福島加津也、冨永祥子、本橋仁、佐脇礼二郎『HOLZ BAU [増補版]ホルツ・バウ──近代初期ドイツ木造建築』

木造と近代(評者:櫻川廉)

櫻川廉
建築討論
Apr 6, 2023

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2020年に出版された『ホルツ・バウ−近代初期ドイツ木造建築』は、発売後わずか2週間で完売した。東京に事務所を構える福島加津也+冨永祥子建築設計事務所が、100年近くも前にドイツで建てられた木造建築を対象に行ったリサーチの記録は大きな反響を呼び、DAM(ドイツ建築博物館)Architectural Book Award 2020でThe Best Architectural Booksに選出された。自費出版され、営業から発送まで編者らの手による同書が、新たに2つのコンテンツを加えた増補版として、2022年9月にTOTO出版から発売された。

近代初期ドイツ木造建築という主題もさることながら、建築設計事務所による現地調査も含めたリサーチの記録を本として公表するという手法自体が挑戦的である。3部構成の第1部「資料」では、事前リサーチで得られた資料が掲載され、第2部「建築」で豊富な写真をまじえて現地調査の報告がなされる。増補版で新たに追加された2つの鼎談では、リサーチの先人である塚本由晴氏との間で建築家によるリサーチの価値について議論が交わされ、制作陣の間では制作の過程が事細かに振り返られる。どこで苦労し、どう乗り越えたかもうかがい知ることができ、リサーチの指南書という見方もできるのではないかと期待する。現地で行われたリサーチは写真だけでなく、冨永氏によるカラーのドローイングもまじえて伝えられ、漫画や曼荼羅、ドールハウスや起こし絵など、多岐にわたる表現を通して、編者らが現地で体験した感動を、臨場感をもって共有することができるだろう。リサーチの記録ではあるが表現は軽やかで、編者らが度々使う「旅」という言葉の雰囲気とも合致する。「この本を読むと旅に出たくなる。そう思ってもらえたら私は嬉しい。」本書冒頭に添えられた福島氏の言葉の通り、現地を訪れ実物を見ることの魅力が存分に伝わる1冊である。

しかし、なぜ近代初期ドイツ木造建築なのかと疑問に思う人も少なくないのではないかと想像する。本書冒頭で福島氏は、リサーチのきっかけを次のように振り返る。「このリサーチは、木造建築の設計をしていたときに、日本の伝統木造と現在の在来木造が直接的につながっていないと感じたことからはじまっている。」木造住宅構法研究においても、在来木造がこれまでに変化を繰り返してきたことは知られており、伝統木造と同じように柱と梁で構成される軸組構法ではあるものの大きく様相を異にする。筋違の有無、乾式と湿式など、モノとしての特徴だけでも多くの相違点を指摘できるが、維持管理を含めたソフト面にも視野を広げれば、違いはより際立つものになる。そうした違いが生じた原因はいくつも考えられるが、その1つを戦前に求めることはできるだろう。1920年代にヴァルター・グロピウスが中心となって行ったトロッケン・モンタージュ・バウの試みが日本へと伝わり、1930年代には複数の建築家らが乾式構造に取り組んだことが知られる一方、コンクリートや鉄の使用が制限された戦時統制下には、ドイツの事例を参考に木造の大スパン架構が研究され「新興木構造」とも呼ばれた。日本の木造建築の系譜をたどり、戦前のドイツ木造建築が日本にもたらした影響に1つの不連続点を見出したことで、近代初期ドイツ木造建築という主題が導き出されたことは想像に難くない。

リサーチの結果として、日本の木造建築の系譜を近代初期ドイツ木造建築の中に見出すことは確かにできるかもしれないが、これだけ大きな反響を呼んだ本書の射程はそれほどに短くはないだろう。ドイツでも忘れられた、あるいは当たり前の存在となっていた建物たちに焦点を当て、ドイツの人たちにとっても発見を与えたことは、DAM Architectural Book Award 2020に選ばれたことに映し出されている。グロピウスやコンラッド・ワックスマンによる工業化の取り組みや、オットー・ヘッツァーによる集成材の開発と大スパン架構の実践など、発明的で当時としては前衛的とも言える試みの数々が現地で撮影された写真とともに紹介され、100年近くの時を経た現在においてもなお大切に使われている様が現地の人々との会話とともに描かれる。そして、そうした技術的な革新性の中に、「言葉にできない歴史」と編者が称する慣習の痕跡を発見し、伝統との連続を見出す。そうした痕跡を空間の力として評価する一方で、そこに潜むノスタルジーにとらわれてしまわないよう警鐘を鳴らす。ドイツからは見えてこなかったかもしれない視点を持ち込むことができたのは、日本の建築家らがドイツをはるばる訪れ昔の建物を調査するという挑戦的な試みの帰結と言えるのではないだろうか。

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書誌
著者:福島加津也、冨永祥子、本橋仁、佐脇礼二郎
書名:HOLZ BAU [増補版]ホルツ・バウ──近代初期ドイツ木造建築
出版社:TOTO出版
出版年月:2022年9月

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櫻川廉
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さくらがわ・れん/1997年生まれ。2020年東京大学工学部建築学科卒業。2022年同大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。現在、同大学院工学系研究科建築学専攻博士課程に在籍。