHP新書)。

日本らしさの要求に木でこたえようとしたコンペ方針と矛盾するようだが、ナショナルであると同時にグローバルでもあるという、二重のコードを備えていることが、木という素材の最大の特徴であり、そのことを隈は熟知していて、場面によって使い分けているとも言える。

そしてインタビューで隈は続ける。

「木だから和風モダンという見かけの次元ではなく、日本では、木を現代においてどのように丁寧に扱うか、エッジの部分の仕上げにも配慮して、そのあたりまで海外の人にぜひ見てもらいたい」。

木を使うから日本らしいのではなく、日本らしい木の使い方というものがあって、それを新国立競技場では示す、というわけだ。そしてその方法が、先に触れた細い材を使うということなのである。

隈によれば、木の魅力は温もりを身近に感じられるところにある。それは大断面の集成材からは得にくいという。

「大型木造は、木を貼り合わせてコンクリートのような巨大な集成材を作って建物を建てるやり方(中略)コンクリートの形態を木に置き換えただけです」(隈研吾『なぜぼくが新国立競技場をつくるのか』日経BP社)。

調達の面からも細い材は有利で、中断面以下の集成材なら全国どこの工場でもつくれるし、庇に貼られるスギも日本全国から広範囲に手に入る流通材だ。その点でも細い材はメリットは大きい、と隈は説明する。

原理主義ではない木の使い方
しかしA案の木の使い方に対して、問題点も指摘できる。それはまず、真正性についてだ。

たとえばスタンドに架かる屋根において長期荷重を受け持つ主構造はあくまで鉄骨であり、木は風などの短期荷重に対して鉄骨と合わさって変形を抑えるものでしかない。木造とはまったく言えないものなのである。これはB案の柱が、構造まで木材であるのと対照的だ。

「原理主義的にはすべて木構造であるべきかもしれませんが、それではどうしても無理が出てくる。木材はもっと柔軟に、だましだまし使った方がいい」(『日経アーキテクチュア』2016年1月28日号)というのが隈の主張で、その方針自体は納得がいくものだ。

けれども、どうであれ使えるところに木を使えばいいという手法が、場合によっては木でなくても木に見えればいいという手法に横滑りしていくと、いやな感じを憶える向きもあるかもしれない。

新国立競技場の設計では、例えば外周の最上部に位置する「風の大庇」でアルミ製のルーバーに木調の焼き付け塗装を施すことになっている。いわばフェイクの木材だ。一般の建築でも木目がプリントされた塩ビフィルムを張る手法が普及しているが、そこにモラル決壊のおそれはないのか。広く議論の対象となるテーマだろう。

新国立競技場完成予想図(大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JV作成/JSC提供)

エポックメイキングなプロジェクト
施工の段階に入ると、木材調達に関しての疑義も出された。国際的な環境NGOが、コンクリート型枠に使っている合板にマレーシアの違法伐採された木材が使われていると指摘したのだ。

これに対して事業主体の日本スポーツ振興センターらは、調達基準に適合した合法的な木材であると回答しているが、環境NGO側からは調達基準の要件が不十分との再批判が出された。持続可能性をもった管理を行う森林に与えられる森林認証の制度は、日本ではまだ普及の途上であり、適正な木材調達の難しさを示す出来事だと言える。

木造や木材をめぐって様々な論点が噴出している新国立競技場の計画だが、注目される公共的な施設で、これだけ大規模に木材が使われることの意義は大きい。建築作品としての評価は完成を待っての話だが、日本における木造の歴史のなかでエポックメイキングなプロジェクトであることは間違いないだろう。

新国立競技場完成予想図(大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JV作成/JSC提供)

最後に、忘れかけていた個人的なエピソードを書き残しておこう。ザハ・ハディドの案で設計が始まろうとしていたころ、設計共同体に参加していた日本側設計事務所の担当者のひとりが、非公式の場で漏らしたのだ。
 「キールアーチの仕上げ材として、木を張ることを考えている」。

ザハ案をそれほど良いと感じられずにいたのだが、この発言を聞いたときには心が高鳴った。どこまで現実的なアイデアだったのかはわからないが、もしもザハ案が木の建築として立ち上がっていたら、世界中を興奮させるものになっていただろう。今さらながらの話ではあるが ★1。


1)2015年8月25日、ザハ・ハディド・アーキテクツはビデオプレゼンテーションを発表した。それによると、進めていた実施設計案では、公共歩行空間はすべて国産の木材で仕上げられ、ファサードの大部分は日本の木材を使ったルーバーで覆われると説明している。ザハ案の国立競技場は、少なくとも近くに見える範囲では実際に「木の建築」となるはずだった。ちなみにザハ・ハディド・アーキテクツが設計を担当したロンドンのアクアティックセンターでは湾曲した巨大な庇部が木材で覆れている。