ローランド・エノス著『「木」から辿る人類史』

木と人類の良好な関係を取り戻すために(評者:浜田英明)

浜田英明
建築討論
Dec 15, 2022

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昨今の建築においては、木の使い方についてよくよく考えさせられる場面が非常に多い。構造材料として木材を利用する立場からすると、鋼やコンクリートと比較して、接合部強度や剛性で部材断面が決まること、流通加工体制に地域や時期により大きな違いがあること、品質や特性値のばらつきが大きいことなどが、特に取り扱ううえで難しくもあり魅力的な部分であると感じている。

そして第一に、他の構造材料と比較して圧倒的に材料製造時の二酸化炭素排出量が小さいため、持続可能な社会を構築していくための建築構造材料として外すことはできない。

とは言いつつも、「木」を使っている=持続可能社会の実現という短絡的な図式にはならず、木質材料のカーボンニュートラル化も課題は大きいし、それより、我が国の森林・林業・木材産業の今後の持続可能性こそ大きな課題であろうと思われる。

このような課題に対しては、個別局所的な解決法より抜本的かつ大局的な解決法の模索が求められると考える。筆者はそのような大局的な解決法を実行できる立場の人間では到底ないのだが、一人の建築関係者として草の根運動から始めることが、現代における環境問題との向き合い方であろうとの想いから、人類史的な観点から木について語っている入門的な書籍はないものかと書店を巡っていたところ、そのものずばりの本書に出会う。

本書は、ローランド・エノス(Roland Ennos)の著書The Age of Wood: Our Most Useful Material and the Construction of Civilizationを全訳したものである。著者は、動植物の工学的なしくみを探求する生物学者で、とくに樹木の力学的性質、霊長類の樹木の使用法などの研究を行なっているようである。森林管理や建築、造船などに関しても造詣が深い様子が本書を通してありありと伝わってくる。マスメディア上で一般の人向けに科学をわかりやすく説明することをライフワークにしているようで、本書もとても読みやすい。

ところで、サピエンス全史が世界的なベストセラーになってから、人類史を壮大に紐解く書物が一気に増えてきたように個人的に感じる。考古学が、物理学や数学などの基礎科学分野に始まり、工学や統計、情報処理などの応用科学分野に至るまでの他分野との連携が進んだことが要因であろうか。本書も、工学的、統計的な推論による説明が多く説得力があるだけではなく、そのような科学的手法を用いた新たな視点による切り口が斬新に感じる。

本書は四部十五章で構成されており、数百万年前から現代に至るまでの木と人類の関わりについて時系列的に述べられたあと、最終的に未来へ向けた著者の提言で締めくくられている。

第1部では、樹上生活をしていた猿人から人類へと進化する過程で、なぜ木から下り、体毛を失い、道具を使ったのか、最新の生物学や考古学の知見から解き明かし、木が果たした重要な役割について考察している。

第2部では、新石器時代から産業化前の西暦1600年頃にかけて、人類が木を利用して文明を築いてきた様子が紹介されている。この第2部で(というより本書全体に通底していることであるが)特筆すべきことは、石器時代や青銅器時代、鉄器時代というような、その時代を代表する新素材の登場によって、人類は逆にますます木への依存度を高めたと、著者は繰り返し主張していることである。木を使って、銅や青銅といった新素材を溶解や精錬により作っただけでなく、その新素材の登場により、これまで以上に木の伐採・加工技術を向上させることになり、木材の需要はさらに飛躍したというのである。農耕の開始による定住生活から萌芽更新という森林管理方法の創出、銅器と青銅器の出現により発明された板張り船と車輪が促した国際交易の始まり、これらによる造船・建築・木工技術のさらなる進展という世界史の大きな流れが、「木」を中心に据えるとたちどころに見通しが良くなり、またその「木」の重要性も再認識させられる。

