日本都市計画学会編著『都市計画の構造転換:整・開・保からマネジメントまで』

都市計画の原点、そして今後の都市計画の原点──これからの日本に必要な都市計画とは(評者:楊光耀)

楊光耀
建築討論
Jul 3, 2021

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本書は、新都市計画法制定50年、旧都市計画法制定100年の節目である2016年から始まり、2019年に行われた日本都市計画学会のシンポジウムの内容を元にしている。専門家が都市計画法制の歴史的経緯、都市計画の現状の課題、今後の展望などを多岐にわたって発表・議論を行い、シンポジウムの後に都市計画の各分野・制度・区分・テーマにしたがって、シンポジウムの内容を各章に再編し直した論考集となった。

日本都市計画学会編著『都市計画の構造転換:整・開・保からマネジメントまで』

都市計画は一般に専門的で各分野に分かれ、多くの事例や制度、さらに様々な実務上の慣習が入り組んでいることから、全体像を捉えることが難しい。本書では、都市計画を再考するにあたって、市街地形成、道路や公園、地区計画、交通といった具体的な都市計画から、その前提にある都市計画法制について逐次整理することで、個別事例の時代背景を明るみにして、都市計画の複雑な輪郭を浮かび上がらせている。

本書の構成は、まず本書全体の問題意識が序章で提示された後に、全体が大きく3部に分かれ、意義と歴史/経緯と展望/基本構造と未来の課題とそれぞれの問題設定の元に、全7章の各章にわたって、公共性・持続性/都市計画の変遷・都市計画家の存在/線引き制度/市街地開発事業/地区計画制度・都市再生特区/マスタープランの再構築/都市計画の時間軸、について具体的に論じ、終章で「公共性」、「全体性」、「持続性」の三つの都市計画における概念から、再び本書全体を捉え直す、といった構成である。また、各章の個別事例は年表や図表を交えながら詳細に論じられており、ここで述べた大枠や要旨とは別に、本書は事例集としての性質も持っている。

各章に通底している論点に★1、これらからの都市計画において、従来の都市計画法制の変遷を踏まえた上での制度の再構築と、柔軟性や長い時間軸を見据えたマネジメントの必要性がある。現行の都市計画法は、高度経済成長と共に人口が増加し都市が拡大していく時期(1969年)に制定された新法であった。そのため、法制の大枠に都市のスプロール化の防止や生活環境の改善など、当時の都市開発に対する制御や対処であった。その後たびたび改定や更新があったものの枠組は制定当時のものであり、少子高齢化が進行し人口の減少している現代と制定当時では、社会状況や都市問題が大きく変化していることが背景にある。そして、マネジメントの必要性は、一度制定されると変更の効きにくい既存の法制に対して、変化の激しい現代の都市において、状況に応じて柔軟な運用を可能にすることが長期的な時間軸を見据えられることが背景にある。

このような都市計画法制の大枠の変更は現在に限ったことではなく、現行の都市計画新法の法制以前の法制である市区改正明治末期ー大正初期)や都市計画旧法(1919年)について見ると★2、同様に都市計画法制の大枠や対象が変わっていった事が分かる。市区改正においては大枠にあったのは、対象として国全体の道路や公園といった都市インフラの整備にあり、都市計画の実現方法として建設事業が中心にあった。石川栄耀など著名な都市計画家が活躍した時代である。それが旧法になると、国の重要施設の建設計画に変わり、いわゆる建築家が設計した公の建築物が表立って作られるようになる。さらに現行の新法(1969年)においては、中央・地方の土地利用を対象とした整備・開発・保全と計画・事業に大枠が上書きされていった★3。

このように今後、都市計画法制の主眼がマネジメントに移行するにあたり、本書の内容を元に、現行の法制の実際の運用等からいくつか論点を挙げてみたい。まず第一に、法制が制定されてから実際に運用されるまでの間の時間軸の差について、次に第二に、運用されている都市や地域ごとの実態の差について、である。

第一の制定と運用の時間軸の差については、法制の中で新たな制度が制定され、それに基づいた都市計画事業が決定し実際に計画や建設されるまでに、事業が大規模であればあるほど実現までかかる時間も長くなっていくことから、制度の捉える時間軸と実際の運用の時間軸の間に乖離が生じてくるということである。すると制度が当初想定していた社会状況が、実現されることには時間が経過して当初の社会状況とは異なる社会状況になる場合が考えられる。

例えば、本書P.72-P.75にある都市計画法制の年表において、1987年の住宅高度利用地区地区計画や用途別容積型地区計画の制定があるが★4、これは当時の社会状況として、1960年代から1990年代にかけての都心から郊外への人口移動によるドーナツ化現象や、産業構造の転換による都市部にあった工場が地方や海外へ移転跡の跡地利用の必要性があった。そのため、人口の都心回帰や都心の高度利用を背景に、都心部の容積率の規制緩和として、住宅高度利用地区地区計画や用途別容積型地区計画の制定がなされた。そして1990年代後半から、それまでに日本になかった超高層集合住宅★5が都市部に現れるようになる★6。その結果、現代に至るまで都市部においては、超高層集合住宅を中心に据える再開発も幅広く行われるが、逆に少子高齢化や人口減少の現在においては、郊外や地方の人口減少を加速させる一因にもなり得てしまう。これは、1980年代には無かった社会状況で、そこから30–40年経過すると社会状況が反転して、当初とは異なった都市計画の結果をもたらす様子が分かる。社会状況に対して制度が捉える時間の有効な幅を超えて、実際の運用が長い時間持続していくことが、このことからも分かる。