第3部は、産業化時代から現代までを扱っており、鋼鉄・コンクリート・プラスチックといった全く新しい「現代的」な素材と、石油に代表される新たなエネルギー源が登場して、一見、木の活躍の場はなくなったように思えるが、またしても新技術の登場によって、逆に木の活用が進んでいったことを丹念に説明している。これら新材料を直接的に活用したり、その製造技術を転用したりすることにより、合板やチップボード、集成材やCLTなどの木質材料、紙やビスコース繊維などの合成繊維を生み出す木材パルプが登場し、新材料に引けをとらないほど幅広い新製品が生み出され、木材の生産量と使用量は増大の一途を辿っていることが示されている。

著者の提言にあたる第4部では、永年にわたる人間と木の良好な関係が現代において壊れた原因について追及し、その修復方法を模索している。特に、森林伐採によって壊滅的な土壌流出と環境破壊が起こるという単純なストーリーに基づき安易に植林という森林管理法に依ったことに痛烈な批判を加えている。植林の問題点として、木工材のみが有用であるとして、特定の針葉樹ばかりの広大な純林が増えたことにより生物多様性が失われ、森林火災や暴風、病害により森全体が容易に破壊されること、短いタイムスケールで走りつづける現代の産業界に五十年後に伐採期を迎える植林という手法がそぐわず、最終的に生産される木材の価格は予測不可能で、投資回収できない木が育ってしまう点を挙げている。植林の問題点は、林業ひいては木材産業の持続可能性に直結したものであることが非常に明快に整理されている。最終的な著者の主張としては、持続可能な森林管理法をその地域に根ざした形で実現していくことを第一に目指すべしというところになろうか。

読後感としては、極めて月並みな表現になるが、やはりこちらの都合で自然が作り出した木の植生を変えるなどと出過ぎたことはせずに、こちら側が木に寄り添いながらその活用策について知恵を振り絞っていく姿勢こそ、持続可能社会の構築に必要な態度なのだろうと痛感させられた。

さて、本書で非常に可能性があると感じたのは、萌芽更新により得られた若木はまっすぐで剛性と強度が高く、幅広い構造材に利用できる(p.127)という記述である。萌芽更新により得られる木材は、構造材には適さず、薪や木炭供給、きのこ原木くらいにしか使えないと思い込んでいたため、新たな発見であった。萌芽林の伐採周期は10〜20年と、植林された針葉樹林の50年と比べて大幅に短く投資回収しやすいだろうし、現代の成熟した製造加工技術、そして情報技術を活用したスマート林業などとも連携が進めば、持続可能性の高い建築用木材の供給も可能なように素人目には映った。

また、本書で痛烈に批判されていた植林の伐採については、日本でも輸入木材との価格競争に負け投資回収の目処が立たず、伐りたくても伐れない状況だという話をよく聞く。大径化木材の有効活用策の検討などについて盛んに議論する必要があるが、持続可能化のそもそも論として、最終的に燃やして処分するまでの木材としての供用期間が、生育に要した期間以上となるような長期的な利用・転用策についての検討も必要だと感じた。現在、植林された針葉樹林を大量に使用したCLTが高層ビルの構造用材料として構想されているが、より長い建物供用期間を設定するか、他の構造物へ転用していく方法についてもセットで議論していくべきだろう。

最後に、木という材料は、人類にとってかぎりなく古く、また常に新しい材料であるということを強烈に認識させられた。本書を通じて、木との関わりについてますます考えるきっかけを得たと感じる。そのようなきっかけを求める方の入門書としては最適である。

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書誌
著者:ローランド・エノス
訳者:水谷淳
書名:「木」から辿る人類史:ヒトの進化と繁栄の秘密に迫る
出版社:NHK出版
出版年月:2021年9月

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浜田英明
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はまだ・ひであき/法政大学教授,浜田英明建築構造設計代表/博士(工学)/1981年石川県生まれ/2006年名古屋大学大学院修了/佐々木睦朗構造計画研究所を経て,2013年より法政大学専任講師,2017年同准教授/専門:構造設計,シェル空間構造/構造設計:豊島美術館,すみだ北斎美術館,目黒八雲の長屋ほか