そして、第二の運用されている地域や都市ごとの差については、都市ごとの面積や人口や人口密度、市街化区域の割合等★7によって、それぞれの都市で抱えている問題や有効な都市計画が異なることから、制度と運用における全国的、地域的な実態の差が生じるということである。それによって、制定される制度の想定する範囲や対象が変わってくると考えられる。

例えば、前述の地区計画において、一般的な活用と特例的な活用が存在するが★8、全国の地区計画と東京23区の地区計画においては★9、運用面での違いがある。全国の地区計画の地区数のうち6.4%が、面積のうち5.3%が東京23区にあるにも関わらず、全国の一般的な活用や特例的な活用の地区計画の地区数のうち33%が、面積の41%が東京23区にあり、東京における地区計画の運用が特例的★10であることが分かる。こうした地区計画の特例的な活用は、特例の条件と引き換えに容積率の規制緩和を誘導可能になることが多く、その結果、近年の東京都心の都市再生事業はこうした制度の背景を元に様々に特殊な都市空間を生み出している。さらに、東京には地区計画の特例的な活用を含めた、より広範な都市開発を誘導する都市開発諸制度★11もあり、近年★12改定が行われたばかりで、都市活動拠点といった郊外主要駅周辺の容積率の規制緩和や環境や防災、福祉、緑化促進といった方針が盛り込まれた。東京では今後、容積率の規制緩和から都市再生とその周囲の地域の温度差が問題になる一方で、地方では縮小していく市街地を容積率を引き下げていくことで再生していく★13といった、全く異なる状況に直面する。

以上の二点が都市計画法制の大枠が今後、マネジメントに移行していく際にどう変わっていくかが評者は本書を読みながら総合的に思った点である。都市計画は誰にでも開かれている反面、制度的に専門的であるために、ともすれば分かりやすい標語や流行として表面的に捉えられがちになる。こうした背景が短絡されてしまうと、マネジメントもただ単に新しいことをやったということだけで、都市の変化の中でいかに柔軟★14に運用していくかの視点が抜けてしまう。

現在、多くの都市でさまざまなまちづくりや場づくり★15、都市マネジメントといったことが行われており、本書の要旨に沿った現実が多くの都市で展開されていることは注目すべきである。その際、こうしたマネジメントの背後にある都市計画の理論や経緯がどこまで把握され、法制の体系に基づくか、運用の根拠として裏付けられるかが、今後のマネジメントの成り行きを左右していくだろう。

各都市ごとの性質や課題に対して具体的な指標や価値観を持ち、長期的な時間軸で常に修正や調整を加えながらマネジメントを行っていく上で、本書は都市計画専門領域のみならず、都市に関わる全ての人にとって、改めてその出発点と行程を確認させてくれる書である。

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★1:本書の副題にもマネジメントとある。
★2:『2–2.日本都市計画の史的検証「制度」―「技術」』を参照されたい。
★3:本の副題の前半にある整・開・保はこの部分である。
★4:地区計画制度は1980年に制定された制度である。具体的な地区別にわたって土地利用や建築制限など、用途地域等に比べてより細かく規定できる制度である。当初は規制強化型の地区計画だったが、徐々に規制緩和型の地区計画が整備された。
★5:いわゆるタワーマンション。
★6:有名な事例として大川端リバーシティ21が挙げられる。
★7:具体的な指標に基づいた都市数等については『3–2.線引き制度の評価と土地利用誘導の可能性』とP.116,117の表を参照されたい。
★8:一般的な活用として(A)再開発等促進区(B)開発整備促進区、特例的な活用は(a)誘導容積型(b)容積適正配分型(c)高度利用型(d)用途別容積型(e)街並み誘導型(f)立体道路制度がある。
★9:国土交通省都市計画現況調査より、平成29年3月31日の地区計画等の調査結果に基づく
★10:具体的な数字として、全国の地区計画は7,375地区/162,052.7haあり、うち一般的な活用や特例的な活用の地区は529地区/11,543.1haあり、全体の7%/7%に相当する。このうち、東京23区の地区計画は478地区/8,683.9haあり、うち一般的な活用や特例的な活用の地区は173地区/4759haあり、36%/54%に相当する。
★11:都市開発諸制度➡東京都都市整備局よりhttps://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/cpproject/intro/description_1.html
★12:令和2年度12月➡https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/seisaku/new_ctiy/katsuyo_hoshin/hoshin_02.html
★13:事例として金沢市の片町きららが挙げられる。
★14:本書の中では、柔軟性の他に、価値観の明確さ、地域重視、見直しの効きやすさ、多様な主体の参加などが今後重要な概念として挙げられている。
★15:また、2020年から2021年にかけて実際多くの都市の屋外空間が活用されはじめたことも注目すべきだろう。

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書誌
編著者:日本都市計画学会
書名:都市計画の構造転換:整・開・保からマネジメントまで
出版社:鹿島出版会
出版年月:2021年3月

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楊光耀
建築討論

やん・こうよう/1993年中国西安出身、1995年より東京在住。2018年東京大学工学部建築学科卒業、2020年東京大学工学系研究科建築学専攻修士課程修了。専門は、建築理論、都市計画。現在、建築設計事務所勤務。2018年-2020年多摩市ニュータウン再生推進会議市民委員、2020年-多摩市都市計画審議会市民委員。